領地づくりの基本

 
 黎明の月・鍛冶師の日――(現暦換算:十月二十五日)
 

 この日の朝、起床して間もなく、ラムリーザの母ソフィアから連絡が入った。

 まずは、先日発生したレフトール騒動の話。ソフィアから「暴徒(レフトールのこと)はどうなりましたか?」と聞かれたので、「仲間になったみたいです」と返しておいた。

 事実、今では乱暴を働くことはなく、脅してくることもなく、むしろ仲間として溶け込もうと努めているように見える。

 ただ、ソニアたち女性陣の印象は最悪で、それに対してはじわじわと挽回していくしかないだろう。

 ソフィアは、その件には特に突っ込まず、「わかりました」とだけ答えて話を終わらせ、本題に入った。

「私がやってもいいことですが、以前神殿の話のときにもあったように、極力あなたが判断してやっていくことにしようと考えています。私はあなたが間違ったことをしているときに助言を送る程度にします。あなたの領地となるのです。あなたがやりたいようにやりなさい」

「いったいどうしたんですか?」

 ソフィアが改まって大事な話をしたので、ラムリーザは思わず聞き返した。新開地の件で連絡してくるのは珍しいことだった。

「これまでは、連絡網や倉庫などの完成を待っていましたが、そろそろ動き出してもいい頃です。領地を持ち、領民を生活させるためにまず必要なものを揃えなさい。あなたは今、領民の心の拠り所となる竜神殿を作ることにしました。それと、領民に娯楽を与えるためにナイトクラブを作ることにしましたね?」

「あ、ジャンの話がもう広まってるのか。まずかった?」

「いえ、あなたは間違っていません」

 ジャンと話したシャングリラ・ナイト・フィーバー二号店の話は、ラムリーザが独断で話を進めてしまったことだが、特に問題はなかったようだ。

 ソフィアは話を続ける。

「友人を大切にするのはよいことです。彼はあなたの心強い味方になってくれるでしょう」

「うん、ジャンとは長い付き合いの親友だよ」

「それはわかっています。でもやるべきことが他にもあります。何かわかりますか? 基本ですよ」

 ラムリーザは、携帯端末キュリオを持ったまま少し考えた。

 領地でやることはたくさんある。必要なものの基本とは何だろうか? 街の名前かな? ラムちゃんシティは却下だが、そういえばジャンが響きの良い名前を挙げていた気がする。後で暇な時、ジャンに電話してもう一度聞いてみるとしよう。

「まだ時間はたっぷりとあります。今週いっぱい考えてみなさい。もしわからなければ、答えを出します」

 ソフィアはそれだけ言うと、通信を終わらせた。ラムリーザは、なんだか宿題を与えられた気持ちになって、通話が切れたキュリオを持ったまま、しばらく考えていた。

「ねー、話は終わった? またリリス? リリスだったらリリス撃滅!」

 ラムリーザがぼんやりしていると、ちょうど制服に着替え終わったソニアがそばにやってきた。相変わらずリリスがラムリーザに連絡するのは気に入らないようだ。

「リリスじゃない、母さんだ。あと、撃滅だなんて物騒なことを言うのはやめようね」

 ソニアの姿を見て、慌ててラムリーザも着替え始めた。自分のほうが着替えるのが遅くなったのは今日が初めてだ。

 ラムリーザは、制服に着替えながらソニアに尋ねてみた。

「領地でまず必要なものがあるって聞いたけど、何だろうね?」

「ん~、お城かな?」

 ソニアは、ほとんど即答だった。しかしそれは違う、違うだろう。

「いや、僕は王様にも皇帝にもならないよ。お城は要らないだろ?」

「将来どうなるかわかんないじゃないのよ~」

「独立や反乱はソニアに任せるよ。僕はエルドラード帝国の忠実なる臣民として生きていくからね」

「でも、住む場所は必要じゃないの?」

「少し山に入った場所に屋敷を建てているのは、ソニアも見たよね?」

 ソニアは、腕を組んでう~んと唸った。どうでもいいことだが、ソニアは胸が目立つので、腕を組むとどうしても構えが独特になる。

 本人は気にしていない顔をしているけれど、見慣れているはずのラムリーザも、やはり目のやり場に困った。

 朝食を取り、下宿先の屋敷を出たあとも、登校中も二人は新開地について話し合っていた。
 

 
「じゃあ、学校かな?」

「人が増えて街の形が出来上がる頃には必要かな。人が住むと子供も住むことになるわけだしね。まぁ、近くに通わせたいと考える幼稚園や小学校あたりは、急いで作るかな。高校まで来ると、こっちにいいのが揃っているからね。今通っている学校は、駅からも近いし」

「あたし、学校の先生になろうかなぁ」

「赤点ギリギリじゃなくなったらね。あ、大学は作るよ」

 大学、それは夏休みのキャンプの夜、ラムリーズのメンバーで語り合った夢物語のことだ。みんなで一日でも長く、遊んでいられるための手段。それも決定事項の一つであった。

 ラムリーザは、ソニアの肩に手を回し、抱き寄せながら歩いた。ソニアの身体はいろいろと柔らかい。……いや、それは置いておいて、話を進めよう。

「あっ」

 ソニアは、何かを思い出したかのように叫んだ。

「たなからぼたもち球場が必要! いっぱい作ろうよ!」

「なんやそれ……」

 どうせゲームの話だろう。ソニアはゲームから少し離れる必要がある。それに、いきなり最初に球場を作ってどうするのだ。そういうものは、住民が増えてから要望があったら作るものだ。

 仕方がないのでラムリーザは、ソニアに頼るのは諦めて一人で考えることにした。

 こんなときに参謀みたいな人がいてくれたらなぁ……。そう思いながらラムリーザは、学校に着いたらリゲルにでも聞いてみようと考えた。

 南国ゆえ、まだ暑さが少し残る道を、二人は並んで歩いていくのだった。

 

 

「領地で最初にやること?」

 教室にて、リゲルはラムリーザの質問を受けて聞き返した。

「うん、ソニアに聞いてもまともな答えが返ってこないから、リゲルならちゃんとした意見が聞けるかなってね」

「ラムちゃんシティにたなからぼたもち球場を建てまく――むーむーむー!」

 ラムリーザは、傍に寄ってきていらんことを言い始めたソニアの口を押さえて、リゲルのほうに困った顔を向けた。

「そうだな、俺ならまずは開墾かな。何をするにもまずは領民を食わせなければならない。飢えた領民は暴動を起こす。これは避けねばならんことだ。だから、やることは食糧生産だ。つまり、農業従事者の確保が必要だと俺は思う」

 リゲルの話を聞いて、ラムリーザは目から鱗が落ちる気分だった。食わせること、ラムリーザは普段当たり前のように食べ物が出てくる生活をしていたので、生産するという考えには至らなかったのだ。

「リゲルはすごいな、僕の参謀になってくれよ」

 ラムリーザは、やはりリゲルはいろいろと頼りになると思った。ゲームの話ばかりするソニアとは大違いだ。

「参謀か、悪くないポジションだ。考えておく」

 リゲルが頷いたところで、ソニアが口を挟んできた。

「さんぼうって、三角形ABCの面積のこと? まあリゲルは三番目ってことでさんぼうでいいよ。あたしはいちぼうになるから」

 ラムリーザは、どう答えたらよいものか思いつかなくて黙っていた。ソニアが何を言っているのかさっぱりわからない。すると、そこにリゲルが一言追加した。

「俺を参謀にする条件は、お前の周囲から馬鹿を排除することだな。どうも俺は知性が低い奴を目の前にすると、頭を叩きたくなる」

 リゲルが手を振り上げて見せたので、ソニアは「な、なによー」と言いながらラムリーザに抱きついた。

「こら、教室で抱きつかない。リゲルもその手を下ろして」

「ふっ、聖者を目指すなら、徳の前に知性も上げることだな」

「知性はいいから。それよりも、リゲルはいろいろなことを知ってるけど、領地経営のコツはどこで知ったの?」

 ラムリーザはなんとなく聞いてみたが、リゲルの答えに何も言えなくなってしまった。

「シミュレーションゲーム。食糧生産は基本だからな。それは実際の領地経営にも言えることだろう」

「そうか……」

 結局リゲルも、知識の出どころはゲームだったわけだ。ラムリーザの周りはゲーマーしかいないということだった。

 しかし、ゲームの受け売りとはいえ、リゲルはいろいろなことを知っているし、いつも冷静な判断をしてくれる。これはジャンとは違った特性だ。将来リゲルは、頭脳面でラムリーザの右腕として働いてくれるだろう。

 ラムリーザは、胸の奥に「食わせる」という言葉だけが残った。

 町の名前でも、建物でもない。まず、明日のパンだ。

 竜神殿も、ナイトクラブも、夢の形だ。でも夢は、腹が満ちて初めて続いていく。

 それが当たり前に思えた瞬間、自分はようやく「領主になる側」へ一歩踏み込んだ気がした。

 

 部活では、今日もカラオケ喫茶に向けての練習だ。

 ボーカル争奪戦は後回しにして、まずは伴奏できることを最優先して黙々と演奏の練習をしていた。

 カラオケ喫茶をやると言ってから十日余り。今では何とか演奏として形になっているものを数えると、全部でそろそろ百曲に到達しそうだった。

 ゲームソングがやたらと多い。中には、これは絶対アダルトゲームの歌だろうというのも混ざっていた。

 というよりアンケートの結果は、やたらとゲーム音楽が多かったのだ。この辺りは田舎で他に遊ぶものが少ないということで、地域ぐるみでゲーム好きなのだろうか。

 ラムリーザはそう考えながら、ドラムの前で休憩していた。

 ラムリーザ担当のドラムは、とりあえず8ビートを叩いていれば形になるのが多いのが助かっていた。所々適当にフィルインを入れていればごまかせる。ゲームソングだと、似たような雰囲気の曲が多いから助かる。これがジャズだとそうもいかないのだが……。

 逆に大変なのはリリスのリードギターパートかもしれない。リリスも面倒になったら適当にかき鳴らしているだけに聞こえるのだが……。

 うーんっと伸びをすると、ソファーのほうからソニアの芝居がかった声が聞こえた。

「ルーク! あたしはルークが大好きっ! もうずっと離れないからねっ!」

「よしOK、次のセリフいくよ、はいっ」

「あたしはあなたを愛しているの! あたしのラム、あいや、ルークに手を出さないで!」

「カット、台詞間違えたね。主人公はラムじゃないよ」

 何をしているのかと思えば、電脳部の二人がやってきて、ゲームの台詞を収録していた。

 まあ、いろいろと動きを見せているが、当分の間メインとなるのは文化祭の準備となるだろう。

 文化祭の曲数を増やすことも、領地の畑を増やすことも、やるべきことの種類は違うのに、結局は同じだった。

「今日」を積み重ねて、「明日」を作る。

 この素晴らしき仲間たちと共に……。
 
 
 
 
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Posted by 桐代音若