TRPG第一弾「死と埋葬」 第二話後編 永遠の都フィオリーナ
帝国暦九十二年 神帰の月・精霊の日(現代暦:十二月中旬)
「君たちは、数週間前までのこの村を知らんかったようだな?」
フィオリーナ村の村長ドップスは、冒険者たちに向けて語り始めた。
「昔のことなどどうでもいい。埋葬された棺の中にあった心臓の話が聞きたい」
「それと、食堂で働くフレディさんについてもね」
ラムリーザとロザリーンの問いに、ドップスは「ふん」と鼻を鳴らして話を続けた。
「謎の魔物の襲撃を知らんようじゃな。魔物の襲撃で切り裂かれた者。施設で、火球によって繭のまま焼き殺された者。彼らには整形が必要だ。昔のようにしてやらねばならん」
ドップスは、得意げに冒険者たちを見渡しながら語り続ける。
「それで、葬儀屋ね」
「ふっふっふ、それがわしの芸術だ。わしはその秘法を墓へ持っていく……」
「まさか村を襲わせたのはお前か?」
「そうではない……そんなことはどうでもいいんだよ。人間は死ぬと病気にかからん、年も取らん……。わしが手を加えると実に健康になる。埋められん……いや、埋めてはならん。彼らは、生きている人間より美しい!」
「その美しい人間はちゃんと成長するのか?」
「成長? 成長とは老いのことかな? そのようなものは必要ない」
ドップスはそこまで一気に語ると、両腕を広げ、恍惚とした表情を浮かべて叫んだ。
「ああ、永遠の都、フィオリーナよ!」
放課後の部室で、ゲームマスターのリゲルのもとで始まったテーブルトークゲームは、いよいよクライマックスを迎えていた。
死んだはずのフレディが食堂で平然と働いていたのは、葬儀屋兼村長ドップスの魔術によるものだったようだ。魔術といっても、それは屍術といったほうが近い。
「もう怒った! 復元できないぐらい、ぐちゃぐちゃにしてやるぅ!」
ソニアはそう叫び、ダイスを強く握りしめた。
「ドップスは、『さあ、剣を取れ、わしの仲間入りを手伝え!』と言った」
「どういう意味だ?」
ラムリーザの問いに、リゲルは「殺すことはできない。死なせるだけだ」と答えた。
「死人の村ね……」
リリスはつぶやき、「ドップスに攻撃を仕掛けるわ」と宣言した。
「新しい誕生もないわけだな、この村は進歩しないよ」
「ラムリーザ様、舌戦はもういいですわ、やっつけましょう」
こうして最終バトルが始まった。
だが、ドップスの耐久力は思ったよりも低く、ソニアとリリスがそれぞれ一度ずつ攻撃しただけで、退治できてしまったのだ。
「このじじい、弱くない?」
ソニアのつぶやきに、リゲルはにやりと笑って宣言した。
「ドップスは、のそり……と起き上がってきた」
「なによそれ……」
「もともと死んでいたのね、ここからが本番ってわけか……」
リリスは、剣のつかを握りなおすかのように、ダイスを握りなおした。
「そしてさらにドップスはこう言った。『私の子供たちよ、集え!』と」
「来るよ!」
「何が?!」
ラムリーザとリリスの声に、リゲルはさらに宣言する。「ゾンビと化したシェリフが現れた!」と。
「何でそうなる?!」
「村人と対決ですか?」
「ついでに店員のねーちゃんとフレディも、ゾンビ化して襲いかかってきたからな。ちなみに、こいつらを倒さないと、村長には手が出せないからな」
予想外の展開にラムリーザはあっけにとられ、ソニアは不満そうな顔をする。
「ルール上、まず取り巻きを片付けろってことね」とリリスが淡々と言った。
そんな感じで、リリスはバトルが始まると楽しそうにしていて、ユコとロザリーンは冷静だ。
「ロザリーン、プリースト技能で聖なる力を剣に宿せば、こういったアンデッドには効果抜群ですわ」
「そうね、ホーリー・ウェポンを使用するわ。まずは、リリスとソニアの武器にかけます」
「なんか気分が乗らないから、ローザそれっぽいこと言って」
ソニアは、ロザリーンに魔法の詠唱を促した。なりきることで物語に対する不快感を払拭しようというのだ。
「それっぽいことって、そうねぇ……。竜神テフラウィリスよ、我が剣に悪しき者を打ち払う力を! こんな感じでいいかしら?」
「それでいい。じゃあ、リゲルに攻撃する」
「ゲームマスターに攻撃するな。フレディとでも戦ってろ。あ、ついでにゾンビと化した医者も現れたからな」
「待てリゲル――」ラムリーザは手を上げ、リゲルを制して言った。
「――ひょっとして村人全員出てくるんじゃないだろうな?」
リゲルはその問いには答えず、淡々と戦闘を処理している。リリスはシェリフと一騎打ち、ソニアはフレディと一騎打ち、ユコは店員の人と一騎打ちをやっている。その間、ロザリーンはサポートに徹していた。
「そういうわけで、ゾンビと化した釣り人が現れたからな」
「またかよ!」
「この調子ですと墓守も来ますわね」
「よくわかったな。ゾンビと化した墓守が現れた、と。あと、村長に最初に会ったときに死化粧を施していた婦人も現れたことにしよう」
「敵多すぎ!」
五人の冒険者に対して、ゾンビは村長を除いて七体である。三体は一騎打ちで対応しているが、四体は自由に動き回っている。一対二になれば、ソニアたちも苦戦するだろう。
「よーし、僕が魔法一発で蹴散らしてやろう。ファイアーボールでもぶち込む」
ラムリーザはソーサラー役だった。強力な火炎魔法を叩き込むというのだ。アンデッドは火に弱いという特性を持っているので、効果的だろう。
「ラムもそれっぽいこと言って」
またしてもソニアは、魔法の詠唱を要求する。それを聞いて、気分を上げたいのだろう。
「ん~、火の玉、飛んでけ。ファイアーボール!」
「だめ!」
「何が?!」
「そんなの普通すぎてつまんない!」
「つまってる! っていうか、普通でええやん!」
「だめ!」
「しょうがないなぁ」
ラムリーザは、詠唱の内容を考えた。適当にソニアが気に入りそうなことを言っておけば満足しそうではあるが、そう簡単には頭に浮かばない。
「とりあえず四体は、ラムリーザのほうへ向かってくることにするからな」
リゲルも、場面だけは提供する。

「えーと……」ラムリーザは、頭に浮かんだことを整理しながら言葉を選んだ。「炎の源となる魔神ボルディギリーヴよ、その吐息を焼き尽くす破壊の炎とし、我が歩みの妨げとなるすべての存在を消滅させよ! そして私も消えよう! 永遠に!」
叫び終えたラムリーザの右手が、一気にまくし立てた勢いで、どんとテーブルを叩いた。
何度目かの沈黙が、部室を支配した。
窓から差し込む西日が、彼の真剣すぎる表情をドラマチックに照らし出していた。
「ど、どしたん? それっぽくなかった?」
ラムリーザは、炎の魔神を創作してみたり、ソニアがプレイしていたゲームでちらっと見かけたようなフレーズを混ぜて、詠唱の台詞を作り上げてみたのだ。
たぶんソニアのお気に召すと思ったのだが、正面に座っているリリスとユコは、ぽかんとラムリーザの顔を見つめている。一方ソニアは、満足したような嬉しげな表情をしている。
「ラム、それすごくいい。あっ、なんかそれいい、予想外にいいよ」
「いや、敵だけじゃなく、あなたまで消えてどうするのかしら?」
リリスの指摘に、ラムリーザはあれ? と思う。そんなこと言ったっけ? と。
「ソニア、最近『クリスタル戦記』をクリアしましたの?」
ユコの問いにソニアはうんと頷く。
「やっぱりねぇ、ラムリーザあなた、ラスボスが滅亡するときの台詞言ってるわ」
ラムリーザは「知らない知らない」と答え、「リゲル、今のでファイアーボールを放ったことにしていいよな?」と言って、さっさと話を進めようとした。
「で、魔神ボルディギリーヴって何?」
「知らんから話を進めようね、みんな!」
ラムリーザは自分が劣勢なのはわかっていた。ソニアを満足させるために支払った代償は大きい。
「わかった、それではダメージ判定をするからダイスを振ってくれ」
ラムリーザは、リゲルに言われたとおりにダイスを二つ転がした。ダイスの目は、五と六だ。
「お、回ったな、クリティカルだ。もう一度ダイスを振れるぞ」
もう一度転がすと、今度は五と五の目を出した。
「あ、また回った」
「私の目の前のゾンビ、店員のお姉さんかな? ファイアーボールの効果範囲内に押し込みますわ」
「何だそれ?」
「ついでに退治してもらいますの」
ラムリーザは、さらに六と六、五と五を出し、ダメージ数はどんどん増えていった。それで最終的に、六回ダイスを転がすことになった。
「無茶苦茶なダメージだな、えーと、五十ダメージか。村人は全滅でかまわん。ソニアとリリスの相手も巻き込まれて爆死だ」
「えー」
リゲルの判定に、ソニアは不満そうな声を出す。現実ならありえないが、テーブルトークゲームの戦場は、ゲームマスターの一言でどうにでもなってしまう。
「別にそれでいいわ。さて、あとは黒幕のじじいだけね」
リリスは、残るドップスと対峙するようだ。
冒険者たちは、ドップスのほうへ向き直った。
「ドップスは崩れ去った――」
リゲルは、淡々と戦闘終了を宣言した。
とどめの一撃を持っていったリリスは、満足したように一息ついてソファーにもたれなおした。
逆にソニアは不満そうだ。
「淡々としすぎ、断末魔のつぶやきとかないの?」
「ない」
リゲルは、キャラを演じることはせず、事務的にゲームマスターをこなしていた。
「ふふっ、リゲルさんはホースパレス理論に毒されてますわね?」
ユコの言うホースパレス理論とは、テーブルトークゲームにおけるプレイヤーのなりきりキャラ演技を否定した、とあるコラムのことだ。
「もうリゲル嫌い。ラム、ドップスの断末魔を演じてよ」
「なんで僕が……」
「俺は別に、お前に嫌われても不都合はない」
いろいろと思惑はあるようだが、ソニアにせがまれてラムリーザは仕方なくつぶやいた。
「ば、馬鹿な! この私が……わ、私の体が崩れて……ああ……永遠の都……フィオリーナ……。これでいいかい?」
「ラムそれすごくいい。あっ、なんかそれいい、予想外にいいよ」
ソニアの反応は、先ほどと同じだった。
「ラムリーザ様は、結構役者の素質があるみたいですわね」
ユコに褒められて、ラムリーザは戸惑った。ラムリーザとしては、昔からソニア相手にゲーム的な会話のやり取りをしてきたので、このくらいはすぐに演じることができるのだ。もっとも今年に入ってからは、ゲームの邪魔――くすぐり攻撃やココちゃんで視界を塞ぐなど――をすることを楽しんでいたが。
「でもさぁ――」ソニアは不思議そうに尋ねた。「どうして自警団員や食堂の人が襲い掛かってきたの?」
「この村の住人は、誰一人生きてはいなかったのよ……はじめからね」
ソニアの問いに答えたのはリリスだ。さらに「残りの村人ゾンビも、一掃せんとダメね」と続けた。
「酷い話だな。リゲル、続きは?」
「ない。村長がやられた時点で、すべてのゾンビは崩れ去ったということでおしまいだ。めでたしめでたしで、よかっただろ?」
「めでたしめでたし……なのかな?」
「お前らは、邪悪な屍術士ドップスの野望を食い止めたわけだ」
「ああ、なるほどね」
「めでたしめでたし、だ」
リゲルは、キャラクターシートを無造作に重ねた。
というわけで、第一回テーブルトークゲームは無事に終了した。
最初からいきなり気味が悪い物語だったが、そこはゲームマスターの趣味で語られるので、リゲル好みの展開になったのだろう。
ゲームだと分かっているのに、村長の言葉だけが妙に耳に残った。永遠の都。それは祝福じゃなくて、停滞の別名だ。
ロザリーンは謎解きを楽しんでいたし、ソニアとリリスは最初は喧嘩ばかりだったが、ゾンビの話になるとリリスは楽しみ、ソニアも戦闘は楽しんだようだ。
さっきまで耳の奥で鳴り響いていた爆炎の音も、ゾンビのうめきも、冬の廊下を吹き抜ける風の音にかき消されていく。
「それでは次の話は私がゲームマスターをやりますわ」
テーブルトークゲームに理解のあるユコは、続きをプレイする気満々だし、リゲルも一同を気味悪がらせたことで満足していた。
次回があるのかどうかはわからないが、今回の話はこれにて終了。初めてのプレイにしては、それなりに形になっていたのだろう。
帰り道、ソニアが不意にラムリーザの腕をぎゅっとつかんできた。
「ねえラム。あたしたちは、ちゃんと『老いる』ほうがいいよね?」
リゲルの物語の中のドップスの言葉が、彼女の心にも小さな棘を残していたのかもしれない。
ラムリーザは、ソニアの温かな手のひらの感触を確かめるように握り返した。
「そうだね。お腹が空いたり、足が疲れたり、試験の結果に一喜一憂したり。……そういう『めんどくさい変化』があるから、僕たちの毎日は面白いんだと思うよ」
西に連なるアンテロック山脈に、真っ赤な太陽が沈もうとしている。
永遠の都には、固定された退屈な未来しかない。けれど、あの山脈の向こうに生まれようとしているフォレストピアは、もっと泥臭くて、毎日形を変えていく騒がしい場所になるはずだ。
「うん、お腹空いた。何か食べて帰ろうよ。あたし、ゴンッシキリーが食べたいな」
