ゲーム実況をやってみよう
氷紋の月・白雪の日――(現暦換算:二月五日)
寒波は去り、例年通りの暖かさに戻ったこの休日、ラムリーザは朝からバルコニーに置いてある木造デッキチェアに腰掛けてのんびりとくつろいでいた。
一方ソニアは、携帯型情報端末キュリオの画面をじっと見つめたままだ。何やらゲームをプレイしているような音が聞こえるが、ソニアはじっと見ているだけで指一本動かしていない。時折、誰かが話すような声も聞こえるが、別にソニアと会話しているわけでもなさそうだ。どうやら「プレイ」ではなく、実況動画を再生しているだけらしい。
このままのんびりとした一日が過ぎるのかと思いきや、昼前にソニアはバルコニーにいるラムリーザのところへやってきて言った。
「ラム、ゲーム実況やろうよ」
「は? ゲーム実況? 何それ?」
「ゲームしながらおしゃべりするのを動画として残すの」
ソニアは、今朝からずっとゲーム実況の動画を、キュリオで見ていたのだ。そこで、自分もやってみたいという気になってラムリーザを誘ったというわけだ。
「それは楽しいのか?」
ラムリーザは、ソニアの唐突な思い付きにワンクッション入れるつもりで尋ねてみた。思い付きだけで動くと、ろくなことにならない。
「見ていてすごくおもしろかったよ、だからあたしたちもやってみようよ」
ソニアは、デッキチェアに寝そべるラムリーザを揺すりながら催促する。ソニアが言うには、ゲーム実況というものは今ゲーム界隈ではものすごく流行っているらしい。
「わかったよ、それでそのゲーム実況とやらに必要なものは何だい?」
ソニアは、すぐにキュリオの端末で調べ始めた。
「えーと、ゲームと、話し声を入れるためのマイクセット」
それは問題ない。以前マインビルダーズというゲームでリリスたちと遊んだ時に買ったものがある。ただし、ラムリーザが使っていたものは今では埃を被っているが。
「あとね、ゲームの画面を録画するソフトと、音声を録音するソフト」
録画や編集にはマイコンという、企業用ではなく一般市民向けのコンピューターを使うのが主流らしい。しかし、ソニアはマイコンはまだ所持していない。
「ねぇ、マイコン買いに行こうよ」
そういうわけで、二人は繁華街のエルム街に出かけて買い物をすることになった。
気づけば夕方近くになり、ようやくすべての準備が完了した。
ゲーム機をテレビとマイコンに繋ぎ、両方に表示ができるようにした。テレビを見ながらプレイして、マイコンに表示したものを録画する手はずになっていた。録画ソフトと録音ソフトは、マイコンにインストールしている。
「じゃあ始めよう!」
ソニアは、マイコンを操作しながら楽しそうに言った。
「ゲームは何をするんだい?」
格闘ゲームの対戦だけは、勘弁してほしいラムリーザであった。
「今やってる四国無双でいいよ」
これは、大寒波前夜にラムリーザもプレイしたアクションゲームだ。これなら対戦じゃなくて協力プレイなので問題ない。
「それじゃ始めようか」
ラムリーザがコントローラーを手に取ると、ソニアはヘッドセットを手渡した。
「これ使ってお話をして」
ラムリーザは、素直に受け取って装着する。
いよいよゲームスタートだ。
ソニアは、ゲームを開始すると同時に、録画と録音も開始した。
ラムリーザは、とりあえず前回の感覚を思い出しながらプレイした。
四つの国から選んだのは、以前と同じ「ギョク」という国。緑色が国のイメージになっているということ以外に選択している理由はない。
「大盛りねぎだくギョク!」
ラムリーザは、前回と同じことを言って、操作する武将を選択した。前回はただの武将を選択したが、今回は総大将のチューカックを選択してみた。ソニアの選んだ武将は、前回と同じテーエンシ。ハメ技を覚えたら、それに固執するのが彼女だ。
「総大将選んだら、ラムが負けたら即ゲームオーバーだよ?」
「前回総大将の護衛が大変だったから、自分で何とかすることにする」
「まあいいか、ラムがやられなければ負けはないし」
しかし、二人はすぐ隣にいるのにヘッドセット越しに会話しているのも、シュールな光景だ。
ただし、会話はそれだけ。二人は、声を録音していることをすっかり忘れているのか、黙々とプレイしていた。
プレイ内容は、前回と同じく、ソニアは敵陣に突入し、ラムリーザは本陣側。いや、総大将だから「守っている」より「守られている」が正しい。時々突入してくる敵の兵士を追い返しているだけだ。
そのうち、また前回と同じ事態が発生する。敵が本陣に奇襲してきたのだ。
ラムリーザの操作するチューカックの周囲に、突然敵の大軍が現れる。その敵が、総大将のラムリーザめがけて一斉に襲いかかってくるものだからたまらない。たちまちラムリーザはピンチになってしまった。
「やばい、死にそうだ」
これがプレイが始まってから初めての発言だ。
「死んだら許さないからね」
ソニアは、敵の本陣に突入して敵を蹴散らしながらつぶやいた。
しかし、あまりやり込んでいないラムリーザは下手だった。前回は総大将の護衛だったから、自分は攻撃目標にされていなかったが、今回は違うし護衛もあまり強くない。
「あ、死んだ……」
「ラムの馬鹿!」
画面に、ゲームオーバーを示すテロップが出て、物悲しい音楽が流れた。
「ソニアが護衛してくれないからだよ」
「それだったら誰が攻めるのよ! まあいいわ、ラムは練習していて、あたし今のプレイを動画に編集してみる」
そういってソニアはマイコンを操作し始め、その隣でラムリーザは、練習ステージを黙々とプレイしていた。
しばらくして――
『大盛りねぎだくギョク!』
突然マイコンから、ラムリーザの力強い声が響いた。
「びっくりした、なんだ?!」
「動画ができたよ、今テレビに映してみるから見てみようよ」
ソニアがそう言うと、テレビはゲームの画面からマイコンの画面へと切り替わった。画面中央のウィンドウに、ゲームの武将選択画面が映っている。
『総大将選んだら、ラムが負けたら即ゲームオーバーだよ?』
『前回総大将の護衛が大変だったから、自分で何とかすることにする』
『まあいいか、ラムがやられなければ負けはないし』

聞いていて、ラムリーザは妙な気分になった。ソニアとの会話は当たり前のようにやってきたが、客観的に会話している自分の声を聞くのは初めてだ。
「何か知らんところで自分が会話しているのを聞くのも妙だね」
「おもしろいじゃない、でもラム下手ねー」
ソニアは、プレイしている時は自分の画面しか見ていないので、ここで初めてラムリーザのプレイをじっくりと見たことになるのだ。
黙々とプレイ動画が流れている。
「でも、ゲーム実況と言いながら、実況してないね。何も話してないじゃないか」
「うーん……」
ラムリーザの指摘に、ソニアは口をへの字にして考え込む。
『やばい、死にそうだ』
画面の総大将が追い込まれた時、再びラムリーザの声が聞こえた。再び自分の声を聞いたラムリーザは、やはり妙な気分を味わう。ライブで歌声を録音したものを聞いたことは何度もあるが、普通の会話を聞く機会はめったにないからだ。
「ラムは正面の敵ばかり見て、周りを見ていないのよ」
確かにラムリーザの攻撃は直線的なだけだ。ソニアのように、画面を縦横無尽に駆け巡っているわけではない。
『死んだら許さないからね』
続いてソニアの声。改めて聞いてみると、結構高めでやはり騒がしい感じがする。
『あ、死んだ……』
『ラムの馬鹿!』
『ソニアが護衛してくれないからだよ』
『それだったら誰が攻めるのよ! まあいいわ、ラムは練習していて、あたし今のプレイを動画に編集してみる』
それから少しして、ブツッと動画は唐突に終了した。
しばらく沈黙が流れた後、二人は顔を見合わせた。
「面白いね」
ソニアは、にこっと微笑んで言った。だが、ラムリーザにはまだ疑問の余地が残されていた。
「いや、面白いか? 全然しゃべってないじゃん」
「う~ん、そこが問題ね。次はもっと話しながらプレイしようよ」
そう言って、ソニアは再びマイコンを少しだけ操作する。そしてすぐにラムリーザのほうを振り返りながら言った。
「はいこんばんは、ソニアです」
挨拶をした後、ソニアは指を振ってラムリーザにも挨拶を促す。
「ラムリーザです――、いやちょっと待って」
「何よ」
「こういうのでは、あまり本名を名乗りたくないな。ネットと一緒でハンドルネームみたいなのを名乗ろうよ」
「じゃあ何? ラムだから羊にするの?」
「ソニアが牛にするならそれでいいよ」
「絶対やだ」
「あと、こんばんはでいいのか? 動画を見る人が朝に見ていたらどうするんだ?」
「う~ん……」
………
……
…
「は~い、おはよう、こんにちは、こんばんは、初めましての人は初めまして、コーネリア・ウィンザーでっす!」
なんだかまどろっこしいソニアの挨拶と、プレイする時だけ使う適当に決めた名前の自己紹介がなされた。
「はいどうも、ロイヤル・サンフォードです」
ラムリーザも少し照れながら、事前に打ち合わせしたとおりに偽名を名乗る。
「今日は、四国無双というゲームをやっていきたいと思います。さっそくギョクの国を選択します。緑色がいいよね、やっぱり。あたしはテーエンシ、これしかないの。はい、ラムの番」
「いや、本名出すなよ。えーと、僕はチューカックを選択します、総大将です」
ラムリーザは、とりあえずソニアに合わせて説明する。
こうして、ゲーム実況テイク2が始まった。
再び黙々とプレイする二人。――いや、これだとダメだろう。
「ラムじゃなくてロイヤル、何かしゃべってよ」
ソニアは、すぐに実況中だということを思い出して、ラムリーザに話をするよう促してくる。
「あー、えー、風船二つゲット!」
このゲームには、ゼロになったらやられてしまう体力と、特殊技を使用すると減る精神力のパラメータがあり、なぜか風船が精神力回復のアイテムになっていた。
「ラムの馬鹿!」
「何で?! 風船取っただけじゃん、それと名前が違う!」
「風船取るの禁止!」
「何その縛りプレイ……」
全然実況になっていない。二人はいつもの雑談をしているだけだ。
「そうだ、いいことを思いついたぞ」
ラムリーザの発言に、ソニアは「何?」と答える。
「ソニじゃなくて、コーネリアが一人でプレイしろよ。それで僕は、ソニアを後ろから抱きかかえる。そして脇の下を掴んで、黙ったらくすぐるというルールでプレイしよう。それなら嫌でもしゃべるだろ?」
ラムリーザは録音のことを忘れ、普段通りに妙なことを言う。
「そんなの嫌!」
「悶えながらプレイするのを見たほうがおもしろいと思うけどなぁ」
確かに一部の視聴者には需要があるかもしれない。ただし、馬鹿みたいと感じる映像として無視される可能性のほうが高いが……。
とりあえず二度目のプレイは、ラムリーザも少しは練習したというのと、先ほどよりも簡単なステージを選んだということが合わさり、無事にクリアできたのだ。
ソニアは、ゲームプレイを中断して、再びマイコンを操作して動画編集を始めた。
「そうだ、これを動画共有サイトに載せて、明日リリスに見せてやろう」
「やめろそんな恥ずかしい……」
ソニアはなんだか楽しそうだが、ラムリーザは不安しか感じていなかった。
『ソニじゃなくて、コーネリアが一人でプレイしろよ。それで僕は、ソニアを後ろから抱きかかえる。そして脇の下を掴んで、黙ったらくすぐるというルールでプレイしよう。それなら嫌でもしゃべるだろ?』
編集中に、ラムリーザの恥ずかしい台詞が流れてくる。
「いや、それを投稿するのは止めてくれ。どうしても見せたいのなら、動画を携帯端末に入れてリリスだけに見せてくれ」
リリスに見せるのも嫌だが、ソニアは止めようとしないので、最低限度の譲歩を見せることにした。
ゲームを遊ぶだけなら、いつも通りでいい。けれど「誰かに見せる」となると、急に別の遊びになる。
面白いかどうかは、まだ分からない。ただ、ソニアが一人でやると言うなら、好きにすればいい。あとは、自分が巻き込まれない範囲で。
そういうわけでソニアは、今回は動画投稿サイトへの投稿は控えてくれた。
ラムリーザは、ホッと胸をなでおろしたが、残念ながらこれは新たな混乱の幕開けに過ぎなかったのである。
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