代理ドラマー、出番前

 
 黎明の月・白雪の日――(現暦換算:十月三十日)
 

 休日の朝、リゲルは朝食後のアップルティーを飲みながらくつろいでいた。りんごの香りがする紅茶を口に運び、ひと息つく。それがお気に入りの朝の至福の時間だった。

 りんごを思い浮かべると、なぜか友人ラムリーザがりんごを握り潰している姿を想像してしまい、我ながら妙なものだと思って軽く笑う。

 そこに、リゲルの父が仕事に出かける姿が目に入り、思わず目を逸らす。

 ミーシャとの出来事以来、リゲルは父親に対して心を閉ざし、事務的な会話以外は一切しなくなっていた。

 もっとも、父親のほうは、ただの反抗期だと思っているようだが、リゲルは父親がミーシャ一家にやったことを忘れられず、許せなかった。

 しかし、今大切なのはロザリーンだ。

 リゲルは、最近始めた朝一番の挨拶メールをロザリーンに送るために携帯端末キュリオを手に取った。

 ちょうどその瞬間、通話の着信音が鳴った。誰だろうと思って画面を見ると、そこには中学時代の友人の名前が表示されていた。

「よう、リゲル久しぶりだな」

「レグルスか、久しいな。どうした?」

 電話の主のレグルスは、リゲルの中学時代の友人である。高校に入ってからはあまり連絡していなかったが、この日久しぶりに連絡してきたのだ。

「俺なぁ、お前に感化されて今年から学校でグループ組んでバンド始めたんだわー」

「偶然だな、俺もだ」

「おろろ、ミーシャがいなくなったらバンドか。まぁ、踊り子ちゃんと遊ぶのもいいが、バンドで演奏するのもいいよな」

「ミーシャの話はよせ……」

 リゲルは、むっとした声で返事をした。ミーシャは自分の中だけの思い出箱にしまっておきたいのだ。

「ああそうだったな、すまんすまん。ところで今日は、うちのガッコの文化祭なんだけど、リゲル暇?」

「暇と言えば暇だな」

「それはよかった。で、だ。リゲルもバンド始めたって言ってたけど、やっぱりギター?」

「そうだな」

「少しだけ、ドラムできない?」

「少し叩いてみたが、やっぱり興味が湧かなかったな。で、ドラムがどうした?」

「実は、うちのメンバーのドラマーが、今日突然熱出して寝込んでしまってだな――」

 

 

「――というわけだ」

 場所は変わって、ラムリーザの下宿している屋敷の自室。

 朝食を終えて、ソニアが格闘ゲームで対戦をしようと言ってきたので、それを丁寧にお断りした。そこにリゲルから電話がかかってきたのだ。

「つまり、その熱出しちゃった人に代わって、僕が代役で叩けばいいんだね?」

「そうだ。中学のときの俺のツレの頼みなんだ、無理を言って悪いが……」

「まあ、叩くぐらいならいいよ。ジャンの店で他のグループの代役を何度かやったことあるし。でも、こっちはいいのか?」

 ラムリーザの傍には、ゲームを一旦中断したソニアが引っ付いてきている。ラムリーザが出かける雰囲気を示したので、近くに寄ってきたのだ。

 リゲルは、すぐにソニアのことだと理解して答えた。

「好きにしたらいい。すでにこっちも連れがいる」

 そういうわけで、この日はリゲルの中学時代の友人が通う学校の文化祭へ遊びにいくことになったのだ。

 

 ラムリーザたちは出かける準備をして屋敷の前で待っていた。他所とはいえ学校なのだから、休日だが制服に着替えていた。

 しばらくして、リゲルの運転する車が現れた。今日はお気に入りのビートルではなく、大きめのバンでやってきている。

 車から降りてきたリゲルが、車のほうに手招きすると、助手席からロザリーンが、後部座席からユグドラシルが現れた。

「おはようラムリーザくん、パーティーぶりだね!」

「あ、もてないロザ兄だ」

「おはようございます、ユグドラシルさん。ロザリーンもおはよう。で、リゲル、これはどういうこと?」

「ロザリーンを誘いに行ったらついてきた」

 ユグドラシルは、自分を付録のように扱われて、ちょっとむっとした感じで答える。

「ファルクリース学園の文化祭に行くんだろ? 自分も今年は文化祭実行委員長だから、他所の文化祭がどんなのか偵察して、良いところは盗んでやろうってことさ」

「それは良い考えですね。あ、ソニア、リリスとユコも呼んで」

 ラムリーザはふと思い、せっかくだからリリスたちも呼ぼうと思ってソニアに連絡させた。

「なんだ、あいつらも呼ぶのか?」

 リゲルは、ラムズハーレムメンバー集結を想像して、うんざりしたような感じで言った。ソニアとリリスの口喧嘩はもう飽き飽き。

「せっかくだし、友達だろ?」

「好きにしろ」

 リゲルは強く否定はしなかった。あの二人はロザリーンにとっても友達だ。自分の好みだけで押し通すのは良くないと判断したのだ。

「ところで――」

 ラムリーザは、少し迷いがあることに関してリゲルの意見を聞いてみた。

「――レフトールはどうしよう」

「うむ……」

 リゲルは少し考えて答えた。

「まだ早いな。女共の警戒心と嫌悪感が薄れるまでは、ほどほどの付き合いがよかろう」

「そっか、それじゃあそうしよう」

 その話をユグドラシルが聞きつけて、二人の話に加わった。

「え、レフトールってあのレフトール? ラムリーザくん、不良になっちゃったのかい? そんなことになったら自分は悲しいよ」

「ちっ、違いますよ。その、なんというか、ねぇ?」

「いろいろあって、あいつは今ラムリーザ派になっている」

 話に困ったラムリーザに、リゲルが横から救いの手を差し伸べる。うん、つまりそういうことなのだ。

 ユグドラシルは、なんだかよくわからないが感心したようだ。

「すごいな、さすがラムリーザくんだ。レフトールかぁ、一度話してみたいけど、やっぱり怖い?」

「先輩は首長の長男だから大丈夫だぜ。最初にそれを言えば、何の問題もない」

 リゲルは、ニヤリと笑って言った。権威主義のレフトールなら、首長の長男と来れば思いっきり下手に出てくるだろう。しかしユグドラシルにはピンと来なかったようだ。

「そうなん? なんだかよくわからないけど、大丈夫なのだったらそれでいいか」

 こうしてラムリーザたちが雑談をしていると、ソニアに電話で呼び出されたリリスとユコもラムリーザの屋敷前に到着した。

 挨拶もそこそこに、リリスとユコも会話に加わった。自然と二人の関心は、会ったことのない珍しい人に向けられることになった。

「この人誰?」

 リリスは、ユグドラシルに誘うような目つきを向けて尋ねた。その視線を見て、ユグドラシルはどぎまぎする。やはり美女に弱いというのは事実か。

「ロザ兄だよ」

「ロザニイさん?」

 ソニアの説明では、きちんと伝わらない。

「私の兄、ユグドラシルです」

 ロザリーンの紹介で、ようやく伝わることになった。

「よろしく、自分はヘリコプターマン・ユグドラシルと言います」

「ぷっ、それじゃあ私は、ミートボール・ユコですの。よろしくですわ」

「何だその肩書きは……」

 ラムリーザにはよくわからなかったが、二人はすぐに打ち解けたようだ。

「それで、そっちの黒髪の美女は誰?」

「リリスです、よろしく」

「根暗吸血鬼だよ」

 要らないことを言うソニアの、胸で隠れて死角になっている脛をリリスは蹴飛ばした。今日も、顔を合わせて早々喧嘩を始める二人を他所に、ユグドラシルは驚いて尋ねた。

「えっ? えっ? この娘が噂の根暗――こほん、うそだろ?」

「実は……、そうなんですの……」

 ユコは、隠しても仕方がないといった感じで、遠慮がちに答える。ラムリーザも、少し決まりが悪くて、ユグドラシルから目を逸らしながら頷く。

「なんで、なんで? この娘が? いや、違うだろ? 自分は以前遠目に見たことあるけど、地味で俯き気味で、やぼったいイメージの娘だったけど、今見たら全然違う、すごい美人じゃん?」

 リリスは地味どころか、今現在爆弾娘ソニアと張り合っているのだ。

 ラムリーザは見かねたので、二人の喧嘩をやめさせて、再びユグドラシルの前に連れてくる。

「リリスくん? 君は本当にあの根く――、リリスくん?」

「女子三日会わざれば刮目して見よ」

 リリスは得意げに言うが、何か違う。いや、まあいいか。

 その隙を突いて、ソニアはリリスの脛を蹴飛ばそうとしたが、リリスはひょいとかわす。

 むっとするソニアに、リリスは「ちゃんと見ていればかわすのも簡単よ」と言って、また場を荒らそうとするのだった。

 やれやれとばかりにラムリーザは、ソニアをリリスから引き剥がし、後ろから抱えて持ち上げる。

「やーん、下ろしてよぉー」

「馬鹿なことやってないで、あまり遅くなっても困るから行くぞ」

 運転席から呼びかけるリゲルに答えるように、いつぞやと同じようにラムリーザはソニアを抱えたままバンに乗り込むのだった。

 

 

 私立ファルクリース学園は、ラムリーザたちが住むポッターズ・ブラフから、帝都側へ三駅行った街フライクリークにある。リゲルやロザリーンが住んでいる街アチェロンの隣町だ。ごく一般的な住宅街で、特にミミズやゴカイが大量発生するような騒ぎが起きたことはない。

 リゲルやロザリーンがこの高校を選ばなかったのは、リゲルに関しては天文学部の有無が理由で、ロザリーンは兄が帝立ソリチュード学院を選んだから同じところにしただけである。一方ユグドラシルは、帝立高校だということで選んだのだ。もっとも名家の者は、帝立学校を選ぶ傾向にあるのだが。

 

 学校の駐車場に着いたところで、ユグドラシルは提案した。

「ここからは自由行動にしないかな? 自分はゆっくり楽しむというより、いろいろと見てまわりたいのでね」

 ユグドラシル的には、言ったように文化祭を楽しむというより、いろいろと調査して回りたいという気持ちが大きかったのだ。

 別行動しても、いざとなったら携帯端末キュリオで連絡できるから問題ないだろう。

 ソニアたちもそれでいいと言って、快くユグドラシルを送り出したのだ。

「で、僕の仕事は?」

 ラムリーザにも、文化祭を楽しむ以外にドラマーの代役という仕事があった。リゲルは、腕時計を見て答える。

「十一時からだから、一時間はのんびりできるな」

「わかった、それじゃあ行くぞ」

 そういうわけで、ラムリーザたち六人は文化祭の喧騒へ飛び込んでいった。

 

「あっ、いかめしだ!」

 ソニアは、生徒がやっている屋台にいかめしを見つけて駆け寄っていった。

「これ買って!」

「小遣いあげただろ?」

「もらってない!」

「おっと、今月分忘れていたか。ってもうそろそろ今月は終わるじゃないか。はい、五千エルドどうぞ」

 ソニアは、ラムリーザからお金を受け取ると、すぐにいかめしを買ってかぶりついた。

 せっかくだから右へならえで、リリスたちもいかめしを手に取るのだった。
 

 
「ソニアもこう見るとやっぱり庶民的だな」

 ラムリーザは、リゲルと二人で少し後ろからソニアたちを眺めていた。

「ふっ、ただのイカに小麦をふかしたものを詰め込んで味付けしただけのものに、あそこまで夢中になるとはな」

「リゲルはいかめし嫌い?」

「どっちかと言えば、蟹のほうがいいかな」

「それまた豪勢な」

 蟹は、寒い国でよく獲れるので、年中温暖な帝国ではほとんど取れない。だから、外国からの輸入に頼った贅沢品でもあったのだ。

「俺はな、蟹の名産国である北国の大学に行こうかなと考えたこともある」

「そうか……」

「いや、気にするな。今は、お前と新しい街を作るほうが興味深くなっているから」

「ありがとう」

 ラムリーザがリゲルとそんな会話をしている一方で、ソニアたちはいかめしをほおばりながらファルクリース学園の制服について話し始めていた。

「そういえば、私たちの学校はブレザーだけど、ここはセーラー服ですのね」

「中学の時は私たちもセーラー服だったよね、って――」

 そう言いかけて、リリスはソニアにいたずらっぽい目を向けた。

「ソニアあなた、セーラー服だったら、ボタンとかないからサイズ合わせたら普通に着られるんじゃないかしら?」

 そう言いながらもリリスはニヤニヤしている。

「ふん、どうせ胸のサイズに合わせたら、ぶかぶかになっちゃうんだ。だからもうおしゃれなんか嫌い」

「ごめん、想像したらニヤニヤが止まらない」

 リリスは、ソニアから目を逸らして、口元に手をやって笑いをこらえる。

「でも、その収まりきらない胸よりは、ましかもですね」

 ロザリーンは、ソニアのはだけた胸を見ながら、うんざりしたようにつぶやいた。

「1メートル」

「5kg」

 リリスやユコは、ソニアをからかうように好き放題言ってくる。

「また喧嘩になるからやめなさい。ところで、選べるならどっちにします?」

 ロザリーンは、リリスたちを制してソニアに尋ねてくる。ソニアは、自分の胸元と、周囲の女子生徒が着ているセーラー服を見比べながら、悩んでいた。

「うーん、まだセーラー服のほうがましかなぁ……、こんな収まりきらないのよりは、ぶかぶか、うーん、でもここのセーラー服の色は青かぁ。ラムは緑が好きだから、今のほうがいいだろうなぁ。あー、胸に合わせたぶかぶかのブラウス……、いや、それなんかやだなぁ。あ、それよりも!」

 ソニアは、もっと大事なことを思い出して、セーラー服を着た女子生徒の足元に目を向ける。

「裸足とか認められているんだったらこっちのほうが――って、ここも?!」

 ソニアの目は、すぐにうんざりとしたような色を見せた。

 セーラー服の襟の色と同じ青色のミニスカートで、今ソニアたちが履いているのとさほど丈は変わらない。ただ、その下、靴下の色は白でソニアたちとは色違いだが、どの娘も丈は太ももの半ばまで伸びている。

「まっ、なっ、なんでどこもかしこも長い靴下なのよ!」

 裸足を好んでいて、足を出しておきたいソニアは、不満の声を上げる。

「だって、保温とひんやりを兼ね備えた繊維が開発されてから、素足よりも快適なんですもの。それにおしゃれでいいと思いますわ。嫌がっているのはソニアぐらいですの」

「帝都で通っていた学校は、素足でサンダル履いていても文句言われなかったよ! 田舎はやっぱり自由がないのねーえっ!」

「補足しておく」

 ラムリーザは、ユコたちが帝都に変なイメージを持たないように、説明しておくことにした。

「帝都で僕らが通っていた学校はね、貴族の子息令嬢が多く通っていたんだ。というより、そういった階級向けの学校かな。そういうのもあって、指定の制服もあったけど私服も認められていたんだ。そういうわけで、特に令嬢は豪華なドレスで通っていたものなんだよね。彼女らにとって、自慢のドレスを見せびらかすいい場になっていたんだ。それを逆手に取って、ソニアはっ――」

 ラムリーザは、ソニアの尻を軽く蹴って話を続ける。

「逆方向に利用して、ミニスカ生足で好き勝手振る舞っていたわけだ」

「なによー、ラムだってあたしの足が綺麗で好きって言ってくれたじゃないのよー」

「今だから言うけど、おっぱいが大きいの隠すためにだぼだぼな上着を着てミニスカ素足、確かに足は綺麗だったけど、全体像を見たら今思えば変だった」

「なっ……」

 ソニアは、ラムリーザに言い切られて絶句する。

「そりゃそうですのね。バストが大きいと、隠そうとするほうがかえって不自然になりますわ。開き直ったほうがいいと思いますの。ただでさえソニアは規格外なのですから」

「規格外言うな! 呪いの人形!」

「風船おっぱいお化けは、不格好な服で世を忍びつつ露出狂やってたのね、困るわ。くすっ」

「うるさい根暗吸血鬼!」

「はい、不毛な争いはそこまで。ほら、次行くよ」

 ラムリーザは、騒ぎ立てるソニアをリリスたちから引き剥がすと、次の見物場所へと移動していくのだった。

 次のステージは、十一時。

 たった一回の代役のはずなのに、ラムリーザは初めて来た学校で急に演奏することになって胸の奥が落ち着かない。

 祭りに浮かれている場合じゃないと思うのに、目の前は楽しそうな屋台だらけで気が散る。

 ラムリーザは、笑い声の中でスティックを握る自分を想像して、不安を深呼吸で押し戻した。
 
 
 
 
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Posted by 桐代音若