電話とやきもち
静寂の月・守護者の日――(現暦換算:十二月九日)
ラムリーザとソニアの二人は、エルドラード帝国最西端にある、ポッターズ・ブラフという町に住んでいる。そこで、ラムリーザの親戚の屋敷の一室に下宿しているのだ。
二人は同居といっても、ほとんど同棲みたいなものだ。学校から帰ってからの自由時間は、ほぼいつも一緒に仲良く過ごしている。もっとも、学校でもだいたい一緒にいるようなものだが。
この日の夜、ソニアは部屋にあるテレビの前でソファーに座り、ゲームに夢中になっている。ゲーム好きなソニアにとっては、特に珍しくもない光景だ。
ラムリーザはというと、ソファーでソニアの隣に座って、ぼんやりとゲーム画面を眺めていた。ソニアがゲームをプレイして、ラムリーザがそれを眺めている。この形式も、二人の間ではよくある日常の一コマになっていた。
ソニアは、最近は格闘ゲームをあまりプレイしなくなっていた。夏休み明けの試験勉強の日、リリスと喧嘩になってラムリーザに怒られて以来、格闘ゲームから少し離れているのだ。ラムリーザにとっては、ハメ殺されなくなっただけでもありがたいものだった。
今ソニアがプレイしているゲームは、普通のロールプレイングゲームのようだ。
最近、新しいゲームが出たというので、それをプレイしている。クリスタルが砕けただのなんだの騒いでいたようだが、ラムリーザにとってはよくわからないことだし、深く気にしていなかった。
願わくば、ヒロインが二人いて選択式みたいな作りではなく、リリスと喧嘩するようなことがなければそれでよかった。
「ふぅ、ゲームの話がわからなくなってきた。適当に実況しながらプレイしてくれないかな?」
「実況? えーとね、今いる第三世界は、第一世界と第二世界が合体してできた場所で――」
こうしてソニアが今プレイしている状況の説明を始めたとき、ラムリーザの携帯型情報端末キュリオが、通話着信を示すメロディを奏でた。
ラムリーザは「誰だろう?」と端末の画面を覗き込む。そこには「ジャン」と表示されていた。だからラムリーザは、いつものようにおどけた態度で電話に出た。
「なんじゃ? わしを大神官バアゴンと知っての狼藉か?」
電話の向こうからは、「我は破壊神ジドウだが何か? そなたが生贄になるか?」と返ってきた。いつものようにジャンもふざけている。
ソニアはゲームを続けたまま、ちらりと怪訝そうにラムリーザを見て、「誰?」と言った。だがラムリーザは聞こえないふりで会話を続けた。
ジャンの話では、明日のライブの打ち合わせだけでなく、明後日の休日に、ラムリーザのところへ来てゆっくりと話がしたいというものだった。新開地フォレストピアのことについてらしい。
「――それじゃあ、また明後日かな」「そうだね」
こうして一通りジャンとの打ち合わせが終わったところで、ソニアはゲームにポーズをかけて停止させて、ラムリーザのそばに引っ付いてきて「ねぇ、誰よ?」と問いかけた。怪訝な視線は険しいものへと変貌していた。
ラムリーザは、この娘は一体何をそんなに警戒しているのだと思いながら、「ジャンだけど」と答えた。するとソニアは、何事もなかったかのようにゲームへと戻っていった。
「……と、切る前に今の何? 何しよん?」と電話の向こうから、ジャンの不思議そうな声が聞こえた。
「ソニアがゲームしてるの見ていた」
「ああ、同棲しているんだっけ?」
「そうなるねぇ……」
そんなこんなで、しばらく話が続いた。
「今どんなゲームやってる?」
話の内容は、いつの間にかソニアのプレイしているゲームの話になっていた。
「ええと、第三世界は、第一世界と第二世界が合体したらしい――」
これは、電話の前にソニアから聞いた内容だ。
「――なんか人が、黒いところに吸い込まれているみたい。マッル! たすけておくれー!! とか言ってる。なんか主人公の故郷が吸い込まれたみたい」
これは、今現在テレビ画面に表示されている場面の実況だ。
向こうからは、「マッルと言えば、最近出たゲームの主人公だな、『クリスタル戦記』か」と言っている。
少しの間、ラムリーザの実況が続いた後、「それでは明後日」となって、通話は終了となった。ラムリーザは、キュリオをテーブルに置き、ソファーに深く座り直した。
ラムリーザは、再びソニアのプレイしているゲームを眺めることになった。先ほどのロールプレイングゲームは終わりにして、新しいゲーム、アクションゲームらしきものをプレイしている。
何やら夜の海岸を探索しているようだ。周囲には黒く大きなイカのようなモンスターがうろついていて、ソニアは時折斬りかかって退治している。
見ているだけに飽きてきたラムリーザは、そっとソニアのメロン――大きな胸へ手を伸ばしてみた。ソニアが気がつかないので、指をめり込ませてみる。
「ゲーム中に胸さわるな!」
ようやくラムリーザのいたずらに気がついたソニアは怒ってしまった。ラムリーザは気にせずに今度は、ココちゃんを抱き上げてソニアの目の前に差し出した。ソニアは視界を塞がれて操作を誤り、つり橋から転落してしまった。それだけでゲームオーバーになってしまったようだ。
「もー! ラムのせいでやられた!」
「やられたねぇ」
「ラムの馬鹿! ふえぇ……」
毎度の展開にラムリーザは軽く笑い、ソニアから手を放し、ソファーにもたれて大きく伸びをした。
その時、ラムリーザのキュリオが、再び通話の着信を示すメロディを発した。二人は同時に端末を見つめ、ソニアはそのまま、端末を手に取るラムリーザをじっと見ていた。だがゲームのほうで、先ほどの巨大イカが襲い掛かってくる音がしたので、ソニアはラムリーザから目を離して視線をテレビに戻した。
ラムリーザは、キュリオの画面を見て、そこに表示されている発信者の名前を見て顔を少し引きつらせた。リリスだ……。
ラムリーザがちらっとソニアのほうを見ると、ちょうどソニアもこちらを見ていて二人の目が合う。すぐにソニアは、「誰?」と問いかけた。
「リ、リゲルからだよ」
リリスと言いかけたが、すんでのところでリゲルと誤魔化した。正直にリリスからと答えたらうるさいので、ここは嘘を突き通すことにしたのだ。
ソニアは一瞬いぶかしむような視線を向けたが、すぐにゲームへ戻っていった。ゲームオーバーになったアクションゲームをやめて、先ほどやっていたロールプレイングゲームの続きを始めた。
ラムリーザは、ソニアに気づかれないようにリリスとの会話を続けていた。まるで爆弾のそばで話をしているような気分で……。
「いや、そんなことないよ。僕もモデルさんみたいでかっこいいと思ってるし……」
話の内容はたわいもない雑談だ。ラムリーザは、ソニアに気づかれないように言葉を選びながら、相槌を打っていた。
「……モデル?」
だが、ソニアは小さな単語を見逃さなかった。リゲルとモデルについて話をするのは不自然だと思ったようだ。再び視線をラムリーザのほうへ向ける。
「いや、リゲルも男性モデルになってもおかしくないぐらいスタイルいいよね?」
慌ててラムリーザは誤魔化した。電話の向こうから、「リゲルは関係ないでしょう」と返ってくるが、ここは仕方がない。
「でもリリスもそう思うだろ――、あ、しまった……」
ついうっかりリリスに同意を求めてしまった。
当然ながら、すぐにソニアは振り返り、険しい目つきでラムリーザを見つめた。
「相手はリリスだな?!」
ソニアはゲームのコントローラーを投げ捨てると、ラムリーザに飛びかかってきた。キュリオを取り上げようと手を伸ばしてくる。
その時、電話の向こうから「ソニアがそばにいるのね?」と聞こえた。
「えーとね――こら、引っ張るなって!」
ソニアはラムリーザにしがみ付き、キュリオを持つ手を引っ張る。
「リリスと電話禁止!」
「いや、電話ぐらい良いだろう――って、こら!」
とうとうソニアは、ラムリーザの足の上に乗ってしまった。ソファーに座っているラムリーザの太ももの上に乗りかかり、「ラム! 電話をよこせ!」とものすごい剣幕だ。
ラムリーザは、これ以上通話するのは不可能だと判断し、「えと、リリスごめん。明日またライブで会おう」と言ってすばやく通話終了のボタンを押した。
「はい、電話終わったよ」
そう言ってソニアに、「通話終了」と表示されているキュリオを見せて肩をすくめる。
ソニアは不満そうな顔で、しばらくの間ラムリーザとキュリオを交互に睨みつけていた。ゲーム画面では、巨大なボスキャラのようなものの前で、主人公が立ち尽くしている。
「ほら、なんか怖そうな敵が待ち構えているよ」
怖そうな敵に睨みつけられているラムリーザは、そう言ってソニアを引き離そうとした。しかしソニアは、ゲームを放り出してソファーから立ち上がり、自分のキュリオを取りに向かった。
ラムリーザは、嵐が去ったとばかりに一息ついてソファーに座りなおした。
ソニアは、何やら高速でキュリオの画面をタップしている。おそらくメールでも打ち込んでいるのだろう。さっと打ち終えると、してやったりといった表情でラムリーザのほうを見つめた。
そんな目つきで見られても知らない、とラムリーザは思い目を逸らした。そのままソファーに戻ってくると、傍にキュリオを置き、転がっていたコントローラーを拾い、再びゲームを開始した。
すぐに、ソニアの端末が、メールの受信を示すメロディを奏でた。
その音を聞いたソニアは、ラムリーザにコントローラーを押し付けると、再びキュリオを手に取った。少し操作すると、その表情が憤怒の形相へと一変する。そのまま先ほどと同じように、すごい勢いで何かを打ち込み始めた。
ラムリーザは、得意げにメールを打ち終えたソニアをちらっと見ただけで、押し付けられたコントローラーを操作してゲームの続きを開始した。画面は戦闘シーンに切り替わり、巨大な敵が画面左から迫ってきていた。「こいつを倒してから寝るか」とラムリーザは思う。そろそろ寝る時間だと気づいたのだ。
その時、再びソニアのキュリオがメールの受信を示すメロディを奏でる。そしてソニアは――また画面をタップし始めた。
ラムリーザは、またメール戦争が始まったなと思いながら、ゲーム画面を見る。巨大な敵は、「私はネオエクソダス。全ての存在を消し、そして私も消えよう! 永遠に!」などと言っている。物騒なやつだ。
「そういえば、あの白いぬいぐるみは最近どうしてる?」
「白いぬいぐるみ? ココちゃん?」
「名前は何でもいいけど、最近可愛がってないみたいだし、ベッドの上にでも置いておくか?」
ココちゃんと呼ばれたぬいぐるみが、テレビとソファーの間に転がっているのに気がついたラムリーザは、ソニアに聞いてみた。
「ダメ! ココちゃんはクッション! クッションはクッションらしく、下に置いておくものなの!」
ソニアは、携帯端末を覗き込んだまま、怒ったようにまくし立てる。
「そうか? 別にベッドの上に置いていても良いような気がするけどな」
「ぬいぐるみならばベッドの上に置いてもいいけど、クッションのココちゃんはダメ!」
ラムリーザは、何がダメなのかよくわからなかったが、ソニアがそう言うので、とりあえずは深く考えるのはやめた。ただ、床に転がっているのは気の毒なので、ソファーの端に座らせてやる。
するとソニアは、ココちゃんを膝の上に乗せてぽこぽこ叩きながら、メールを打ち始めるのだった。

先ほどと変わり、ラムリーザがゲームをプレイし、その横でソニアはキュリオのメールと格闘している。
これもまぁよくあること。さほど珍しいことではない。日常の一コマだ。
明後日ジャンが来る。新開地フォレストピアの話を、落ち着いて聞く時間になるはずだ。
それまでの間に、ソニアのメール戦争もココちゃんの矜持も、いつも通り続くのだろう。