幼馴染信仰と交換日記の火種
陽翼の月・森人の日――(現暦換算:九月十二日)
「こんばんは」
「こんばんは、ラムリーザ様」
「いや、まだ朝だよ……」
相変わらずラムリーザとユコは、朝から変な挨拶ネタを続けている。ネタが尽きるまで、まともな挨拶をすることはないだろう。
「ああ、そうそう。渡すの忘れていたけど、今日はソニアの番ね。渡しておきますわ」
ユコが取り出したのは、一冊のノートだ。例の交換日記は、こうしてユコからソニアの手に渡った。
ラムリーザは、自分が何を書いたのかほとんど忘れていたが、この数日間何も起きなかったということは、特に問題なしと見ていいだろうと考えた。
ソニアは、ユコから受け取った交換日記を早速開いて読んだ。そしてすぐに眉をひそめた。実は一番手のラムリーザが書いた文章に、ソニアを煽るようなことが書かれているのだ。
読み進めるうちに、ソニアの顔は徐々に赤くなり、怒りの表情を浮かべ始めた。
「ちょっと、これ何よ!」
最後まで読んだところで、突然ソニアが叫び声を上げた。どうやら交換日記の中身は、ソニアにとって満足いく内容ではなかったようだ。
ああ、あれか、とラムリーザはそこでようやく思い出した。
内容を考えるのがめんどくさくて、わざわざ荒れるような内容を書いたんだった。ソニアのところまで回ってくるまでに、リリスとユコが何を書いたのかわからないが、ラムリーザの書き込みを火だとすると、リリスとユコの書き込みは油だということは、容易に想像がついた。
「リリスとユコは死ねってことで、ラム! これ何?」
「さー、何のことやらさっぱりわかりません」
ラムリーザはそう言って、後ろを振り返り、リゲルと雑談を始めた。今日も屋上の鍵を借りておかなくてはならない。
「ちょっと待って! リア充になるって何よ!」
自分の言ったことをもう忘れてるな。もう知らん、ということにしておこう。
「手っ取り早くリア充になれる方法を書いてあげたんですけど」
荒れるソニアに、リリスは落ち着いた顔で……この場合は油をさらに注いだ。
「このオンナ魔女! 勝手なこと書かないでよ! あたし、クルスカイのこと何とも思ってないよ! 大体一緒に食事に行ったのはあんたじゃない!」
そう叫びながら、ソニアはリリスに掴みかかっていく。元気なことで、結構なことだ。
ラムリーザは、ソニアの投げた交換日記が自分のほうに転がってきたので、気になる中身を読み始めた。
陽翼の月・竜神の日 リリス
今日、学校帰りにお菓子屋さんに寄ってテレンチリッテを食べてみたよ。とろけるような甘さと、香ばしい風味がマッチした一品だから、オススメだよ。それとパップラドンカルメもオススメかな。クリームみたいに真っ白で、ぷわぷわしていておいしいよ。
それと、ソニアの恋人の件だけど、ソニアはクルスカイと話してみたらいいと思う。クルスカイはおっぱい好きみたいで、なんかじろじろ見ていたし、ソニアはおっぱいしか取り柄がない1メートル様だからお似合いだと思う。
恋人募集中で、知らない人と校舎裏で熱い口づけを交わす立派じゃないラムリーザは私が引き受けるから、ソニアはリア充目指して身分相応の相手と付き合ったらいいわ。ラムリーザには、近いうちにもう一度告白しておくから安心して。
ところでハメキャラって何?
一応日記の形にはなっているようだ。
ただ、ラムリーザの記憶では、パップラドンカルメというものは、もこもこしていてケーキみたいな味がしているとソニアが言っていた気がするのだが、これはまあいい。
ただ、自分のことを書いたのは失敗だと思った。もう一度告白するなどと、こちらは話をややこしくしかねない。ソニアをからかうだけにすればよかったと少し反省した。
あと、クルスカイに心の中で「すまん」とつぶやいた。先ほどソニアは、「何とも思ってない」と大声で叫んでいたっけ。
ラムリーザは、さらにユコの日記にも目を通した。
陽翼の月・女神の日 ユコ
リリス落ち着け早まるな。ラムリーザ様とは私が結婚――
そこでラムリーザは読むのを止めた。たぶんろくなことは書いていない、そう予想できた。
パタンとノートを閉じて、さっとソニアのところに戻しておいた。
これはこの後、リゲルやロザリーンにも回るのだ。爆弾なんか投入するんじゃなかった、と今さら後悔した。
午後からの授業は、体育館に集まっての映像授業だった。
その内容は、「差別をなくそう」とか、「皆平等に」とかいったありきたりな道徳教育ものだった。
帝国では、皇帝、皇族、貴族と上を見たら差別と言うより権力と富が支配しているという形だが、民衆は職業に貴賤なく、皆平等という形をとっている。この教材は、そういった民衆を対象としたものだ。
授業自体は何事もなく進み、見終わった後はそれぞれ教室に戻って感想の提出ということになった。そこまでは特に問題なかった。
ラムリーザは要点を捉えて、作品の言いたいことを素直に述べる模範解答を目指して書くことにした。ラムリーザ自身、貴族社会に生きる者なので、平民の暮らしについて細かいところまで把握しているわけではない。それでも、新しい街を創るに当たって、こういった考えは大事だと思っている。
それよりも、ラムリーザはソニアの感想が気になって仕方なかった。
まずソニアは、貴族とも平民とも言えない中途半端な生き方をしてきた。それはそういった境遇だったのだから仕方ないとして、何を書き出すのか気になるというより、不安を感じていた。そう、夏休み前の進路アンケートのように……。
そういうわけで、念のため確認してみることにした。
「ソニア、書けた?」
「んー、書けたよ」
「ちょっと見せて。あ、僕のも見せてあげるから」
「んー」
とりあえず素直に交換に応じてくれて助かった。
ソニアは、ラムリーザの感想文を受け取ると、面白くなさそうに読み始めた。
ラムリーザも早速ソニアの感想文を確認する。やはり懸念した通り、ソニアの書いた内容はずれていた。というより、ラムリーザには理解できなかった。その内容を要約すると……。
――幼馴染のエフィーが言い寄ってきても、ほーん、と流す主人公は鈍感でダメだ。それで彼女が離れていっても特に気にしない主人公が信じられない。エフィーは好意を寄せているのだから、主人公はその好意を積極的に受け入れてやるべきだと。ただし、エフィーはちっぱいなのは気の毒でした。
以上が、要約文。
ソニアは一体何を見ていたのだろうか。確かに主人公の幼馴染は出てきた。しかし、それは物語の設定というだけであり、本筋とは何の関係もない。そもそも恋愛物ではないのだから。
「エフィーっていた?」
ラムリーザは、念のためユコにこそっと耳打ちして聞いてみた。その答えは、確かに主人公の友達はエフィーという名前だったが、幼馴染かどうかまでは覚えていないようだった。
ひょっとして恋愛ものだったのか? と不安になって、リリスとユコの感想文も見せてもらったが、捉え方の細かな違いはあるが、基本的にはラムリーザの内容に準じた感想文に仕上がっていた。
やはりソニアだけ内容がおかしい。
その時、ユコはソニアの意図を察したように言った。
「ソニアって、エフィーに自己投影して感情移入していただけだと思いますの」
ラムリーザは、一瞬なんだそりゃ、と思ったが、すぐにソニアの嗜好を思い出した。
入学直後にとある事情でプレイを開始したギャルゲーも、真っ先に幼馴染キャラを攻略して、雨の中で電話ボックスに連れ込まれたっけ。
さらに自動車教習合宿では、リリスと一緒にとあるゲームのヒロインについて、幼馴染とお嬢様について対立していた。その時は、感情論で幼馴染推しをしていたっけ。
そういうわけで、ソニアの感想文は趣旨からそれた内容になっていたが、それ以外は覚えていないということで、そのまま提出することになった。もっとも、ちっぱいの件は消させたが……。
先生がどう思うのかは知らないぞ――っと。
放課後、こんなこともあった。
ソニアが部室に向かっている途中、先日の浮気写真騒動で被害に遭った一人、隣のクラスのチロジャルと遭遇した。
チロジャルは、「あっ」と小さく言ってすぐに逃げようとしたが、ソニアに「待って!」と言われて立ち止まってしまった。
「私、あなたの彼氏取ってない!」
そう言うチロジャルは、少し泣き出しそうだ。気が弱いと、ソニアの力強い瞳など、余計な威圧感は怖いものがあるのだろう。
ソニアは、「そんなことはもういいの」と言って、本題を話した。
「ねぇ、クロトムガだったっけ? 彼とはどんな関係なの?」
チロジャルは、クロトムガのことを聞かれて、驚いたように目を見開き、小さく答えた。
「恋人……」
「それはわかってるわ。それだけ? いつから?」
「お、幼馴染だから十二年ぐらい前から……」
ソニアは、それを聞いて穏やかな笑顔を見せた。だがチロジャルには、その笑顔すら怖いようだった。

「幼馴染同士、幸せにならないと絶対にダメなんだからね」
「は、はい……」
ソニアに顔を近づけられて言われたため、チロジャルは怯えたように力なく返事した。
「あれ? チロジャルまたそいつに責められてんの?」
そこにクロトムガがやってきた。先日と似たような展開だ。
「私、何も悪いことしてないよぉ……」
ビクビクしているチロジャルを庇うように、ソニアはクロトムガの前に立った。少々距離が近い。ソニアの大きな胸が、クロトムガに当たっている。
そんなことは気にせず、ソニアは力強く言った。
「幼馴染はしっかり捕まえてなくちゃダメじゃない!」
「お、おう……」
いきなりまくし立てられて、クロトムガは反応に困った。
ソニアはふんと鼻を鳴らすと、そのまま部室へと向かっていった。
まあ、あれだ。ソニアは幼馴染に対する強いこだわりを持っているということだろう。
何事も人それぞれ、自由にするがよい。
しかし交換日記というものは、厄介なものだと改めて認識した。
次にノートが回ってくる頃には、誰の何が燃えているのか把握しておいて、これ以上争いが広がらないようにしなければならない。
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