金貨八十三枚と、田舎の常識
陽翼の月・太陽の日――(現暦換算:九月十三日)
休み時間、ソニアは机に硬貨を並べて数えていた。
「百エルド銀貨一枚、二枚、三枚、四枚。千エルド銀貨一枚、二枚。十エルド銅貨一枚、二枚、三枚、四枚…………、十二枚――」
「何やってんだ?」
ラムリーザは、またソニアの奇行が始まったのかと思って尋ねてみた。
ソニアの前には、硬貨が一枚ずつ並んでいる。ぱっと見た感じ、何かの儀式をやっているのかと思わせる光景だ。
「私たち、どのくらいお金持っているか数えているの」
よく見ると、そう答えたリリスも前の席から振り返り、ソニアの隣に硬貨を一枚ずつ並べていた。
「玉入れみたいな感じですわ」
ユコも前を向いているのでラムリーザの位置からは背中しか見えないが、同じように硬貨を並べている動作が見て取れる。確かに運動会などで玉入れが終わった後の、玉の数を数えている様子に見えなくもない。
いったい何のイベントが始まったのだろうか。
ここエルドラード帝国では、エルドという単位の通貨が使用されていて、金貨、銀貨、銅貨から成り立っている。
銅貨百枚で銀貨一枚、銀貨百枚で金貨一枚という関係になっていた。ちなみに物価の目安は、缶ジュース一本が100エルド銀貨一枚といったところだ。
補足すると、銅貨には1エルド、10エルド、50エルドの三種類があり、銀貨には100エルド、500エルド、1000エルドの三種類がある。そして金貨一枚は10000エルドに該当する。
「二十三枚、二十四枚、二十五枚――」
「二十七枚、二十八枚、二十九枚――」
ソニアとリリスはぶつぶつ呟きながら、1エルド銅貨を一枚ずつちまちまと並べている。
ラムリーザは、そんな様子を見ていてじれったくなってきて口を突っ込んだ。
「そんな数え方だと日が暮れるだろ、こう数えろよ」
そう言ってラムリーザは、自分の硬貨入れを取り出す。それは二袋用意していて、片方は金貨入れ、もう片方は銀貨と銅貨入れにしていた。
そこで、まずは金貨入れに手を突っ込んで、十枚ずつ積み重ねて机に並べ始めた。それを八回繰り返した後で、残った三枚を隣に並べた。
「ほら、これで八十三枚。こうすれば効率よく数えることができるだろ?」
ソニアは拗ねてしまい、一方でリリスとユコはぽかーんとしている。
「どうした? コカトリスの石化の術でも食らったような顔をして」
「すごい……」
「すごいですわ……」
「いや、そんなことで驚かれても困る。効率よく金貨を数えただけじゃないか」

完全に動きが止まってしまった二人を尻目に、ソニアは拗ねたまま、言われたとおりに銅貨を積み上げ始めた。
「十、二十、三十――」
「いやいやいや、ソニア。あなた、何受け入れてるの?」
「金貨八十三枚ですのよ?」
効率よく数え直し始めたソニアの横で、リリスとユコが騒ぎ立てる。ソニアはうるさそうに言い返した。
「それがどうしたのよ。だからあたしも数え直しているんじゃないの、文句ある?」
「そうじゃなくて!」
どうやらリリスとユコは、ラムリーザが効率よく数えたことに本気で驚いているようだ。
ソニアは昔からちょっと間の抜けたようなところがあるが、リリスとユコはどうなのか。いや、ここは田舎だから、ひょっとしたらその程度で驚いたのかもしれない、とラムリーザは考えていた。
ラムリーザは、ついでに自分も所持金を確認しておこうと考えて、もう一方の硬貨入れからも銀貨と銅貨を取り出して積み上げ始めた。
「とにかく一枚ずつ数えるのは、非効率的」
そう言って残りの硬貨も積み上げ終わり、所持金の確認はすみやかに終わった。
「数え方じゃないですわ、八十三枚ですの?」
「見たらわかるよね。えっと、残りも合わせると、全部で838861エルドになるね」
「いやいやいやいや……」
リリスはラムリーザの前に積まれて並べられた硬貨を見つめたまま、うろたえたように口をパクパクさせている。よく見るとユコも、じっと見つめたままだ。
「ラムリーザ様は、どれだけ持っ――いえ、月々いくらもらっているんですの?」
「ん~、月の生活費として、実家から金貨五十枚が送られてきているね」
「いやいやいやいや……」
リリスはさっきから「いやいや」としか口にしていない。
「いや、兄さんは月に金貨五百枚ぐらい国から支給されているし、父は三千枚ぐらい支給されているから、自分は大したことないよ」
「いやいやいやいや……」
ラムリーザの父は帝国宰相だし、兄も城勤めだ。国からそのぐらい支給されていても不思議ではないのだが、リリスは完全に言葉を失ってしまった。
その隣でユコは、引きつった笑顔を見せながら言った。
「そんなにもらっているのでしたら、私に月五枚……いや三枚、いや二枚でいいから、分けてほしいですの……」
「ん? お金に困ってる? 借りるのか?」
ラムリーザは、硬貨を袋に片付けながら尋ねた。
「いえ、貸し借りじゃなくて分けてもら――」
「何ずうずうしいこと考えてるのよ」
ユコの言葉をかき消すように、ソニアの不機嫌そうな声がかぶさった。
「はい、あたしは4971エルド持ってる。あんたたちの小遣いは?」
「私は千エルド銀貨を五枚、5000エルドもらってますわ」
「私も同じ……、ソニアは?」
「えーと……、あれ? あたしいくらもらってるんだろう? 親と別居しているし、あれぇ?」
「ああ、ソニアの生活費も僕がもらっている中からやりくりしろと言われてる。いくら渡したらいいかわからないから、いつもおつりを全部あげているだろ?」
そういえば、携帯型情報端末キュリオはソニアには手が出せず、ラムリーザに買ってもらっていた。
「ああ、ソニアにいつも支払いさせてるのは、そういうことね」
「そのことで、何だか変な噂が立っているみたいだけど、別にそれは好都合ですわ」
「そっか、5000エルドか。はい今月の生活費。ところで変な噂って何?」
ラムリーザは、手持ちの中から1000エルド銀貨を五枚取り出してソニアの前に置きながら尋ねてみた。
「いえ、その、ラムリーザ様は、デートの費用を全部彼女に出させる男だって陰口を叩いてるのを聞いたことがありますの。たぶん二人で食事に出掛けたときとかを見られたのだと思いますわ」
「あー、そうか。傍から見たらそう見えるねぇ……まいっか」
ラムリーザは悪い噂を気にしないことにした。誤解されたままでも、大きな悪影響はないだろう。ソニア一筋と考えているので、他の娘がこんな理由で寄ってこなくなるのはむしろ都合がいい。
ん? ユコも好都合と言っていたような……。まさかライバルを減らすため?
「で、あたし数えたよ? あんたたちは?」
「あ……」
リリスとユコは思い出したかのように硬貨を数え始めた。今度は十枚ずつ束にまとめながら。
「お前、身辺警護とか大丈夫か?」
お金の話が終わって静かになったとき、後ろの席にいるリゲルがラムリーザに尋ねた。
「身辺警護?」
「どう見てもお前は要人だろ? よく考えてみたら、領主になるような奴を一人で遠方に送り出すとは、お前の家族も無用心じゃないのか? それに、そんなに金を持ち歩かないほうがいいぞ」
リゲルは、ラムリーザの所持金などを見てそう考えた。金貨八十三枚は持ちすぎだ。悪い奴が奪いに来ても不思議じゃないと言いたいのだろう。
「一人じゃない、あたしがいるよ!」
ソニアが大声で突っ込んできたが、リゲルにギロッと睨まれて慌てて顔を背けた。
「いや、ここは田舎だから大丈夫じゃないのかな?」
ラムリーザからすれば、普通に貨幣を所持しているだけだったので、その額がどうとか考えたこともなかったのだ。それに、父や兄と比べたら、全然大したことないと思っているのだ。
リゲルは軽くため息をついた。
「おぼっちゃん、あのね――」
まるで子供をあやすような口調で言いかけたが、すぐに普段の口調に戻して続けた。リゲルは、ラムリーザを馬鹿にしたりおちょくったりしようという考えは、全然持っていないのだ。
「――田舎とは言え、やばいやつはいる。むしろ田舎のほうが危ない。例えばこの学校にも、俺が知る範囲で厄介な奴は二人いるぞ。いや、大将がその二人で、その取り巻きも含まれるか」
リゲルの話では、この学校にもつっぱった奴がいるということだ。
だがラムリーザは、つっぱった奴と聞いてもあまり脅威に感じていなかった。そういう人は帝都にもいたし、その中でもアキラとは、利害関係が崩れない限り友好的だった。また他のグループも、ラムリーザ、というよりフォレスター家の者に手を上げようとしなかった。かつて一人手を出してくる奴がいたが、そいつの末路は……。
「とりあえずウサリギ・ファイヤンダ、レフトール・ガリレイ。この二人には気をつけろ。まぁ、二人とも普通にしていたら絡んでくることはないと思うが、念のため、な」
「リゲルも良いとこの出じゃないのか?」
「お前とは規模が違う。あと、そんなに金貨持ち歩くな。せめて十枚ぐらいに留めて、残りは屋敷で管理してもらっとけ。十枚でも普通は有り得ないのだがな……」
「うん、わかった。用心しとくよ」
……なるほど、とラムリーザは思った。
帝都にいた頃は、金貨は「重さ」でしかなかった。誰もが似たように持ち、似たように使うから、目立ちようがない。
けれど、この街では違う。金貨一枚で、人の視線が変わる。まして八十三枚なら、なおさらだ。
「田舎のほうが危ない」――リゲルの言葉が、少し遅れて腑に落ちた。
ウサリギ・ファイヤンダ、レフトール・ガリレイ。名前だけで、まだ輪郭のない相手だ。
それでも、帝都のアキラみたいに、利害が噛み合えば話が通じる……そんな都合のいい想像をラムリーザは捨てきれない。
だからまずは、財布を軽くするところから始めよう。十枚でも十分すぎる、と言われたのだから。
しかしこの時のラムリーザは、後にこの二人を交えてややこしい話に巻き込まれることになろうとは、思いも寄らなかったのであった。
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