秘密は口に骨付き肉
黄昏の月・月影の日――(現暦換算:十月八日)
週末恒例のオーバールック・ホテルのパーティーにて。
「あたしもラムを可愛がりたい!」
ソニアは突然わけのわからないことを言った。
おおかた、ユグドラシルがお姉さんキャラに可愛がられている――実際はほとんど遊ばれていて――そんな光景を見て、自分もやってみたくなっただけだろう。
面倒を見ている手前、突っぱねる理由もない。ラムリーザは軽く頭を下げて「好きにしろ」と言った。
「お辞儀じゃなくて、体ごと下げてよ。あとこれ持って」
そう言ってソニアは、手に持っていた食べかけの骨付き肉を突き出してくる。やはりこの娘の行動は、よくわからない。
「肉は全部食べて片付けてきなさい」
「むー!」
ソニアは片手に骨付き肉を持ったまま、もう片方の手でラムリーザの頭を掴む。正確には――掴んで、引き寄せて、押し付けていた。
ラムリーザは、完全に不意を突かれた形で中腰になり、ソニアの腰のあたりに顔を押し当てられている。抗議したいのに、言葉が喉につかえて出てこない。

一方のソニアはというと、口いっぱいに骨付き肉を頬張りながら、自分の胸元に埋もれたラムリーザの頭を、満足そうになでなでしていた。
本人としては「可愛がっている」つもりなのだろう。だが、その姿はどう見ても、周囲の目を完全に無視した暴挙だった。
おそらく傍目には奇妙な光景に見えたことだろう。
パーティーの客たちは、遠巻きにその光景を眺めている。視線を逸らす者、ひそひそ声で囁く者、見なかったことにしようとする者――反応はさまざまだ。
そんな中、少し離れた場所で腕を組んだニバスだけが、愉快そうに肩を揺らしていた。
「それはなでなでというよりぱふぱふだな」
などと謎の単語を呟かれてしまう始末だ。
ラムリーザは、ニバスのつぶやいた「ぱふぱふ」という言葉を聞き漏らさなかった。その意味を瞬時に悟ってしまい、ソニアの手をつかんで引きはがし、そのままスッと立ち上がった。
「あいよぉ、ああああえあえひへいるだへなのにー(なによぉ、あたまなでなでしているだけなのにー)」
ソニアは骨付き肉をくわえたまま何か言っているが、ラムリーザは聞いていなかった。
「終わり! ニバスさん、ユグドラシルさん、失礼します!」
「おう」
ニバスはすぐに返事をしたが、ユグドラシルはお姉さんキャラに遊ばれている最中だ。
ラムリーザはニバスハーレムを脱出して、リゲルのところへと戻っていった。
「あ、待ってよー」
ソニアも慌ててラムリーザの後を追いかけていくのだった。
ただ、会場の空気は確実にいったん壊されていた。
ラムリーザがリゲルとロザリーンのいるところへ戻ると、リゲルはすぐに尋ねた。
「お前、ニバスと知り合ったのか?」
「うん、まあちょっとした秘密があってね」
「学校の裏山で――」
「こほん!」
ソニアが要らないことを言いそうになったので、ラムリーザは大きな咳払いで邪魔をした。この分だとソニアにとって秘密は、あってないようなものになってしまうのか……。
「ふむ……」
リゲルは腕を組んで、先ほどまでラムリーザのいたニバスハーレムのほうへと目をやった。
その目は相変わらず冷たいが、敵を見る目つきではなかった。
「まぁ、彼は敵にはならない。ケルム派でもない独自の集団を作り上げている。つまりハーレム……傍から見るとちとアレだが、実質は、害のないただの女好きだ。……お前みたいにな」
リゲルがにやりと笑って言ってくるので、ラムリーザはすぐに言い返す。
「やめい。たった今、リゲルにもハーレムが形成されるおまじないをかけておいた。楽しみにしているんだな」
「フッ……ありえんな」
ラムリーザとリゲルが、そんな話をしているところに、ユグドラシルがやってきた。ようやくお姉さんキャラから解放されたのだろうか。
「いやぁ、参った参った。いいにおいで脳が異世界に転送されるかと思ったよ」
「何ですかそれは……」
「兄さんは、美女が苦手ですから」
ロザリーンは、くすっと笑って言った。
しかし本当だろうか? ソニアとは普通に楽しそうに話をしているようだが。
「美女が苦手って、ソニアやロザリーンは平気なんですね」
ラムリーザが尋ねると、リゲルが横から口を挟んできた。
「こいつは美女じゃなくて、風船おっぱいお化けだからな」
「なっ、なにおぅ?!」
当然いきり立つソニアを、リゲルはシッシッと追い払うような仕草で払いのける。
まぁ、ソニアは美女というより可愛い系なので大丈夫なのだろう。悪く言えば、幼稚で大人の色気がない。
「いやぁ、自分はああいう妖艶なっていうのかな、魅惑的なのが苦手だよ。それにソニア君は可愛いタイプだし、ロザリーンは見慣れているからね」
ユグドラシルは頭をかきながら、照れ隠しに笑って言う。
「それじゃあ、リリスさんとかダメですね」
ロザリーンは、リリスの名前を挙げたが、ユグドラシルはきょとんとした顔をしている。
「リリス? 誰?」
「魔女」
「魔女?」
ソニアの説明ではわからない。いや、魔女といきなり言われてわかったらそれはそれですごいが……。
「根暗吸血鬼」
ソニアの次の一言で、ユグドラシルはポンと手を打って「ああ、あの地味な娘か」と理解することができた。
「いや、前も言っただろ。悪い噂に乗せられてからかうのはよくないって」
理解した途端、ソニアの言い方をたしなめてくるから困る。
「いいの、あいつは彼氏泥棒魔女お化けだから」
「いや、ドロボウって何だよ」
「兄さんは中学時代のリリスさんの噂しか知らないのよね。たぶん今のリリスさんを見たら驚くと思うわ」
ロザリーンも楽しそうだ。確かに今のリリスは、どこが根暗なんだ? と感じる風になってきている。
それでもラムリーザは、ユグドラシルの認識が「地味な娘」という点が面白かった。
ロザリーンの言う通り、リリスをユグドラシルに紹介してみると、ちょっとした見ものになるかもしれない。
ニバスハーレムの一員に誘惑されたときのような反応を見せるか、それともソニアと同じように接するのか。
「それよりも、だ」
ユグドラシルは、突然真面目な顔つきになってラムリーザたちを見つめた。相変わらずひょうきんさと真面目さが同居している先輩だ。
「確か君たちはバンドを組んで演奏しているよね? 生徒会長のジャレスから話は聞いているし、校庭ライブもやっていたよね?」
「もう必要ないから校庭ライブはほとんどやっていないけどね。前はリリスの場慣れのために回数こなしてたんだ。でも今は、もう大丈夫だから」
これは、元々リリスを場慣れさせるのが目的だった。回数をこなして、彼女に経験させるためにやっていたことだ。
リリスの誕生日事件などを通して、彼女の弱さが抜けてきたことで、今では部室や自宅での練習、帝都での本番だけで十分になっていた。
「あ、校庭ではもうやってないんだ。まあいいや。そこで相談なんだけど、自分もバイオリンやってるんだよね。できたら今度一緒に演奏してみたいな、とか。場所は……こことか?」
「いいですけど……」
ラムリーザがそう答えると、ユグドラシルは「ちょっと待っててね」と言って少しの間どこかに行ってしまった。そして戻ってきたときには、楽譜を手にしていたのだった。
「サンフラワーって曲なんだけど、バイオリンとピアノとベースとドラムがメインになっている曲なんだ。ちょうど君たちはそのパートを担当しているみたいだから、ここでやってみようよ」
「うん、ラムがやるならやる」
ソニアはいつもの調子である。
だがリゲルは、「俺は暇そうだな」と言った。そういえばユグドラシルから聞いたパートには、ギターは入っていなかった。
「大丈夫、ユコに頼んでギターのパート作ってもらうよ。持ちネタが増えて喜ぶだろうし」
ユコなら、バイオリンのパートをリードギターにアレンジしてしまうことも可能だろう。
そういうわけで、ラムリーズ・ロイヤルバージョンでの活動が行われることになったのだ。
もう一つ、ユグドラシルから話を聞いた。
ユグドラシルは、文化祭の実行委員になったというのだ。
ここでうまく活躍できて評価を得ることができたら、次の生徒会長就任も夢じゃないということらしい。
そこで、ラムリーザにも協力できることがあればできるだけ手助けしてやる、ということで話をまとめたのだった。
「そういえばラムリーザ君は、クラスの出し物と部活の出し物とで、どっちを優先するのかな?」
「ん~、両方? いや、まだどっちも決まってない……よね? ロザリーン」
「はい。試験休みが終わったら、早速クラスで話し合いをして出し物を何にするか決めようと思っています」
そういえばロザリーンはクラス委員だ。なんという優等生兄妹なんだろう。
ラムリーザは、自分もそうありたいと思ったが、この二人と比べると、明らかにソニアが見劣りしすぎる。どう取り繕っても、おそらくイベント開始から五分で、ソニアのボロが出るだろう。
先日、神殿関係者の偉い人と会ったときも、ソニアは結局そういった人と会うときにはふさわしくない、露出度の高い格好をしてしまった、という悪例がある。
今も、再び新しい骨付き肉を手に取って、豪快にかぶりついている。
どう取り繕っても、結局は庶民、まだ上流の作法は身についていない。過度な期待はできない。
いや、妹というならソニアではなくてソフィリータだ。
しかし、ソフィリータはおとなしくて礼儀正しいが、ロザリーンのように優等生だという話を、ラムリーザは聞いたことがなかった。ダメじゃん。
そんなことを思いながら、もうどうでもいいやという気分になって、ラムリーザもテーブルの上の食事に手を伸ばすのだった。
ロザリーンは、正しい場所で正しい言葉を選べる。ソニアは、場所も言葉も間違える。けれど、そのぶん、嘘がない。
たぶんラムリーザは――正しさより、嘘のないほうに甘い。
そんなソニアをラムリーザは誰よりも愛している。だから今日くらいはソニアの肩を持っておく。
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