主役決定権を賭けた椅子取りゲーム第一ラウンド
黄昏の月・詩歌の日――(現暦換算:十月十日)
試験休み明けの今日は、文化祭の出し物をホームルームで決めることになった。
クラス委員のロザリーンは、まずはクラス単位での実行委員を決めることにし、立候補したレルフィーナが担当することになった。
なにやら噂では、レルフィーナはお祭り好きだとか。
そういうわけで、彼女を中心として文化祭に向けた話し合いが始まったのである。
「えーと、単刀直入に聞きます。文化祭の出し物は何がやりたいですか? 意見のある人はどうぞ」
教室内はざわざわとしている。
ラムリーザは、ソニアに尋ねてもまともな返事は返ってこないということで、後ろにいるリゲルのほうを振り返って尋ねてみた。
「リゲルは何かやりたいことある?」
「別に何でもいい。俺は裏方……というより天文部のほうで作業があるから、あまり手伝えないしな」
「そっか……」
その時、ラムリーザは背中に何かがぶつかる衝撃を感じた。振り返ると、休み時間みたいにソニアが背中にくっついていた。
「なんね?」
「ねー、ラムは何がやりたい?」
「んー、何でもいいな。楽なのならなおさらいいね」
ソニアとの会話は避けてリゲルを選んだのだが、リゲルがそっけなかったので結局ソニアと話をしている。
「あたしは劇がやりたいかな」
「ゲキ? 膝頭を両手でパンパン叩いて、バタバタ足踏みしながらクルクルまわるあのお祭り?」
確かに帝国には、祭り芸で「ゲキ」と呼ばれる妙に愉快な踊りがある。文化祭も祭りだし、「ゲキ」をやっても間違いじゃない。
「あ、ゲキじゃない、演劇。あたしが主役で、ラムとのラブロマンスを描いた演劇!」
「別に演劇でやらずに、普通に日々のロマンスを作り上げるんじゃダメなのか?」
「ダメ。えーとね――」
そこにリリスが口を挟む。
「それ、日常の延長で、何のドラマにもならないわね。ここは私とラムリーザを主役に持ってきて、甘美な世界を演出するのはいかがかしら?」
「おもしろいことを言うんだね、君は。ところで甘美な世界って何?」
今度はユコも乗ってくる。
「いいえ。ここは私とラムリーザ様が、帝国内に自治領を作って、じわじわと帝国を乗っ取るゲキ、いや演劇をやるべきですわ」
「すごいね、ユコの夢物語をそのまま描くんだね」
「こらぁ! ちっぱい共が主役になろうなんておこがましいわ! あんたらはあたしの使用人役で決定!」
「使用人の娘のくせに、くすっ」
「じゃあ、風船おっぱいお化けが出てくるホラー劇場にしたいというんですの?」
「うるさい! 呪いの人形が出てくるホラー劇場よりはずっと素敵! あっ、当然吸血鬼物も却下だからね!」
どの話になろうとラムリーザにとってめんどくさいことには変わりはない。とりあえずソニアたちが公の場で提案しだしたら、思いっきり反対してやろう。そんなことを思いながら、すぐ横で口喧嘩を始めた三人を放っておいて、窓の外に目を向けた。
今日も赤いほちょん鳥が、ほっちょんほっちょん校庭の木の上で鳴いている。
「あ、面白いこと考えた。ちょっとみんな聞いてーっ!」
その時、実行委員になったレルフィーナが、急に大声を張り上げて呼びかけた。
「出し物としてやりたいことが思いついた人は、えーと、教室では机が邪魔で無理ね。隣の多目的室に移動してくださーい」
多目的室とは、教室と違って机も椅子もない、がらんとした何に使ってもいい部屋のことだ。
「多目的室で、身体動かして決めよ!」
レルフィーナはそう言い残すと、ロザリーンと一緒に教室を出て行ってしまった。
ソニアたちは、自分たちの演劇案を持ち込むために、二人の後を追っていく。ラムリーザも、ソニアたち三人の野望を阻止するために、リゲルを連れて後を追うのだった。
他にも何人かクラスメイトが続いたが、結局全員が移動することになったのである。
「あれ? 全員来ちゃったの? すごいねー、そんなに案があるんだ」
レルフィーナの問いに、近くにいた男子は、「いやぁ、何をするのか見にきただけ」と答えた。最初の数人以外は、ただの野次馬だということだろう。
レルフィーナは「もー、しょうがないわねぇ」と言うと、みんなが集まっているところから少し離れた位置に移動してから言った。
「とりあえず意見のある人は前に出て。野次馬は壁際から離れないで」
その言葉で、ソニアたちを含めた十五人ほどの生徒が前に出る。ラムリーザもリゲルを引っ張ってそれに倣う。
特に意見があるわけではないが、ソニアたちの野望を阻止するために動く必要があるのだ。
レルフィーナは、多目的室の倉庫からパイプ椅子をいくつか取り出して並べながら言った。
「それでは、出し物の決定権を賭けた椅子取りゲームを開催します。最後まで残った人の意見を採用するから、みんながんばってねん」
それを聞いてラムリーザは、めちゃくちゃだと思った。内容も聞かずに権利だけ与えるというのだ。行き当たりばったりのこの実行委員は大丈夫だろうか? と思った。
一方リゲルはラムリーザの手を振り払って、見物しているクラスメイトのほうへ行ってしまった。
「こ、こら、リゲル……」
「茶番劇に付き合っていられるか。ハーレムの住民の責任は、主人が取ることだな」
「くっ……リゲルにもハーレムが形成される願い事を、流れ星に祈ってやる……」
そういうわけで、行き当たりばったりの椅子取りゲームが始まったのである。
「それではスタート!」
椅子で輪を作ったあと、レルフィーナは携帯型情報端末キュリオを操作して音楽をかけた。
「音楽が止まったら、素早く椅子に座ってね」
軽快な音楽に合わせて、ラムリーザたちは並べられた椅子の周りをぐるぐると回るのだった。
どういうわけか、ラムリーザは前にリリス、後ろにソニアがいて挟まれる場所になっていた。これは、開始直前に、ソニアとリリスに連れてこられた位置だった。何か意味があるのだろうか?
まあいい、とラムリーザは深く考えるのを止めた。とりあえずソニアたちは、無理やりにでも椅子から剥がして脱落させてやろう。三人が脱落したところで、次は自分もわざと脱落してやればよい。
そういう意味でも、ソニアとリリスに挟まれた場所は都合がよかった。一人ずつ各個撃破で、力ずくでもこの輪から追い出してやろう。
そんなことを考えながら、リリスの美しい黒髪を横目に、ラムリーザは回り続けていた。
しかし気になるのは後ろのソニアだ。ソニアは妙にラムリーザに接近していて、突き出た巨大な胸が、時折ラムリーザの背中にぶつかってくる。
ラムリーザはチラリと後ろを振り返ってみたが、ソニアは真剣な表情でラムリーザを見つめている。だが、なぜか目を合わせることはなかった。
なんだろう……。
とにかく、ぷよぷよと当たるやわらかい感触が、気になって仕方なかったのだった。
その時、流れていた音楽が止まった!
ラムリーザは、胸の感触に気を取られかけて、半拍遅れて椅子へ向かった。
だが、そのほんの少し遅れた瞬間に、ソニアがいきなりラムリーザの肩を後ろからつかんだのだ。
何だ急に? と思った瞬間、リリスも後ろへ振り返り、ラムリーザの肩に手を伸ばしてくる。
次の瞬間、ソニアとリリスは力を合わせてラムリーザを輪から突き飛ばすと、そのまま並んで椅子に座ったのだ。
ラムリーザは、転ぶことはなかったが、バランスを崩して輪から飛び出る形になってしまった。
当然出遅れてしまい、椅子に座ることはできない。
「ちょ、なっ、裏切っ……ええっ?」
いや、椅子取りゲームでは元々敵だから、裏切ったわけではない。ソニアとリリスは、してやったりといった感じの笑みを浮かべて、ラムリーザを見ている。

「これで最大の敵はいなくなったわ。後に残った連中ならなんとかなる」
「うん、ラムが最後まで残ったら厄介だもんね」
「な……」
これ見よがしにつぶやく二人に、ラムリーザは絶句する。最初から狙っていたというのか?
「座席の奪い合いになったら、ラムリーザは力ずくでも私たちを引き剥がして座ることも可能でしょ?」
確かにリリスの言うとおりだ。
ラムリーザの腕力があれば、たとえ先にリリスが座ったとしても、無理やり持ち上げてどかせることは容易い。というか、元々そのつもりでいたが、二人の突然の行動で、完全に出遅れてしまった。
「他の男子なら、あたしたちを掴むの遠慮するだろうけど、ラムは特にあたしになら遠慮しないもんね」
ソニアの言うことももっともだ。
たとえ力があろうと、こうした公衆の場で何の関係もない女の子を掴みあげる行為など普通はやらない。掴まれたところで、悲鳴の一つでも上げれば撃退することも可能だ。
だが、ラムリーザにとってソニアを掴みあげることなど何てことない日常の風景だ。
リリスも、例の「ラムズハーレムポジション」――初めてのライブ明け、草原で見せたあの体勢で、ラムリーザの身体の上に堂々と乗ってくるのだ。いまさら掴まれたぐらいで悲鳴を上げたところで、説得力がないというものだ。
もしもラムリーザに触られて悲鳴を上げるのならば、リリスにも自分を触れさせないし、ソニアは桃栗の里行きだ。
桃栗の里とは、学校指定の寮の名前である。ラムリーザにとって、スキンシップを拒む恋人と同居を続ける理由はない。その時点で同居は解消で、寮に入ってもらうだけの話だった。
そういう意味でも、二人にとってラムリーザは最大の敵だったわけだ。
「初回っていうのも、不意打ちになってよかったよね」
「うん、これが後のほうだと、突き飛ばしても結局強引に奪われるかもしれないからね」
事実、ラムリーザは突然の出来事に呆然としてしまい、とっさに奪い返すという行動に出られなかった。それに、今も二人の言い訳を延々と聞いているだけだ。
これがラスト近くだったら、座席も少ないし多少出遅れても強引に座席を奪い返すこともできただろう。
しかし初回は座席も多い。その他大勢の中で、ソニアやリリスだけを狙って奪い取るのも気が引ける。
「それに、ラムリーザは私たちの邪魔をするために参加したのでしょ?」
バレている。
ラムリーザは、「それは、な……」と口ごもってしまった。
「何? ラムは何か出し物の案でもあったの?」
「えーと……喫茶店? いや、めんどくさいな……休憩室とか?」
「あたしに聞かないでよ」
普段はいがみ合っているくせに、ラムリーザという共通の敵の前では手を組むことがあるとは驚きだ。勉強はできないくせに、悪知恵だけは妙に働くやつらだ。
「でもさ、今から奪い取りに行ったら、結局同じことだよね?」
ラムリーザは、二人に歩み寄っていく。とりあえずリリスのほうからでも持ち上げて座席を奪い取るか?
「ラムリーザ?」
リリスは、近づいてくるラムリーザを誘うような目つきで見つめ返した。
ラムリーザは足を止めて、「どうした?」と聞き返す。
「キスしてあげようかしら?」
リリスは頬を赤らめて誘ってくる。
ラムリーザは、そのように見つめられると手が出しにくくなってしまった。仕方なくソニアのほうへ手を伸ばしかけると――。
「ココちゃん!」
「は?」
「ココちゃんはクッション!」
「…………」
ラムリーザは、突然叫ばれて、思わず手を引っ込める。反射的だった。
なぜここで、ソニアが普段から可愛がっている、あの白くて丸いぬいぐるみ――クッション? その名前が飛び出してくるのか、まったく意味がわからない。
その間にも、空いた席はどんどん埋まっていく。
そしてすべての席が埋まったとき、レルフィーナの声が、多目的室に響いたのだった。
「はい、そこまで! 椅子に座れなかった人は残念! 退場~」
「あ……」
ラムリーザはその場で動けなくなってしまった。
してやられた。二人の時間稼ぎに、はまってしまったのだ……。
最後の最後まで悪知恵を働かせる奴らだった……。
ラムリーザは、ため息を吐き、肩を落として退場することになったのである。
リゲルに「ハーレムの反乱」などとからかわれたので、「うるさいよ」とだけ返しておいた。
再び音楽が流れ、第二ラウンドが始まる。
してやられた。
ラムリーザは、力でどうにかするつもりだったのに、最初から「力を出させない」形で封じられるとは思わなかった。
ああいうのは、強いとか弱いとかじゃない。そしてもっと嫌なのは――もしあの三人の誰かが最後まで勝ち残ったら、何を要求されるか分からないことだ。
ラブロマンス劇? 冗談じゃない。ユコの自治領劇? なおさら冗談じゃない。
だからせめて、ソニアとリリス、それとユコの三人が、さっさと退場してしまうことを願うしかなかった。
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