過去も未来も置いて、踊り続けよう

 
 帝国暦九十二年 播種の月・騎士の日(現代暦:十一月中旬)
 
 
 ラムリーザは、演奏側としてダンスパーティーを満喫していた。

 踊ることに興味はなくても、演奏するのは好きだった。

 ジャレス、セディーナ、ユグドラシルといった先輩たちに混ざって、肩から吊ったスネアドラムを軽快に叩きながら、グラウンドに設けられた簡易ステージの上を左右に移動していた。

 時折立ち止まっては、グラウンド中央のかがり火を眺める。参加者はみんな、かがり火を囲む形で踊っている。

 グラウンドの端で眺めている生徒は、踊らずに空気だけを味わいたい派なのかもしれない。

 あ、チロジャルとクロトムガも踊ってる。ラムリーザがそう思いながら、再び動き回ろうとしたときだ。

「ラームッ!」

 ステージの端から、大声が響いた。

 ラムリーザが振り返ると、そこにソニアがいて、必死の形相でラムリーザを見つめている。今にもステージ上に上がってきそうだ。どうやら見つかってしまったらしい。どうせ、ダンスをしようという話なのだろう。

「ラム、踊ろうよ! ほら、リゲルとロザリーンも踊ってるよ! だからあたしたちも!」

 しかしラムリーザは、演奏を引き受けているので、ステージから離れるわけにはいかない。だからこそ引き受けた、というところもあったのだが……。

「ソニアの大声が聞こえたと思って来てみたら、ラムリーザはここにいたのね」

 リリスの登場に、ソニアはきつく言い放つ。

「ラムはあたしが先に見つけたのだから、あたしが踊るの!」

「ラムリーザ様発見!」

「ユコも遅い!」

 しかしソニアがステージに上がろうとしたところを、実行委員の生徒に止められてしまった。ラムリーザとのダンスは諦めろということだろう。

「それだったら!」

 ソニアはどこかへ駆け出し、再び戻ってきた時には、背中にベースギターを背負い、両手に小型のスピーカーと電源ユニットを持っていた。

「こら実行委員! あたしも演奏する。これなら悪くないでしょ? ラムも演奏しているんだし!」

 実行委員は、困ったようにユグドラシルのほうを見たが、ユグドラシルはうなずいて、好きにやらせろというサインを送った。
 

 
 そういうわけで、ソニアはラムリーザの横に並び、ステージを左右に移動しながら演奏を始めた。その光景は、手を取り合って踊れない代わりに、同じリズムで並んで動くその光景は、ダンスと大差なかった。

 ラムリーザが叩き出すスネアの鋭いアクセントに、ソニアのベースが地を這うような重低音で応える。視線を合わせずとも、互いの呼吸が音の粒となって重なり合う。

 リリスがそんな二人を見て、ダンスを諦めて自分も演奏しようとギターを取りに戻ろうとしたときだった。

 リリスがステージから少し離れると、目の前にジャンが現れた。ジャンは軽く微笑むと、リリスのほうへと一歩近づく。

「リリスさん。いや、リリス、俺と踊らないか?」

 リリスは驚いて目を丸くする。まさか自分が誘われるとは思ってもいなかったのだ。だが、目を見ただけで、ジャンは本気なのだとわかった。

「私はラムリーザと踊らなくちゃいけないので、失礼するわ」

 しかしリリスは、ラムリーザの名を出してジャンの誘いを断ってみた。

「そうか、やっぱり君の中ではラムリィ――ラムリーザの存在が大きいのか。俺の存在が大きくなるまで、お預けかな? じゃあ、俺は順番待ちってことで、焦る必要もないか」

 ジャンは回れ右をして、リリスに背を向けた。だがそのまま少し待っている。

 このときリリスは、なぜかジャンが立ち去るのに抵抗を感じていた。

 冷静に考えて、ラムリーザがソニアを捨てない限り、自分に出番が回ってくることはない。それどころか、ラムリーザの家は名家だ。幼い頃から一緒に過ごしてきたソニアならともかく、得体の知れない自分が周囲に認められることはないと言っていい。

 リリスは、表面上はソニアの邪魔をしていたが、根底にあるこの事実は受け入れていたのだ。

 それに、ラムリーザに「ジャンと親しくしておくのは良いことだ」と言われていた。

 ジャンはラムリーザの親友で、帝国有数のナイトクラブ経営者の息子だ。ラムリーザには劣るが、十分に裕福でもある。それに、新開地に新しい店を出す話も聞いていた。

 そこでリリスは、ジャンとの関係を少し密にしてみようと考えた。こうして誘ってくるということは、ジャンは今、誰とも付き合っていないのだろう。

「ジャン――」

 リリスの呼びかけに、ジャンはまるで「待ってました」とばかりに振り返った。すぐに立ち去らなかったのは、声がかかることを期待していたのだろう。

「踊りましょう」

「そうこなくちゃ」

 ジャンは、ニヤリと笑ってリリスに近づくと、その手を取る。

「でも、キスはまだよ」

 リリスの忠告にジャンは苦笑するが、「今はそれでいいか」と小さくつぶやくのだった。

 

 ステージからは、ジャンとリリスがダンスの輪に加わっていくのが見て取れた。

「へー、リリスがジャンとねぇ」

「ふん、リリスはジャンと付き合えばいいんだ。それでラムに付きまとわなくなるんだったら、みんな幸せ」

 ステージ脇のユコと、ステージ上のソニアが、それぞれの感想をつぶやいた。

 そのうち、何もすることがないユコは退屈になってきて、思わず大あくびをする。

「へっへっへっ、美人が台無しだねぇ」

「なっ、何ですの?!」

 ユコは突然横から声をかけられて、慌てて口を閉じて振り返った。キッと睨むと、そこにはあのレフトールが立っていた。

「暇そうにしてんなぁ、俺と踊る?」

「冗談じゃありませんの! 誰があなたなんかと!」

「ま、そうなるわな。じゃあ俺はもう帰るわ。んなバイナラ、ナライバ」

 レフトールはあっさりとユコを諦め、一人学校から立ち去っていくのだった。

 

 ステージではソニアが不思議な踊りを踊り、ラムリーザはその周りでスネアドラムを叩きながらぐるぐる回る。楽しそうなのか、不思議な光景なのか、よくわからない。

 そんな二人をよそに、ジャレスは甘い声でバラードを歌い始める。明らかに歌と太鼓のリズムの乗り方が噛み合っていないが、ダンスパーティーはどんどんいい雰囲気になっていった。
 

 
 会ったときからリリスに興味津々だったジャンは、一緒に踊りながら尋ねた。

「リリスって、ラムリーザ以外に好きな人っているのかな?」

 リリスは、少し寂しそうな微笑を浮かべて答えた。

「いないわ。それにラムリーザも微妙。ソニアをからかうついでにモーションをかけてるけど、彼はソニアで決まりよあれは……よっぽどのことがない限り……」

「そうだろうな、親公認の仲だしな。幼馴染ってのは、普通恋愛には発展しにくいものだが、昔からあいつらはお互いにお互いを求め合う仲だしな。ラムリーザは無意識のうちに修羅場を警戒している節があるし――ああいやいやなんでもない」

 ジャンは、笑みを浮かべて言葉を続けた。

「ちなみに俺はフリーだぜ。これ、ほんと」

「相手がいっぱいいて決められないんじゃなくて? くすっ」

 リリスも、妖艶な微笑を浮かべて答えた。

 

 また別の場所では、リゲルとロザリーンが二人の世界を築き上げていた。

「ロザリーン、本当に俺でいいんだな?」

「ええ、リゲルさんなら、私はかまいません」

「そうか……。それならラムリーザじゃないが、俺たちも新しい世界を作るか」
 

 
 リゲルはそう言うと、思い切ってロザリーンの頭の後ろに手を回して抱き寄せる。次の瞬間、二人は口付けを交わしていた。

 二人の影が重なった瞬間、周囲の喧騒が遠のき、世界には二人だけが残された。

 

 それらの様子は、演奏しているステージの上からよく見えていた。

「あっ、リゲルとロザリーンがキスしたよ」

「次の世界を二人で作っていくんだ、いいことさ。リゲルも、いつまでも過去に囚われていたんじゃダメだからなぁ」

 ソニアは不思議な踊りを止めて、ラムリーザを見つめて尋ねた。

「ねぇ、あたしたちはどうなの? キスしなくても大丈夫なの?」

「僕とソニア? この春から次の世界を作り続けているじゃないか。僕たちの愛の完成形は、まだわからない。だからいつまでも二人で探求し続けるのさ」

「なんかかっこいいこと言ってるね」

「雰囲気に酔っているだけさ」

 再びソニアは不思議な踊りを踊りだして、ラムリーザは周りを回りながら太鼓を叩く。どう見ても謎の雰囲気だった。これも愛の形の一つなのかもしれない。……いや、そんなわけあるか。
 
 ラムリーザは、こうして太鼓を叩きながら、夏休み明けから今日までを勝手に振り返ってしまう。
 
 偽造写真の騒ぎで、勝手に「浮気」にされ、偽のラブレターでは美人局みたいな真似まで仕掛けられ、レフトールの襲撃から決闘――あの一連は、正直胃に悪かった。

 でも、悪いことばかりじゃない。ユグドラシルやニバスみたいな、変だけど頼れる先輩とも出会えた。決闘の相手だったレフトールとだって、今は同じ学校の「仲間」として名前を呼べる。

 新開地は「フォレストピア」という名前に決まり、竜神殿や、シャングリラ・ナイト・フィーバー二号店の話まで動き出した。町が、ただの地図から、生活の場へ変わっていく速度が速すぎて笑う。

 体育祭の二人三脚も騎馬戦も、リレーでのリゲルとの一騎打ちも。文化祭のカラオケ喫茶も、こうして最後は生演奏で踊らせる羽目になった後夜祭も。

 たぶんこの期間は、レルフィーナが言っていた通り、ふとしたときに思い出すタイプの日々になるだろう。

 だから今日ぐらいは、余計な明日を考えずに、この太鼓の音に身を預けてもいい。騒がしくて面倒で、けれど愛おしいこの世界。

 

 夜空へ立ち上るかがり火の火の粉が、星々の中に溶けていく。ステージの上で笑い転げるソニア、ステップを踏むリリス、未来を誓い合うリゲルとロザリーン。響き渡る音楽と、若者たちの熱気。

 みんなのさまざまな思いを乗せて、ダンスパーティーは進んでいく。

 そのまま変わらぬ者もいれば、一歩進む者もいる。覚悟を決める者もいる――それぞれの思いを抱えながら。この思いを大切に、いつまでも平和に、仲良く過ごしていきたいものだ。

 新たな一歩を踏み出したが、先はわからない。だから今は、過去も未来も置いて、踊り続けよう。

 祭りは終わる。でも、ここで増えた名前と音だけは、ちゃんと残る。

 明日のことは明日考えよう。来年のことは来年考えよう。

 今はこれでいい。

 

 これでいい。

 
 
 

フォレストピア創造記 第一章 第三節 ~完~

 
 
 

 
 
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Posted by 桐代音若