海賊船長エルリグの正体

 
 氷紋の月・王の日――(現暦換算:一月二十一日)
 

 朝からソニアは憂鬱だ。昨夜ほとんど寝つけなかったのか、目つきも怪しい。

 それも仕方がないだろう。

 ソニアはここ一週間ほど、ネットオークションで携帯ゲーム機の転売をしていた。

 しかし、ネットオークションの手数料をケチるために、携帯ゲーム機を本体と付属品に分け、本体を格安で販売して手数料を抑え、後から付属品もつけて本来の価格で売るようにしていたのだ。

 手数料を抑えることができて順調に利益を増やしていたのだが、昨日、本体だけを希望する落札者が現れ、ソニアの転売作戦が根底から崩れてしまったのだ。

 ソニアは、本体だけだとボタンをペンチで引き抜くなどして壊してしまうと脅していたつもりなのだろうが、落札者は頑固に本体だけを希望するの一点張りだった。

 新品の携帯ゲーム機を破壊するわけにもいかず、格安で売るわけにもいかず、ソニアは途方にくれてラムリーザに助けを求めたのだ。

 しかしラムリーザにも、どうしようもない。携帯ゲーム機は一体型だ。そもそも「本体のみ」と言われても、どこを指すのか分からない。

 そこで落札者の発送先の住所をもとに、実際に訪ねて謝罪し、落札を取り下げてもらおう――そういう話になった。

 

 朝食が終わるとすぐ、ラムリーザはぐずるソニアを引っ張って下宿先の屋敷から出て行った。

「全くもう、手数料をケチるからこんなめんどくさいことになる」

 むすっとして不満をもらすラムリーザに、ソニアは「ふえぇ……」としか答えない。

 落札者の住所はアチェロン。この町は、今ラムリーザたちの住んでいるポッターズ・ブラフの駅から、二駅離れた場所だ。

 帝都までの定期券は持っているが、途中下車できないので、二人分の切符を買って汽車に乗り込んだ。

 いつもはなんともない汽車の窓から見る風景が、今日は妙に重苦しく感じられていた。

「とにかく、ごめんなさいするんだぞ?」

 ソニアは黙って頷いた。

 ラムリーザは軽く溜息をついて、窓の外に見える繁華街、エルム街の街並みを眺めていた。

 

 アチェロンはエルム街の隣町。

 ポッターズ・ブラフから乗り込んで、二十分もしないうちに到着した。

 ここからは、徒歩でアチェロンの町を歩き、落札者の住んでいるところを探さなければならない。

 ソニアが相変わらずぐずるので、ラムリーザは手を握って引っ張り駅を出た。

「そういえばこの町に来るのは初めてだな」

 これまで出かけるとしても、繁華街のエルム街に行くことがほとんどで、この町に来るのは初めてだった。ラムリーザもソニアも、必要以上に出歩かない性分があったのだ。

 見た目はなんの変哲もない、どこにでもあるような住宅街。帝都でも、郊外の住宅街はこんな感じだ。

 ラムリーザは携帯型情報端末キュリオのマップ機能を頼りに足を進めた。

 落札者の住所を入力すれば、そこまでの道のりが示されていた。その家は、住宅街の中心部にあるようだ。

「しかし、冷え込むなぁ」

 ラムリーザは、最近は定番となった呟きを漏らした。なんども言うようだが、ここのところ例年に比べて妙に冷え込んでいる。

 ソニアは、そんな中でもミニスカで裸足にサンダルなのだからたいしたものだ……と言いたいところだが、それは例年通りの温暖な南国の気候故のものであって、今日は少し震えているようだ。

 寒さに震えているのか? これから出向く場所への不安で震えているのか?

「もうすぐだ、あの角を曲がればその家が見えるはずだ」

 ラムリーザの一言で、ソニアは腕を絡めて引っ付いた。不安そうな顔をして、ラムリーザの服の裾を掴んで離さない。

 ラムリーザは勇気づけるというより、不安を和らげるためにソニアの肩を抱き寄せた。

「おぉ……」

 角を曲がったところでラムリーザは小さくつぶやいた。

 そこには、これまで通ってきた街並みからかなり浮いている家が存在していた。

 建物自体は特別変わったものではなく、ラムリーザには見慣れた光景だった。しかし、そこには周囲の家に比べて一回り以上も大きな屋敷があったのだ。

「へぇ、落札者は金持ちの家の人だったんだね」

「……それだったら本体だけとかせこいこと言わずに、素直に付属品込みで買えばいいのに」

 ソニアはあからさまに不快感を表した。

「それじゃ、行くぞ」

 ラムリーザは足を止めようとするソニアの手を引っ張って、屋敷の門をくぐり玄関前へと向かっていった。そして呼び鈴のボタンを押した。玄関の扉越しに、心地よい鐘の音が響いた。

 すぐに玄関が開き、一人の初老の男性が顔を出した。

「どちらさまでいらっしゃいますか?」

「ラムリーザと申します」

「何のご用件でしょうか?」

「ええと……」

 そこでラムリーザは言葉に詰まった。

 ラムリーザが知っているのは住所と、落札者のハンドルネームだけだ。相手は、住所だけ知らせて、本名は伏せていたようだ。

 それで取引が成立するのか? と思ったが、住所さえあれば、配達先はわかるのだろう。それに入金があったのも事実だ。

 とりあえずラムリーザは、今知っていることだけで事実を伝えることにした。

「海賊船長エルリグという人と取引をしました。この屋敷内に、その名前で取引をした者がいるかどうかお心当たりがあるか、お取り次ぎいただけますか」

 今の時点では、こう言うしかなかった。

 初老の男性は、一瞬怪訝な顔をしたが、すぐに真顔に戻って「しばらくお待ち下さい」と言い残して屋敷内へと戻っていった。

「ええと、落札者の本名は?」

 ラムリーザはソニアの携帯型情報端末キュリオを借りて、もう一度確認しようと思ったが、とりあえず初老の男性が戻ってくるのを待った。

 そんな者はいないと言われた時点で、改めて確認して伝えればよい。

 いろいろと手を回すラムリーザの隣で、ソニアはそっぽを向いて不貞腐れていた。

 しばらくして、初老の男性が玄関前へと戻ってきて、手招きしながら言った。

「お待たせしました、どうぞこちらへ」

 どうやら先ほどの用件で通じたようだ。

「ほら行くぞ、海賊船長とご対面だ」

 ラムリーザは、ソニアの手を引っ張って、初老の男について行った。

 初老の男性に案内された部屋は、木目調の外壁と家具で統一された大きめの談話室だ。部屋にはテーブルを挟んで、一人掛けのソファーと三人掛けのソファーが向き合って並んでいる。

 そして、一人掛けのソファーには、銀髪の男性が腰掛けていた。

 部屋に入ると、その男性は立ち上がり振り返った。モノクルが特徴的で、凍てつくような鋭い視線の持ち主。
 

 
「リ、リゲル?!」

 ラムリーザは、初老の男性のほうを振り返って、「ここは?」と訪ねた。

「ここはシュバルツシルト邸でございます。海賊船長エルリグの件を聞いて回ったところ、リゲルお坊ちゃまに通すように言われましたので、案内いたしました」

 シュバルツシルトと言えば、確かにリゲルの苗字だ。すると、この初老の男性は執事ということか。

「あ、ありがとう」

 ラムリーザは、ぎこちなくお礼を言い、ソニアの手を引っ張って談話室へと入っていった。

 リゲルに促されて、ラムリーザはソニアと共に三人掛けのソファーに並んで座った。

「珍しいな、というか初めてだな、お前らが俺の家に訪ねてくるのは」

 ラムリーザは社交辞令は抜きにして、単刀直入に本題を切り出した。

「海賊船長エルリグの件だが、ゲーム機を落札したのはリゲルか?」

 リゲルは、じっとこちらを見つめているラムリーザと、唇を震わせて睨み付けているソニアとを交互に見た後で答えた。

「そうだ」

 ラムリーザは、落札者がどこの馬の骨ともわからない人ではなくて、知り合いだったことに少し安堵すると同時に腹が立った。

「なんであんなめんどくさいことをしたんだよ」

 なにもリゲルがソニアに意地悪をする必要はないはずだ。なんの目的であんなややこしいやり取りをしていたのかを問いただすことにした。

「あれか、あれはな、あの転売方法に欠陥があることを知っていたが、その欠陥を突いたらどういった反応を示すのか試してみただけだ」

「欠陥ってリゲル、君が発案したやり方じゃなかったのか?」

「うむ、欠陥は知っていたが、話す機会がなくてな」

 機会なら学校でいつでもあったはずだ。

「ならばなぜ?」

 ラムリーザは、リゲルに対する不快感を感じながら、再度問い詰める。

「ちょうど2DOを買おうかなと思ってな、昨日なんとなくネットオークションを見てみたら、俺の考えた方法と同じことをやってる奴がいたので、その欠点を突いてちょっと遊んでみただけだ。その時の学校で見た反応で、出品者はこいつだとすぐわかったがな」

 ラムリーザは昨日、珍しくリゲルが携帯型情報端末キュリオをいじっていたのを思い出した。ソニアの小さな悲鳴が、やり取りをした時間的に一致する。

 昼休みに転売についてリゲルに尋ねた時、彼が小さく吹き出したのも裏で転売屋と遊んでいてそのタイミングで聞かれたからなのだろう。

「それで、リゲルの言う『本体』とは何なんだよ」

「俺も知らん。だがこいつの解釈には笑わされたな。挙句の果てには『加害届』とか言い出して、どのように収拾をつけるのか俺も気になって仕方なかったな」

 そう言いながら、リゲルは「ふっ」と笑いをこぼす。

 笑わされた点については、ラムリーザは自分自身もソニアのやり取りを見た直後には笑ってしまったので人のことをとやかく言えない。

 

「ふっ、ふええぇぇぇん!」

 

 その時、突然ソニアが泣き出してしまった。

 ラムリーザは、久々に見るソニアの大泣きに言葉を失った。ソニアは、丸まったまま肩を上下させながら泣き崩れている。

「あのさぁ――」

「リゲルには普段から冷たくされるけど、それでも仲間だと思ってたのにぃ! ふええぇぇぇん!」

 ソニアは、昨日からかわれたことや、リゲルに裏切られたという気持ちで一杯になり絶望していた。

 ラムリーザは、ソニアの悲痛な叫び声を聞いて、リゲルの顔を睨みつけながら言葉を続けた。

「ソニアをいじめるのはいい加減にしてくれないかな? リゲルがソニアを気に入っていないというのはわかってるから仕方ないとは思うけど、僕はソニアを大事に思っているし、幸せにしてあげたい。今日だって、謝罪して落札を取り消してもらうために来たんだ。だがどんな理由があるにしろ、今回の件は許すことができないな」

 怒鳴り声にならないように気分を抑えながらラムリーザは言い切った。ソニアは隣でしゃくりあげている。

 リゲルは、顎に手を当てて少しの間考えているようなポーズを取っていたが、すぐに目を閉じて頭を下げた。

「すまなかった、やり過ぎたとは思っている」

 謝罪される側だったリゲルが謝罪することになり、談話室に重たい沈黙が流れ、ソニアのすすり泣く声だけが妙に際立っている。

 柱時計の、カチコチという音が、やたらと耳についた。

 ラムリーザはじっとリゲルを凝視し、その間リゲルは下げた頭を上げなかった。

「それで、どうするんだい?」

 リゲルの態度から、本気で謝罪していると見たラムリーザは、沈黙を破って問いかける。

 リゲルは顔を上げ、おもむろに懐へ手を突っ込んだ。そして取り出した硬貨入れから、金貨を二枚出してテーブルの上に並べた。

「慰謝料込みで、これで2DOを買おう。先ほど言った通り、元々買おうと思っていたからな」

 ソニアは、泣いている指の間からそれを見て、「現金なんか要らない」と吐き捨てた。

 リゲルが「倍額だぞ?」と言うと、ソニアは「現金じゃなくてネット銀行に振り込んで!」と叫ぶ。

 こんな時にまでリリスとの勝負を忘れないのは、しっかりしているというべきか。

 リゲルは金貨を引っ込めると、今度は携帯型情報端末キュリオの操作を始めた。

「振り込んでおいた、それで許してくれ」

 ソニアは、自分の端末を見て、入金を確認するとようやく泣き止んだ。

 ラムリーザは、お金で解決するのもどうかと思ったが、とりあえずソニアが落ち着いたのでそれで良しとした。

「しかし、これから大丈夫かなぁ」

 落札者がリゲルだったから、大問題に発展することはなかったが、今の方法を続けると第二、第三のリゲルが現れかねない。

「詫びのついでに、別の方法を提案してやる。次は本体と付属品とやらに分けるのではなくて、購入権を格安で提供して、落札者が決まったら別口で本体を定額出品して買わせろ」

 ラムリーザは、リゲルの代案をよく考え、次に落札者が「購入権だけ希望します」と言えば、そのまま「はいそうですか」と答えれば良いだけだと考え、この案を良しとした。

「また変な難癖つける落札者が出たら、どうするんだい?」

 それでも念のため聞いてみる。

「この案で不利益が出たら、その分は俺が立て替えてやる」

 リゲルは、とりあえずこの件に関してのみは、ソニアを全面的にバックアップしてやることにしたようだ。

「わかった、今回はそれでいい。でも、もう止めてくれよな、ソニアに意地悪するのは」

「ん、了解した。俺からも言わせてくれ」

「何だ?」

「ソニアもツッコミどころを晒しまくるのも大概にしろ、な」

「何よそれ!」

 元気を取り戻したのかソニアは叫ぶが、ラムリーザはその件に関してはリゲルに同意せざるをえなかった。

 例えば誕生日の日に長時間踊り続けたり、年始にはプロレスごっこに興じたたりするのはどうか?

 なにはともあれ、携帯ゲーム機の本体と付属品にまつわる一連の騒動は、こうして幕を閉じたのであった。

 それでも、胸の奥に小さな棘は残った。

 リゲルの「遊び」は、ソニアの心を踏んだ。けれど同時に、ソニアは痛い目を見て、学んで、そして二万エルド追加という結果だけは手にした。

 お金で片づく話じゃない。けれど、お金でしか区切りをつけられない話もある。

 ラムリーザは、冷えた空気の中で、そんな矛盾を飲み込むように息を吐いた。
 
 
 
 
 前の話へ目次に戻る次の話へ

Posted by 桐代音若