戸惑いの制服試着

 
 風花の月・詩歌の日――(現暦:3月30日)
 

「そういえば、これから通う学校は制服指定だったね」

 その言葉に、ソニアは一瞬キョトンとした顔をする。

 これまで帝都で通っていた学校では、制服もあったが私服も認められていた。名家の子息やお嬢様たちは、格式ある服装や華やかなドレスで通学することが多く、それが暗黙の常識になっていた。

 だから、制服指定という言葉は、彼女にとって少し不自由で窮屈な響きを持っていた。

「え、そうなの?」

 ソニアの声は驚きと戸惑いで揺れた。その表情には、不満がうっすらと浮かんでいる。

 普段から素足で過ごすことを好む彼女にとって、太ももの半分以上を覆うサイハイソックスは、どうしても馴染みにくいものだ。脚を自由に動かしたい感覚や、肌に何も触れさせたくないという思いが、制服の規定とぶつかっていたのである。

 ラムリーザはそんなソニアの様子を静かに見つめながら、心の中でかすかにため息をつく。

 理解していないわけではない。ソニアの不満や抵抗感の理由は十分に分かる。

 だが、制服を着ることは避けられない現実でもある。だからこそ、少しでも前向きに受け入れてもらえるよう、彼女の気持ちに寄り添いながら励ますしかないと考えた。

 午後の柔らかな光が差し込むラムリーザの部屋で、二人はゆったりとした時間を過ごしていた。特にやることもなく、ただのんびりとした空気が漂っている。

 そんな中、今朝届いた制服を手に取り、試着してみることになった。

「あーあ、ブラウスかー……」

 ソニアは手にした制服を前に、困ったように眉をひそめる。袖を通すのも一苦労で、普段着慣れたゆったりした服とは勝手が違う。

 ラムリーザはそれを見て微笑んだ。普段は大きめのニットに隠れていたソニアの体の線が、この制服では自然に見えそうだ、と感じた。

「そんな顔しなくてもいいじゃないか、そんなだぼだぼじゃなくて、かわいいのを着ることになるんだしさ。ブラウスだって、思ったよりかわいいって」

「ラムは何もわかってない!」

 怒ったように言いながらも、ソニアはあきらめたように目を伏せ、袖に腕を通していく。

 その動作には少しずつ覚悟が見て取れる。これから二人で過ごす学校生活、避けられない制服の着用。ソニアの中で、不安と少しの期待が入り混じりながら、ゆっくりと制服という現実を受け入れ始めていた。

ブラウスは柔らかな布地で身体に沿うが、普段の服とは違い、胸の膨らみに少し圧迫感を覚える。上から三つ目のボタンを留めるのが精一杯で、それ以上はどうにもならなかった。

「……くっ」

 思わず小さな呻き声を漏らすソニア。

 ラムリーザはすぐにその理由に気づいた。普段から隠れていた胸の大きさが、ブラウスの中で無理なく収まらず、彼女を困らせているのだ。

「そうか……これはブラウスのほうが小さいんじゃなくて、確か98cmだったっけ、ソニアのほうが……」

「あたしもなりたくてこうなったんじゃないのよ……。これ、どうしたらいいのよぉ……」

 ソニアは恥ずかしさといら立ちで顔を赤くしながら、上半身の布を押さえた。

 つまり、胸が大きく成長しすぎて普通の服が着られなくなったので、仕方なくゆったりとした服ばかり着ていたのだった。

 ソニアの胸元は大きくはだけ、胸がこぼれそうになっている。ブラウスの上から着るベストも、結局胸が邪魔でボタンは留められなかった。

 乳袋という便利なものがないと、こうなってしまうといういい例である。

「うーん、下着が見えそうだね」

「後でハーフカップのブラを仕立ててもらうように、お母さんにお願いしておく……」

 それでも次に進むために、スカートを手に取り、腰に合わせて身に着け始める。

「緑色のスカートか、いいねー」

 ラムリーザは緑色が好きだったので、ソニアがこれから長い間、その緑色のスカート姿が見られることに少し喜びを覚えた。それに、久しぶりに大きめのニット姿以外を見ることができるのだ。

 昔はソニアもいろいろな可愛らしい服を着ていたのだが、いつの頃からか先ほどまで着ていたゆったりした大きいニットばかり着るようになっていた。

 制服のスカートはソニアが普段から履いている短いスカートとさほど丈は変わらない。裾から伸びる脚は普段より引き締まって見え、太ももは健康的な丸みを帯びている。

「その脚、やっぱり綺麗だね」

 ラムリーザの一言に、ソニアは少し得意げに腰を突き出す。普段から自分の脚には自信がある彼女にとって、見られることは少し快感でもあるのだ。

 しかし、次に待っていたのはサイハイソックス。丈が太ももの半ばまであるため、普段素足で過ごすことが多くあまり靴下を履かないソニアにとっては履くのが一苦労だった。

「うー、どうしてこういう長さなのよ……」

 ソニアは上着のブラウスに引き続き、靴下でも悪戦苦闘している。靴下を引っ張り上げるたびに布地の感触に戸惑い、思わず顔をしかめる。

 それでもやっとのことで靴下を履き終えたソニアは、ほっと息をつき、少し投げやりにラムリーザのほうへ身体を向けた。困惑と不満が混ざる表情ながらも、どこか誇らしげな自信が垣間見える。

「ふう……、やっと履けたけど、どうかな」

「う~む……」

 ラムリーザは、拳を口元に当て、考え込むふりをしながらソニアを見る。違和感を覚えて制服の写真に目を通し、再びソニアのほうに目を戻す。

 緑色のスカートは際どい丈で脚を強調している。もっともその脚は、大半が黒いサイハイソックスで隠されていて、太ももの露出は控えめだ。そのため、これまでの格好からしたら露出が控えめとなっていると言えるだろう。

 それに、そういったスタイルは、妹のソフィリータがよくやっているので、今さら珍しくもなかった。

 むしろ今回は、上半身のほうが特徴的だ。スカートと同じ緑色のベスト、白いブラウスはボタンが途中までしか留まらず、大きな胸が半分ほど露出している。これが、写真の制服のイメージと全然違う部分だ。

 はだけた胸元から覗きそうな下着が、過度に扇情的な雰囲気を醸していた。これがハーフカップのブラに替えれば見えてしまう心配がなくなると、多少は落ち着くのか、それともより扇情的になるのかは、今の時点ではわからない。

 その点が、ラムリーザの感じた違和感の正体であった。

「どうコメントしてよいものやら……コスプレみたいだね?」

「むー、コスプレ言うな!」

 ラムリーザはこれまでは脚に視線が行きがちだったが、今回は胸を主に意識してしまっていた。

 そして、先日行われたソニアの身体計測の時に感じた「砂時計」のイメージが、はっきりとしたものになった。大きく膨らんだ胸、きゅっと締まった胴、そしてどんとした感じの腰。さっきまでの普段着のソニアとは全然違ったものになっていた。

 それは逆に考えると、ソニアはその大きな胸の存在を、なぜか隠し続けてきたことになる。ラムリーザは、ソニアの上半身は太っているとずっと思っていたのだから。

 それはそうと、ラムリーザは感想に困った。似合っていると言うには、それはあまりにも扇情的すぎる。かといって、似合っていないとまでは言えなかった。

「んー、それはそれでセクシーだと思うから、自信を持てばいいと思う。少なくとも、さっきまで着ていたのよりは、断然こっちのほうがいい」

「そうなの? ラムがそう言うならあたし、気持ちを切り替える」

 ラムリーザは、セクシーという言葉と比較論でその場をしのいだ。言葉通り、太って見えるだぼだぼニットよりは、多少はマシと言える格好であるのは確かだ。

 しかしソニアは、それを聞いて困惑した表情から、少しだけ希望を持ったような感じに変化した。まあ、こんなもんだろう。

「なんだか、思ったよりも悪くない気がしてきたような気がするような気が……」

 ソニアがブツブツと呟くと、ラムリーザは微かに笑った。

「その靴下、ただの長い靴下じゃないみたいだよ」

 ソニアは首をかしげる。ラムリーザは手に取った布地を軽くつまみ、制服とともに入っていた案内書を読みながら説明を続けた。

「この素材はちゃんと考えられてるらしいよ。暑いときは涼しく、寒いときは温かくしてくれるみたい」

 ソニアはその説明に少し目を見開く。サイハイソックスへの抵抗感はまだあるが、単なる装飾ではなく、科学的に機能する衣服であることを知り、心の中で少し納得した様子を見せる。

「えーと、繊維の中に温度応答粒子と熱反射微粒子が組み込まれていて、暑い季節には肌を適度に冷やし、寒い季節には放射される熱を反射して温かく保つんだって。見た目はいつも通りの黒い靴下だけど、実際には一年中快適に過ごせるように作られているらしいよ」

 ソニアは少し驚いた顔をする。これまでは丈にかかわらず靴下には無意識の抵抗があったが、この制服のサイハイソックスの機能性を知ることで印象が変わってきた。

 布地に手を触れると、ひんやりとした感触の中にかすかな温もりが感じられ、足元から体全体が暖かく包まれるような安心感があった。

「へぇ、そういうことだったのね。履いてみたら、思ったより快適かも」

 ラムリーザは満足そうに頷く。

「そうだろ? これなら暑い日も寒い日も安心だし、スカートと合わせて見た目も統一できる。まさに機能とデザインの両立って書いているよ」

 ソニアは少し笑みを浮かべ、今までの抵抗感が和らいでいくのを感じた。まだ完全に好きになったわけではないが、少なくとも単なる義務感や不快感から制服を着るのではなく、科学的に作られた便利な衣服として受け入れられそうだった。

「まあ、これなら我慢してみる」

「うん、それでいいんだよ」

 ラムリーザの言葉に、ソニアは小さく頷き、膝を少し開いて立ち姿を整えた。

 ミニスカートとサイハイソックスの組み合わせが、普段の素足で過ごす感覚とは違う、少し新鮮な自分を感じさせる。視線はまだ少し落ち着かないものの、体感としての快適さが、心理的な不安や抵抗を少しずつ溶かしていった。

「これなら、学校に行くのも悪くない――のかなぁ」

「着慣れるまでは少し面倒かもしれないけど、すぐ慣れるさ」

 ソニアは深呼吸をし、柔らかな午後の光の中で新しい制服姿を確認する。黒いサイハイソックスが太ももに沿い、緑のミニスカートとのバランスが整っている。

 鏡の前に立つソニアは、制服の裾を軽くつまんで見つめた。

 膝上で揺れるスカートは、見慣れたプリーツの形なのに、どこか「他人の服」のように感じる。素材の張りも、シルエットの硬さも、いつもの柔らかい私服とは違っていた。ブラウスの白は春の光を反射してほのかに眩しい。胸元のボタンがまたきつくて、深く息を吸うと少し引っ張られる感覚がある。

 サイハイソックスが脚にぴたりと吸い付いて、この時期にしてはたしかに暖かくて快適だ。機能素材の布地が肌の温度に合わせて冷却と保温を切り替えるのを感じる。けれど、ソニアの心はどうにも落ち着かなかった。

 いつものミニスカートと素足で過ごす心地よさ――空気が直接肌をなでるあの自由さ――が恋しかった。足首から太ももまでを覆われていると、自分の動きまで制限されているようで、なんとなく息苦しく感じるのだ。

「快適なのは、わかるんだけどね」
 
 口にしてみると、ため息のように曇った声がこぼれた。

 制服の冷暖機能も、形の美しさも、頭では理解できる。科学の力で快適さを実感しつつ、見た目もかわいらしい。だけど感覚は別の話だった。ソニアにとって服は「着せられるもの」ではない。

 ソニアはふと部屋の片隅に置かれた普段着が目に入った。

 柔らかな生地のミニスカート。裾を指でつまめば軽く揺れて、そこから伸びる素足は風をまとうように軽い。あれが自分の「日常」だと思うと、今の制服姿が少し窮屈に見えた。

 制服のベストを脱いで、鏡の中の自分をもう一度見つめる。

 春の陽光がカーテン越しに差し込み、ブラウスの白を薄く透かした。時計の秒針が、静かな部屋にリズムを刻む。どこかで小鳥の声がして、春の訪れを告げていた。

「やっぱり、素足がいちばん落ち着くなぁ」

 ソニアはちょっと不満そうに笑って、スカートの裾を揺らした。

 一方ラムリーザは、ソニアが鏡の前に立つのを少し離れた場所から見ていた。

 新しい制服に袖を通した彼女の姿は、たしかに見慣れた私服よりも整っていて、少し距離のある印象を与えた。けれど、そこに彼女らしさがないことも同時に感じた。

 プリーツスカートがふわりと揺れるたび、ソニアの表情はわずかに曇った。その視線の行き先を追えば、黒いサイハイソックスだ。

 彼女は昔から素足で過ごすのを好んでいた。季節を問わず、足首から上に何かが触れるのを嫌がる。自由を奪われたようで落ち着かないのだと、以前ぽつりと漏らしたことがあった。

「どうしたの?」

 と声をかけると、ソニアは眉を寄せてラムリーザを見た。
 

 
「悪くはないけど、なんか違う」

 その「なんか違う」に、彼女の全部が詰まっている気がした。

 制服には、たしかに優れた機能がある。繊維に組み込まれた熱反射微粒子と温度応答粒子。外気と体温を感知して、必要に応じて熱を逃がしたり閉じ込めたりする。だから、暑い日でも涼しく、寒い朝でも暖かい。

 理屈としては完璧だ。

 けれどソニアにとっては、そんな説明よりも「肌に何を触れさせるか」が大事なのだろう。

 ブラウスのボタンを留めようとするたびに、彼女の動きが少しぎこちなくなる。胸元の布が張って、深呼吸のたびにわずかに浮き沈みする。サイハイソックスを引き上げる仕草も、どこか不機嫌そうで、けれど妙に目が離せなかった。

「まあ、学校が始まればこれで登校なんだし」

 軽く笑って言ってみたが、ソニアは振り向かずに小さくため息をつく。

「便利なのはわかるけどね。あたしは、やっぱり素足のほうが好き」

 その言葉に、ラムリーザはただ頷くしかなかった。

 たしかに、彼女の言うとおりだ。

 外の風と地面の冷たさをそのまま受け取るような、あの素足の軽やかさこそがソニアらしい。だが制服は、彼女にその自由を許さない。規律の象徴のような布地が、彼女の個性を静かに包み込んでいく。

 春の陽光が窓から差し込み、ソニアのブラウスの白に淡い影を落とした。

 時計の秒針が静かに音を刻み、部屋の空気が少しだけ緩む。

 ラムリーザは、その静けさの中で思った。

 この制服が、彼女を変えることはないだろう。むしろ、どんな服を着てもソニアはソニアのままだ。

「似合ってるよ」

 少し遅れてそう言うと、彼女は目をそらし、ふっと口元を緩めた。

 その笑みを見て、ラムリーザはリクライニングチェアに身を預け、窓の外に目をやった。

 ソニアは、「うーん」と伸びをする。大きく反らした胸は、なんとか留まっている第三ボタンもぎりぎりと引っ張っていて、今にも弾け飛びそうだ。

 

 柱時計の鐘が三回鳴った昼下がりの出来事であった。
 
 
 
 
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Posted by 桐代音若