良いとこ無し
氷紋の月・詩歌の日――(現暦換算:二月三日)
今日も、いつもの光景といつもの雑談が、教室の座席で繰り広げられている。リリスの提供するネタは、まだまだ尽きないようだ。
「痰吐き人形って知っているかしら?」
リリスの問いに、ソニアは「知らない」と答える。今日の話題はちょっと下品系か?
「世界中にチェーン展開している雑貨屋、勇者店で売っているという噂の置物、要するに人形ね」
「勇者店なら、繁華街のエルム街にある店なら行ったことあるけど、そんな人形売っていたかしら?」
ロザリーンの問いに、リリスはエヘンと咳払いをしてから語りだした。
「大きさはね、50cmぐらいかな? 飾り気のない人形よ。でもただの人形じゃないの、一定時間おきに痰を吐き出す人形なの。かーっ、ぺっ、って感じ。小便小僧の『痰バージョン』ね」
「汚いですわね」
顔をしかめるユコを気にすることもなく、リリスは解説を続けた。
「ま、あまりの汚さに不評で、今では痰ではなくて豆を吐き出すように改良されているけどね」
「あ、それなら見たことあるわ」
今日のソニアは三人の会話には興味を示さずに、窓の外を眺めているラムリーザの背中に頬を当てて、ぼんやりしていた。
そのくだらなさが、いつもの午後を作っている――はずだった。
その時、じっと携帯型情報端末キュリオの画面を見つめていたリゲルが、後ろからソニアの肩を揺すった。
「なによぉ、いじわる海賊船長のくせにぃ」
ソニアはめんどくさそうに振り返ったが、リゲルの神妙な顔つきに眉をひそめた。リゲルのこんな表情は、ソニアの記憶では見たことがなかった。
「なぁソニア、例えばだ、例えばお前がラムリーザを驚かせたいと思ったとき、どんなことをする?」
「後ろから忍び寄って、十にして『わっ!』て大声を出す」
「十って何だ。そんな短絡的な脅かせ方じゃなくて、数ヶ月かけて驚かせる……、ん~、サプライズって言うのかな? そういうのを考えた時、どんなことをするか?」
ソニアは、目を左右にキョロキョロ動かして考えていたが、やがて視線をリゲルに戻して言った。
「ラムが外出していない間に、部屋中にたくさんの風船を飾ったり床に敷き詰めたりする」
「ん~、いつも一緒に過ごしているお前の考えだといまいちしっくり来ないか……」
リゲルは、再び持っていたキュリオに視線を戻した。
「何よ、風船じゃおもしろくない?」
ソニアの不満の声に、リゲルはうるさそうに返答する。爆弾発言で……。
「ラムリーザは風船が好きだからな、自分の女の胸に二つの大きな風船が付いているけど、二つに飽きてそのうち大量の風船を求めだすのだろうな」
「なっ、そっ、まっ、何よそれ! 風船なんか要らない! えっとね、ラムにあげる婚約指輪をケーキの中に隠して差し出す」
「ほう、お前らの場合は女のほうから婚約指輪を渡すのか。まぁ独創的だし、男女平等を語るのならそれはそれで面白いと思う」
そこでソニアは、自分の左手の薬指にはめているエメラルドリングをリゲルに見せて言った。このリングは、引っ越し前に帝都でラムリーザに買ってもらったものだ。
「だってあたしもう貰っているもん。だから今度はあたしがあげる番なの」
「お前は何か勘違いしている。まあいいからもう黙ってろ」
リゲルは、ソニアをシッシッと追い払う。
「何よ、そっちから聞いてきたくせに……」
ソニアは口を尖らせて、再びラムリーザの背中に顔をうずめた。まるでこの場所が自分だけのものであるかのように。
そんなソニアの様子を見ていたユコは、「今日のソニアは甘えんぼさんモードですのね」とつぶやいた。
ソニアは、ユコを睨みつけ、次にユコの隣にいるリリスのほうへと視線を向けた。
「ソニアってさぁ、ラムリーザのことはどこまで本気なのかしら」
リリスは、いつもの何か悪巧みをするかのような怪しげな微笑を浮かべて聞いた。
「あたしとラムは、運命の鎖で結ばれているの」
「赤い糸じゃなくて、鎖なんですのね……」
ユコはツッコミを入れ、リリスはさらに問い詰めてくる。
「そうかしら? 適当にラムリーザの好意に甘えているだけに見えるけど?」
リリスの指摘に、ソニアはラムリーザにひっついていた身体をがばっと起こして、激しく言い返した。
「何よ! あたしはね、ラムの良いところは百個言えるけど、悪いところは百一個言えるんだから!」
「なんだかどこかで聞いたような台詞ですのね……」
「良いところより悪いところのほうが多いみたいだけど、どうせ何かのゲームのパクリでしょ? くすっ」
「うるっさいわね! ゲームの台詞パクッた歌詞しか書けないリリスに言われたくないわ!」
「それじゃあまずはラムリーザの悪いところを百一個挙げて、適当に考えていないことを証明して頂こうかしら」
リリスは、笑みを絶やさず言葉を続ける。既にこの時点で、ソニアはリリスの術中にはまっているのだが、これもいつものことだ。
「リリスに親切にし過ぎる、ユコに構い過ぎる、ローザを信用し過ぎる、リゲルと親しくし過ぎる――」
ソニアは、神妙な顔つきになって次々にラムリーザの汚点を並べ立てる。リリスは、それを聞きながらどんどん顔がにやけていく。
「それ、悪いところかしら?」
「ただヤキモチを焼いているだけですの」
「何よ、文句ある?」
ソニアは文句を言うが、リリスはまだ攻めてきた。
「はい、まだ四つよ、他に何か?」
「う~……、りんご握り潰す、格闘ゲームの対戦相手になってくれない、一緒に寝てくれる、ココちゃんを顔に押し付ける――」
残念ながら、だんだん適当になってきている。良いところなのか悪いところなのか判断に迷い、むしろ良いところでは? と考えられるようなことも言い始めた。
「ほらまだ八つ、あと九十三個言いなさいよ」
「……格闘ゲームが弱い、ギターが下手、お風呂に一緒に入ってくれる、ひまわりの種を食べる……、う~……」
「十二個になったね、でもまだまだ足りないわよ」
「ちょっと待って、お風呂に一緒に入るって何ですの?」
ソニアとラムリーザの二人は、先日の大寒波の日、一刻も早く温まりたいがために、二人で一緒に入浴して以来、癖になったのか一緒に風呂に入るという生活を続けていた。もちろん水着を着用した上だ。
「いいから、さぁ続けて」
ユコのツッコミを遮って、リリスはさらにソニアに発言を促した。
「う~ん……、いつも外の景色ばかり見ている、熱いものを食べられない、ミニスカート捲る、ドラムが下手……、ん~……」
「十六個よ。はい、あと八十五個言いなさい。それとも、ラムリーザの悪いところ、たった百一個も言えないのかしら? 幼馴染って言ってるけど、口だけなのね」
「うるっさいわね! 今考えているんだから黙っててよ!」
「考えているって、何ですの?」
「妹ばかり構う、あたしに優しくしてくれない、結婚してくれない、ゲームしてたら胸揉む、ぴちぷにょしてくる」
「待って、胸を揉むはもう言ったわ」
「ぴちぷにょって何ですの?」
「ゲームしていたらふとももを揉む!」
「ふ~ん……」
既にロザリーンは興味を失い自分の席に戻って本を読み始め、そのうちユコもどうでもよくなってきていた。リリスのみが、意地悪く追及している。
ラムリーザは、最初のほうは聞いていなかったが、途中から横で聞きながら気が気ではなかった。このまま放っておけば、何を言い出すか分かったものじゃない。すでに、公の場で言っていいのか微妙な項目も混ざってきている。
例えば「ぴちぷにょ」とか……。
「あと八十一個!」
「……緑色が好き、欲しいものなかなか買ってくれない、昼寝ばかりしている、朝制服をちゃんと着こなすまで見張ってる……」
ラムリーザは、「緑色が好きなのは悪いことなのか?」と思った。また、買ってくれないと言うが、指輪とかプレゼントはしている。所々、適当なことを言っているようだ。
「はい、あと七十六個ね」
「ところでラムリーザ様、カノコの設定についてですけどね――」
ユコも完全に興味を失い、ラムリーザに先日のテーブルトークゲームの内容について語りかけた。カノコの設定として、スペル・クリエイターであり、軍師であり将軍であり、恐怖を感じないなど、オリキャラ自慢をいろいろ語ってくれた。
「……リゲルやローザよりテストの点が悪い、……試験前になると試験勉強を強要する、……胸が大きい人が好き、……リリスやユコに浮気しすぎ……」
「七十二個!」
「……、幼馴染でいてくれる……太ってない……、優しい……」
「ダウト! さっき優しくないって言ったわ」
既に良いところ悪いところ関係なく、ラムリーザの特徴を挙げ始めていた。そしてリリスは、試験で点が取れない癖にこのような時だけ細かいところまで記憶力が働く。
その後もソニアは、思いついた順に言葉を並べた。良いのか悪いのか自分でも分からないままに。
「リリスのことを根暗吸血鬼と呼ばない!」
「それで?」
「ナリオカレーやナリオふりかけの応募はがきを買わない!」
「くっ……、もういいわ、それじゃあ今度は良いところを百個挙げてみなさいよ」
相変わらず、ナリオ製品に反応を示すリリスであった。根暗吸血鬼は解決したが、ナリオ製品問題は解決していないし、解決のしようがない。
ソニアは、今度は笑顔を浮かべて意気揚々とラムリーザの美点を述べ始めた。だが――
「あたしに優しくしてくれる」
「ダウト! それ悪いところで優しくないと挙げたから矛盾しているわ」
「む……、いつも一緒に寝てくれる」
「ダウト! それ悪い点で挙げたわ」
「う……、将来結婚してくれることになってる」
「ダウト! 悪い点で結婚してくれないと言ったわ」
リリスはどんどん得意気になり、ソニアはどんどん顔色が悪くなっていく。
「……ドラムが上手い」
「ダウト! ドラム下手って言ったわ」
「……緑色が好き」
「ダウト!」
「……あたし一筋でいてくれる」
「ダウト!」「……」「ダウト!」「……」「ダウト!」
「…………」
とうとうソニアは、何も言えなくなってしまった。それも仕方がない、良いところ悪いところ全部含めて、先に悪いところで言ってしまっていたからだ。
ついにリリスは、最後の一撃を放った。
「なーんだ、ソニアはラムリーザの良いところを一つも言えないんだね。口では本気と言っておきながら、何も考えていないのね、くすっ」

これを聞いて、とうとうソニアは机に突っ伏してしまった。
「ふえぇ……」
ソニアを言いくるめたリリスは、満足そうな表情を浮かべて前へと向き直り、机にもたれかかった。
ラムリーザは、机に突っ伏したソニアの髪を一度だけ撫でて、何も言わずに窓の外へ視線を戻した。
なんだかよくわからない、昼下がりのとある日常であった。