汽車でめぐるポッターズ・ブラフ地方
神帰の月・学匠の日――(現暦換算:十二月二十日)
今日から学校は、年末年始の休暇に入る。年の切り替わりを挟んで、前後それぞれ十日ほど休みが続く。
ラムリーザは、この休暇を半分に分け、前半部分を帝都の実家で、後半部分を今住んでいるところで過ごすつもりだった。家族とも過ごしたいし、リリスたちとも過ごしたい。これは夏季休暇と同じ段取りだ。
そういうわけで、午前中で学校が終わり次第、手早く準備を済ませて汽車で帰省するつもりだった。だが想定外のことが起きた。リリスたちも「一緒に帝都に行く」と言い出したのだ。休暇の前半の週末に、今年最後になるライブがあるので、その日まで帝都で過ごしてみたいそうだ。
リゲル自身は帝都で過ごす気はなかったが、ロザリーンも行ってみたいと言い出し、それに付き合う形で同行することになり、結局メンバー全員で帝都へ向かうことになったのだ。
みんなは一旦学校から出たところで解散し、順次駅で待ち合わせるという流れになり、ラムリーザはソニアと一緒に下宿先の屋敷へと戻った。
「着替え入れた?」
「入れた」
「携帯持った?」
「持った」
「電気消した?」
「消した」
「トイレ済ませた?」
「済ませた」
「よし行こう」
ラムリーザとソニアは早足で準備を済ませ、下宿先の親戚に年明け過ぎまで実家へ帰ることを伝えて駅に向かった。
南国エルドラード帝国も、神帰の月となれば少し肌寒い。ラムリーザは、多少は暖を取ろうとしてソニアを抱き寄せた。普段から平熱が高めのソニアとくっついていると、肌寒く感じない。心地よい暖かさだ。
サイネリアの咲く遊歩道を通り抜け、駅に到着すると、リリスとユコは既に準備を終えて到着していた。
ポッターズ・ブラフは始発なので、まだ座席は十分空いている。リゲルとロザリーンが来ることも考えて、六人掛けの座席を確保して発車を待っていた。
「そういえば――」
リリスはソニアを見つめながら話を切り出した。ラムリーザは、またソニアに余計なことを吹き込んで喧嘩になるのでは? と身構えたが、リリスの問いは妙なものであった。
「日常系アニメって、必ず臭そうな女の子が登場するらしいってね」
「は?」
唐突すぎて、ラムリーザにはリリスの発言の意図が読み取れなかった。
「ナッツンとかトヨーコとか、そういう枠があるらしいのよ。それでさぁ――」
リリスは、ソニアを見つめながら笑みを浮かべて続けた。
「私たちがアニメになったら、ソニアがそうなるよね」
ラムリーザが「は?」と再び聞き返す隣で、ソニアは怒りが爆発した。
「何でよ! リリスのほうが臭そうじゃないのよ! なんか黒いし!」
色と臭さは関係ないと思うが……いや、茶色はイメージ的に臭そうになるかもしれないが、黒は関係ないだろう。
「あなた、髪の毛洗ってるのかしら?」
「洗ってるわよ!」
一緒に入浴しているわけではないので、ラムリーザはソニアが風呂でどうしているかはわからない。だが、すぐ隣にいて髪が臭いわけではないので、洗髪はしているのだろう。
「トリートメントしてる?」
「何よそれ?」
リリスは、くすっと笑って視線を窓の外へと向けた。結局何が言いたかったのかよくわからないが、喧嘩にならなかったのは良しとしよう、とラムリーザは考えるしかなかった。
ソニアは不満そうな顔でラムリーザを見つめるが、ラムリーザには何も言ってやることはできなかった。
リリスとユコの髪の毛は、サラサラで綺麗なロングストレートだ。ソニアの髪の毛は同じぐらい長いが、もこもこしていて、頭頂部から一本跳ねている。ラムリーザは、その辺りの違いに何かあるのでは? と思うぐらいでそれ以上のことは思いつかなかった。
蒸気機関車が動き出した。
帝国最西端のこの地域はポッターズ・ブラフ地方と呼ばれているが、この地方の西端の町がポッターズ・ブラフだからだ。
この辺りは閑静な田舎町で、目立つほどの大きな施設といえば、ラムリーザたちの通う学校と、高峰アンテロック山の麓にある、風船おっぱいお化け発祥の地であるプールくらいだった。
この町の人口は、大体二千人ほどで、住宅がポツポツとあるぐらい、あとは畑など農地が多い。住民の多くは、農業に従事している。
それと、この地方の領主であるヒーリンキャッツ家の屋敷があるのも、この町である。
汽車に乗って五分ほど経つと、隣町のエルム街に到着する。ポッターズ・ブラフ地方最大の繁華街で、何か必要なものがあればここに来れば大抵揃う。集合住宅地もいくつかあり、人口も五千人を超え、この地方で一番多いこともあって、そこそこ賑わっている。主に商業地で、住民も商業に携わる者が多い。
リリスとユコは、連れ立ってよくこの街へ遊びに行っているが、ラムリーザとソニアはそれほど訪れたことはない。日用品やゲーム購入程度なら、この街まで出る必要はなかったというのもあった。
それに、ラムリーザとソニアの休日は、あまり外に出ることはなかった。帝都に住んでいた時も、それほど頻繁に出かけるということはなく、屋敷から出たとしても、庭を散歩する程度のことが多かったのだ。
蒸気機関車は再び動き出し、繁華街を過ぎると住宅街が広がるようになる。
アチェロン町には、ポッターズ・ブラフ地方の住民の多くが居住している。また、ポッターズ・ブラフ地方の地方役所がある。この地方では二番目に大きく、人口は四千人ほどの町だ。
この町には、首長の娘のロザリーン、その兄のユグドラシル。そしてリゲルたちが住んでいる。
蒸気機関車がアチェロンの駅に到着すると、リゲルとロザリーンが乗り込んできた。二人は、ラムリーザの手招きで、六人掛けの空いている席に腰を下ろす。
「ところで――」
全員揃ったところで、ラムリーザは気になっていたことを口に出した。
「帝都に行くのは良いけど、どこに宿泊する予定なんだ?」
その一言に、リリスとユコは顔を見合わせる。どうやらそこまでは考えていなかったようだ。いつもの週末ライブは日帰りで、宿泊することはなかったのだ。
「どこかホテルがあったら泊まる……と言っても週末まで滞在するとなれば最低でも四泊五日か。俺一人だと滞在費ぐらい持ってるが、お前らは無理だろう?」
リゲルは、リリスとユコを見ながらそう言った。
「無理ですね……いったん戻りましょうか?」
ロザリーンがリゲルに提案したところで、汽車は動き出してしまった。
「まあいい、今日だけ帝都見物して明日にでも帰るか」
お金に余裕のあるリゲルはそう決めて、ロザリーンと一泊二日の帝都見物と決めたようだ。問題は、リリスとユコだ。
「ラムリーザ様のお屋敷に泊めてもらうのはどうでしょうか?」

ラムリーザはそれでも別に良かったが、文句を言ってくる者がいた。ソニアだ。
「絶対ダメ」
「別にソニアの家に泊まるわけじゃありませんの。ラムリーザ様の家に泊まるんですの」
「庭にダンボールで家を作ってあげるから、そこに泊まったらいいんだ」
無茶な話だ。暖かい南国とは言え、十二月の夜はそれなりに冷え込む。そもそもダンボールで家を作ること自体がありえない。
「待てよ――」
この時、ラムリーザに良い考えが浮かんだ。すぐに携帯型情報端末キュリオを取り出し、通話モードで帝都のジャンを呼び出す。
「誰と電話? リリスと電話は禁止だからね!」
隣で文句を言うソニアを押しのけて、ラムリーザはジャンと話を始めた。
ソニアのわがままにむっとしたリリスは、目を細めて睨みつけると、自分のキュリオを操作し始める。そしてすぐに、ソニアのキュリオが、メールの着信を伝えるメロディを奏でた。
ソニアはすぐにメールを確認して、憤怒の形相を浮かべてメールを打ち始めたが、はっと顔を挙げてキュリオを脇に置くと、正面にいる煽りメールの送り主につかみかかって行った。
「この陰湿な根暗吸血鬼が!」
「乳妖怪は黙っててもらえないかしら?」
「はい、喧嘩はやめ」
ラムリーザは、リリスを掴んでいるソニアを引っ張って元の場所に座らせてから言った。
「えっと、ジャンのところに泊まれるよう手配したから騒がないように」
「え? ジャンさんの家ですの?」
「うん、シャングリラ・ナイト・フィーバーの上階はホテルになっているんだ。二人部屋を二部屋、四泊分押さえてもらったからそれでいいだろ?」
「あ、はい」
とりあえず、ユコは納得したようだった。
「待て、二人部屋二部屋だと?」
だが、リゲルはギロリとラムリーザを睨みつけた。
「ん? 問題あるか? リリスとユコ。リゲルとロザリーンの組み合わせで泊まるといい。それでいい、うん」
「いやだからそれを待てと言うのだ。普通は男女分けるだろ?」
「付き合っているんだからええじゃん。あ、そうか、清い交際とかいうやつ? リゲルも清い交際が崩壊したらいいんだ、はっは」
「な、何を言い出すのですか!」
ラムリーザの軽口に、ロザリーンは顔を赤らめて非難する。
「全く油断も隙もない」
リゲルはそう言って、自分の携帯端末で電話を始めた。シャングリラ・ナイト・フィーバーの番号を調べてかけているようだ。一人部屋一つ四泊などと言っている。
「なんだよぉ、せっかく良い機会作ってあげたのに。恋人同士で過ごす夜、二人は手を取り合って大人の階段を上るんだ」
「ラムリーザさん!」
続けてソニアがいらんことを言う。
「じゃあリリスとユッコは、百合でもして遊ぶんだ」
「ソニアさん!」
同時にロザリーンの怒声と、ラムリーザのげんこつが飛び、そしてリリスの足がソニアのすねに直撃した。
住宅街アチェロンを過ぎると、次はフライ・クリークの町だ。
この町には、以前文化祭に遊びに行った私立ファルクリース学園がある、地方随一のオフィス街だ。田舎なので、高層というほどではないがビルが立ち並んでいる。居住区は主に集合住宅が主流で、一戸建ての住居は少ない。人口は繁華街のエルム街より多く、六千人前後はいるかもしれない。
オフィス街らしく噂も流れやすいのか、かつてゴカイやミミズが凶暴化して大パニックになる騒ぎがあったという噂が立っている。しかし住民の間では、単なる噂にすぎないということになっている。そもそも、たかが虫であるゴカイやミミズが凶暴化したところでどうなるというのだろう。
「ピン」「ポン」「パン」「ピン」「ポン」「パン」――
ラムリーザとリゲルが呆然と眺める中、ソニアたち四人は、互いに指差しながらピンポンパンと騒いでいる。リゲルはラムリーザと顔を見合わせ、軽く溜息を吐くと、リリスたちから顔をそむけて頭の後ろで手を組んで座席に深くもたれかかった。
「パン!」
そう叫んだユコは、唐突にラムリーザを指差す。突然指名され、ラムリーザはつられて思わず口走った。
「ピョン?」
とたんに、「やったー」だの「間違えたー」だの大喜びして騒ぎ出す。「罰ゲーム、罰ゲーム」などと言っているが、ラムリーザは無視してソニア越しに窓の外を眺めた。
蒸気機関車はフライ・クリークの町を通り過ぎて、アミティヴィルに到着した。
アミティヴィルは、ポッターズ・ブラフ地方東端で二番目の農業地域だ。地方の東と西の端で、この地域の食糧をまかなっている。
西端のポッターズ・ブラフとの大きな違いは、この地方最大の遊園地「ポンダイ・パーク」があることだ。白黒で頭の大きな猫が、そのトレードマークになっている。特にお化け屋敷ファンハウスが有名だが、呪われた家があるという噂はない。
この遊園地にある観覧車は、汽車の窓からもよく見える。
「あ、遊園地だ。あたしまだ行ったことないよ?」
ソニアは遊園地を指差して言った。
「一人で行って来い」
そう答えたのはリゲルだ。以前、たしか夏季休暇前にもこのやり取りがあったような気がする。
「そうねぇ、ソニアを一人でファンハウスへ放り込むのも面白いかもしれないわねぇ」
なぜかリゲルは、楽しそうに語るリリスを、苦虫を噛み潰したような顔で見つめているのだった。
アミティヴィルの麦畑を抜けると、この地方と隣の地方を隔てている山脈に差し掛かる。
蒸気機関車は、エンカラ峠と呼ばれている坂道に入り、ポッターズ・ブラフ地方から出て行くことになる。
ポッターズ・ブラフ、エルム街、アチェロン、フライ・クリーク、アミティヴィル、以上の五つの町が、この地方の主な生活の場となっている。
帝都までは、さらに一時間半ほど汽車に揺られながら進む必要がある。
この五つの町を、ラムリーザは頭の中で順番に並べ直してみる。
西の端の静かな畑、賑やかな繁華街、役所のある住宅地、ビルの並ぶ街、そして遊園地と麦畑。同じ「地方」なのに、汽車で繋がっているだけで暮らしの匂いは驚くほど違う。
――帝都から来た自分が、今ではこの土地の駅名を当たり前に口にできる。そんな事実が、少しだけ嬉しい。
隣では、また誰かがくだらないことで騒いでいる。その声があるかぎり、きっとこの旅も悪くならないだろう。
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