二つの月が重なる日、街の話が動く
黄昏の月・調律の日――
年に一度、二つの月が重なってひとつに見える日――ネレウテリア暦では「調律の日」と呼ばれる。
暦を整える日、竜の加護が満ちる日、竜神が時を編み直す日。呼び名は土地ごとに違う。
この日だけは、誰も「日付」を名乗らない。ただ「調律の日」とだけ言って、竜神の信仰に深い者は、竜神殿で長い祈りを捧げることもある。
この日は学校は休みだが、ラムリーザとソニアは下宿先の屋敷の自室で制服に着替えていた。ソニアはもう制服に文句を言うこともなく、黙々と着替えている。
今日は学校ではなく、ライブの日だ。
制服に着替えているのは、ステージ衣装を制服で統一しようというジャンからの強い要望があってのことだった。
朝食後、すぐに屋敷を出て駅に向かい、駅前で待ち合わせしていたリリスとユコの二人と合流して、帝都行きの蒸気機関車に乗り込んだ。
汽車に乗り込んだ四人は、六人掛けの席を陣取ってのんびりしていた。窓側にユコとリリス、向かい側にソニアとラムリーザが座り、ゴトゴトと揺られていた。
夏に入った頃に立てた、最低一人一曲はボーカルを担当するという目標は、少しずつまとまってきていた。ユコも歌う曲は何曲かできたし、ラムリーザも去年まで歌っていた曲を復活させていた。
これまでに演奏できる曲は、何曲になったのだろうか。
作詞ができないため、すべて既存の曲のコピーとなる。それでも百曲はさすがに行き過ぎかもしれないが、七十曲ぐらいはレパートリーが増えているはずだ。
これだと文化祭での出し物にしているカラオケ喫茶も、ぼちぼちできるかもしれない。
今後の課題は作詞能力、といったところか。
汽車は繁華街であるエルム街を通過した。
エルム街は、ポッターズ・ブラフ地方では最大の繁華街だ。田舎とはいえ、大概のものは手に入る。
もちろん悪夢に悩まされるようなことはない。
リリスとユコの二人は、よくここにショッピングに出かけているし、ラムリーザも荷物持ちとして付き合わされたことも何度かあった。
この半年間で出かける先といえば、ポッターズ・ブラフ内か、このエルム街であることがほとんどだった。
次は住宅街のアチェロンに到着した。
首長官邸や、シュバルツシルト鉄道の本社があるアチェロンに、リゲルとロザリーンは住んでいて、二人は学校へは汽車で通っている。
ここでリゲルとロザリーンと合流する予定だった。
そのため六人掛けの席を陣取り、リゲルはラムリーザの隣へ、ロザリーンはリリスの隣へ座った。こうして一同は帝都を目指した。
これまでロザリーンは、帝都に向かう時は自家用車で送り迎えしていたのだが、リゲルと正式に交際することになってからは、彼と行動を共にするようになっていた。
「リゲル、帝都に行けばミーシャさんに会えたりしないのか?」
ラムリーザは、リゲルの元カノであるミーシャが帝都に行ったということを聞いていたので尋ねてみた。
「やめろ、決心が鈍るから会わない……いや会ってもいいかも……いやだめだ。くっ、俺が悩むとはな……」
珍しく見せるリゲルの葛藤を聞いて、ラムリーザは聞かなければよかったかと少し反省した。そこにロザリーンが手を伸ばし、リゲルの手を握った。
「ええと、世界は……何でしたっけラムリーザさん」
「この世界が好きだから、滅びてほしくない」
「リゲルさん、この世界が好きだから、滅びてほしくないですよ……って、ちょっと違わないですか?」
「あ、ごめん。次の世界を一緒に作っていこうだった」
「そういうことですよ、リゲルさん」
ロザリーンは微笑み、それを見たリゲルも軽く笑うのだった。
ラムリーザ自身、ソニアと次の世界を一緒に作っているのだ。リゲルとロザリーンも、きっとうまくいくだろう。
帝都に到着して、しばらくの間ぶらぶら散歩してから昼食の時間となった。
その後は、シャングリラ・ナイト・フィーバーのある都心部への移動だ。これまではタクシーを使っていたところだが、ロザリーンも一緒になったことで二台分必要になったのだ。
そこでラムリーザは、実家の使用人に連絡して大きめの車を用意してもらうことにしていた。
「ちょっとリリスとユコには、場違いに感じるかもしれないけど、気にせずに大船に乗ったつもりでいてね」
ラムリーザの言葉どおり、数分後、大きなリムジンが到着した。
運転しているのは、フォレスター家の執事だ。すると――
「あっ、お父さん!」
久しぶりに父親に会ったソニアは、嬉しそうに叫んで助手席に飛び乗った。
ラムリーザとリゲルとロザリーンは慣れた感じで、リリスとユコはドキドキしながら乗り込む。
「楽しくやってるか?」
ソニアの父は、ソニアに語りかけた。
「うん、後ろに乗ってる人はみんな友達。あ、ラムは恋人で、リリスは魔女、ユコは呪いの人形、ロザリーンは仮面優等生で、リゲルは氷柱だけどねっ」
「後半の意味がわからんが、楽しそうにやっているようでなにより」
ソニアの父の運転する車は、しばらく移動してシャングリラ・ナイト・フィーバーに到着した。
この日のライブ活動も、いつもと同じように滞りなく終わらせることができた。
コピー曲とはいえ、毎週一曲か二曲は新しい曲を用意してくるので、飽きられるということもないのだ。
その点に関して言えば、ユコの楽譜作成能力がものすごく役に立っていた。一般的なポップスやオールディーズ・ロック、ゲームソングにギャルゲソング、果てにはアダルトゲームの曲なども飛び出す「ラムリーズ」のジャンルの広さは、それだけでウリになっていた。
この日も、いつもの『ドキドキパラダイス』のエンディングテーマ「きーらきーら」で締めた。
活動が終われば、食事の時間だ。他のグループの音楽を聴きながら、あまり遅くならないうちに帰る。これがいつもの流れだった。
今日は、その食事にジャンも加わった。
そういうわけで、座席順は左からリリス、ソニア、ラムリーザ、ジャン、ユコ、ロザリーン、リゲルという順番になっている。それはソニアが指図した結果だ。
食事が終わると雑談タイムだ。
「えーと、俺は別にゲストだからって、別に真ん中に入れなくてもいいんだけどなぁ」
「いいの。ジャンは壁役、ってことで」
「ソニアは細かいところまで意地汚いんですの」
「ふんっ、ラムの隣に来ようなんて、四百二十六年早いわ!」
「年の話なら、竜神の経典には九百歳以上生きた人が出てきますの。私も九百歳を目指して、四百二十七年目にラムリーザ様の隣を奪いますわ」
「いや、僕はそんなに生きられないよ。長生きしても、せいぜい百五十歳くらいかな?」
ラムリーザは、話が変な方向に向かってしまい、思わず口を滑らせた。
すぐに、「それでもなかなかぶっ飛んでいるけどな」とリゲルのツッコミが入った。
「とにかく! ラムの隣にはあたし以外来ちゃだめなの!」
「俺は良いんだな? じゃなくて、今日は大事な話があって来たんだけど。あー、でもみんなに言う必要はないかぁ。ラムリィ、いいかな?」
どうでもいいことでソニアが騒ごうとするので、ジャンはすばやく話題を軌道修正させて場を鎮めようとする。
「ラムを部屋に連れて行って、二人で殴り合うの?」
「それはソニアに頼むとしよう。右と左、どっちがいい?」
しかし、ソニアにすぐに割り込まれて、ジャンもそれに乗ってしまう。この辺りの乗りのよさは、去年までと変わらない。
「やだ、あたしは平和主義者!」
「いつも騒ぎばかり起こすどの口がそれを語るか!」
「こほん!」
話が変な方向に進んでいくのをラムリーザは咳払いで止める。ラムリーザはソニアとジャン二人に挟まれている。だからその状態でそんな話をされると、気分が悪いったらありゃしない。
「おっと、というわけでラムリィ……」
「何の話なんだい? ソニアはお口にチャックで!」
また何か言い出しそうになるソニアを、ラムリーザは素早く制した。しかし、しゃべることはないが「むーむーむー」とうるさい。
「うーむ、こいつは……、なんだか話しにくいな。仕方ない、ちょっと別室によろしく」
ラムリーザを誘うとジャンは、「ちょっとごめんよ」と言いながらテーブル席から抜け出すのだった。
ラムリーザもそれに続いてテーブル席から抜け出すと、ソニアも付いてこようとする。
「いや、ソニアはそのままで」
ジャンがそう言うので、ラムリーザはソニアを押し留めようとするが、ソニアは言うことを聞こうとしない。そこでラムリーザはリリスに目配せした。
リリスはその視線に気づくと、怪しげな笑みを浮かべてソニアへ手を伸ばした。狙いは太もも半ばのサイハイソックス。それを思いっきりずり下げた。この機会に、いつもの仕返しをしてやったのだ。
当然その瞬間、ソニアの怒号が店内に響き渡り、ステージ上の演奏が一瞬止まった。
ジャンとラムリーザも一瞬足を止めたが、すぐに心配そうに振り返るラムリーザを促して、二人とも奥の部屋へと消えていった。
その後に繰り広げられたソニアとリリスの争いは知らない、ということにしておこう。
ラムリーザは、そのまま舞台裏の個室へと連れて行かれた。
そこは応接間になっていて、ジャンは部屋の片隅にあるソファーを促して、そこに腰掛けた。
「なあラムリィ、お前西の果てに新しい領地を創っているんだってな?」
「うん、まだ土台段階で、倉庫しかできてないし、話も神殿からしか来てないけどね」
「よし、まだ他の奴らは動き出してないか、しめしめ。で、街の名前は何だっけ?」
ラムリーザは、一瞬ソニアの言っていた「ラムちゃんシティ」が脳裏に浮かんだが、すぐに脳の片隅へと追いやった。
「ん、まだ検討中。ユートピア系にしたいと思ってるんだけどね」
「ユートピアか、お前らしいな。フォレスターと合わせてフォレストピア、なんちって。それは良いんだが、そこで大事な話があるんだ」
ジャンは、散々ソニアに邪魔された話を、ようやく切り出すことができた。
「伺おう」

一呼吸置いて、ジャンは言った。
「お前の創る新しい街に、シャングリラ・ナイト・フィーバー二号店を出すことを検討しているんだ」
「うわっ、それいいね!」
「支配人は俺。話が決まれば来年までには完成させたいが、それまでここで特訓だ」
「おもしろそうだね、期待しているよ」
クラブが近くなると、自然と自分たちの演奏場所もそちらに寄るだろう。近くだと移動も楽だから、良い事尽くしだ。
「そこで、一つ頼みがあるんだ」
「伺おう」
ラムリーザは、さっきと同じことを言って、ジャンの顔をじっと見据える。
「ナイトクラブ系は、俺のところに独占契約させてくれ。ライバルの参入は極力遠慮してもらう方針で……」
これは結構重要な話だ。ラムリーザにそこまでの権限は……あった。
ジャンはそこまで見越して、その状況を最大限に利用しているのだ。
「それと、立地は駅前で。建物の上部はホテルにもできるし、そういった面でも駅から近いほうが便利だ。客にも俺にもな」
「ああ、それは……いいよ」
一瞬ラムリーザは、勝手に決めていいのか、母に相談すべきではないかと思った。だが、神殿の件を思い出して自分で考えてもいいはずだと思って了承した。
親友ジャンの頼みなら、聞いてあげようではないか。
「さすがラムリィ、心の友!」
「何を大げさな。僕と君の仲じゃないか」
「よし、それなら俺も全面的に協力だ。繁華街の作り方に悩んだら、いつでも相談してくれ。街づくりについても勉強しておくよ」
「それは心強いな、ありがとう」
今日の新開地開拓記――。
帝国有数のナイトクラブである、シャングリラ・ナイト・フィーバーの二号店が、専属契約で街の娯楽施設として君臨する予定となったのであった。
そういえば今日は、年に一度、二つの月が重なってひとつに見える日、調律の日だった。
伝承では、二つの月が重なるとき、時の竜神が一年を振り返り、大地の暦を整え直すのだという。
だからこの日だけは、誰も「日付」を名乗らない。ただ「調律の日」とだけ言う。
そんな日に、ジャンの二号店の話が、冗談ではなく「予定」になった。