前夜祭前編 用意は周到に
播種の月・学匠の日――(現暦換算:十一月十二日)
今日は本来なら学校は休みだが、ラムリーザとソニアはいつものように登校していた。
ここのところ、体育祭などで休日のない日が続いている。その埋め合わせとして、文化祭が終わった後は、数日間の特別休暇が設けられている。
さて、今日は文化祭前日。
クラスメイトのほぼ全員が平日と同じように教室に集まり、揃ったところでレルフィーナが教卓に立ち、力強く挨拶した。
「おはようございます! 明日に向かってのびのび準備していくぞー!」
今日は授業はない。一日かけて、明日の文化祭に向けて、最後の準備をする日になっていた。
教室の机には、今日までに作り上げてきたさまざまな小道具が並べられている。看板、入り口の飾り、天井から吊るす飾りなど、ラムリーザたちの知らない間にいろいろ作っていたようだ。
もっともラムリーザたちも、カラオケ喫茶に向けた演奏の練習にかかりきりだったのはレルフィーナも知っている。だから、クラスでの小道具作成にほとんど出ないのを黙認していたのだ。
ただ、部室で遊んでばかりいたのでは本末転倒なので、準備期間の後半には、レルフィーナが何度も部室に足を運んでいた。レルフィーナは演奏の出来具合に満足し、部室に来ては自分で歌って遊んでいた節もあるが、それでもカラオケ喫茶の成功を確信しているのだった。
レルフィーナの舵取りで、クラスメイトはそれぞれ動き出し、各々の荷物を抱えて軽音楽部の部室へと向かっていった。
カラオケ喫茶を作る場所は、部室と決めていた。
それはもっともなことである。教室で演奏をやっていたのでは、騒音が酷くて周囲のクラスの迷惑になる。だから、防音設備の整った部室でやる必要があったのだ。
レルフィーナはテキパキと指示を出し、装飾チーム、セットチーム、掃除チームなどにクラスメイトをうまく配分し、作業を着実に進めていった。
まずは部室を喫茶店風に作り変えなければならない。
折りたたみ椅子とテーブルは十分な数を借りてきていて、今は部室のすぐ外に積んである。
まずレルフィーナは、主役扱いとなるバンドのセッティングに手をつけた。
「楽器は全部ステージにあったほうがいいね」
普段はステージをほとんど使わず、部室の片隅に集まって練習していたので、その配置変えから始まった。
レルフィーナの提案で、まずはドラムセットをステージに移動させる。
ステージとは言うが、部室の壁際の一角が階段一段分高くなっているだけで、ほとんど簡易ステージのようなものだ。それでもレルフィーナは、カラオケをする場所はそこが良いと考えたのだった。
ドラムセットは通常真ん中後方にセットするが、ステージはそれほど大きくないのでこれでは真ん中で歌うスペースが十分に取れない。そういうわけで、ドラムセットはステージ左端に置くことにした。
ベース担当のソニアの要望で、ベースの位置はドラムの前に決めた。
ステージ中央を挟む形で、右後方にユコのシンセサイザーを置き、その前でリリスがギターを弾くことになった。
これで、歌う人を左右から囲むような形でのセッティングが完成した。
ちなみにリゲルとロザリーンは、天文部の準備でクラスの作業には参加していない。ただ、発表する展示物がまとまれば手が空くので、その後はクラスのほうにも顔を出すと言っていた。
次の作業は、ピアノをどうするかという話になったが、その大きさからどこに動かしても部室内の見た目は変わらないということで、アクセサリー扱いとしてそのままの場所に置いておくことになった。
ロザリーンが戻ってきたときのピアノパートは、「前使っていた古いキーボードをピアノ音源にして使えばいい」とユコは言うのだった。
ただしこの場合、ロザリーンが演奏する場所はステージにない。ロザリーンはユコと交代しながら弾けば、負担も減るだろう。
その点、ギターもリゲルが戻ってくれば、ローテーションで休憩できる。休憩できないのはドラム担当のラムリーザだけということになるが、リストの曲の中には、ドラムの入っていない曲も何曲か入っているので、所々休憩できるはずだった。
演奏するステージが決まったところで、次はいよいよ喫茶店の準備だ。
部室の中央に置いているソファー一式は、ステージの脇に置いて休憩場所とする。
空いた中央に、折りたたみ椅子とテーブルをステージ側から並べてセットする。
部室で使っているテーブルは、そのまま使えるので客席の一部にした。
そういえば、部室には古くなって使っていないアンプやスピーカーが散乱している。そういった使わないものは、隅に集めて片付ける。
そこそこ広い部室だが、昼過ぎにはすっかり姿を変え、二十席は確保できる喫茶店へと変貌を遂げていた。
各テーブルに、二つの紙を置いておく。歌える曲リストと食べ物のメニューだ。歌える曲リストは百曲ぐらいあるが、食べ物メニューはお菓子と飲み物が中心で、それほど種類は多くない。やはり主役はカラオケといったところだ。
「あ、手伝うことある?」
ラムリーザはふと思い出し、レルフィーナに声をかけた。
バンドのセッティングが終わってから、ラムリーザはドラム椅子に座り、ソニアたちもいつも練習のときに座っている小さな椅子をステージ上に並べ、ラムリーザの周りに集まって雑談していたのだ。
そこでラムリーザたちは、自分たちが最初の作業以降何もしていないことに気がついたのだ。
「気づかなくていいのに」
リリスはそうつぶやき、ソニアも続く。
「作業なんて使用人がすればいいのよ」
リゲルがこの場にいたら、「使用人はお前だろうが」と突っ込んでいただろう。
レルフィーナは、ラムリーザたちは演奏要員だと割り切っていたので、それ以外の作業については何も予定していなかった。
「そうねぇ……、あちきが思うに、暇なら作業用音楽でも演奏してくれたら助かるかな?」
レルフィーナは少し考えて、そう答えた。要望は背景音楽というので、適当に流すとしよう。
「それじゃあ適当に作業用になる曲を――」
ラムリーザがそう言いかけた時、突然ソニアは「ルシア」のベースラインを弾き始めた。
メロディアスなベースラインを奏でるが、これはソニアの絶叫がこだまする曲だ。大丈夫だろうか?
ラムリーザはそう思ったが、すぐにソニアのベースラインにドラムを重ねる。これは条件反応のようなものだった。
ユコもシンセサイザーの音をピアノにセットして、自然に合わせた。
本来なら、この曲のピアノパートはロザリーンが担当しているのだが、そこはさすがユコ。何の問題もなく演奏するのだった。
前奏が終わって歌が始まる寸前のことだ。突然レルフィーナがステージに上がってきて、マイクスタンドのマイクを掴んで歌い始めてしまった。
作業用になってないぞ、これだとカラオケになっているじゃないか。
当然ソニアは怒り、レルフィーナからマイクを奪おうとするが、レルフィーナはマイクスタンドからマイクを外すと、そのままソニアから離れて歌い続ける。
マイクスタンドから離れてしまったら、ベースを構えているソニアにはどうすることもできない。無理に動くと、シールドがアンプから外れてしまう。
ソニアはマイクを奪うのを諦め、レルフィーナの邪魔をすることに専念し始めた。歌っているレルフィーナを蹴りつけようとするが、レルフィーナもひょいひょいかわしながら歌い続ける。それは、なかなかに妙な光景だった。
とりあえず作業用になっていない。レルフィーナは作業の手を完全に止めてしまい、作業の流れは遅れ始めてしまった。
レルフィーナだけでは不公平になるので、他のクラスメイトも交代で歌い始める。
そんな感じで、午後の作業は半分遊びながらの作業となってしまった。
室内の飾り付けが終わり、最後に取り掛かった入り口の飾り付けが終わったときには、すでに西の空が赤くなっていた。
一日かけて、軽音楽部の部室は、カラオケ喫茶へと姿を変えていた。後は明日、客を入れて歌ってもらって、お菓子を提供して楽しんでもらうだけだ。
歌を歌ったり、聞いたりしながらの作業は、まるで明日の予行演習をしているようだった。

一通りセットが完成した後、レルフィーナは何人かのクラスメイトに頼んで、お菓子や飲み物を買ってきてもらうことにした。
「仕入れは明日の朝のほうがよくない?」
ラムリーザが尋ねると、レルフィーナはサラッと答える。
「こういう祭りの前には、前夜祭ってのがあるのよ。本番より、記憶に残ることが多いんだけどね」
「膳野菜? 何か料理でもするのかな?」
レルフィーナは、ラムリーザの問いがボケなのかマジなのかわからなかったので、ツッコミは飲み込んで話を進めることにした。
「明日は仕事で忙しくなるから、のんびりできるのは今だけ。だから、今夜は身内で喫茶店を楽しもうよ」
「それはいいね。でも、僕たちは今夜も明日も演奏か」
ラムリーザが演奏に向かおうとすると、レルフィーナはラムリーザの袖を引っ張って止めた。
「あなたたちは、今日までごくろうさま。今夜はゆっくり休んでくれていいよ」
そう言って、レルフィーナは何を思ったか自分がドラム椅子に座るのだった。
そういうことならと、ラムリーザはソニアたちを連れて、客席について用意されたお菓子に手を伸ばすことにした。
カラオケ喫茶となった部室に、レルフィーナの叩くドラムの音がドンとなる。
こうして、クラスメイトだけによる、前夜祭が始まった。
ラムリーザは、ゆっくり休みながら考える。勘違いしたまま、「前夜祭」ではなく勝手に「膳野菜」を想像していた。
今夜はレルフィーナが、膳野菜を披露してくれるらしい。
つまり、明日に備えて胃を整える――野菜中心の、祭り前の儀式みたいなものだろう。なるほど、文化祭の前日は、そういう「膳」から始まるのかもしれない(と、勝手に思った)。
さっきから部室に漂っているのは、甘いお菓子の匂いばかりだが、きっとこの後だ。レルフィーナのことだから、皿に山盛りの葉っぱを出してきて、「はい、前菜」とか言い出すに違いない。
そして誰かが文句を言うと、ドラムスティックで机をドンと叩いて、強制的に健康になる。
……うん。文化祭は変わっている。でもまあ、こうして身内だけで騒げる夜があるのも悪くない。