屋上は雨、廊下は修羅場
陽翼の月・星々の日――(現暦換算:九月十四日)
昼休み、ラムリーザとソニアの二人は、今日も屋上に行こうとしていた。屋上は風が心地よくて涼しいので、暑い時期はいいスポットになる。
本当はもう一つ、学校の裏山という秘密スポットがあったが、二人にとって今は屋上がお気に入りの場所だ。
普段は屋上への扉の鍵が閉まっていて誰も入れないのだが、天文部のリゲルがいつも鍵を持っているので、貸してもらうよう頼めばいつでも行くことができた。そういう事情もあって、他に人が来ない特別な場所という感じがする。そこがさらに気に入る要素だった。
今日もリゲルに鍵を借りて屋上に行こうとしたところ、リリスとユコの二人もついてきてしまった。
「何よ、お邪魔虫!」
ソニアにとっては、ラムリーザと二人きりになれるチャンスを潰そうとする相手なので、非難の声を上げた。だが、リリスとユコも平然としたものだ。もうソニアの怒声には慣れっこだった。
「あなたは家でいくらでもいちゃいちゃできるでしょう? だから学校にいる間ぐらいは私たちがいてもいいでしょ? ねぇ、ラムリーザ」
「それもそうだな、ソニア、我侭はいかんぞ」
「むー……」
そういうわけで、四人で屋上へと向かっていった。
早く涼みたいが、急ぐと暑くなってしまう。また、廊下や階段を走れば注意されるかもしれないので、四人は隊列を組んで、堂々と、粛然と進んだ。
「えーと、隊列。あたしは騎士で、ラムはレンジャーで、リリスは使えない魔女で、ユコは――」
「荒れるような会話はやめなさい」
「私は勇者ですの」
「勇者はなし、ユコは山賊」
「何ですの?! 山賊って思いっきり敵じゃありませんの?!」
……案の定、荒れた。ラムリーザはため息をついて、一人そそくさと隊列から外れた。

屋上に出る扉を開くと、そこは雨の降る世界と化していた。入り口そばに並んで立ちつくしているリリスとソニア。外はざあざあと雨が降り続いている。
そのおかげで、晴れている日に比べれば、室内でもある程度は涼しい。
「あーあ、雨が降っているなぁ」
「あなたがてるてる坊主を作らないからでしょう?」
「別にあたし雨降っていてもいいもん」
「そうねぇ、雨を浴びたら今夜シャワー浴びる必要なくなるからねぇ」
「何それ?」
「あなた、濡れ女でしょ?」
「誰が濡れ女よ、魔女! 中途半端能力!」
「何が中途半端なんだか……」
「法力魔法も中途半端、器用さも中途半端。物理戦闘もダメ。一番使えない職業が魔女よねぇ。リリスは魔女、可哀想……」
「は? まごまごまじょまじょ、魔女は誰? どちらかと言うと、私は詩人だと思うけどね」
ソニアのゲームの話についてくるリリスは、同じゲームをプレイしたことがあるようだ。ラムリーザは、先ほどソニアがユコに押し付けた山賊も、そのゲームではプレイヤーキャラで選べるのかもしれないと思った。
「詩人? ゲームのセリフでしか詩を書けないくせに」
「電波ソングを書くあなたに言われたくないわ」
「何よ! 根暗吸血鬼!」
興奮が最高潮に達したソニアは、叫びながらリリスの足に手を伸ばし、サイハイソックスの裾をつまんで、ずりっと落とした。この妙な行動が、根暗吸血鬼呼ばわりが平気になった今のリリスに対して、一番効果的だということをソニアは知っているのだ。
「ちょっと! 何すんのよこの変態乳牛!」
案の定リリスは慌てて取り乱す。まぁ、リリスに限らず誰でもこんなことをされたらびっくりして取り乱すだろうが……。
「こら、妙なことはやめなさい」
ラムリーザは、ソニアとリリスの間に割って入って、これ以上荒れるのを防いだ。
そんな様子を、ユコは雨音を聞きながら笑って見ていた。
ソニアは、ざまあみろといった笑みを浮かべて、雨の降る外へと視線を戻した。
リリスは不機嫌な顔をして靴下を直していたが、ふと何かを思いついたかのように、ラムリーザの手を引いてソニアから引き離した。ソニアはリリスの行動に気づかず、まだ外を眺めている。そこでリリスは、ラムリーザの顔を寄せて小声で言った。
「ここは他に誰も来ないよね?」
「い、いや、ソニアがいる、ユコがいる。君もいるし、僕もいる」
ラムリーザは急に顔を近寄せられて、慌てて言った。二人の会話は、雨音に紛れてソニアには届かない。
「静かに。屁理屈はいいからそこに座って」
ラムリーザはリリスに押されて、階段に座らされた。リリスはラムリーザの座った前、階段を一段降りたところに膝をつき、そのままラムリーザを押し倒した。ラムリーザは、階段を上りきったところに寝転がる形になった。
そしてリリスは、ラムリーザに身体を預けて後ろ向きに乗りかかってくる。
このポジションは……。これは初夏の終わりごろ、ラムズハーレム誕生の瞬間のポジションじゃないか……。
「こらぁ! ちっぱいはラムと密着するなぁ!」
ようやくそこで気がついたソニアが、リリスの大胆不敵な行動に腹を立てて、大声を上げて二人に突進してきた。
リリスはソニアの体当たりを踏ん張ってこらえる。リリスをどかせられないと判断したソニアは、ラムリーザの右脇にしがみつく。さらにユコも、ラムリーザの左側に座って、ラムリーザの左手を握った。
やはりこの体勢か……。
こうなるとラムリーザは動けない。屋上の入り口で逃げ場がないので、諦めてハーレムを受け入れることにした。
開かれた入り口からは、雨の降る音が聞こえている。少し強くなったか?
「雨ねぇ……」
「雨ですわねぇ……」
「ねぇラム、今日傘を持って来てないよ」
朝は晴れていたためである。
「ん~、仕方ない。使用人に車をよこしてもらおう」
「そうだわ」
その時、リリスが急に身体を反転させ、ラムリーザの上にうつ伏せの体勢でのしかかる形になった。
ラムリーザとリリスは顔を向かい合わせる形となり、しかも距離が近い。さらに、ラムリーザの胸の上には、大きなリリスの胸が乗っている。ソニアが規格外なので普段は目立たないが、リリスも十分に大きいのだ。
「ラムリーザあなた、ハーレムに興味あるかしら?」
「荒れることは言うんじゃない」
ラムリーザは、右隣からの刺すような視線を気にしながら答えた。
「それじゃあ質問を変えるわ。人間と乳牛、どっちがタイプかしら?」
何だこの二択は? と困惑する。ユコはくすくすと笑っているし、ソニアは当然……怒っている。
「誰が乳牛よ! それならあんたも人間じゃなくて吸血鬼じゃないのよ!」
「あら? 乳牛だという自覚はあったのね?」
リリスはそう言って、ソニアに蹴りを入れてラムリーザから引きはがし、さらに左手でソニアを少し離れた位置まで押しのけた。それからラムリーザの胸に顔を埋めた。
ソニアは憤怒の形相で身体を起こし、ラムリーザの傍に戻りリリスを引き剥がそうと手を伸ばした。
しかし何を思ったか、その手を引っ込めて、ラムリーザの足元、階段を数段下りていった。
邪魔者がいなくなったリリスは、顔を上げてラムリーザに微笑を向けた。これから少しずつ誘惑して――と、その顔がいきなり引きつった。
「ちょっと何すんのよ、この変態乳牛!」
ラムリーザは驚いた。突然顔の前でリリスが叫んだのだ。一体何が起きた?
リリスが跳ね起きたので、自由になったラムリーザは身体を起こし、その原因を見てまたため息をついた。
またか……。そういえば変態乳牛発言で気がつくべきだった。
リリスの足元を見ると、左足の靴下がふくらはぎの下あたりまでずり下ろされている。ソニアにまたやられたのだ。

リリスはラムリーザを誘惑することは忘れ、ソニアに飛びかかっていった。まるでキャットファイトのような、壮絶な取っ組み合いだ。
美少女台無し!
そのままリリスはソニアに乗っかり、マウントポジションをとった。さらに左手でソニアの両手首をがっちりとつかみ取って、反撃を抑えると同時に片手をフリーにした。その空いた右手をソニアの胸――ではなく、鎖骨のあたりを押さえ、逃げられないようにした。
「ふえぇ……」
ラムリーザはそろそろ止めようかと思って動きかけたところ、突然後ろからユコに覆い被さられてびっくりして動けなくなった。
「な、何だ?」
「吸血鬼と乳牛は放っておいて、人間同士、親睦を深めましょう」
ラムリーザは、これが以前ユコが言っていたことか、と理解した。ソニアとリリスを争わせて疲弊させ、その隙に掻っ攫うとか言っていたっけ? 今日のこのやり方自体、その言葉を実行した好例かもしれない。
リリスは一通りソニアの動きを封じた後、今度はくすぐり攻撃を仕掛けた。のしかかったまま逃がさないようにして、わきの下をくすぐっている。
「や、やめっ……、ふえぇっ……」
ラムリーザは、この破廉恥な状態を止めさせようとしたが、ユコは今度はラムリーザの正面に回って、神妙な顔つきで尋ねた。
「ところでラムリーザ様、『見せられないよ』って知ってますの?」
「み、見せられないよ? 見たら石になるとか?」
「いいえ、ただの『見せられないよ』ですわ。例えば18禁ゲームの映像を紹介する時、あのように――」
「ふえぇっ、ラム、助けてっ、ひゃはっ……」
「――際どいシーンが出てきたときに、それを別の絵で被せることで健全な絵にすることですの」
「へ、へぇ。それで、どうなるのかな?」
ラムリーザはソニアを助けてやろうとしたが、そのたびにユコはラムリーザに合わせて身体を動かして邪魔をする。
「こうなるのですわ」
ソニアはリリスから逃れようと体をよじり、それを逃がさないようにリリスは押さえつけ、二人は壁際に頭をぶつけるまで転がっていって、ラムリーザのいる方角にお尻を向けて――これ以上は見せられないよ!
………
……
…
リリスは満足したような顔でソニアを解放し、ずり下ろされた靴下を元に戻していた。
一方ソニアは、笑い疲れたのか放心状態でぐったりとしたまま、ピクピクと痙攣していた。
それらを見て、ユコは思いっきり他人事のように言った。
「あらら、ソニアはリリスに昇天させられてしまいましたわね」
「いや、待って? これ百合? 僕は目の前でソニアをリリスに寝取られたの?!」
「ラムリーザ様には私がいますわ。ソニアなんかはリリスにあげて、ラムリーザ様は私と……」
「いやちょっと待って、待って待って、待ってくれ!」
その時、昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴った。お遊びはここまでだ。
「ソニア、立てるか?」
ラムリーザはソニアを起こそうと手をかけたが、リリスの執拗なくすぐり攻撃ですっかり疲れ果ててしまったのか、なかなか立ち上がらない。
なんとか肩を抱えて立ち上がらせたが、階段を降りる足はふらついている。それに加えて、大きな胸に隠れて足元が見えずおぼつかない足取りで階段を降りていて、今にも踏み外しそうだ。ラムリーザの服を掴む手には、力がなかった。
そんなソニアを見て、リリスはクスッと笑い、先に行ってしまった。
ソニアは、ラムリーザに支えられて教室まで戻ったが、席に座ってもぐったりしたままだった。
ラムリーザはリゲルに屋上の鍵を返して席に着き、ソニアの様子を確認する。
ソニアは、机に突っ伏して動かなくなってしまった。ラムリーザの助けが入らなかったため、リリスに相当くすぐられてしまったようだ。
ラムリーザは、なんだか悪いことをしたなと思ったが、ユコに邪魔をされたのだから仕方がない。
授業が始まって、こんな微妙な状況でソニアは朗読を指名されてしまった。なんて運がないのだ……。
ソニアは教科書を持って立ち上がったが、なかなかしゃべり出さない。読めないのかしゃべれないのか、これは恐らく後者。
静まり返った教室に、ようやくソニアの一言が響き渡った。
「ふえぇ……」
教室の空気が、そこで一瞬だけ止まった。
窓の外の雨は、もうさっきの屋上みたいに騒がしくはなくて、ただ静かに降っている。
変な昼休みだった。止めるべきところで止められなかったのは、ユコのせい――と言い訳したいけど、結局いちばんぼんやりしていたのはラムリーザ自身だった。
ソニアの肩が小さく震えているのを見て、次はちゃんと助けようとだけ思った。