カラオケ喫茶、手応えあり
播種の月・竜神の日――(現暦換算:十一月四日)
文化祭まであと十日を切ったこの日、一週間もあれば、まだまだカラオケ用の曲を増やせそうだ。しかし、いい加減疲れ始めたのも事実だ。
今日はリゲルとロザリーンが天文部のほうで作業をするということで、軽音楽部の部室には来ていない。
リリスとユコも「少し遅れる」と言ったきりで、まだ来ていない。何をしているのかはわからない。
先輩二人も、文化祭に向けて生徒会の仕事が忙しいので、当然顔を出すことはない。
今部室にいるのは、ラムリーザとソニアの二人だけだった。
二人は、部室の窓辺に並んで立って、グラウンドに人が集まり、明後日行う体育祭の準備をしているのを眺めていた。
「晴れるといいね」
「そうだね、雨が降ると体育館で小規模のものしかやらなくなるからね」
ソニアは話をしながら、ラムリーザの顔へ唇を近づけていく。しかしラムリーザは、もう少しで届くところでソニアの唇に人差し指を当てて制した。
「おおっと、この先は屋敷に帰ってからね」
「むー……」
部室でのキスは避けたが、ラムリーザは不満そうに拗ねるソニアの頭を胸に抱き寄せるのだった。そのまま尋ねてみる。
「ソニア、この世で一番ソニアのことを大切に思っている男は誰かわかるかな?」
ソニアは、今更何を尋ねるの? といった感じの表情を浮かべて即答した。
「そんなの決まってるじゃん、ラムでしょ?」
ラムリーザは、ふふっと小さく笑い、ソニアの頭を撫でながら言った。
「残念、違うよ。正解は、ソニアのお父さんで、うちの執事ね。父親の娘への愛情に、果たして僕は勝てるのか……」
ラムリーザが自信なさげなことを言ってみると、ソニアはラムリーザの胸をどんと突き、頬を膨らませて声を張り上げる。
「勝ってよ! ラムがお父さんに勝ってくれないと、あたし、お父さんと結婚することになっちゃうよ?!」
なぜそうなるのかわからないが、ソニアは強くそう主張するのだった。
「うん、それは大変だな。そうなると、いろいろとめんどくさいことになりそうだから、なんとかソニアのお父さんに勝てるよう、微力を尽くすよ」
「微力じゃダメ! 全力を尽くして!」
「はいはい」
一通り叫ぶと、ソニアは再びラムリーザの胸に顔をうずめるのだった。
まだ、リリスとユコは現れない。今日の部活は、練習ではなくて二人の時だろうか。
ラムリーザの眺めるグラウンドには、いくつものテントが設営されていった。
「ラムの胸板って硬いね」
ソニアは、ラムリーザの胸に頭をぐりぐりと押し付けながらつぶやいた。ラムリーザのこの身体の頑丈さのおかげでレフトールに勝てたようなものだ。ソニアは、さらに握りこぶしでトントンと胸板を叩くのだった。
「どうだ? 強そうだろう」
「うん、あいつの攻撃が効かなかったんだよね」
ソニアの言う「あいつ」とは、レフトールのことだ。彼は、まずは会話中に名前で呼んでもらえるようにならなければいけないかもしれない。
「まあね、鍛えていてよかったよ。それに引き換えソニアは――」
ラムリーザは、自分がされているのと同じように、ソニアの胸を握りこぶしでつついてみた。
ラムリーザの胸がコツコツならば、ソニアの胸はポヨンポヨンといったところか。
「あ、やん……」
胸を攻められて、ソニアは小さく悲鳴を上げる。
「ソニアも胸を鍛えないとね」
そう言いながらラムリーザは、肩を軽く揉んで「ほら、力抜け」と言う。
「ふっ、ふえぇ……」
ビクッと身体を震わせるソニアを見て、ラムリーザは軽く微笑むと、それ以上ソニアの身体を触るのはやめて、再び頭を撫でてやった。ソニアの青みのかかった緑色の長い髪が綺麗だ、そう思いながら。
しばらく静かな時間が過ぎ、次にラムリーザが口を開いた時は、部室に来てから二人きりの時間が二十分ほど経った頃だった。
「ふぅ、リリスたち遅いな。今日はもう帰ったのかな」
「ふんだ、別に来なくてもいいの」
「そういうわけにもいかないって」
再びラムリーザは口を閉ざして、外の景色をぼんやりと眺めだした。
ソニアはラムリーザの胸を離れて隣に移動し、首を傾けて頭をラムリーザの胸に寄りかかるようにして、同じように外を眺め始めた。
しばらく二人は、黙ったまま外を眺め続けていた。
さらに十分ほど過ぎ、ラムリーザはふうっと息を吐き、「ソニアってどのくらい言いなりの女なのかな……」とつぶやいた。
「言いなりってどういうこと?」
ソニアは、体勢を変えずに尋ねた。
「いや、奴隷とか……って違うな。ソニアは言いなりの女じゃない。自分の意思や意見を持ち、嫌なものは嫌と言い、やりたいことには全力でぶつかっていく」
「ラムは奴隷がほしいの?」
「ん~、奴隷は道具みたいなものだからなぁ。必要なら雇うけど、あまり身近には置いておきたくないかな。僕に仕える人は、使用人のようにきちんとした意思を持って仕えてほしいものさ」
ソニアは、ラムリーザの肩から顔を離すと、心配そうな顔をして尋ねる。
「ラム、あたし奴隷?」
「なんでそうなる……。ソニアは奴隷になりたい?」
「嫌……」
「じゃあ、今のままでいるんだね。前にも言ったけど、僕は自然体のソニアが好きなんだ」
ソニアは満面の笑みを浮かべ、再びラムリーザの肩に頭を預けた。
「よしソニア、『私は可愛い』と自信を持って言ってみよう、ほら復唱っ」
「あ、あたしは可愛い?!」
「うんうん、そうだね。他の男がどう思おうが、僕はソニアは銀河一可愛いと思ってるよ」
ラムリーザは、ソニアの肩に回している手に少し力を加える。あまりにもリリスたちが遅いので、部室でキスでもしてやるか? といった邪な気持ちがむくむくと湧き上がってきているのを感じながら、クサい台詞を言ってみた。
「てへっ、じゃああたしも他の女がどう思おうと、ラムは金河一かっこいいって思ってる」
「ありがと。でもキンガって何?」
「銀河の上を行く金河!」
「そうか……」
ソニアのよくわからない理論のおかげで、少しは邪な気持ちが治まったかもしれない。
その時、ラムリーザは背後に人の気配を感じて振り返ろうとした。するとソニアは、妙に深刻そうな顔になって、忠告めいたことを言った。
「ところで気をつけてね。リリスはラムのこと『キモメン』って言ってたよ」
「誰がそんなこと言ったのかしら? 勝手に話作らないでちょうだい」
突然後ろから声をかけられる。ラムリーザはびっくりして振り返ると、すぐ傍にリリスが立っていた。その後ろにはユコの姿も見える。それと、もう一人。珍しい顔ぶれがいる。
「おおうリリスにユコ、ひょっとしてさっきの話聞いてた?」
「ふぅ、聞いてたわ。まったく、なんでこんな銀河一のイケメンが、こんなブサイク乳牛と付き合ってるのかしら」
「なんだと?! このちっぱい!」
「はい、顔を合わせるたびに口喧嘩するのはやめなさい。ところで、なぜレルフィーナが一緒なんだい?」
珍しい人物は、クラスメイトのレルフィーナだった。レルフィーナは、クラスでの文化祭実行委員を引き受けている、小柄でお祭り好きな明るい女の子だが、今日はなぜかリリスたちと一緒に部室に姿を現したのだ。
「カラオケ喫茶の準備状況を確認しに来たのよ。あなたたちがクラスの出し物の主役みたいなものだから、どんな感じなのかなぁ、ってね」
「そうなのよ、部室に案内してって言われて、レルフィーナの作業が終わるまで足止め食らっていたわ」
それで今日はリリスたちがやってくるのが少し遅くなったわけだ。
しかしラムリーザは、これはこれで予行演習になって良いのでは、と考えた。
コンセプトはカラオケなのだから、自分たちは演奏、歌う人は客となっている。その客の役にレルフィーナを当てると、本番さながらの練習ができるのではないだろうか。
ラムリーザは、早速レルフィーナに、現在仕上がっている楽曲のリストを手渡した。
「今演奏できるのは、これだけだよ」
「ふーん、結構多いのね」
レルフィーナは、リストをざっと眺めて感想を言ってくる。そして、疑問に思ったことを尋ねた。
「ねぇ、曲名の横に書いている、(A)、(B)、(C)って何なの?」
そう、例えば『きーらきーら(A)』、『ラムリーさんの羊(B)』、『復活の日(C)』といった具合になっているのだ。
「えっとね、さすがに数を優先するとね、全部が完璧ってわけにはいかないんだよ。それで、Aランクは完璧な演奏ができる、Bランクは一通り形になった演奏ができる、Cランクはとりあえずできるレベルの曲になっているんだよ」
「ふーん、Bランクが一番多いのね」
「そりゃそうさ。一番取り組んでいることが、Cランクの曲をBランクに持っていくって作業だからね」
レルフィーナは、しばらくリストを眺めていたが、とりあえず「奇跡の大海原」を選択した。
この曲はAランクに持ってきてもいいのだが、メインボーカルが決まらないので、それほど練習に力を入れていなかったのだ。だが、今回の場合はちょうどいい選曲かもしれない。
レルフィーナは、部室内の簡易ステージに上り、スタンドに置かれているマイクを握るとラムリーザたちのほうを振り返って言った。
「ねぇ、始まりはどうするの?」
「そうだなぁ、ここはルールみたいなのを決めておこう。とりあえず、僕と目を合わせたら始めることにしよう。よし、始め」
ラムリーザのスティックによる合図で演奏は始まった。
フロアタムとクローズド・リムショットの組み合わせからなる独特なリズムに、ユコはシンセサイザーの音を重ねる。さらにソニアがベースを重ね、リリスはリゲルがいない分、リズム半分リード半分のギターを奏で始めた。
「黄昏がやってきて、二人を分かつのよ――」
レルフィーナの歌声は、慣れた感じで無理なく正確なメロディを発している。初めてではない、よく歌っている曲なのかもしれない。
歌い終わると、レルフィーナは「すごい、すごい」の連呼だった。
「すごいよ! 私カラオケが好きでよく遊びに行くんだけど、やっぱり機械演奏のカラオケより、生演奏のほうがすごくていいね。ねぇ、時々歌いに来てもいいかなぁ?」
レルフィーナは、目をキラキラさせながら、わざとらしいぶりっこポーズをしてラムリーザに懇願してくる。
「まぁ、練習の邪魔にならなければ別にいいよ。そっか、カラオケ好きなんだね。歌い慣れているわけだ」
「あなたたちはカラオケ、行かないの?」
「うん、カラオケ行くなら自分たちで演奏しようがモットーなんだ。いや、モットーにしていたっけ……?」
「うわー、いいないいな。私も学校でカラオケを自由に歌える部活を作ろうかなぁ。カラオケ部……、いや、それだと露骨、コーラス部とか……?」
「ちょっと待って」
ラムリーザとレルフィーナの会話に、リリスが割り込んできた。
「今はカラオケ喫茶に向けて、演奏だけやってるけど、本来は私がメインボーカルだからそう簡単に歌わせないわよ」
「ちょっと待って! なんでリリスがメインボーカルなのよ、あたしでしょ?!」
「とにかく、好きに歌いたければコーラス部だかなんだか知らないけど、別の場所に作ることね」
他の場所と言っても、この学校で防音設備が整った部屋がある建物は、各階に一部屋ずつある三階建ての建物だけだ。そこを一階に軽音楽部、二階に吹奏楽部、三階に合唱部が使っていて、これ以上部屋は空いていない。
レルフィーナがカラオケ部を作っても、部室の確保は難しいだろう。
「合唱部ではダメなのか?」
ラムリーザの問いに、レルフィーナは首を横に振って答える。
「私はアイドルみたいなのをやりたいの。カラオケ部だと遊んでいる感丸出しだから、コーラス部をいつか作ってみせるわ」
「ん、それはがんばってくれ。それじゃあ今日は――」
「あ、次はルシアでも歌わせて。大声出したい気分なの」
これは、ソニアが得意とする絶叫系の歌だ。レルフィーナもやるもんだ。やるもんだ。やるもんだ。だ。だ。だ。だ…………

結局レルフィーナは、二十曲ぐらい歌い続け、気がつくと日は落ちて外は暗くなっていた。
グラウンドで作業している人も、すでに帰宅したのかもう誰もいない。
「えっと、次は――」
「ストップ!」
レルフィーナが次の曲をリクエストしてくるのを、ラムリーザはうんざりした顔で制する。止めないと、レルフィーナはいつまでも歌い続けそうだ。
まあ、本番では一日中演奏し続けることになるし、同じ曲を演奏することもあるだろうから、これくらいでうんざりしているわけにはいかない。
しかし、外も暗いし、あまり遅くなるのもよくないので、今日はここらで演奏は終わりにして部活を終了しようと思ったのだ。
レルフィーナは「しょうがないなぁ」といいつつも満足そうだ。レルフィーナの反応は上々だ。
ということは、客の受けも十分良いかもしれない。
さすがに腕も指も重い。口数も減っていく。それでも、歌い手が乗ってくれると、演奏は勝手に前へ進むだろう。
レルフィーナの反応は、少し大げさで、でも嘘じゃない。生演奏は、ちゃんと人を浮かせる。そこだけは確信できた。
カラオケ喫茶は成功するだろう。