勝ったのに終わらない

 
 黎明の月・森人の日――(現暦換算:十月十九日)
 

「少しは涼しくなってきたねー」

 登校中、ソニアは大きく伸びをしながら言った。

 朝夕が涼しくなってきていて、南国といえども暑さは和らいできていた。

 一昨日の夜の騒ぎのあと、昨日は家の判断で休養になった。

 そんなこともあり、ラムリーザとソニアは昨日は珍しく学校を休み、今日は二日ぶりの登校だ。

 昨日は、朝早くにラムリーザの母親ソフィアが学校を休むよう言ってきたので、ラムリーザはその通りにしたわけだ。そこにソニアは「ラムが行かないなら、あたしも行かない」を発動して、休みに付き合っていた。それが許されるかどうかはさておいて。

 登校する二人の少し後ろ、目の届く距離に男が一人いた。周囲を警戒しつつ、二人を視界から外さず歩いている。ラムリーザの周辺警護を再び始めたレイジィが、距離を保って目を配っていた。

 ラムリーザは、これまでは警護は要らないと言っていたのだが、昨日母に言われて、「日常生活に影響がない範囲で」ということで、警護を付けることにした。

 帝都で警護してもらっていた時もレイジィは影を潜めていたし、レフトールの件もあるし、ここは言われた通りにしておこうと考えたのだ。

 

 この日は、教室に着いていつものメンバーが顔を見合わせても、誰もしゃべらず気まずいムードが漂っていた。

 ロザリーンは一応「もう大丈夫ですか?」と聞いてきたので、ラムリーザは簡単に「大丈夫」とだけ答えた。実際にレフトールとの戦いでは、ほとんどダメージを受けていない。

 リゲルは、ラムリーザと目が合った瞬間、腕を組んだままうなずいたが、リリスとユコに至っては、何をどう話せばいいのかわからないようで、ずっと黙ったままだ。だが、目はきょろきょろと泳いでいる。

 ……しかし、実に気まずい。ラムズ・ハーレム崩壊か?

 もっとも、崩壊したところでラムリーザのこれからの人生には何の影響もない。実際ソニアは何も変わっていないわけだし、ソニアにとっても崩壊してくれたほうが万歳だろう。

「空気悪いなぁ、屋上行こうよ」

 ソニアは沈み込んだ雰囲気を嫌がってか、ラムリーザの袖を引っ張って言った。

 とくに断る必要もないので、ラムリーザはリゲルから鍵を借りて行くことにした。

「屋上、大丈夫か?」

 鍵を渡しながらリゲルは尋ねてくる。ラムリーザが襲われた場所が屋上なのだから、リゲルが心配してくるのも無理はない。

「たぶん、大丈夫。ひょっとしたら報復があるかもしれないけどね」

 一昨日、ラムリーザはレフトールを迎撃している。それでおとなしくしてくれたらいいのだが、報復の可能性も考えていたほうがいいだろう。ただし、大将がやられた状態で報復に来るかどうかはわからない。

「報復?」

 リゲルは事情を知らず、眉をひそめてラムリーザを見つめた。

「あー、うん。えーと……まぁ、用心はしておくよ」

 ラムリーザは言葉を濁し、先に出たソニアの後を追った。あまり事を大きくしたくなかったというのもあり、自分だけが知っておけば良いことだと判断したのだ。

 リリスとユコは、お互いに顔を見合わせて、ラムリーザとソニアの後を追うことにしたのだった。

 

 今日も屋上は、やっぱり風が心地よくて快適だ。

 その雰囲気によって気分が落ち着いたのか、ユコは恐る恐るラムリーザにいろいろと尋ねた。

「あの、ラムリーザ様? 昨日は大丈夫でしたの? その、一昨日の夜は……」

 そういえば、リリスとユコがラムリーザを最後に見たのは、一昨日の放課後にレフトールと夜の公園で決闘するといった話だった。その話を聞いておいて、昨日はラムリーザが学校を休んだのである。

「あー、その話ね。昨日はちょっと親に休むよう言われて休んでいただけ。ソニアは別に関係ないのに休んだだけ――つまりズル休み。だからもう気にしなくていいんだよ」

「あの、決闘の話は……」

「ん~、こうして今無事にいるわけなんだけどなぁ」

「そうなの! もうその話はいいの!」

 なぜかソニアは語気を強めてその話を終わらせようとする。

「でも……」

「ラムは……許してもらったんでしょ? だから終わり!」

 ラムリーザはなんだか話がおかしいと思った。許してもらえたのかな、とかそういう話にはならなかったはずだが……。

「いや、そうじゃなくてね――」

 ラムリーザがとりあえず「本当の話をしておくか」と思った、そのとき――突然校舎側から声が聞こえた。

「あ、またハーレム作ってやがる」

 四人が振り返ると、またガラの悪い生徒が五人ほど屋上に来ていたのだ。だが、その中にレフトールの姿はない。子分だけをよこしたというのだろうか。

「しつこいよぉ」

「そうね、しつこいわね」

 ソニアとリリスは、口々に不平をこぼす。

 その一方でラムリーザは、五人に背を向けて遠くを眺め始めた。大将のレフトールに勝ったのだし、もう相手にしないと決めたのだ。

「おいお前、シカトしてんじゃねーよ。一昨日はよくもやりやがったな」

「あ、やっぱり決闘はあったのね」

 五人はやられたふうなことを言っているが、目立った外傷はとくにない。

「お前が相手しないのなら、こいつらもらっていくからな」

 そう言いながら、一人が歩み寄ってきてリリスの手を取ろうとした。しかしすぐにリリスはその手を払いのけた。

「馬鹿にしないでね、ラムリーザには手を出させないわ」

「やれやれ、もう出てくるなよと言ったのに、レフトールはどうやら言うことを聞かなかったみたいだね」

 ラムリーザは、後ろからリリスの肩に手を置いて、そっと下がらせる。そして、彼女に触れようとした生徒の前に立った。

「ラムリーザ……」

 リリスは、そんなラムリーザの姿にかっこよさを感じていた。しかしその一方で彼女には、これでやられちゃうのだから残念さと、不思議さが同時にあった。

 よく見ると、ラムリーザには、この男子生徒に見覚えがあった。一昨日屋上で掴みかかってきた生徒だ。確かチャスと呼ばれていたっけ?

 彼は、右手の指に包帯を巻いていて、テーピングしているようだ。

 あの時、掴みかかってきた手の指を、逆に握り返したのだった。その時、結構強く力を込めていたので、彼は右手の指を痛めてしまったようだ。

 ラムリーザは、ゆっくりと男子生徒のほうへ手を伸ばす。すると、男子生徒は掴まれないように一歩下がるのだった。

「おっと危ない、こいつの手だけは危険だからな」

 チャスが笑い混じりに言った。

 しかしラムリーザは、別に掴もうとしたわけではなかった。そのまま突き出した手で、五人の背後を指差した。

「またあの人にやられるよ。いいのかな?」

 五人はハッと振り返った。

 校舎への入口付近に、いつの間にか一人の男が壁にもたれるように立っていた。細身で背は高く、目つきの鋭い男だ。

「あっ、こいつは一昨日の……」

「おい、やばいよ。お前あいつに一撃で気絶させられたんだぜ」

「えっ、あいつが?」

「お前もその後にやられたんだぜ」

「ぬ……マックスウェルがやられた後の記憶がないのはそういうことか……」

「やばいぜ、どうする?」

 五人は慌てた感じで口々になにやら言っている。

 その一方でリリスとユコにしてみれば、わけがわからない。謎の男が一人いるだけで、不良の集団が慌てているのだ。

「あれ? レイジィさんがなぜここに?」

 緊張した空気の中、ソニアだけは普段どおりだった。

「ああ、一昨日からこっちに来ているんだ。ソニアにはまだ話してなかったな」

「そっかー、もう安心だ! こりゃあ、不良ども! あの人はプロだよ、逃げたほうがいいんじゃないかなぁ」

 ソニアは急に元気になって、五人を挑発しはじめた。まるでゲームセンターでの出来事の再現だ。

「プロって何だよ、気味が悪い。逃げろ!」

 別に挑発されたからではないだろうが、五人は一斉に校舎の中へと逃げていった。

 五人がいなくなると、レイジィはすっと建物の影へと消えていった。

 やれやれ顔のラムリーザの傍らで、リリスとユコはポカーンとしている。

「な、何ですの? さっきの人……」

「ん? レイジィ? ラムの護衛やってた人だよ。そっかー、不良が絡んでくるようになったから、また護衛につけることにしたんだね」

「それって、用心棒みたいなものですの?」

「んー、そんな感じかなぁ」

「ふーん、さすがラムリーザ様なんですのね……」

 ユコに対して、得意げに答えるソニアだった。

 ひとまず難は逃れることができた。ラムリーザは、再び手すりにもたれて遠くの景色を眺め始めた。
 

 
 再び、屋上への出口が開く音が聞こえ、一人の女子生徒が現れた。

 彼女は、「あれ? なぜ?」と、困ったような声を漏らしている。

 リリスとユコも、「あれ?」といった感じだ。

 ただ一人ソニアだけは、「うわっ、やばっ」と慌てたような声を上げる。そして、ボタンが留まらないブラウスを腕で隠しつつ、もう片方の手でサイハイソックスがずれていないか、急いで確認するのだった。

「ケルムさん?」

 ラムリーザが声をかけると、現れたケルムは、ラムリーザではなく屋上を一度だけ見回して、「あら、場所を間違えたみたい」と言って、逃げるように校舎内へと駆けていくのだった。

 

 校舎の屋上には、夏の名残がようやく薄れたような、心地よい風が流れ続けていた。

 レフトールを退けたはずなのに、まだ子分たちは諦めていない。これはいったいどういうことだろうか?

 帝都では、最初アキラに絡まれたとき、彼を軽く返り討ちにしてやったとたん、彼らはラムリーザに歯向かうことはなくなった。

 だから同じようにレフトールに勝てば終わると思っていた。でも、勝っても終わらない。子分が残り、理由も見えない。

 どうすればいい? 力でねじ伏せ続けるのは、たぶん正しくない。

 ――いっそ、風紀監査委員のケルムに相談するべきか。

 ラムリーザは、そんなことを考えながら、手すりの冷たさを指先で確かめる。これまでと勝手が違うことに、やはりここは都会ではないのだな、と考えていた。

 けれど、今はレイジィがいる。それだけで、背中の重さが少しだけ軽くなった。
 
 
 
 
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Posted by 桐代音若