面白いゲーム実況って何?
氷紋の月・守護者の日――(現暦換算:二月六日)
この日の昼休み、ソニアは嬉しそうに自分の持っている携帯型情報端末キュリオをリリスに手渡した。さっそく昨日作ったゲーム実況の動画を見せようとしているのだ。
「キュリオがどうしたのかしら?」
リリスはよくわかっていないようなので、ソニアは少し操作して、端末内のアーカイブから動画を呼び出して再生を始めた。
「あっ、ちょっと待った」
ラムリーザは、二人の様子を察知してすぐに声をかけた。
「できればイヤホンを使って聞いてくれないかな?」
結局のところ自分の恥ずかしい台詞を、教室内でぶちまけてほしくなかったのだ。
リリスは素直にイヤホンを取り付けて聞き始めた。教室内はざわざわしていて、イヤホンで聞かないと、大音量で流さない限りほとんど聞こえないというのもあった。
周囲の喧騒を遮断したリリスは、じっと画面を見つめている。時折、彼女の口角がかすかに上がったり、眉がピクリと動いたりするたびに、ラムリーザの心臓は嫌な音を立てた。イヤホンから音漏れすらないはずなのに、ラムリーザの脳内ではあの「脇の下をくすぐる」ような自分の声が、大音量で再生されていた。
ラムリーザは、リリスの反応を見るのが怖くて、身体の向きを変えると外の景色を眺め始めた。今日もほっちょん……。
「ラムリーザ様」
そこにユコが話しかけてくる。ラムリーザは、リリスの姿が視界に入らないように身体の向きを調整してユコのほうを振り返った。
「なんだい?」
「新しい楽譜が完成しましたの。四国無双のエンディングテーマ、生路ですの」
「お、おう……それはすごいね」
ラムリーザは、四国無双というゲームタイトルを聞いてビクッとした。どうしても、リリスが見ているゲーム実況動画が気になってしまう。
「ラムリーザ様、今度一緒にプレイしません? ラムリーザ様の屋敷に遊びに行きたいですの」
「ソニアが邪魔をすると思うぞ」
そう言いながらも、ラムリーザは気が気ではなかった。どうしても、昨夜のことを気にしてしまう。
ちらっとリリスのほうを見てみると、ちょうどその時目と目が合ってしまった。
ラムリーザはすぐに視線を逸らしたので、リリスがその後どう見ていたかわからない。しかし、脇の下をくすぐる発言を聞かれるのも時間の問題だ。
リゲルのほうを見ると、リゲルもキュリオにイヤホンを挿して何かを聞いている。
ラムリーザが「何を聞いているんだ?」と聞くと、リゲルは「何も聞いていない」とだけ言って、端末を隠してしまった。妙な行動をするものだ。
そのうち、リリスはソニアの動画を見終えたようだ。
キュリオをソニアに返すと、開口一番の内容がこれまたぶっ飛んでいて、ラムリーザは嫌な予感しかしなかった。
「さっきユコは、新しい楽譜ができたって言ったよね? じゃあ次のリードボーカル争奪戦は、ゲーム実況動画の再生数で勝負しましょう」
ラムリーザは、何も答えることができなかった。
少なくとも、リリスはソニアの動画を見て「自分もやってみたい」という気になったのは間違いない。
だがラムリーザは、自分の脇の下をくすぐる発言をリリスがどう受け取ったかが気になって仕方がなかった。
「その勝負、受けた!」
そんなラムリーザの心配をよそに、当然ソニアも承諾する。
「僕は――」
「ラムリーザ」
リリスに発言を遮られ、ラムリーザは「はい」と答える。リリスは、ラムリーザの目をじっと見つめながら、言葉を続けた。早速脇の下をくすぐる発言に対してのツッコミか?
「ソニアの手伝いをするのは禁止よ」
ラムリーザは、ホッとした。リリスに言われるまでもない、もともと「僕はやらないよ」と言いたかっただけだ。
わざわざ変な発言をネットに流す危険性を犯す気はなかった。普段通りにソニアと会話するだけで、絶対に妙なことを口走ってしまうのは目に見えている。
「それとラムリーザ」
リリスはまだ何か言いたいことがあるようで、ラムリーザから視線を外さない。
「マイコン買って頂戴」
「む……」
動画を作るためには、一般向けのコンピューターのマイコンが必要だ。これは決して安いものではなく、リリスにとって手が届くようなものではなかった。そこで、早速たかりに来たようだ。
「あ、ずるいですわ。私もマイコン使って音楽の打ち込みとかやってみたいと思っていたのに」
「ラムリーザ、ソニアには買ってあげたのに、私には買ってくれないの?」
「いやそれはその、ね」
「買ってくれないの?」
「…………」
リリスはラムリーザに接近して、誘惑的な視線でじっと見つめてくる。リリスの瞳は、まるで獲物を追い詰める猟師のように冷徹で、それでいて熱を帯びている。
どさくさに紛れて、ユコもねだってくる。
「誰がリリスなんかに買ってあげるか! ラムはあたしに買ってくれるだけでいいの!」
ソニアは、ラムリーザに接近するリリスを押しのけて叫ぶ。
「まあいいわ。買ってくれないなら、さっきの動画を広めるから」
リリスは身を引きながら、サラッととんでもないことを言い出した。
「ま、待ってくれ、何だそれは?!」
ラムリーザは慌てて問いただす。
「今の動画、私の端末のアーカイブにもコピーしておいたわ」
どうやらリリスにしてやられたようだ。
ラムリーザは観念して、リリスとユコにマイコンを買ってやるハメになってしまった。
無邪気なソニアは「広めて頂戴」と言うが、あんなものを広められたのではラムリーザの威信にかかわる。
「それでは、お互いに動画共有サイトにアカウント作って、これから一週間の再生数を競い合うというルールでスタートね」
エルム街での別れ際、リリスはそう宣言して帰っていった。
その日の夕食後、ソニアは早速ゲーム実況動画の作成に取り掛かっていた。
むろんラムリーザは見ているだけ。余計な口出しをして、わざわざ全国に恥ずかしい台詞を流す危険を避けた。
リリスからソニアの手伝いを禁止されていたが、別に禁じられていなくてもやる気はなかった。やるなら一人でやるべきだ。ソニアと一緒にやれば、ろくなことをしゃべりそうな気がしない。というか、実際に妙な発言という前例がある。
ゲームは昨日に引き続き、今が旬の四国無双。ソニアは、「うりゃ~、とりゃ~」等と言いながら、一人で敵陣に突入している。相変わらず掛け声ばかりで、全然実況していないようだ。まずは慣れるために字幕を読み上げるところから始めてもいいとラムリーザは思うが、好きにやらせることにした。ラムリーザには関係ない。
ラムリーザは、やることがないのでとりあえず先に入浴を済ませることにした。
ソファーから立ち上がると、ソニアは「どこに行くの?」と上目遣いで聞いた。確か収録中ではなかったか?
ラムリーザは「風呂に入ってくる」と答えて、あっと小さく息をのんだが、時既に遅し。ソニアのヘッドセットのマイクが拾っていなければいいと思ったが、別に恥ずかしい台詞でもないので考えるのをやめた。
「待って、あたしも一緒に入る」
しかし、その後のソニアの台詞が問題発言だった。
マイクの感度が良ければ、これで男性の声で「風呂に入ってくる」という台詞が流れた後に、女性の声で「待って、あたしも一緒に入る」という台詞が収録されたことになる。
ラムリーザは、頭を抱えたくなって、そのままソファーにどしんと座り込んだ。

部屋の時計が刻む秒針の音だけが、やけに大きく聞こえる。ソニアは無邪気にコントローラーを握り直しているが、ラムリーザの頭の中では「ネットに配信される、男女混浴のお誘い」という最悪のテロップが踊っていた。
結局、収録が終わるまで、ラムリーザは口をつぐんでじっとしているしかなかった。いっそのこと、「おい、引きこもり!」などと茶々を入れてやっても良いのだが、そんなしょうもない台詞をネットに晒す勇気はなかった。
収録と編集が終わり、エンコード中に二人は一緒に入浴を済ませることにした。
そして、入浴から戻ってから、ラムリーザは早速先ほどの動画のチェックを始めた。
動画の出来はともかく、問題発言というか、問題の会話が入っているかどうか確認しておく必要があった。
もしもラムリーザの台詞が入っていたら、再編集して消してもらうことにするつもりだった。
『どこに行くの?』
問題の箇所に差しかかった。ゲーム内容と関係のない、ソニアの一言。
だが、その次に発したラムリーザの声は小さく、ゲームの音にかき消されているのか入っていなかった。
『待って、あたしも一緒に入る』
ラムリーザは安心した。入浴に関する会話は、ソニアの独り言になっていた。
「ねぇラム、どう? 面白い?」
「あ、うん。面白いよ」
とりあえずラムリーザは無難な返事をしておく。
ソニアの作った動画は、ゲーム実況と謳っているが、はっきり言って実況になっていない。傍で聞いていたとおり、「うりゃ~、とりゃ~」だけで、全然話をしていない。
それでも、ソニアが不機嫌にならないように、ラムリーザは面白かったということにしておいた。
こんな動画でリリスと勝負をすること自体が無謀だと思うが、まぁソニアのやりたいようにさせておけばよい。別に誰かに害が出るわけでもないのだから。
ソニアは、再びマイコンを操作している。
「まだやることがあるのかい?」
ラムリーザは、ソニアの後ろからマイコンの画面を覗きながら言った。
「動画共有サイトにアカウント作っているの」
ソニアは、カタカタとマイコンのキーボードを叩きながら答えた。画面には「ワクワク動画」などと載っている。それが動画共有サイトの名前なのだろう。
ソニアの作ったアカウント名は、「面白いゲーム実況大集合」だった。タイトルはともかく、面白いのかどうか分からない動画が載っているページになるだろう。だが別にページタイトル詐欺でも、まあいいだろう。先ほども述べたが、別に誰かに害が出るわけでもないのだから。
それで先ほどの動画は、「面白い四国無双実況」とネーミングされていた。安直なネーミングだが、ソニアは「面白い」にこだわっているようだ。
面白い奴だ。
動画の「面白さ」なんて、たぶん測れない。
それに、再生数で勝負すると決めた瞬間から、遊びは遊びじゃなくなる。それでもソニアが楽しそうなら、まずはそれでいい。
問題は、ラムリーザの余計な一言が世界に残ることだけだ。
画面の中で、相変わらず「うりゃ~」と叫びながら迷走しているソニア。実況としては三流かもしれない。
けれど、こうして一つのことに夢中になって瞳を輝かせている彼女は、どんな一流のエンターテイナーよりもラムリーザの心を動かしている。
結局のところ、ラムリーザにとって世界で一番面白いのは、画面じゃなくて、すぐ隣にいる彼女なのだ。
ラムリーザは、背後から面白いソニアをそっと抱きしめた。……面倒も不安もあるのに、結局、彼女が笑っているだけで救われてしまう。