無茶をする男、豚カツが食べたい女

 
 神帰の月・女神の日――(現暦換算:十二月十四日)
 

 登校後、最初の授業が始まるまでの自由時間だ。

 ソニア、リリス、ユコ、ロザリーンの四人は、それぞれ座席を移動して固まり、雑談している。

 その横でラムリーザは、傍に引っ付いてきたソニアに背を預け、外の景色を眺めていた。今日も、ほちょん鳥は元気だね。

「ふえぇちゃんって知ってるかしら?」

 リリスの問いに、ソニアは「知らない」と答える。

「何かあったらすぐにふえぇっていう女の子のことですの」

 ユコも知っているようで、リリスと一緒に説明をする。

「そんな女の子いるの?」

 ソニアは、しょっちゅう自分がそう言っていることに気づいているのかどうか。おそらく無意識のうちに発している悲鳴なんだろう。

 それを証明するため、リリスはソニアの胸に手を伸ばす。

「こうして押してみると」

「ふえぇ……」

 いつも通りの反応だ。今更何も言うまい。

「いいねぇ、俺もボイン触らせろや」

 そこに、いつもと違う声が混じった。なぜか隣のクラスのレフトールが、ラムリーザたちの席の近くにやってきているのだ。

 ソニアは胸を隠してうずくまり、リリスは眉をひそめてレフトールを睨みつける。

「何かしら? あなた、ここにいるのが普通になってきたわね」

「あたぼうよ、俺はラムさん派だからな」

「そういえばさあ、あんたラムにお金返したの?」

 ソニアは、胸を隠したまま不満そうな声を出す。

 そういえば、レフトールがラムリーザを屋上で襲撃した時、ラムリーザの金貨入れから金貨を盗み取ったことが発覚していた。あの時は、すぐ返すから盗んだことは黙っていてくれ、とレフトールは言ったのだが……。

「ムヒョー、いっけね! 完全に忘れてた! 今日中になんとかしてやる、ちょっと待ってな!」

 レフトールはがばっと顔を上げ、叫びながら慌てて教室を飛び出していった。

 ラムリーザは傍で聞きながら、今日中って大丈夫か? 確か金貨三枚だぞ? などと思ったが、この場では黙っていた。

「邪魔者は去ったわね」

 リリスの表情がほどけ、ラムリーザの周りには再び、いつもののんびりした雰囲気が戻ってきた。

 

 

 次の休み時間。

 なにやら、クラスメイトの一人が憤慨して騒いでいる。

「くっそー、何なんだよ。この学校も最低になってきたな!」

「どうした? 何怒ってんだ?」

「なんか怖い人に小遣い取られた。くそっ、不良なんていなくなればいいのに!」

 要するに、カツアゲされたのだ。しかしこの学校には悪い奴もいるから、仕方がないのかもしれない。

 しかしラムリーザ周辺は、相変わらずのんびりとした空気が漂っている。

「ラムリーザ、あなた交換日記の良さを分かってくれたみたいね」

 リリスは、怪しげな微笑を浮かべながらラムリーザを見つめた。

「ま、まあな」

 ラムリーザは、リリスにじっと見つめられて、少し肩をすくめて答える。ラムリーザが止めていた交換日記は、リリスの手に回って再び動き始めていた。だが、その内容は一見交換日記に好意的に見せつつ、密かに批判したものだった。

「ただし――」

 リリスはラムリーザに顔を近づける。少し身を引いたラムリーザに、リリスは言葉を続けた。

「あなたが何を言おうと、やめないからね」

 どうやらリリスは縦読みに、すぐに気づいたようだ。

 ラムリーザは、決まりが悪そうにリリスから目を外すと、引っ付いてきたソニアに背中を預けて外の景色を眺め始めた。

 

 さらに次の休み時間。

 今度は別のクラスメイトがカツアゲされたと憤慨している。

「おっかなくて逆らえないけど、なんとかなんねーかな!」

 などと言っているが、そういうことはここで騒ぐより、生徒指導の先生に相談すべきだろう。

「今日の昼ごはん、豚カツ定食がいいな」

 一方ソニアはのんきなことを言っている。

「急に何かしら?」

「なんかさっきからカツアゲって聞こえるから、豚カツ食べたくなっちゃった」

 なるほど、そういう風にも聞こえなくもない。

「ふむ、これはひょっとすると……」

 リゲルは小さくつぶやき、外の景色をぼんやり眺めているラムリーザの肩を引き寄せ、耳元で言った。

「おい、たぶんレフトールが無茶やってると思うぞ。現場を押さえて、止めさせるべきだ」

「ん? どういうこと?」

「今朝お前に金貨三枚返すって言ってただろ? たぶん三万エルドを手に入れるために、子分を使ってカツアゲしてるぞ」

 今日のカツアゲ騒ぎは確かに頻度が多すぎる。普段はここまで酷くはない。

「まいったな、レフトールも無茶して……」

「レフトールが勝手にやる分は好きにさせたらいい。しかしな、今はあいつと俺らつるんでいるだろ? それにあいつはラムリーザ派とか吹聴してる。そんなことされたらお前の評判が悪くなりかねないぞ」

 言われてみれば、リゲルの言うとおりだ。レフトールが勝手にやっていることだが、これがもしラムリーザの指示でやっていると取られたら、非常にめんどくさい。

「昼休みに、人気の少ない場所を巡って現場を押さえるか」

 ラムリーザは、リゲルに了解したと言い、再び窓の外へ視線を向けた。

「ねぇ、昼休みカツ揚げ食べようよー」

 ソニアがラムリーザの肩を揺すりながら言ってくるが、とりあえず相手をしないでおくことにした。

 

 昼食後、ラムリーザはリゲルと二人で学校内を回っていた。

 ラムリーザは、昼食にソニアだけでなく、なぜかリリスとユコにも豚カツ定食を奢る羽目になってしまった。まあ、それは別にいいから問題ない。

 満腹~、といった感じで食堂脇のベンチでうたた寝しているソニアたちを置いて、ラムリーザは校内を巡回していた。

「体育館裏から当たってみよう」

 リゲルの提案で、人気の少ない場所へと向かう。もしレフトールが人から金を奪っているなら、やめさせなければならない。

 しかし、体育館裏には誰もいなかった。

「普通に人が来ない場所だとダメか。人が多くなく、それでいてまったくいないわけでもない場所。そういう場所ってあるのかな」

「意外と中庭って、人少ないよな……って待てよ。俺が恐喝するとしたら、ああいった大人しそうなやつをだな……」

 リゲルは、特別教室専用となっている校舎のほうを見ながらそう言った。そこには、おとなしそうな男子生徒が一人、ダンボール箱を持って校舎裏へと向かっていた。

「おい、あいつにも、レフトール一味にも気づかれないようにつけるぞ」

 そうして二人は、物陰に隠れながらその生徒をつけていくのだった。

 

 大人しそうな男子生徒は、校舎裏の焼却炉脇にあるゴミ置き場に、持っていたゴミ袋を置いた。どうやらゴミ出しに来たのだろう。

「オイッス!」

 その時、焼却炉の逆方向から聞き覚えのある声が聞こえた。

 レフトールだ。

 レフトールは、子分を引き連れて、焼却炉脇でぽかんとしている男子生徒の傍へ、近寄っていった。

「お、おいっす……?」

 男子生徒は、少し怯えた風に返事する。

「声が小さい! もういっちょ、オイッス!」

 そう言いながら、レフトールは子分と一緒にその男子生徒を囲んでしまった。

「お山の大将自ら、カツアゲしている現場に出くわすとはな。ついてるぜ俺たち」

「全く、レフトールにも困ったものだねぇ」
 

 
 茂みに隠れて見ていると、レフトールは男子生徒の胸倉を掴んだりして脅している。男子生徒は、しぶしぶといった感じで、懐から硬貨入れを取り出した。

「さてと、そろそろ出るぞ」

 リゲルに促されて、ラムリーザは茂みから出ていった。

「よーし、これで一万六千エルド、残りは半分を切ったぞ。次いってみよう」

 ラムリーザとリゲルに見つかっていたことに気づいていないレフトールは、男子生徒から奪った硬貨入れをお手玉しながら、次の狩りへ向かおうとしていた。

「ダメだよ、そんなことしたら」

「うおわっ!」

 ラムリーザに後ろから声をかけられて、レフトールはビクッと身体を硬直させる。

「げっ、ラムさん、とリゲル?!」

「お前はホントに馬鹿な奴だな」

 リゲルは、冷ややかな視線をレフトールに向ける。しかしレフトールも、必死で言い訳をしてくる。

「ほ、ほら見てくれ。一万六千エルドだ、この分だと明日の昼までには返せるぞ」

「あのねぇ、僕がそんな汚れた金を受け取れると思っているのかい?」

「う……」

 ラムリーザは困ったように言ってみると、レフトールは少したじろいだ。そこにリゲルが畳み掛ける。

「それに、ラムリーザから奪ったのは金貨三枚だろが。何だその小銭は?」

「いやそのー、後で換金して、だな……」

 ラムリーザがじっとレフトールの目を見つめると、レフトールは黙り込んでしまった。

 とりあえず、レフトールが強引に巻き上げた金をどうにかしなければならない。

「ひとまずそのお金、受け取るよ。それと、ちょっとついてきてもらえるかな?」

 ラムリーザは、レフトールから金を受け取ると、そのまま放送室へ向かうことにした。

 もう一人のレフトールの子分――確かピートだったか――は、いつの間にか逃げ出してしまっていた。しかし大将を捕まえられたのだから、子分はひとまずどうでもいい。

 

『えーと、皆さんおはようございます。今日これまでに、強引なやり方でお金を奪われた生徒は、今すぐ放送室前に集まってください。繰り返します――』

 昼休みに「おはようございます」という挨拶はさておき、ラムリーザは全校生徒に向けて呼びかけを行った。とにかくお金は、奪われた生徒に返そうとしたのだ。

 しばらくして何人かの生徒が集まったので、個別に奪われた金額を聞き出して、一人ずつ返していった。

「なぁレフ、これどうなっとるん?」

 そこには、金を奪われた生徒以外に、柄の悪い生徒も集まってきていた。

 レフトールに話しかけたのは、確かマックスウェルと言っただろうか。レフトール一味の副将的立場の者で、ラムリーザと初対面の時は夜の公園での戦いの時、レイジィに片付けられた者だ。

 レフトールは話しかけられたが、決まりが悪そうに顔をしかめて目を逸らしていた。マックスウェルは、仕方なく離れていった。

 その傍らで、ラムリーザはひとりひとりに頭を下げながらお金を返している。

「ごめんよ、迷惑をかけたね。ほら、これで許してくれ」

 お金を奪われた生徒は、レフトールの姿に怯えていたが、お金が返ってくるとラムリーザに少しだけ頭を下げて、逃げるように立ち去った。

 一方リゲルは眉をひそめて、低姿勢なラムリーザを見ていた。

 

 レフトールは奪った金を着服せずに、また奪われた生徒も多めに申告する者もいなかったのか、ラムリーザの手元にお金がなくなると同時に、人だかりもなくなっていた。

 ラムリーザは、ひとまず問題は解決したということで、レフトールのほうを振り返って言った。

「こんな乱暴なやり方をしたらダメだよ。急いで返してもらう必要はないから、まともなやり方でお金を作ろうね」

「す、すまん……」

 レフトールは、ラムリーザがそう言いながら顔のほうへ手を近づけたので、思わず身を引きながらつぶやくように謝った。

 ラムリーザは、上げた手を下ろしてレフトールの肩をぽんと叩くと、その場を立ち去っていった。

 汚れた金を受け取れない。そう言ったのは本音だ。でも、レフトールが少しでも「まともなやり方」を選べるなら。

 ここまでやっておけば、レフトールも乱暴な手段には出ない――そう信じたかった。

 口で言えば、レフトールなら分かってくれるだろう。そう思ってしまう自分が、たぶん甘い。それでも、今はその甘さにすがってみたかった。

 

 しかし、リゲルは気が済まない様子だ。ラムリーザが去ったあとに、レフトールの傍にやってきて胸ぐらをつかんで激しく睨みつける。

「お前、ラムリーザとつるむつもりなら、もう少し行動考えろよ」

「いや、金を返すために動いただけだぞ。これが、俺のやり方だ」

 リゲルは首を横に振りながら溜息を吐く。

「お前のせいでラムリーザのイメージが下がったらどう詫びるつもりだ? 悪ぶるのは勝手だが、今までのように振る舞いたいのなら、俺たちと関わらんでもらおうか」

 そう言い残すと、リゲルもその場を立ち去っていくのであった。

 残されたレフトールは、しかめっ面でリゲルの後姿を睨みつけていた。

 そこへ戻ってきたのが、レフトール軍団副将格のマックスウェルだ。

「ええ? どうなっとるん? レフ、カツアゲとあいつらに何の関係があるん?」

 レフトールは、朝から子分を使って強引に金を集めていたが、その理由までは語っていなかった。子分たちは、これまでのように遊ぶ金を稼ぐつもりでいたのだ。

「くっそ、カツアゲは止めだ。しっかし、それならどうやって金を稼げばいいんだよ……」

 今更ながら、レフトールはラムリーザから金貨を三枚奪ったことを後悔しはじめていた。

 ラムリーザがどうでもいい奴ならば、レフトールは何も気にすることはなかった。

 しかし、強大な権力に媚びる生き方をするレフトールにとって、ラムリーザに付いておくことは非常に魅力的で、なんとしても良い関係を構築したかった。

 急いで返してもらう必要はない。

 レフトールは、ラムリーザに言われたその一言にすがるつもりで、しばらく借りておこうと考え、放送室の前から立ち去っていった。
 
 
 
 
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Posted by 桐代音若