ニバス先輩の、清くない聖地

 
 陽翼の月・学匠の日――(現暦換算:九月十六日)
 

 昼休み、ラムリーザとソニアの二人は、今日は学校の裏山にある秘密スポットに向かっていた。ちょっと遊ぼうかなと思って――遊びの内容は、ソニア曰く「チュウチュウドラマ」だとか。

 そこは、ラムリーザが三人の女の子に囲まれたことで、リゲルに「ラムズハーレム発祥の地」と言われてからかわれている場所だった。しかし人目につきにくく、大きな声で言えないことをするのに都合がいい。だから、からかわれても気にせず、時々来ている。

 

 ラムリーザは、この場所が好きだった。

 隠れた場所と言われているが、ここは静かな自然に囲まれ、森みたいになっている。そのおかげで強い日差しを遮ってくれるため、この時期でも涼しい。

 自然の中が好きなラムリーザにとって、お気に入りスポットなのだ。

 ソニアも、この場所が好きだった。

 夏休みに入る少し前に落ち込んだ時、ラムリーザに連れてきてもらったことがある。その時から、彼女にとって気晴らしのスポットになっていた。

 ただ、校内の一部の生徒にとっては「秘密のスポット」と呼ばれているのは、目立たず人目につきにくい場所でもあるので、男女がこっそりと会うのに都合がいいからだ。

 

 この日、ラムリーザとソニアが裏山に向かう前に、ちょっとしたやりとりがあった。

「ねぇラム、そろそろ学校でもチュウチュウドラマやってみない?」

「だから僕はそのドラマの登場人物じゃないってば」

 夏休み中、屋敷の自室だけじゃなく、あちこちでキスしてきたせいで、その範囲を学校にまで広げようとして、ソニアは調子に乗っていた。清い交際とやらは、本当にどこへ行ってしまったんだろうねぇ……。

「でもあの場所だと、他の人に見られることはないよ?」

「本当だな?」

「本当のはず!」

 とまあそんなわけで、二人は校舎の裏へ回り、しばらく行った場所にある裏山の入り口に到着した。

 いつもの入り口付近に近づいたとき、ラムリーザは違和感を感じた。そこには二人の男子生徒が、まるで見張りをしているように、並んで立っているのだ。

「君たちは、何をしているの?」

 ラムリーザは、知らない二人に話しかけた。これまでここに人が立っていたことはなかった。

「ここはこれからはニバスさんが管理することになった」

「ニバスさん? 管理? それじゃあもうここには入れないのか?」

 見張りの一人は、ラムリーザとソニアをじっと見つめる。ジロッと睨まれたので、ソニアもキッと睨み返した。しかし、さらに刺すような視線を向けられたので、ソニアはラムリーザの後ろに隠れてしまった。

「お前とその女との関係は?」

「恋人だ。将来結婚するつもりで、婚約者でもある」

 ラムリーザは、ここでも素直に二人の関係を述べた。別に隠す必要もないし、恥ずかしいことでもない。そもそも、そういう関係にしなければ、ソニアをこの地に連れて来ることはできなかったのだ。

 それに、この場では曖昧にしないほうがいい気がした。

「婚約者? この年で? ひょっとして偉いとこの人? 誰お前?」

 見張りの生徒が聞き返してくるのも無理はない。この年で婚約者というものは、一般的な家庭ではほとんどないものだ。

「僕は、ラムリーザ・フォレスター」

「フォレスター家……? 聞いたこと、あったか?」

 やはりここではすぐには分かってもらえない。

 これが帝都だったら、一発で顔パスになっていたのだが、このような辺境にはあまり名声が届いていない。もしくは、帝国宰相であるラムニアスのフォレスター家は知っていたとしても、まさかこのような辺境にその子息が住んでいるとは思えないのかもしれない。

 見張りの二人がそんな感じなので、ソニアは少しイラッとしたようだ。ラムリーザの背中から顔を出して、大声で文句を言った。

「田舎者は帰れ!」

「何だと?」

「あたしわかっちゃった。あんたたち田舎者なんだってね、あはは」

 ソニアは、ラムリーザの後ろに隠れたまま、にらみ合いを始めてしまった。どうやらソニアの強気の半分は、ラムリーザの加護があってのものらしい。

 その時、ラムリーザの背後から落ち着いた声が聞こえた。

「何を揉めているのだ? 揉めるようなやつらは追い払えと言っただろ?」

「あ、ニバスさん……」
 

 
 ラムリーザがはっと振り返ると、いつの間にか威厳めいたものを感じさせる男子生徒が現れた。その声は落ち着いている――というより、場を支配するのに慣れた声だった。

 どうやらこの人が、先ほどから名前が上がっているニバスらしい。

「ニバスさん、フォレスター家ってありましたっけ?」

「フォレスター家、フォレスター…………。帝国宰相?」

「それは父です」

「ふむ、証拠は?」

「連絡でも入れますか?」

 ラムリーザは携帯端末キュリオを取り出して言った。

「わかった、信じよう」

 こうしてあっさりと通してもらい、ラムリーザとソニアは、ニバスと共に裏山の茂みの中へ入っていった。

 

 木陰に腰を下ろすと、あたりは一気に静かになった。

「えっと、なぜここを管理するんだ? せっかくの静かな場所なのに」

 ラムリーザは、これまで平凡な自然だったのに、ここに管理の目が入ることがあまり気に入らなかった。

 そのことに関して、ニバスはこう答えた。

「最近風紀監査委員の目が厳しいので、ここは隠れて遊ぶスポットとして本格的に利用することにした。俺は二年生のニバス・ジェルダイン。君は恋人同士の遊びに否定的か? 肯定的か?」

「おおっと、先輩だった。……えっと、肯定的です。じゃなくて、こほん。ここってそういう場所にするんですよね?」

「そうだ、ところでその女は?」

「恋人です」

「証拠は?」

 ラムリーザは、冗談ではなさそうだと感じた。そこで、ソニアの頭に手を回してぐいっと近寄せ、キスをしてみせるのだった。むろんソニアも嫌がらない。

「なるほど、わかった。冷やかしじゃないな。ふむ……、その行為を判別材料にしよう」

 ニバスがなぜこのようなことを始めたのかを聞くと、今まででも校内で密会するようなカップルが多かったのだが、ここ最近になって、写真部がパパラッチみたいなことを始めたそうなのだ。

 そのことで苦情が入ったらしく、ニバスは動き出したというのだ。聞いた感じでは、ニバスは何というか、そういう色恋沙汰の中心人物らしい。

 写真部の件なら、ラムリーザにも心当たりはあった。最近偽造写真を見せられて、めんどくさいことになった記憶が生々しい。

 そういうわけで、安心して遊べる場所を用意する、ということらしい。なにやら妙に手慣れている。こういう「遊びの仕切り」が、日常なのだろうか?

「でも、清い交際ならキスはしないんじゃ……」

「大丈夫、ここは清くない交際の聖地にする」

「……なるほど、慈善事業、なのかなぁ」

 そう問いかけるラムリーザに、ニバスは「いや、俺が落ち着いて落ち着かないことで遊びたいだけ」と答えるのだった。

「一つ約束だ。ここで遊ぶことは、これまで以上に秘密にすること」

「それはいいよ、ソニアもしゃべるなよ」

「うん、お口にチャック」

「よし、それでは好きなだけ楽しむがいい」

 そう言い残すと、ニバスは森の中へと消えていった。

 

 ラムリーザとソニアは、自分たちのいつものスポットへと移動した。

 そこは、山から流れる川のせせらぎが聞こえるよい場所だった。そこには大きな岩が一つ転がっていて、川のそばにいても日陰を提供してくれていた。周囲には、リリウムの花が咲いている。

「ソニア、今日はどうする? 普通に? それとも変化球?」

「えーと……」

 ソニアは首をかしげて考え、選んだのは「後ろから」という難解なものであった。

 ソニアの言うチュウチュウドラマを後ろから再現するとなれば……。

 ラムリーザはソニアを座らせると、その後ろから立ったままソニアの顎を持ち上げる。するとソニアは、座ったまま上を向くことになる。そこに後ろから口を近づけると、二人の顔は上下反対に近寄ることになった。

 いわゆる、逆さキスというものだった。

「全く、これは何だろう……」

 しかし、逆さキスというものを知らないラムリーザは、即興で思いついたことをやったのだ。だから妙な気分になってしまい、ソニアの隣に座り考えこんでしまった。

「別にいいじゃないの、あたし面白かったよ」

 ラムリーザが妙に冷静に、自分たちの行動を考察し始めたので、ソニアは不安になったのか、身を寄せて聞いた。

「ねぇ、あたしたち、ずっと一緒だよね?」

「ああ、ソニアが僕のことを嫌いにならない限り、ずっと一緒だ」

「どう保証してくれるの?」

「ん? なんだまた不安か?」

「そうじゃないけど……」

「毎日、今もこうして僕の右脇に引っ付いていて、そう思う?」

「あ、いや……」

「ここは世界でたった一つ、君のための特等席。そこにいることができるということが保証にならない?」

「ラム! あたし幸せ!」

 こうして二人は、「学校でも大丈夫」という前例を作ってしまった。

 

 

 この日の放課後、ラムリーザは久しぶりに交換日記を手にすることになった。グループの中で最後に回ってきたらしいリゲルから、無言で手渡されたのだ。

 リゲルも律儀に参加しているということは、大分丸くなったとでも言うのだろうか。ロザリーンとの交際をきっかけに、リゲルももっと愉快な人になってくれたらいいものだ。

 下宿先の自室に帰ってから、ラムリーザは半分は期待と、半分は不安――特にソニア辺りの書き込み――を感じながら、交換日記を開いた。

 

 

 陽翼の月・森人の日 ソニア

 黒魔女と呪いの人形は、一度お医者さんに頭の中見てもらったらいいと思う。人の彼氏を寝取ることしか考えていない。それにラムも何? 恋人募集中って二股宣言? ダメダメ、ラムにはちっぱいは似合わないから残念。

 この世界すべての幼馴染同士は幸せになるべきだと思うの。ぽっと出の濡れ魔女や悪魔人形なんかに邪魔されることがあってはダメなの。だから、中途半端魔女はハマクリボウと付き合うのがいいと思うし、不気味人形は結婚したければアラオバンタクミとすればいいと思うの。

 リリスとユコがでしゃばらなければ、私はリア充になれるということでおしまい。

 

 

 陽翼の月・星々の日 ロザリーン

 日記で喧嘩とかやめましょうね。親睦を深めるための交換日記ですよ。見苦しいから喧嘩の続きは個人メールでやってね。

 昨日、空いちゃってごめん。昨日は学校が終わった後、久しぶりに兄と買い物に出かけました。楽器屋でバイオリンを見たり、新しいオカリナを見たりしたよ。ゲームセンターでエアホッケーで兄に勝てたら、好きなものを買ってあげるって言われたけど、そういう時って兄はいつも本気を出してくるから勝てなかった。

 でも、ここ数ヶ月毎週のように帝都に行ってるから、なんだかエルム街では物足りなくなってきたなぁ。ラムリーザさんが創ることになる新しい街に期待かな。

 それではごきげんよう。

 

 

 陽翼の月・騎士の日 リゲル

 

 以下に、頭の悪い奴には読めないインクで書き記す。

 

 

 以上

 

 

 ラムリーザは、ソニアの罵詈雑言にため息をつき、ロザリーンの日記にほのぼのとし、リゲルの書いた内容を読んで、「あ、これいいな」と思った。

 交換日記を正直めんどくさく思っていたのだ。リリスからソニアまでの流れを見て、自分が蒔いた種だということを忘れて、こんな交換日記やりたくないと思い始めていた。だから、リゲルの書いた内容を真似して書くことにした。

 

 

 陽翼の月・学匠の日 ラムリーザ

 

 以下に、心の綺麗な人にしか読めないインクで書き記す。

 

 

 以上

 

 

「これでよし」

 ノートを閉じる音が、部屋の静けさにやけに大きく響いた。

 今日、裏山は「秘密の場所」から、「管理された秘密」に変わった。

 誰にも見つからないはずの逃げ場が、誰かの手のひらの上に乗った――そう思うと、少しだけ落ち着かない。

 けれど、ソニアが右脇の特等席で笑っていられるなら、まあいいだろう。

 面倒なものは、上手に濁して、静かな場所だけは守っていこう。
 
 
 
 
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Posted by 桐代音若