体育祭開幕、まずは学院長の血圧から
播種の月・女神の日――(現暦換算:十一月六日)
今日は本来なら休日。学校での授業はない。
しかし、ラムリーザとソニアの二人は学校へと向かっていた。制服の下に体操着を着込んで登校する。
そう、今日は体育祭である。
クラス対抗で、さまざまな運動競技に参加して大暴れする日だ。
運動の得意な者は主役に、苦手な者は憂鬱な一日になる。
ラムリーザ自身、運動は特別得意でもなく、最悪に苦手でもなかったので、特に気にすることもなく無難に終わりそうな一日になる。
一方ソニアはどうだろうか?
不得意ではないが、巨大な胸のせいで走りにくいらしい、ということが最近わかってきている。しかし、登校している様子だと、なんだか楽しそうにも見えるが、はてさて……。
いつものように教室に行き、自分の席で上着を脱いで体操着姿になり、準備完了。
そのままグラウンドに集合している他の生徒と合流するのだった。
ラムリーザたちの中で、なんとなくテンションの高い順と言えば、ソニア、リリス、ラムリーザ、ロザリーン、ユコ、リゲルの順番だ。
ソニアはいつも通りに楽しそうにはしゃいでいるし、リリスもソニアに感化されて、根暗吸血鬼の汚名返上でもするかのように楽しそうだ。
ラムリーザとロザリーンは高くも低くもなく、平熱といったところ。運動が若干苦手なユコはおもしろくなさそうだ。そしてリゲルは、ソニアとは逆の意味でいつも通りである。
ちなみに、ラムリーザたちのクラスは一年の六組。学年全体では三百二十人ぐらいで、一クラス四十人前後で八組まである。
これを四つに分け、一チームにつき一学年二クラスずつ。これを三学年分合わせて六クラスずつの四チームにして、勝負することになっている。
勝負自体は単純で、学年ごとに各種目へ参加して順位で点数を競い、最終的に合計点が一番多かったチームの勝ちということだ。
さて、体育祭と文化祭を合わせて、学園祭と呼ばれている。この祭りの全体指揮を取っているのが、実行委員長のユグドラシルだ。
そういうわけで、体育祭が始まった。
『皆さん、おはようございます。学院長のコルプルスです』
開会式。やらなくてもいいのにダラダラと話をしたがる学院長先生というものはいる。
『今日は待ちに待った体育祭ですね。空は青く、風はさわやか、私の今朝の血圧も非常に安定しております』
体育祭で、なぜ学院長先生の血圧を気にしなければいけないのかわからない。
『さて、体育祭といえば「走る」「投げる」「協力する」、この三本柱が大切だと、私は毎年言っています。これは人生と同じです。人生もまた、走りすぎると息切れしますし、投げすぎると肩を壊します。そして協力しすぎると、誰が自分なのかわからなくなります。ほどほどが大事です』
ラムリーザは、協力って怖いな、と思った。ただ、どの程度がほどほどの協力なのか。また、協力しすぎるといった状況がいまいち想像できない。
『皆さんは今日、勝つために全力を尽くすでしょう。しかし忘れないでください。本当に大切なのは、勝ったか負けたかではありません。私が皆さんと同じころ、徒競走で一位を取ったのに、靴を左右逆に履いていたことにゴールしてから気づいた、そんな思い出があります。人生とは、だいたいそういうものです』
ラムリーザは、そんな間抜けなことがあるのか? と思ったが、とりあえず自分の足元を見る。大丈夫、運動靴を正しく履いている。
『また、先生方も競技に参加します。どうか温かい目で見てください。特に私が走るときは、競技というより健康チェックだと思ってください』
学院長先生の健康チェックなど、割とどうでもいい。というか、そんな爺さんが無理をするな。
『それでは皆さん、水分補給を忘れず、ケガに気をつけ、そして今日の給食がビーフステーキであることに感謝しながら、体育祭を楽しみましょう』
そうか、今日はビーフステーキなのか――などと、ラムリーザが学院長先生の話をぼんやり聞いていると、

「ねぇラム、話早く終わらないかなぁ」
ソニアが振り返って話しかけてくる。
ラムリーザは、人差し指を口に当てて、静かにするように促した。
ラムリーザの背の高さは、クラスではリゲルに次いで二番目の高さ。それに対してソニアは、女子の中では真ん中よりやや大きいぐらいだが、なぜかラムリーザの隣に来ている。
いかなる時もラムリーザの近くにいたがるソニアは、並び順すら無視している。ただ、それほど女子の間では体格差があるわけではない。多少順番が前後しても、大ごとにならずに済んでいる。
その結果、体育祭の整列でも、ラムリーザたちは自然と近くに固まっていた。
他にクラスでラムリーザたちに関わったことがある者としては、レルフィーナやクルスカイ、電脳部の二人といったところか。
『以上、開会の言葉といたします。ありがとうございました』
ようやく、長かった学院長先生の話が終わった。
ソニアは、開会式中に何気なく隣のクラスのほうを向いてみたところ、赤い髪をツインテールにしている女の子と目が合った。
七組のチロジャルだ。
チロジャルはソニアと目が合うと、一瞬驚いたような顔をしてサッと目を逸らしてうつむいてしまった。チロジャルは、偽造写真事件以来、完全にソニアを怖がっている。かわいそうに……。
一方でソニアは、うつむいてしまったチロジャルを見て、ニヤニヤと笑みを浮かべているのだった。
「宣誓、我々一同はスポーツマンシップにのっとり、正々堂々と戦うことを誓います。二年四組、ユグドラシル・ハーシェル!」
ユグドラシルの選手宣誓で開会式は終わり、早速競技が始まった。
それはいいのだが、なんだか流れている音楽の音質が悪いのは気のせいだろうか。プツプツノイズが入っていたり、レコードの回転が不安定なためか音が揺れていて、今にも壊れそうだ。
それだけでなく、時々音が止まるようで、実行委員が機材を少しいじってはまた音が出るといった具合だ。
それはまあ、気にするほどのことでもない。別に音楽に合わせて踊るわけではないので、あまり気にしないでおこう。
ラムリーザたちは、一年六組に割り当てられた観客席に向かっていった。グラウンドのトラック周囲を囲むように、クラス単位で決められた場所が設けられている。観客席といっても、ござが敷かれていて、イベント用のテントで日差しを遮っているだけだ。
少しずつ夜が長くなってくる季節に入ったとはいえ、南国のエルドラード帝国は、まだ涼しいとは言えない。
「ラムー、暑いし砂埃が嫌だよぉ」
ソニアは、体操着の襟元からハンカチを入れて、首元や胸元の汗をぬぐいながらラムリーザに不満をこぼした。汗を拭くのはいいが、胸がこぼれ出さないように注意しろよ、ということで。
「ん、僕も暑い」
ラムリーザは短く答え、ござの上に腰を下ろした。日陰になっているが、ござも熱されていて、座っていると尻がじわじわ熱い。
「ねぇ、部室で涼まないかしら?」
リリスはラムリーザの傍に膝をつき、腰を下ろさずにこちらを覗き込み、部室で過ごそうと言った。
部室の鍵はラムリーザが管理しているのでいつでも入ることができる。
ラムリーザは、それがいいと考えて、部室に向かうことにした。
「あなたたち、観客席から離れるのはあまり感心しませんよ」
ロザリーンは注意するが、ソニアなどはあかんべーをして立ち去ってしまった。
ラムリーザは、出番が近づいてきたら携帯端末キュリオで呼び出してもらうようにして、ソニアたちの後を追っていった。
クラス委員のロザリーンは離れるわけにも行かず、リゲルもそんなロザリーンを気遣って真面目に残っているのだった。
部室に到着したラムリーザは、真っ先に空調のスイッチを入れた。すぐに部室は涼しくなり、快適な環境になった。
部室にある簡易ステージでは、ソニアとリリスがギターを手にして早速適当な演奏を始めている。ユコは、テーブル席で楽譜を眺めている。
ラムリーザはドラム椅子に座ったまま、特に何もするでもなくソニアとリリスをぼんやりと眺めていたが、ふと思いついて二人の姿を携帯端末で撮影する。
部室にカシャリという機械音が響く。
「あ、ラムが写真撮った!」
「ラムリーザ、私は高いわよ」
リリスが「高い」と言うのもうなずける。
今の二人の姿は、マニア心をくすぐらせるものだろう。白い体操着姿、そして太ももの半ばまである黒いサイハイソックス。そんな二人が、ステージ上でギターを演奏しているのだ。
ラムリーザは、撮った写真を帝都にいる親友ジャンに早速送ってみる。コメントには「どや?」と簡単な一言を添えただけだったが、ジャンはすぐに返事をよこした。
『体操着とニーソで演奏もありだな』
ジャンの返事は、ジャンらしいものだったので、ラムリーザは妙な安堵感を覚えている。妙な話だね。
早速ラムリーザは、そのことをソニアたちに報告してみた。
「喜べ、その格好でライブするのもありだそうだぞ」
「やだよ」
ソニアとリリスは、口を揃えて反対した。まあそうだろうね。
「というか、誰の意見よ。どうせ清らかさの足りないジャンでしょ?」
「また彼に写真を送ったのかしら?」
「勇敢さと優しさを持ったジャンだよ。ところで気になったけど、一番清らかなのは誰になるのかな?」
「あたし」
この一言で、世にも珍しい清らかな風船おっぱいお化けが誕生したのだった。
そういうことは置いといて!
せっかく部室に来たのだから、練習していこうということになる。
ラムリーザの合図で、カラオケ喫茶に向けた練習が始まったのだ。
「岬巡りのバスに乗って、いつか一緒に行こうと約束していたあなたと、青い海に二人で来てみたよ――」
今日は珍しく、ラムリーザが甘々な歌を歌いながら、演奏は進んでいくのだった。
しばらく演奏していると、ラムリーザの携帯端末に着信が入った。ロザリーンからの通話で、「そろそろ二人三脚が始まる」という。
「えーとロザリーン? 誰が出るんだっけ?」
「あなたでしょ? 体育の時間に何回か練習してたじゃない」
「こほん、そうだったね」
こうしてラムリーザとソニアの二人は、二人三脚に出るために部室を出てグラウンドへと向かっていくのだった。
二人三脚は、速さよりも呼吸が大事だ。足を結べば、勝手に同じ歩幅になるわけじゃない。合わせようとする意志がないと、すぐに転ぶ。
それでもソニアとなら、転びそうになっても、笑いながら立て直せる気がした。