フォレスター・キラー

 
 竜神の月・白雪の日――(現暦換算:一月十六日)
 

「おいっす~」

 この日の休み時間、ラムリーザたちのクラスにレフトールが現れ、ちょうど空いていたユコの前の席に、後ろ向きに腰を下ろした。

「なんですの? ここはあなたのクラスではありませんの」

 突然目の前に現れたレフトールにユコは言い放ったが、以前ほどのとげとげしさはなくなっていた。

 長期休暇前のゲームセンターでの出来事――ラムリーザから奪った金を返すための行動が、ユコのレフトールに対する不快感を和らげていた。

「別に休み時間に他のクラスに入ってはいけないっていうルールはないはず。そこのおっぱ――ソニアもうちのクラスに度々やってきて、チロジャルにちょっかいを出しているぞ」

 ユコは、顔を近づけてくるレフトールを押し返しながら、今度は不快感ではなく鬱陶しさを露わにしていた。

「顔が近いですの! そうだわ、あなたとラムリーザ様とでは、腕相撲したらどっちが強いんですの?」

「おう、やってやろうじゃねーか!」

 レフトールは凄みのある声で、ラムリーザの前の席のユコと場所を代わってもらう。ラムリーザの握力はすごいが、それが腕力すべてに通じているとは限らない、と考えながら。

 ラムリーザが突然降って湧いた決闘に応じるべきか考えている横で、ソニアは携帯型情報端末キュリオの画面を、まるで何かを待っているかのようにじっと見つめていた。

 無関心なソニアの隣で、ラムリーザとレフトールはガッチリと右手を握り合った。ラムリーザは、結局決闘を受け入れることにしたようだ。

「とりあえず、怪我人が出るような殴り合いじゃないからいいけどね」

「怪我人? あ、ちょっと待ってくれっ」

 レフトールは、慌てて手を引こうとしたが、ガッチリと握っているラムリーザの右手から逃れることはできなかった。

「何ですの? さっきの威勢のいい台詞は何だったんですの?」

「いや、今ラムさんと手を握り合っているよな? これで腕相撲始めたら、ラムさん全力で腕に力を込めて来るよな? それやばいって!」

「何が?」

 慌てふためくレフトールに、ユコは冷たい視線を投げかけてくる。

 その視線を見て、レフトールはこっちもやばい、と感じた。せっかくこいつらが心を開き始めているのに、情けないところを見せるわけにはいかん、と。

「くそっ、勝負だ!」

 ラムリーザとレフトールは、ユコの合図で腕相撲の決闘を開始した。

「よーい――、始め!」

「待ってくれ! 痛い!」

 開始と同時に、ラムリーザが全力で腕に力を込めたせいで、レフトールは悲鳴を上げる結果になってしまった。そのまま押し込まれて、レフトールの負け。

「つい数ヶ月前までは恐怖の存在だったのに、こうして身近になってみると、たいしたことないんですのね」

「握力94kgに握り潰されながら腕相撲やってられっか! てめぇになら勝てるぞ?」

「あら、そんなこと言って恥ずかしくありませんの?」

 ユコは、自分に勝負を挑んできたレフトールを見て、くすくすと笑いを漏らす。

「くっ、ラムさんには勝てないけど、リゲルにだったら十分勝てるぞ! おいリゲル、今度はお前が相手だ!」

 追い詰められたレフトールは、リゲル相手に名誉挽回を図ろうとする。

「ふっ、俺に挑む前に、守護者が主人より弱い事実をなんとかするんだな。なんだっけ、お前の言い分は『守護者たるもの、主人より強くなければ成り立たない』、だろ?」

 リゲルに体よくあしらわれて、レフトールは名誉ではなく汚名を挽回させるだけになってしまった。さらに追い詰められたレフトールは、席を立ち上がりラムリーザに詰め寄った。

「腕じゃ勝てねぇ。だったら、倒し方を変えるだけだ。ラムさんに腕力は負けても、俺には新兵器、フォレスター・キラーがある!」

「なんやそれ――」

「売れた!」

 ラムリーザの呆れたような声にかぶされるように、ソニアの大声が炸裂した。

 ソニアを見ると、座席に座ったまま、キュリオを片手に上半身だけ不思議な踊りを踊っている。

「あ、待てよ」

 踊っていたかと思うと、ピタッと止め、再びキュリオの画面を覗き込む。

 周囲がぽかんと見つめている中、しばらくしてソニアは、「入金してくれた!」と言って踊りを再開した。

「なんだこいつは?」

 レフトールの問いにラムリーザは、「ゲーム機の転売だろう」と答えた。

「転売? なんでまたそんなみみっちいことを?」

「知らん、リリスと勝負している件だ、よな?」

 ラムリーザは、リリスに確認を取る。

「そうねぇ……」

 リリスは、調子がよさそうなソニアをじっと見つめていた。

 一方ソニアは、「よーし、今日も帝都行くぞー。あ、その前に梱包して発送しなくちゃ。今日は学校が終わったら忙しいぞー」とつぶやきながら、キュリオの画面でなにやら操作している。

 そんな様子を、リリスは眉をひそめて見つめていた。

「まぁ別におっぱいちゃんが何をしていようが俺は構わんけどな」

「なんだと! ――ってレフトールに構ってる暇はない」

 ソニアは、「おっぱいちゃん」発言に反応したが、すぐに画面へと目を戻した。

「で、ラムさんに勝てるフォレスター・キラーについてだが」

 レフトールは、挽回してしまった汚名を返上することに一生懸命だった。

「ん、試してみようじゃないか」

 ラムリーザも、席を立ちながらレフトールの挑戦を受けて立った。

「またラムリーザ様を失神させたら、もう一生許しませんわ!」

 普段ならラムリーザの危機にはソニアが反応するのだが、今のソニアは転売で忙しい。代わってユコが非難することになった。

「それは大丈夫なはず。まぁのた打ち回ることになるとは思うが、そこは男の勝負には痛みが付き物ということだからな?」

「ん、それは大丈夫」

 そういうわけで、教室の後ろの空きスペースで、ラムリーザ対レフトールのエキシビジョンマッチが始まった。

「あ、なんか面白そうなことが始まってる!」

 クラスメイトのレルフィーナは、すぐに嗅ぎ付けて近寄ってくる。同じように集まった他のクラスメイトたちに、「ストリートファイトよ、どっちに賭ける?」などと言っている。

 ラムリーザは、前回の決闘のときのように、ゆっくりと上段に構える。急所の頭部はがっちりとガードできるが、その代わりボディが空く。しかし、脅威の打たれ強さでカウンターを狙う作戦だ。

「行くぜ! フォレスター・キラー!」

 レフトールは、右足を鞭のようにしならせて、ラムリーザの左足に襲い掛かってきた。

 ローキックだ。

 しかし、ただの牽制に使われるローキックではない。体重を乗せて、全力で膝の内側を刈るような角度で打ち込んでくるローキックだ。
 

 
 蹴られたラムリーザは意表を突かれた。足をすくわれたような感じになって横転してしまった。この流れではカウンターを出すことができない。

 レフトールは、すばやく駆け寄って鉄拳をラムリーザの顔面目がけて放つが、命中寸前で拳を止めた。

 ユコとロザリーンの小さな悲鳴が上がる。リリスは声こそ出さないが息を飲み、ソニアは転売の確認に夢中。

「これで、ラムさんノックアウトだ」

「ほぅ」

 驚く女性陣の一方、リゲルは冷静に感心してみせる。

 一方蹴り倒されたラムリーザは、蹴られたところの鈍い痛みに顔をしかめる。身体の打ち込みは散々やっていたので鍛えられていたが、演習相手の性質上、脚はなかなか鍛えられていなかったようだ。ソフィリータは、ハイキックは得意だが、あまりローキックを使わなかったからだ。

「ラムさんは、身体は無敵だけど、脚は並だな」

 レフトールは、ラムリーザから一本取ったことで上機嫌になり、軍師にでもなったかのように評論するのだ。

「それって頭を使わなかったら、なんかおデブちゃんみたいな特性だね」

 ラムリーザは、そう笑って返しながらも脚も鍛えるかな、などと考えていた。こうしてお互いに力を競い合うことで、より高きを目指していけるのなら歓迎だった。

 

 今日の授業がすべて終わると、ソニアはさっさと帰り支度をし始めた。

「あ、テーブルトークゲーム、新しい物語やりますわよ」

 部活に行こうとせずに帰ろうとするソニアを見て、ユコは足止めをするように言った。しかし、今のソニアは、ゲーム機の転売がすべてだった。

「リリスとの勝負が終わったらやる。今日は忙しいからもう帰る」

 梱包、発送、帝都への買い出し。やることは山ほどある。

「昨日は休日で昼間だったから一人で行かせたけど、今日は夕方からだし、帰ってくるのは夜遅くなりそうだから、僕も付いていくよ」

 そういうわけで、ラムリーザもソニアに同行することになった。

「もう、これではテーブルトークゲームできませんの。仕方ないわ、ゲームセンターに行きましょ。レフトールさん、付いてきてください」

 ユコは、部活を諦めゲームセンターへ行くことにした。放課後になって、再び馴れ馴れしく現れていたレフトールに同行を求める。

「俺はラムさんのボディガードなんだがなぁ」

 レフトールは、面白くなさそうにぼやく。

「あなたはそのラムさんの将来のお嫁さんを守ろうとは考えないんですの?」

「なっ、おまっ、ラムさんの許婚?! それはあのおっぱいちゃんじゃないのか?」

 ユコのいきなりの宣言に驚くレフトール。

「今は風船が幅を利かせてますが、将来的にはどうなるかわかりませんの」

「なんだよ脅かすなよ……。しかしまぁ、お前らの誰かがラムさんの嫁になる可能性は高いわけだな……」

「そういうことですの」

 そういうわけで、ユコはレフトールを率いてゲームセンターへ行くことにした。

 この流れを見ていたリゲルは、今日はロザリーンと一緒に天文部のほうへ顔を出すことにした。

 一人残されたのはリリスだ。なんだか面白くなさそうな顔で、

「ソニア、調子が良いみたいね……」

 そうつぶやき、もっとお金を増やす方法を考えながら帰途につくことになった。

 

 ラムリーザは、ひょんなことから毎日帝都とポッターズ・ブラフを、しばらく往復することになりそうだ。

 ソニアは、下宿している屋敷に帰るとすぐに携帯型ゲーム機2DOの梱包を済ませる。そのまま屋敷を出て、駅前の郵便局から発送を済ませる。そして今、ラムリーザと共に汽車に揺られて帝都を目指しているのだ。

 ラムリーザは、別に悪い気はしていなかった。

 今回のリリスとのリードボーカル争奪戦は、どちらが勝つにせよソニアに商売を経験させ、梱包発送という流通システムにも触れさせることができた。お遊びの勝負も、決して無駄ではなかった。

 ラムリーザは、今度自分も妹のソフィリータになにか土産でも送ってあげようかな、などと考えていた。

 汽車の窓に映る自分の顔は、少しだけ疲れて見えた。レフトールの言う「守護者」という言葉が、妙に耳に残っていた。守られる側でいるのは楽だ。けれど、その楽さに慣れるのは少し怖い。

 友達同士の勝負、遊びの延長――そう思っていたのに、いつの間にか毎日が慌ただしく組み替えられていく。

 レフトールの蹴りの鈍痛が、まだ足に残っている。それでも、今はそれを「危険」ではなく「前進」と呼びたかった。

 だからこそ、自分の足も鍛えなければならない。そんなことを、珍しく真面目に考えてしまった。

 ただ、ウサリギ派のことだけは、笑って済ませてはいけない。

 一方ソニアは、汽車に揺られながらぶつぶつとつぶやいていた。

「八千エルドで仕入れた2DO、リゲルの作戦を使って本体を百エルドで落札させて、手数料十エルド。その他の付属品を一万エルドでつけて売って、締めて二千九十エルドの儲け、やっぴー!」

 最後のうれしそうな謎の叫びだけが、静かな汽車の中に響き渡った。
 
 
 
 
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Posted by 桐代音若