動画再生回数戦争 ~後編 しょうもない結末~
白霜の月・精霊の日――(現暦換算:二月十二日)
週末の休日、ソニアはマイコンの画面を時折確認しながら過ごしていた。
朝起きては一晩中動いていたことを確認し、帝都へバンドの演奏に出かけて、帰ってきては確認する、そんな具合だった。
自動クリックツールを仕込んでから、ラムリーザの部屋のマイコンは、ずっと起動しっぱなしだった。
ソニアの動画の再生回数は、すでに二万回を突破して、三万回に届こうとしている。数字だけを見れば、S&Mにも負けず劣らずの大ヒットに見える動画だ。
ただ、ソニアの行動は時々画面を確認するだけで、それ以外の生活は普段通りなので、ラムリーザは特に気にすることもなく過ごしていた。
「そうだ、格闘ゲームの実況動画を作ろうよ」
「またぁ? もう、飽き飽き」
ソニアは、久しぶりに格闘ゲームでラムリーザと対戦したので、また興味が戻ってきたようだ。さらに今度は、その格闘ゲームでの対戦を実況しようと言い出したのだ。
「何でよ、一昨日『対戦してやってもいいぞ』って言った!」
「それは一昨日の話で今日の話じゃないだろ? それに、マイコンで意味不明なことやってるから録画とかできないんじゃないのか?」
ソニアは「む~」と言うが、ラムリーザの言うとおり、現在マイコンは他の作業に使える状態ではない。
「それなら実況プレイの練習しようよ、ほらラムもプレイする」
「そんな練習なんて、つまんないだろ?」
「つまる!」
「とりあえず、ソニアのプレイは叩かれると思うが、まあいい、一度だけだぞ」
ラムリーザはソニアがしつこいので、そう言って一度だけ対戦に応じてやることにした。
ソニアの選んだキャラは、いつもの緑色の軍服男ヴェガ。一方ラムリーザは、主人公格のキャラであるドラゴンを選択した。
「それではゲームスタート!」
ソニアの掛け声で、格闘ゲームの実況練習が始まった。だがソニアは無言で攻め込んでくる。
ラムリーザは、とりあえず現状を実況して、ソニアのプレイがいかに酷いか耳で聞かせることにしてやった。
「現在両者間合いを計りながら牽制しています。おっと、ソニアのサイコアタックが発動しました。僕はガードするけど、この技が問題なのであります。変なオーラに包まれて突撃してきたからガードしたけど、通り抜けながら三回削ります。そしてすれ違いざまに、投げる。この投げがずるいのであります、なぜなのか実際に試しながら説明しましょう。ほら、またサイコアタックを仕掛けてきました。投げられないように動こうとすると、はい、燃やされてしまいました。ソニアはこればっかり仕掛けてきます」
聞かされているソニアは、不満そうに口をとがらせている。
「こっちの体力が半分以下になると、あとは削りにきます。来ました、二段蹴りです。ダブルニー……なんだっけ? まあいいや、この前方宙返りしながら突進しての二段蹴りの後にしゃがんだ状態からのパンチと立ちキックを打ち込んできて、また二段蹴りを放ってきます。動けません。二段蹴りでどんどん体力を削られます。動こうとしたら、ほら連続攻撃が途切れない。何もできないままやられました、おしまい。もう、飽き飽き」
ラムリーザは、そこまで言い放ってから、コントローラーを放り出してソファーから立ち上がり、バルコニーの木造デッキチェアへと向かっていった。
ソニアは、外に出て行くラムリーザを不満顔で睨みつけていたが、すぐに気を取り直してゲームを再開した。
夜が来る頃には、ソニアの動画再生回数は、三万回を超えていた。
ラムリーザは、携帯端末でリリスの動画を確認したが、こちらも三万回を超えている。
それ以下の細かい差は分からないが、この分だと明日に行われる勝負の結果は、四万再生台の決着になりそうだった。
「あほくさ……」
ラムリーザはそう呟いてから、ドラムセットへと向かい、マイコンとテレビの前を往復しながら遊んでいるソニアを見ながら、いつもの練習を始めた。
タン、タン、タン、タン、タ、タ、タ、タ、タタ、タタ、タタ、タタ、タタタ、タタタ、タタタ、タタタ、タタタタ、タタタタ――
何度かの往復を繰り返していたソニアだが、夜の九時を回ったところでマイコンの前に行ったきり戻ってこなくなった。
何やら慌てたような表情で、しきりにカタカタと操作している。
自動クリックツールに不具合でも出たか?
もしそうだとしても、徹夜はさせないぞ。ラムリーザは、心の中でそう誓った。
ソニアは、ラムリーザのほうを振り返った。その顔は、焦りと驚きの混ざった感じで青ざめている。リリスに大差でも付けられたのだろうか?
すぐにマイコンのほうへと顔を戻したが、落ち着きがない。相変わらずしきりにカタカタやっている。
「ふっ、ふえぇ……」
そして青ざめた顔は、泣きそうな顔へと変わっていった。
さすがにそうなるとラムリーザも心配で、ドラム練習を切り上げて、ソニアの見ているマイコンの前へと向かっていった。
ソニアの後ろから画面を覗きこんでみると、そこには先ほどまでの動画を公開している画面ではなく、ソニアのページのトップが表示されていた。そこに書かれていた内容は――
このアカウントは、スパム、詐欺、誤解を招くコンテンツに関するワクワク動画ポリシーやその他の利用規約に対する重度なる違反、または重大な違反のために停止されています。
ソニアは泣きそうな顔で、視線を画面とラムリーザの顔の間に行き来させている。
「ほら、変なことするから怒られた」
ラムリーザは、ソニアの頭をなでながら慰めたが、慰めの言葉にはなっていない。
「あたしが何をやったって言うのよ……」
ソニアは力なくそうつぶやくが、どの口が言っているのだろうか?
ソニアのしていたことは、無茶なうえに無意味な行動だ。専門的な用語を使えばDoS攻撃、動画共有サイトへ大量のリクエストを送りつける攻撃そのものであった。
要するに、同じ画面を短時間に更新し続けて、サイトに負荷をかけるような真似をしていた……ということになる。
「やらかしてしまったことは仕方ないから、次の動画と次のアカウントを作ってやり直そうよ」
「やだ! もうゲーム実況なんかやらない! 疲れるだけでちっとも面白くない!」
それはソニアが正規のやり方ではない変なことをしていたからだ。普通に楽しみながらやれば、たとえ面白い動画が作れなくて再生回数が増えなくても、個人の趣味としては十分楽しめたはずだ。
「まあいいか、ゲーム実況のことはスッパリ忘れて、ほら対戦してあげるぞ」
ラムリーザは、今度こそソニアを慰めるために、わざわざ負け役を買って出るのだった。
「ふえぇ……」
ソニアは、最初はしょんぼりしていたが、ラムリーザに格闘ゲームで連勝するうちに、いつもの元気を少しずつ取り戻していった。
こうして、ラムリーザの部屋のマイコンは、二日近く起動し続けた末に、ようやく動きを止めたのだった。
白霜の月・森人の日――(現暦換算:二月十三日)
翌日――。
ラムリーザは、青ざめた顔で現れたリリスに嫌な予感を覚えた。自動クリックツールを教えてやったのに、結局徹夜続きだったのだろうか?
だが、顔色が悪いだけで、目は普通だし身だしなみもきちんとしている。
ソニアも、昨夜のことがあってあまり元気がない。リリスに不戦敗してしまうのが確定しているので、再生回数勝負について話を切り出そうとしなかった。
一方リリスも、今日が勝負の日だというのに、自分の席で前を向いたまま突っ伏していて、いつものように話題を振ってこない。
「どうしたんですの? 確か今日までの動画再生回数を競っているんじゃありませんの?」
ユコが不思議そうに尋ねると、ソニアとリリスは同時にビクッと身体を震わせた。そしてロザリーンは自分の携帯型情報端末キュリオを取り出して、いつもの再生回数確認をやろうとした。
「ちょっと待って」
そこで初めてリリスが振り返り口を開いた。
「ソニア、あなた何回再生されているのかしら?」
リリスは、そわそわしながらソニアに尋ねる。
「な、何よ……四万回ぐらい?」
ソニアもうろたえながら答える。昨夜アカウントが停止される前は、もうすぐ四万再生されるところだったはずだ。
「それじゃあ私の勝ちね、私は五万回は再生されていたわ」
勝利宣言するリリスの声に、力がこもっていない。
「現時点の結果を確認しますね」
ロザリーンがそういうと、リリスはすばやくロザリーンの腕を押さえて、キュリオの操作を妨害した。
「ソニアは四万回と言ったから、私の五万回の勝ち。確かめる必要は無いわ」
リリスの理論に、ソニアは当然噛み付く。
「何でそうなるのよ! リリスが五万回なら、あたしのは六万回再生されているはず!」
「いいえ、私は二つ動画を公開したから、あなたの二倍は再生回数があるはずだわ」
「いや、二つの動画を同時にクリックできないはず! クリック回数は同じ、だから一日早くクリック始めたあたしが勝ってるはず!」
「いいえ、三日前の時点では逆転していたわ。それからずっとクリックし続けていても、そこから再逆転はないはずだから、今は私のほうが千回ほど再生数が多いはず」
「何ですの二人とも! はずはずはずはずって、全然確証が無いことばかり言って!」
ソニアとリリスの理論合戦に、ユコは痺れを切らして大声で反論する。
「確認したら済むことでしょう?」
ロザリーンは、リリスの手を振り払って席を立ち、再び確認しようとするが、追いかけてきたリリスにまたしても邪魔をされてしまう。
「何を往生際悪く抵抗してるんですの?」
ユコは、リリスをロザリーンから引き剥がした。
リリスは少しの間、ユコから逃れようともがいていたが、すぐに諦めてみんなに背を向けて窓の外を向いてしまった。
「ええと、それではリリスさんの再生回数は……あれ? あれれ?」
「どうしたんですの?」
キュリオの画面を見たまま眉をひそめるロザリーンを見て、ユコは不思議そうに尋ねる。
「いえ、リリスさんのアカウントが無くなっているんです。スパムが何とか書いていて、停止されているって書いています」
「はぁ?」
戸惑う二人を見て、ソニアは大声でけたけたと笑い始めた。
「何だリリス、アカウント停止されたの? だっさ! あたしの不戦勝だ、やったー! あっはっはっはっ」
事情を知るラムリーザは、勝利宣言をするソニアを変な目で見つめていた。どこからそのような自信が出てくるものやら。そのポジティブさはうらやましいかもしれない。
リリスは振り返り、「うるっさいわね!」と言ったが、それ以上言葉が続かない。握りこぶしをブルブルと震わせながら、悔しそうに窓の外を眺めている。
「ソニアさん、喜んでいるところ悪いけど、あなたのアカウントも無くなっています」
「はぁ?」
ユコは一人、わけが分からないといった感じにぽかーんとしている。
「あっはっはっは……」

ロザリーンの報告を聞いて、ソニアの笑いがぴたりと止まった。
こうなることが見えていたラムリーザには、ソニアが一体何を拠り所にして虚勢を張っていたのか理解しがたかった。
「何だソニア、アカウント停止されたのね、だっさ」
ソニアと同じ台詞で煽ってくるリリスも、頭の出来が同レベルだということだ。二人とも、ブーメランを投げ合っている。
「何ですのそれは? これじゃあどっちが勝ったって言うんですの?」
「ええと、無効試合ですか?」
ロザリーンの結論にリリスが噛み付く。
「いや、停止される直前に、私の動画は再生数が六万を超えていたから、私の勝ちだわ」
何か増えてる。
「あたしのアカウントが今の時間まで生きていたら、再生回数は七万回を超えていたはず!」
また「はず」が始まった。
「もうやめて! 理想論はたくさんですの! ラムリーザ様、この場合どうすれば良いと思いますの?」
ラムリーザは、自分に振られても困ると思った。
ソニアとリリスの二人に睨みつけられながら、ラムリーザは面倒くさそうに答えた。
「ユコが歌えよ……」
しん、と教室が静まり返ったような気がした。
ユコは口を開けたまま固まり、ロザリーンは端末を持った手を止めた。