転売師ソニア
竜神の月・氷狼の日――(現暦換算:一月十五日)
休日のことだ。今日はラムリーザの下宿している屋敷に、リゲルとロザリーンを招いていた。
フォレストピア開拓について、これまでのまとめをし、今回からはロザリーンにも話し合いに同席してもらうというのが目的だ。
ラムリーザの部屋のテーブルに、三人は腰を落ち着けていた。同居人のソニアは、ソファーで携帯型情報端末キュリオを操作して何かやっている。
まずロザリーンは、フォレストピアの命名について尋ねた。
「なんだっけ?」
ラムリーザはリゲルに尋ねたが、リゲルは「お前が決めたのだろ?」と言ってくる。ラムリーザは少しの間、思い出すのに時間を要した。
「思い出した、ユートピアとフォレスターを合わせた名前だった。ジャンが閃いた名前をそのまま使うことにしたんだ」
ロザリーンは、街の名前の由来から自分のノートにまとめている。リゲルと同じで真面目なタイプだ。ソニアも少しは見習ってくれれば助かるのだが。
次にロザリーンは、フォレストピアの目的について尋ねた。
ラムリーザは、この春に母親ソフィアから言われたことを思い出しながら説明した。
「えーと、現在エルドラード帝国は、隣国ユライカナンとの国交強化を進めているんだ。都市構想は、確か貿易の中継地点にするのが目的だったかな」
ロザリーンは、うんうんと頷きながらノートにまとめている。
貿易だけでなく隣国の文化に触れること、未開の地を開くこと――名目はいくつもある。単純に言えば帝国の領土拡大を目的としたものである。
現在の最西端であるポッターズ・ブラフは田舎の農村なので、西にもう一つ大きな都市を作るという意味もあり、これはラムリーザには明かされていないが、彼を領主に据えることでフォレスター家の権力増大を目的としたものであった。
「現在取り掛かっていることは何ですか?」
ロザリーンの質問は続く。彼女がノートを開くだけで、ぼんやりしていた計画に実体が宿るような気がした。
「えーと、駅は完成してすでに鉄道は開通している。年始に行ったから知ってると思うけど、竜神殿も完成した。今進めているのは食糧生産と、シャングリラ・ナイト・フィーバー二号店。あと僕が住む屋敷と一般住居、それと貿易に向けた倉庫は完成していると思う。あとは今後の展開次第かな」
「現状は理解できました」
ラムリーザは、成績上位の二人を目の前にして、自分がやるよりもこの二人に任せたほうがうまく回るのではないか、などと考えながら、頼もしい二人を見つめていた。
「ねぇラム、あんまり儲けが出ない……」
その時、頼もしくない娘がキュリオ片手に割って入ってきた。
「儲けって何だよ? 何か商売でもやっているのか?」
「ネットオークション……」
それを聞いてラムリーザは、先日のソニア対リリスの商売勝負を思い出した。確かネトオク――ネットオークションでより稼いだほうが勝ちだとか言っていた。
一応ソニアも儲けを出しているのだから大したものだ。
「何を売ったのだい?」
「2DO……」
ソニアの言う2DOとは、最近新発売された携帯型ゲーム機だ。二つの画面があり、上段はメイン画面、下段は操作画面だ。下段はタッチスクリーンで、タッチペン操作にも対応している。
二画面(ツーディー)をもじって、2DOと呼ばれている。
これは、昨日帝都へライブに行ったついでに、帝都のゲームショップで買ってきたものだ。
スタートの金貨一枚(一万エルド)のうち、八千エルドで購入し、一万エルドで転売することに成功したのだ。定価は八千エルドだが、この地方でのオークションの相場はせいぜい一万エルドで、それ以上で落札されるケースはほとんどなかった。
簡単に売れた背景には、帝都では販売されたが、流通の遅れから最西端の地方であるこの付近では、まだあまり人の手に回っていないということがあった。
「二千エルドも儲けたのならすごいじゃないか」
「でもね、落札価格の一割が手数料で取られちゃうの。そしたら、儲けは半分になっちゃうの……」
「千エルドでも、繰り返して積み重ねたらいいんじゃないかな?」
「また帝都に行かなくちゃ……」
帝都に行くこと自体は、疲れるだけで費用的な問題はない。
定期的に帝都に行く必要があるので、汽車の定期券を持っているのだ。リゲルの計らいで安く手に入れることができたが、これはこの地方の運輸を取り仕切っているシュバルツシルト家のコネを利用したものだった。
「ラム、帝都に行こうよ!」
「一人で行け。今日は話し合いだ、邪魔をするな」
リゲルはソニアに、冷たい声を浴びせかけた。
「リゲルと行かないもん、ラムと行くんだもん」
「さて、話を進めるぞ」
リゲルは、ソニアを無視して話し合いを進めた。
「隣国とは友好的にやるから必要ないように見えるが、軍隊は作っておく必要がある。わかるな?」
「あまり考えたくないけど、外交に失敗して敵対関係になるとか?」
「それもある。だがそれだけではないぞ?」
リゲルは、ラムリーザを見つめたまま問いかけた。ラムリーザのすぐ傍にいるソニアには、一瞬たりとも視線を向けない。
「治安維持かなぁ?」
「それは憲兵に任せればよい。一つは、ユライカナンが敵国に攻められたら援軍を出しやすくするため、もう一つは、ユライカナンが陥落した時、敵国がさらに東伐を進めてきたら、帝国で真っ先にぶつかるのは最西端のフォレストピアだ」
「な、なるほど」
ラムリーザは頷くしかなかった。リゲルは最悪の事態も計算に入れている、さすがだ。
「他にもいろいろあるが、さしあたりこういった理由だな」
「あたし軍隊やる!」
ソニアが再び割り込んできたので、リゲルはずっと無視してきた視線をするどい刃に変えてソニアを睨みつけながら問いかける。
「どのようにやるのだ?」
「えっと、えっと……軍曹? そうだ、あたし軍曹になる!」
「ほう、前線志願か、殊勝な心がけだな」
リゲルは、ソニアが適当に言っているのは分かっていたが、大将などと言い出さないので笑って聞いていた。
「前線? そんなのやだ、軍曹にもいろいろあるんだっ、司令官になる軍曹も」
「ほう、他の軍曹とは何かな?」
リゲルは、テーブルに両肘をついて、口の前で手を重ねて構えて問いかけた。モノクルがキラリと光ったようにも見えた。
「ええと、軍曹……、赤軍曹とか青軍曹とか黄軍曹……」
「とっとと帝都へゲーム機仕入れに行け!」
ソニアは、とうとうリゲルにきつく言われてしまった。
ラムリーザは、ソニアを庇おうと思うものの、今この場でどう庇えばよいものか悩んでいた。
今日は元々リゲルやロザリーンと、フォレストピアについて話し合う予定だった。ソニアが商売しているのは、リリスとの勝負であって、ラムリーザには関係ない。ということは、今日はソニアには構っていられないということだ。
「ソニア、一人で帝都に行けないわけじゃないだろ? 勝負をがんばるために、仕入れてきなよ」
ラムリーザは、そう励ますのが精一杯だった。だが、ソニアはしょんぼりしている。
「でも儲けがあんまり出ない……」
そう言いながら、ラムリーザにベタベタ引っ付いてくる。
「あーもー、リゲル、何かいい案はない?」
ラムリーザは懇願するが、リゲルはぎろりとその冷たい視線を向けてくる。
「何で俺がそいつのよくわからん勝負のために知恵を貸さなくちゃならんのだ?」
「とりあえずソニアをどけないと話ができない。ええと、何が不満なのだ?」
ラムリーザは、ソニアの顔を覗き込んで尋ねた。ソニアは、不満そうな顔で答える。
「ネトオクの手数料がかかりすぎて、儲けが半分になる……」
「手数料って、どれくらい?」
「落札価格の10%……」
「落札価格を低くしたら、手数料減るじゃないか」
「2DOは八千エルドだから、それ以下で売ったら儲けが出ない……」
ラムリーザは、売るものを間違えたのではないかと思うのだが、需要と供給が一致するから売れるのだ。帝都では流通しているが、地方では流通していないものを転売、ソニアの目の付け所は間違っていなかった。
「そういうことらしい。リゲル、何かいい方法はある?」
一通り事情を聞きだし、リゲルに問いかける。リゲルは、面白くなさそうに答えた。
「そうだな、本体と付属品に分けて、本体を百エルドぐらいでオークションにかける。落札後に、付属品一式を一万エルドでつけるって流れにすれば、手数料は十エルドに抑えられて、利益はほぼそのままお前のものになるぞ」

ソニアがきょとんとしているので、ラムリーザはリゲルの言ったことを一枚の紙に図で書いてまとめてみせた。
それを見ているうちに、ソニアは理解したようで、「リゲルすごい!」と言い出した。
「この作戦には欠点があるが、まぁ馬鹿にはわからんだろう」
ソニアは、リゲルのつぶやきは聞いていないようで、出掛ける支度をすると跳ねるように部屋から飛び出していった。
「ふぅ、やっと帝都に買い出しに行った」
「邪魔者は去ったか。さて話の続きだが……」
「何の話をしていたっけ?」
ラムリーザとリゲルは、ソニアの割り込みで、何を話していたかすっかり忘れてしまっていた。
「まだ現状の進捗状況を聞いただけですよ」
「ロザリーンが聞いていてくれて助かったよ。でもまぁ、とりあえず今はそのくらいしか話すことないんだよね。実際に動き出すのは次の春からだし」
「今日はとりあえずロザリーンにも話を聞かせるってことだな。それはそうとラムリーザ、話すことがなくなったから聞くけど、来年から部活はどうするのだ?」
「部活?」
ラムリーザは、リゲルに聞かれるまで部活のことは全然考えていなかった。昨日もそうだが、最近はテーブルトークゲームばかりやっている。
「今は三年で、生徒会長も兼任しているジャレス先輩が部長をやっているけど、先輩が卒業したら部長がいなくなるぞ」
「部長ねぇ」
ラムリーザ的には、今では部活はどうでもよくなっていた。
当初はメンバーを真面目にバンド活動させるために躍起になっていたが、今では週末の帝都ライブも順調にこなし、特に活動面でこれ以上面倒を見る必要がなくなっていたからだ。
ラムリーザ自身のドラムの練習も、自宅でソニアのプレイするゲーム画面を眺めながら基礎練習をこなし、ソニアのベースと合わせる練習をしている。これは、去年までの流れと同じだった。
「僕的には、部活はあってもなくても変わらないと思うし、リリスとかソニアが部長やりたいって言い出したら、そっちにやらせたらいいと思ってる」
「お前がリーダーなんだからやれば?」
「いや、僕はフォレストピアに集中したいから、学校行事にはあまり力を割きたくないんだよね。だから、ユグドラシルさんに生徒会メンバーに誘われたときも断ったんだ」
「まぁお前がそう言うのなら、それでいい。ちょっと気になったから聞いてみただけだ」
リゲルは、そこまで言うと頭の後ろで手を組んで、椅子にもたれかかって伸びをした。
「そもそも現状は、テーブルトークゲーム同好会だよね?」
ラムリーザの問いに、リゲルは何も答えなかった。
それはそうと、リゲルもラムリーザたちに混じってよく遊ぶようになったものだ。
最初の頃は、バンド活動をしないからという理由で、もう一つ所属している天文部に行くことがほとんどだったのだが、最近は率先してみんなと遊んでいる。
ロザリーンと付き合うようになって、リゲルもだいぶ変わったな。ラムリーザは、そう思いながら、リゲルと同じように椅子にもたれかかって大きく伸びをした。
ただ、ソニアが飛び出していった扉の向こうが、少しだけ気になった。リゲルが言った「欠点」という言葉が、やけに耳に残っている。