災厄六連鎖
竜神の月・女神の日――(現暦換算:一月三日)
今日は、年始祭最終日。
ラムリーザは、リゲルの運転するバンに乗り、友人たちと共に二度目の竜神殿参拝へと向かっていた。
助手席にはラムリーザ。後部座席から身を乗り出すソニアの危うい後ろ姿を、ユコが写真に収めている。それを見てロザリーンは嫌な顔をし、リリスは澄ました顔で外を眺めている。夏季休暇のキャンプのときと、まったく変わらない。
六人が向かっているのは、ポッターズ・ブラフの竜神殿ではなく、新開地フォレストピアにできたばかりの竜神殿だ。この秋に建築に取り掛かり、なんとか年始祭に間に合わせたというところだ。
山道を越え、オーバールック・ホテルを通り過ぎ、その先にフォレストピアは存在する。山道だけでは大変だということで、現在フォレストピアとポッターズ・ブラフを繋ぐトンネルを建設中だった。このトンネルが開通すれば、蒸気機関車だけでなく車での行き来も楽になるだろう。
竜神殿脇の広場に車を停めると、六人は早速本堂へ向かった。
「とまぁ、来てみたものの、割と殺風景だなぁ」
ラムリーザは、周囲を見回してそう言った。建物自体は他と同じようにしっかりと造られているのに、人っ気がほとんどない。つい先日、帝都の竜神殿へ行ったばかりだから、その落差が激しかった。
「貸切だな、これは」
ラムリーザの言葉を受けて、リゲルがつぶやく。
どうやら一般客は他にいない。外にいるのは、箒で掃除をしている竜巫女くらいだ。
「竜巫女かぁ、美しいなぁ」
ソニアは、竜巫女を見ながら言った。伝記や教義によれば、竜巫女は竜神テフラウィリスに仕える者だということになっている。
「まぁソニアが同じことやっても、乳神様に仕える乳巫女になるだけだけどね、くすっ」
「なんだとこのやろぉ!」
またリリスが要らないことを言って、揉め事になる。乳神様って何だろうか、意味が分からない。
リリスは祈るようなポーズを取りながら、さらに要らないことをまくし立てる。まるで何かのウイルスにでも感染したかのように。
「Jカップ様はお怒りね、神よ、鎮まりたまえ。ん? 待って、一メートルだからひょっとしてKカップ様になったかしら?」
「何よ! ヴァンパイアロードに仕える根暗吸血鬼! 地獄へ落ちてしまえ!」
リリスは落ち着いた感じで静かにしゃべるものだから、周囲にはソニアの怒声しか聞こえない。竜巫女も、変な視線をこちらへ向けている。
「新年早々喧嘩するなよ、ほら、始めよければすべてよしって言うじゃないか、ドウドウ、喧嘩やめ」
「ラムリーザ様、終わりよければじゃありませんの?」
「わかんない、わかんないからどっちでもいい」
ラムリーザは、ソニアをなだめながら適当にごまかす。帝都の賑わいと、ソニアの賑わいはどちらが上か――そんな妙な比較をしながら。
「どうした? 喧嘩か?」
その時、神殿の警備員が現れた。その姿を見て、メンバーの女性陣は一様に顔をしかめた。
「なんでレフトール?!」
「げ、お前ら……あ、ラムさん」
警備員はなぜかレフトールだった。彼は最初は驚いたような顔をしたが、ラムリーザの姿を見て決まりの悪そうな表情をした。
「どうした、ポッターズ・ブラフの悪の双璧ともあろうお方が、堅気にでもなったか?」
リゲルはニヤリと笑いながら、皮肉な視線を向けた。
「あいやや、それはぁ、えーと、えーと、お呼びでない? こりゃまた失礼致しました!」
逃げ出そうとするレフトールを、ラムリーザは制して聞いてみる。
「ちょっと待って、他の客は誰もいないのかい? それに、真面目に仕事するのは良いことだから、リゲルもそんな嫌味は言わないで、いいね?」
「ふっ、つい数ヶ月前に遭遇したとき以前のこいつを知らんから、お前はそう暢気なこと言えるんだ」
リゲルは、ラムリーザに対しても調子を変えない。裏表のないところが、レフトールと大違いだ。
「おっほん、年末年始は暇だからちょっと働いてやろうと思ってだな」
「それは良いことだから、他に客は?」
「ああそれ? 初日はこの地域で働いている大工や農家が来ていたけど、初日に全員参拝したのか、昨日からはこんな調子だぜ」
「ああ、そういうことね」
わざわざ別の地域から来てみようと考えるのはラムリーザたちぐらいで、よく考えてみれば、先発隊の農業従事者と、今は施設建設の作業員しかこの地にはいない。
「というわけで、ごゆっくりー。あ、お告げ所はあっちだぜ」
そう言い残して、レフトールは逃げるようにこの場を立ち去って行った。
年始祭でやることと言えば、祈願とお告げぐらいだ。
ラムリーザたちは、レフトールの言っていた方向へと向かって、祈願の前にお告げを引くことにした。ラムリーザも仲間たちとお告げを引くために、家族と出かけた時はあえて何もしなかったのだ。
「さてと、今年の運勢を占うぞ」
ラムリーザの一言に押されて、全員お告げの紙を受け取った。ラムリーザは、「さて、僕から開くぞ」と言うが、その直後に「げっ」と悲鳴を上げることになった。
「どうしたの、ラム――あっ、ディザスター!」
ディザスター、竜語で災いを意味する言葉。先日ソフィリータの引いた、フォーチュネイトの反対を意味している。
あははは、とソニアは大笑いする。
「笑い事じゃないって、仕方ないなぁ。詳細は……、『望まぬ縁談が平穏を壊すであろう』だって? なんだこれは……」
「あれだな――」
リゲルは、笑みを浮かべて続けた。
「――ラムズハーレム形成が本格的になるということだ」
「リリス……」
ラムリーザは、リリスを見つめてつぶやきながら、紙を二つ折りにして胸ポケットへ入れた。こういうお告げは、忘れた頃に思い出すのが一番厄介だ。
リリスは、ラムリーザのつぶやきを、二番手に指名されたと思ったのか、続いてお告げの紙を開いた。しかしすぐに、その顔が硬直する。
「なに神妙な顔してるのよ――あっ、ディザスター!」
ソニアは、リリスのお告げを覗き込んで、「根暗吸血鬼らしい」と言いながら再び腹を抱えて大笑いする。
「うっ、うるさいわねっ」
笑い転げるソニアを見て、リリスは嫌な顔をするが、ラムリーザに「詳細は?」と聞かれて、ぼそぼそと答えた。
「『連れ添った縁者が離れてしまうかもしれぬ』、ですって……」
「ふーん、何だろうね」
「たぶん吸血鬼が気持ち悪いから、みんな引いていくんだ。きゃっきゃっきゃっ」
ソニアは相変わらず笑い転げている。
「あなたはどうなのよっ!」
リリスは、怒った声を出して、ソニアからお告げを奪い取った。
「ちょっと返してよ!」
手を伸ばすソニアを押しのけて、リリスはソニアのお告げを開いた。そしてすぐに、「ぶふぉっ」と変な声を出して噴き出した。
笑いをこらえながら、開いた紙を掲げる。そこには、はっきりとディザスターの文字が。
「げっ、そんなの要らない。それもリリスのお告げ!」
ソニアは、笑いをピタッと止めてむくれてしまった。
「何々? 『伴侶を横取りされるかもしれないと怯え続けるであろう』、あははははは!」
とうとうリリスも大笑い。「あなたにぴったりね」と言いながら、腹を抱えている。隣では、ユコも大笑いだ。
「横取りとか、結構エグいことも告げてくるのね、ここの竜神……」
ロザリーンも、笑いをこらえているのがわかる。口元が、ひくひくしている。リゲルも「これに懲りて、知性に磨きをかけるのだな」などと嫌味を言ってくる。
「何よ! それリリスが開いたから、リリスの運命! 誰とも付き合っていないのに横取りされるんだ、かわいそーっ!」
リゲルは、馬鹿な奴だと言わんばかりの表情で自分のお告げを開いてみるが、すぐに「うっ」とうめき声を上げた。
すぐにソニアは感づき、「あっ、リゲルもディザスターが出たな」と、怒りから一転して笑いに転じる。
「くだらん」
リゲルの投げ捨てたお告げの紙を、ソニアはうまく受け止める。そして、大声で読み上げた。
「ディザスター! 『現在と過去が交わり苦悩するであろう』だって、きゃっきゃっきゃっ」
リゲルは、フンと鼻を鳴らして知らぬ振りだ。ソニアは、その周囲でトントンと足踏みしながら、「今、どんな気持ち? ねぇ、どんな気持ち?」と言いながらグルグル回っている。災厄は災厄でしかないリゲルは、今回は何も言い返せない。
しかし『現在と過去』の文字を見た瞬間だけ、リゲルの目の奥の温度が下がったように見えたのは気のせいだろうか?
「なんで四人連続で災厄なんだよ……」
「この神殿、呪われているのかもしれませんわね」
ラムリーザとユコは、お互い顔を見合わせて溜息をつく。新年早々縁起が悪い。
「呪いの神殿にいる呪いの人形はどういう運勢なのよ」
ソニアの挑発に、ユコはむっとしながらも自分のお告げの紙を開いた。
「まぁ私も空気を読んでディザスターですわ……って、なんでディザスターなんですの?!」
見事なノリツッコミだ。
「詳細は?」と聞くソニアに、ユコは、『見知らぬ土地へ投げ出されるであろう』と答えた。
「何ですのこれは、異世界転生でもするんですの?」
ユコは不満そうな顔で、紙をたたんでポケットに入れながらつぶやいた。
「あなたのチート能力は何かしら?」
リリスは笑みを浮かべて尋ねた。
「そうねぇ、触れたものをすべて黄金に変えることができる能力ですわ」
「それは破滅に向かうからね。というわけで、ロザリーンに期待を託そう」
ラムリーザは、リリスとユコのよくわからない会話を中断させて、ラムリーズ最後の良心とも言えるロザリーンに、今年の運勢すべてを賭けた。
「ええと、ごめんなさい。ディザスターです……」
だが、ロザリーンもきまりが悪そうに答えるだけだった。
「流石に呪われすぎだろう……」
「本当に申し訳ありません……」

ロザリーンが悪いわけではないが、ラムリーザもこれ以上何も言えなかった。ソニアだけが、大笑いして転げまわっている。
「まぁ気にするな、みんな一緒だ。それで、詳細は?」
リゲルが声をかけると、ロザリーンは力なく「『落ち着いた交際は続かぬであろう』ですって……」と答えた。
「まぁあれだね。以前リゲルにもハーレムが形成される呪いをかけておいたので、それが成就するということで、今年のお告げはおしまい」
ラムリーザは、この災厄の連鎖を断ち切るために、お告げのことは忘れることにした。連鎖は最後まで繋がってしまったが、起きてしまったことは仕方がない。
「あっ、レフトールですわ!」
だが、ユコはたった今思いついたかのように、手をポンと叩いて言った。
「あの人が、お告げの中身を全部『災厄』にすり替えたんですの!」
ラムリーザが止める間もなく、ユコはレフトールを探しに行ってしまった。レフトールは、お告げ所の脇で、竜巫女の一人と雑談中だった。
「ちょっとあなた!」
「えっと何だ? ラムさんの取り巻きの……えっと、リリスだっけ? いや、あいつは根暗吸血鬼か、えっと……」
「ユコですの! あなた、お告げの中身を全部災厄に変えたでしょう?!」
ユコは、激しい剣幕でレフトールに詰め寄る。以前なら、レフトールに対してそういう態度に出るのは、恐ろしくてできるわけがなかった。しかし、最近のラムリーザに対するレフトールの低姿勢を見ているユコは、怖いものなしの状態だった。それに、ゲームセンターで助けてくれた恩もある。
「ちょっと待った、俺はお告げには関わってないぞ? お告げを書いたのは――」
「それを言ったら身も蓋もありませんが、お告げを作ったのは私たち竜巫女です。でも、竜神テフラウィリス様がお作りになった、ということにしておいてくださいね」
レフトールをかばって、竜巫女の女性が語ってくれた。しかし、災厄の六連鎖を目の当たりにしたユコは引っ込まない。
「でも私たちは、みんな災厄しかでてきませんでしたの!」
「ユコ、あんまり気にすることないよ。これもゲームみたいなもの、くじで外れが出たと思えばいいさ。銀貨一枚くじ、安いものじゃないか」
ユコの傍に追いついたラムリーザは、例えになっているのかどうかわからないことを言ってユコをなだめた。
それを聞いて竜巫女の女性は、「あら?」と言った。
「災厄はお遊びで六枚だけ入れておきました。まあ当たることはないでしょう、と思って。全部で千枚以上作りましたので」
「……それを全部僕たちが引いたわけか」
これはいよいよ厄年かもしれない。ラムリーザは、少しばかり不安を感じたが、その不安を打ち消すように、みんなに明るく声をかけた。
「災厄のことは忘れて、ほら、竜の泉へ願掛けに行こう!」
ラムリーザたちは、レフトールの傍を離れて、神殿の奥、竜の泉へと向かった。
竜の泉といっても、そう大層なものではない。直径五メートルほどの円形の泉があり、その中央に竜の彫像が置いてある。そしてその口から、水が流れ出している、ただそれだけの場所だ。
この泉に銀貨一枚投げ込んで願掛けをすると、おそらく成就するであろうという、よくある祈願所のようなものだ。
六人で一斉に、銀貨を投げ入れる。水の跳ねる音の六連鎖を聞きながら、みんなはそれぞれ願い事をした。
ラムリーザは、フォレストピアの安泰と発展を祈り、目を閉じてそっと天を仰いだ。
「ねえねえねえ、ラムは何のお祈りをしたの?」
ラムリーザの黙祷は、ソニアの元気な声に中断された。声だけでなく、腕に絡み付いてきて、大きな二つの風船を押し付けてくる。
「ソニアが頭がよくなりますように、とお祈りした」
ラムリーザは少しむすっとして、適当に答えた。少なからず思っていることなので、全くの適当でもなかったのだが。
「何よそれ~」
ソニアがふくれて不満そうな声を出すので、ラムリーザはリゲルに「君の願いは?」と言ってバトンタッチした。
「ソニアが頭がよくなりますように」
だがリゲルもめんどくさそうに同じことを述べた。
続いてリリスも笑みを浮かべて同じことを言う。絶対違うことをお願いしていたはずだ。そもそも、リリスはソニアのことをとやかく言えるような成績ではない。
「まあ私も空気を読んで、ソニアが頭がよくなりますように、ですわ」
ユコも同じことを言う。「空気を読んで」どんな空気だ? というか、ここは読まなくて良い。ソニアは顔を真っ赤にして、すでに風船爆発限界ギリギリだ。
最後に残されたのは、ラムリーズ最後の良心、ロザリーン。だがロザリーンは悩む。空気を読むか、ソニアをかばうか。
全員の視線が集中している。ラムリーザの懇願するような目。ソニアは怒りの目、リリスとユコは期待の目。リゲルは、空気を読めと言いたそうな表情をしている。
「ええと……ソニアさんが頭がよくなりますように、です」
風船に針を刺した。
竜の泉の前で、ソニアの爆発音が轟く。
「全員爆発しろって願ってやった!」
一陣の風が吹き、水面が少しだけ波打った。
災厄の年が始まってしまったのか、たまたまくじ運が悪かったのかは、誰にも分からない。
ただ一つだけ確かなのは、ここがフォレストピアで、まだ何も始まっていないということだ。
何もない土地ほど、願いの形ははっきりする。だからこそ、この「災厄」は、笑い話で終わってほしい。
終わってほしい、と思ってしまう時点で少しだけ胸がざわつく。