ダンスパーティーは生演奏で
播種の月・旅人の日――(現暦換算:十一月十三日)
日が暮れた頃、グラウンドでは文化祭最後のイベントであるダンスパーティーの準備が進められていた。
グラウンド中央には木が積み上げられ、大きなかがり火が作られようとしている。
ユコの語った学校の噂によれば、後夜祭のダンスパーティーで踊ったカップルはうまくいき、そこでキスをしたカップルは、永遠の幸せを約束されるとのことだが、どういったものやら。
ラムリーザは、リゲルとジャンの二人と、他に誰もいなくなった部室で談笑していた。
つい数十分前までは賑やかだった空間が、今は祭りの後といった感じで寂しい。
ソニアたちは、喫茶店が終わると、メルティアたちに学校を案内して回るとか言い出して出ていってしまい、ここにはもういない。
「グラウンドで何を始めるんだい?」
ジャンの問いに、ラムリーザは興味なさそうに答えた。興味がないというより、ユコの噂話もあって「めんどくさい」と思っているだけだ。
「後夜祭でダンスパーティーやるんだってさ」
「ふーん、ラムリィは参加しないのか?」
「相手がいない。学校の伝説がどうのこうの言ってたけど、今さらソニアと踊ってもなぁ」
「なんだそりゃ」
そこでラムリーザは、ユコの言っていた噂話をジャンに話した。
「なるほどね。伝説の樹とか、伝説の鐘とか、そんな類のものか。そんな伝説、誰が言い出すんだろうねぇ」
「たまたま実例があったんだろ。当人は意識してなくても、結果的に樹の下だったり、鐘が鳴っていたタイミングだったりしただけだ」
ロマンチックな話も、リゲルが考察すると、ただの現実的な事象に分解されてしまう。
「だったらさ、公衆トイレで告白したら、伝説のトイレになるのかな?」
ラムリーザが思ったことをそのまま口に出してみると、リゲルは声のトーンを一切変えずに「やってみろよ」と返した。
「ははっ、ロマンもクソもねーな。いや、男子と女子が同じトイレに入るのか? これはまた、いろいろと状況が気になるぞ」
清らかさが低い(ソニア談)ジャンは、すぐに変な方向に想像の翼を広げてしまう。わざわざその餌を撒いたラムリーザは、苦笑いするしかなかった。
「だよな。まあ、ソニアと踊るというのもいまさらだし……でもソニアが踊りたいと言うのなら拒絶する理由はないけど、どっか行っちゃったしなぁ」
「うーむ、それじゃあ俺はちと狙ってみるかな?」
「ん?」
「いや、こっちの話」
ジャンは一瞬何かを考えたようだが、ラムリーザに探られそうになると、すぐに普段の表情を取り戻して何もなかったように振る舞う。
ラムリーザは、ステージ脇に押しやられたソファーに腰掛けているリゲルに話しかけた。そのソファーは、いつもなら部室の中央に置いていて、雑談部と化す場所になっていた。
「そうだ、リゲルはロザリーンと踊ればいいんじゃないかな?」
リゲルは眉間にしわを寄せて少し考えていたが、すぐに頷いて立ち上がった。
「そうだな、そうするか。それじゃあ俺はロザリーンを探しに行くからな」
そう言い残して、リゲルは部室から立ち去っていった。
リゲルも本当に変わった。以前なら、ダンスパーティーなど鼻で笑っていただろう。
グラウンドを見ると、かがり火の準備は完了したようだ。火が付き次第、ダンスパーティーは始まるだろう。
「ラムリィ、ソニアがいないなら俺が相手をしてやろうか?」
「ジャンも変わったなぁ。女に飽きて男に走るようになったかぁ」
「実はラムリィのことが……」
「ジャン……」
二人はゆっくり顔を近づけ――。
「そういえばさ、今度S&Mというコンビを……って、SMじゃないぞ、それぞれの名前の頭文字を取っただけの、俺とお前のJ&Rみたいなもんだ」
「急に話を変えるな!」
ラムリーザは、調子に乗って近づけた顔をのけぞらせ、思わず大声を出した。
「お前がその気になってどうする、最後までやりたかったのか? でさ、そのコンビだけど、結構見どころあるぞ。二人組の女の子で、ダンスと演奏するんだけど、そのダンスの娘がまた可愛いんだ。ちなみに演奏担当の娘はお前の――」
ガチャッ
突然部室のドアが開き、ジャンは言葉を止める。
外からは、息を切らしたユグドラシルが駆け込んできた。
「こうして邪魔が入るのが、ラブコメの定番で、ある」
ジャンは、何か達観した感じで言ってのける。いや、ラブコメにされても困るところだ。
「邪魔が入る前に、普通に話題を変えたような気がするけどなぁ」
「ラムリーザくん!」
雑談している二人のところに、ユグドラシルは駆け寄る。
「どうしたんですか? そんなに慌てて」
「音源が……壊れた!」
そういえば、かがり火の準備ができたのに、なかなか始まらないなとラムリーザは思っていたのだ。
始まらない理由は音源のトラブルだったのか。そういえば体育祭の時から、音源の調子はよくなかった。ここに来て、とうとう壊れてしまったのだろう。
「どうするんですか? 中止?」
中止になったほうが、ラムリーザ的には楽でいい。
だが、ユグドラシル的にはそうもいかない。それに、音楽がかけられなければダンスはできない。
そこでユグドラシルが提案したのが、ジャレスやセディーナと協力して自分たちで演奏してしまおうということだった。
「自分もバイオリンで参加する。忙しいのにわざわざ時間を割いて練習して、今日は体育館でバイオリンの独演会やった自分、大勝利!」
なんだかよくわからないが、拳を天に突き上げてガッツポーズしてみせるユグドラシル。
いや、大勝利なのは良いが、本当の勝負はこれからではないだろうか? 文化祭のラストイベントが成功するかどうかの瀬戸際ではないだろうか。
「それはすごいですね」
ラムリーザは他人事みたいに答えたが、ユグドラシルはさらに付け加えた。
「そこでラムリーザくん、君にも参加して太鼓やってもらう。そこのスネア、外して持っていけるだろう?」
「ええっ? 急に何ですか……」
「頼む頼む頼む、やっぱり打楽器もないと盛り上がらないよ。急いでくれ、頼むっ」
ユグドラシルは、手を合わせて頭を下げている。まぁ、焦っているよな。
ラムリーザは、そこまで頼まれて断るのも気が引けて、「わかりました」と言ってステージに戻ってスネアを台から外した。
「はい、これがベルト。吹奏楽部から借りてきたんだ」
「用意がいいですね、さすがユグドラシルさん」
ラムリーザは、スネアにベルトを引っ掛けると、肩から吊り下げて準備した。
「これでラムリィと踊れなくなったかぁ」
「悪い、他の娘探してくれ――って、冗談じゃなかったのか?!」
笑い合いながら、ラムリーザとジャンは先を急ぐユグドラシルの後を追うのだった。
ラムリーザは、これでもまあいいかと思う。これで、伝説とやらに付き合う必要がなくなったというものだ。
グラウンド、ダンスパーティー会場にて――。
「お待たせいたしました。これより文化祭最後のイベント、ダンスパーティーを始めます。みなさん、ゆっくりと甘いひとときをお過ごしください」
文化祭実行委員長ユグドラシルの挨拶で、ダンスパーティーが始まった。

ジャレスとセディーナのギター、ユグドラシルのバイオリン、ラムリーザのスネアドラムからなる軽快な音楽が、楽しい雰囲気を作り出していた。
「あ、ダンスパーティー始まったね」
校内をうろうろしていたソニアは、窓からグラウンドを見て気づいたように言った。
「ふーん、ダンスパーティーやるんだ。ソニアたん一緒に踊る?」
「いや!」
ソニアは、メルティアの誘いを一蹴した。
「いけずねぇ。折角おっぱいむにむにダンスをしてあげようと思ったのに」
「何それ気味が悪い! そんなダンス一人でやってたらいいじゃないの! あたしはラムと踊るんだから!」
ソニアとメルティアが妙な言い合いをしていると、そこにリゲルが現れた。
「よし、見つけることができた」
「どうしたのよ、氷柱リゲル」
「ふん、下品な女に用はない」
「なっ、おっ、まっ、誰が下品よ!」
リゲルは、狼狽するソニアをうるさそうに手を振ってあしらうと、ロザリーンのほうへと向き直った。
「ロザリーン」
「はい」
「ダンスパーティー行くぞ」
「はい、喜んで。じゃあ、みんなまたね」
ロザリーンは、ソニアたちに手を振ると、そのままリゲルの手を取ってグラウンドのダンスパーティー会場へと向かっていった。
その様子を見ていたソニアは、むむむと唸ってキッと空を見つめて言った。
「ラムとダンスしなくちゃ!」
その直後、ラムリーザを探して駆け出した。
「そうね、ラムリーザとダンスしなくちゃ」
「ラムリーザ様と!」
ソニアと同時に、リリスとユコも駆け出した。残されたメルティアとヒュンナは、ぽかーんとした顔で去っていく三人を見つめているのだった。
「って何よ! なんであんたたちもついてくるのよ!」
「文化祭のダンスパーティーで踊り、キスをしたカップルは永遠に幸せになれる。これは寝取るチャンスですわ!」
「寝取るって言った! こいつ今、堂々と寝取るって言った! ちょっとリゲル、待ってよ!」
ソニアは、グラウンドへと向かっていったリゲルに追いついて、後ろから声をかけた。
「リゲル、ラムはどこ?!」
リゲルは、うるさそうに「部室」とだけ答え、そのままソニアを無視してロザリーンと共に校舎から出て行った。
それを聞いたリリスとユコは、当然のように部室へと駆け出すのだが、なぜかメルティアまでついていくのだった。
「ちょっと! なんでメルティアまで行くのよ!」
「ソニアたんから、ラムたんを奪うチャンス」
「くっ、どいつもこいつも……」
ソニアも必死で追いかけるが、巨大な胸が邪魔で走りづらく、どんどん差を広げられてしまう。
こうして一同は、元いた部室へとまっすぐ戻っていくのだった。一人残されたヒュンナは、仕方なくダンスパーティー会場へ見物に行くことにしたようだ。
ソニアたちが部室に戻ったとき、既にそこには誰もいなかった。
最後まで残っていたラムリーザは、ユグドラシルに頼まれてダンスパーティー会場で演奏をしている真っ最中だ。
「むむむ、ラムはどこに行っちゃったのよ……」
そんな事情を知らないソニアは、一人地団駄を踏んでいる。その隣で、リリスは何かを思いついたように、ポンと手を打って言った。
「ラムリーザを最初に見つけた人がダンスできるというルールで、正々堂々と勝負しましょう」
「いいですわ」
「よくない!」
「よいよい!」
リリスの提案に、ユコとメルティアは同意して、ソニアは反対している。そりゃあそうだろう。ソニア以外にとってはダメで元々、ソニアだけ奪われるというリスクがついているのだから。
「多数決で決まり、はいスタート!」
リリスはそう叫ぶと、真っ先に部室を飛び出していく。その後を、ユコとメルティアも追いかけて出ていった。ソニアが一人、部室に取り残されることになってしまった。
「勝手にしろ。どうせラムは、あたし以外とキスしないはず。精々一緒に踊ってくれるところまでが関の山ね」
ソニアは、ふんと鼻を鳴らすと、部室の中を見渡した。今日は、ここで一日中ラムリーザと一緒に演奏していたのだ。
「ラム、どこに行っちゃったの?」
ソニアは、誰もいないドラムセットを見つめてつぶやいた。なんだか寂しくなって、「ふえぇ……」と声が漏れる。
「ラムの嘘つき、ずっと一緒にいてくれると約束したのに……」
ソニアはドラム椅子に座り、何気なくスティックを叩きつけようとした。しかしそこで、叩こうとしたスネアドラムがないことに気がついた。
「太鼓が外れてる……?」
ソニアは、あることに気づき窓辺に駆け寄った。グラウンドから聞こえる音は生演奏だ。スネアドラムの音も聞こえる。
「ラムはあそこだ!」
ソニアは確信に近いものを得ると、急いでグラウンドへと飛び出していった。
「ラム! 今行くよ! ラムはあたしと踊るべき! あんな根暗吸血鬼や、呪いの人形、清らかさが足りない変態女なんかとダンスするなんて許さないから!」
ソニアは、ダンスパーティーの演奏会場へと駆けていった。
ソニアの足音が、板張りの廊下を乾いたリズムで叩く。
校舎の窓は、あちこちがまだ明るい。笑い声や歌声が、風に混ざって流れてくる。
だが、グラウンドから響いてくるのは、録音されたものではない「生の音」だった。かがり火が夜の底を揺らし、その音を確かに伝えていた。