知名度の低さによる歪み問題

 
 黄昏の月・旅人の日――(現暦換算:十月六日)
 

 ポッターズ・ブラフにある屋外のプール施設にて。

 ラムリーザとリゲルの二人は、ソニアたちにジュースの買い出しを頼まれ、自動販売機の前へやってきた。プールに来ているということで、二人とも上半身は裸だ。

「ふむ、別にまじまじと見つめたいわけではないが……」

 リゲルはラムリーザの上半身を見てつぶやいた。

「キャンプの露天風呂でも思ったけど、上半身が妙にごつくないか? 筋肉がというか、皮膚が硬くなっている気がするぞ」

「うーん、ソフィリータや先生との格闘技の練習で、かなり身体に打撃を食らってきたからね。どうしても頭をガードする癖があるから、胴がガラ空きになりやすいんだよね。あ、ソフィリータは妹の名前ね。遠慮はしてくれるけど、開き直って胴を鍛えたら? って話になって、わざと打たれたりしてみたんだよ」

「ちょっと触るぞ……。うむ、なるほどな……」

「たぶん多少の攻撃なら、身体に食らっても平気だと思う。頭は急所だから鍛えるのが難しいけど、身体は鍛えようがあるからね。試しに一発打ってきてみてもいいよ」

 リゲルはコツコツと拳でラムリーザの腹をつつく。それから首を振って遠慮した。

「いや、やめとく。拳を壊しそうだ……。この打たれ強さに、りんご潰しに、あのパンチ力。なんなんだお前は、プロレスラーでも目指すのか?」

 ラムリーザは言われてみて我ながら妙だなと思いながら、適当にジュースを選んで購入する。購入した缶を手にしたところへ、リゲルが「潰すなよ」と冗談を言った。

「いや、それはないって……」

「あ、俺ちょっと便所行くから、先に戻っていてくれ」

 というわけで、ラムリーザは缶ジュースを抱えてみんなのところに戻っていった。

 

 

「ねぇねぇ、俺たちと遊ばない? 君美人だね」

「へっへっへっ」

 ラムリーザが戻ってくると、ちょうどソニアたちがチャラそうな同年代の男子三人に囲まれているところだった。要するに、ナンパされているわけだ。

「そんなんと遊ぶのなら、ラムに付きまとうな!」

 ソニアは三人の男子と遊ぶことには否定的で、なぜか微笑を浮かべているリリスに文句を言った。

「それは困るわね、どうしようかしら」

 迷ってみせるリリスに対して、男子はさらに声をかける。ギャーギャーうるさいソニアよりは、物静かなリリスのほうが扱いやすいと思ったのか、ソニアのほうには品のない視線を向けるだけで、あまり声はかけない。

 しかし、それはリリスにとってあまりよくない言葉だった。

「いいじゃんか、根暗吸血鬼と遊んでやるって言ってるんだ」

 そう言ってリリスの手を強引につかもうとした。リリスはスッと手を引いて厳しい口調で言い返す。

「私は根暗吸血鬼じゃないんだけど。誰かと勘違いしてないかしら?」

「なんだお前、リリスだろ?」

「あなたの知ってるリリスは死んだわ」

「わけわかんねーこと言ってねーで、いいからこっちこいよ!」

 とうとう絡んできた男子は、いらいらした感じでリリスの手をつかんで引っ張った。彼らにとっては、リリスはただの根暗吸血鬼であり、遊んでやると言っているのだからおとなしく従え、とでも言いたいのだろう。

「離して!」

「こらっ、何してる!」

 そこにちょうどラムリーザたちが戻ってきた。

 しかし、リリスの手をつかんだ男子は、ラムリーザを見ても「ん? 何だお前は?」と言っただけで、乱暴を止めようとしない。

「その青緑色の娘は僕の恋人。黒髪と金髪の二人は友達。だから乱暴しないでくれると助かるんだけどね」

 ラムリーザは、このような人たちとこれまでに帝都で接してきたように話しかけてみた。しかし返ってきた返答は、ラムリーザがあまり経験したことのないものだった。

「おー、お前は何? 自分が正しいみたいな顔をしてハーレム築いてんの? なんなん? 生意気だぞ、死ぬの?」

「生意気と言われても困る。うちのバンドのメンバーだし、勝手に連れて行くな」

 三人の男子の意識がラムリーザに集中した隙に、ソニアとリリスとユコはラムリーザの後ろに逃げ込んだ。一方ロザリーンはリゲルを探すため、その場を離れていった。

「おいおいお前モテモテだな、俺たちにも分けろよ」

「嫌がってるからダメだ。彼女たちが望むのならいくらでも分けてやるが、どうやら彼女たちは僕を選んだようだ。だからダメだね」

 ラムリーザは手で追い払うような仕草を見せながら言う。しかしそうすることで、彼らはいきり立ってしまったようだ。

「てめぇ、ふざけんなよ?」

 そう言いながら、ラムリーザのほうへと詰め寄ってくる。

「ラム、やっちゃえよ」

 いつも強気なソニアがラムリーザを煽り、リリスとユコは「りんご潰し」だの、「140ギガパンチ」などと言いながら、ラムリーザの後ろに隠れたまま自信満々な態度をとっている。

 三人の中の一人が、とうとう腕を振り上げてしまった。ラムリーザは落ち着いて上段に構え、その腕を受け止める体勢を取った。

「こら!」

 そこに鋭い氷の刃のような低い声が突き刺さった。ロザリーンに手を引かれたリゲルが現れたのだ。
 

 
「うっ、リゲルか……」

 リゲルの姿を見た三人は、少し顔をしかめて見せた。

「ふっ、確かお前らレフトールの取り巻きだったな? レフトールは元気にしているか?」

 リゲルは、大胆不敵な笑みを浮かべて、今にもラムリーザに殴りかかろうとしている三人を、冷たい視線で見つめていた。

「やばいぞ、どうする?」

「なんで根暗吸血鬼とリゲルが一緒なんだよ」

「いや、あの爆乳は知らんけど、あの中に首長の娘がいただろ? その仲間じゃね?」

「ならあのハーレム野郎は誰だよ……」

 などと三人は小声で話し合っている。

 しばらく話し合ったあとで、一人がリゲルに尋ねた。

「えーと、このハーレム野郎はリゲルのダチ?」

「そうだが、どうした?」

 リゲルは腕を組んだまま、当然といった感じに答えた。それを聞いた三人は、それ以上絡むことはせずに、この場を立ち去っていった。

「運がよかったな、今日はMPが足りないみたいだ」

 そんな捨て台詞を残しながら……。

 

 

「ふー、助かったぁ」

 ソニアは、ジュースを飲みながら大きく伸びをする。

「あいつらむかつくわ。根暗吸血鬼呼ばわりしつこいねー」

 リリスも、以前のようにショックを受けるわけではなく、少々うんざりしたような感じでソニアに続く。

 そこでラムリーザは、少しでも慰みになるようなことを言ってやった。

「ま、それだけ美人になったってことだ。本当に根暗吸血鬼――あ、ごめんよ。でも、もしそうならば相手してこないだろうしね」

 リリスはラムリーザに誘うような微笑を浮かべて答えた。

「ふふっ、ラムリーザ。私をしっかりと捕まえていないと、ふわっと飛んで行っちゃうぞ」

 リリスの色目に、すぐにソニアが噛み付く。

「ラムは捕まえなくていい。リリスが勝手にフワフワ飛んで行くのをぼんやり眺めてたらいいんだ」

 リリスは、座っているソニアの前に移動して見下ろしながら言い返す。

「フワフワ飛ぶのはあなたじゃなくて?」

「な、なによ!」

 ソニアはすぐに立ち上がってリリスをにらみつける。しかしリリスは、ソニアが立ち上がっていると、すぐにいたずらっぽい目つきで見つめながら言った。

「よーく見て、かわすなりガードするなりしなさいね」

 そう言いながら、リリスはゆっくりと勢いをつけて、ソニアのすねを蹴った。

「痛っ! 何すんのよ!」

「フワフワ飛びそうな風船おっぱいお化けは、足元がお留守よ、くすっ」

 リリスの言うとおり、ソニアの足元は、巨大な胸のせいで死角になっているのだ。リリスはゆっくりと蹴ったのに、ソニアは何もリアクションを取らなかった、いや、取れなかったのだ。

「このぉ――」

 ソニアは、怒ってリリスの太ももに手を伸ばしかけたが、そのまま固まった。残念ながら今のリリスは素足で、ソニア得意の謎の靴下ずらし攻めができない。

 そこでソニアは、残っていたジュースを口に含むと、一気にリリスの顔に向けて噴き出してやったのだ。

「ぶっ、何すんのよこの暴れ牛鳥は!」

「毒霧よ!」

 やいのやいのと騒ぎ出した二人を、ロザリーンはうるさく感じて、プールに向けて突き飛ばしてやった。

「なっ、何よこの仮面優等生!」

「仮面って何のこと? とにかく、ちょっと頭冷やしなさいね――ってちょっと!」

 そのロザリーンをユコは後ろから突き飛ばして、「生き残ったのは私ですわ!」と謎の勝利宣言をするのだった。

 にぎやかになった四人を尻目に、ラムリーザはリゲルに話しかけてみた。

「それよりも、リゲルって喧嘩強かったんだね。あいつらはリゲルの姿を見て立ち去って行ったし」

「まぁあいつらはたいしたことないが、それだけじゃない――それよりもだ、俺はお前が不安だ」

「なんで?」

「お前はその立場に見合う知名度が、まだ足りなさすぎる。その歪みが俺は気になって仕方がない」

「どういうこと?」

 ラムリーザには、リゲルの言うことがよくわからなかった。知名度とか言われても、まだ正式に領主になったわけではないし、そういうものはこれから作っていくものだ。そもそもこの地に滞在するのも、今の学校に通っている間だけだ。

 だからラムリーザは、きょとんとした顔で尋ねるだけだった。

「俺なら、例えばお前と非好意的な関係だったとしても、突っかかっていったりしないし、ましてや手など上げん。さっきのやつらみたいに暴力を振るってこようとするなど、愚の骨頂だ」

「そりゃあ暴力はよくないよ」

 そこに、他のみんなをプールに突き落とした後で一人プールサイドに残っていたユコが割り込んできた。

「りんごを潰したり140ギガのパンチのラムリーザ様が負けるわけありませんの」

「ラムリーザに暴力で勝ってどうする?」

 リゲルは、ユコを冷ややかな目で見据えて聞き返す。リゲルに睨まれる形になって、ユコは少し慌てた様子で言い返す。

「な、何ですの? 勝てるのはいいことじゃないですか。それに、ラムリーザ様は負けませんわ!」

 必死なユコを見て、リゲルはフッと笑いラムリーザとユコの二人から顔を背けてつぶやくように言った。

「ウサリギやレフトールがどうなろうが、俺の知ったことじゃないがな。ま、精々がんばってフォレスター家に歯向かうんだな……」

 リゲルはそれだけ言うと、プールサイドのデッキチェアに腰掛けたまま目を閉じた。

 

 

 一休みの後は、ソニアとリリスのバトルという展開になった。

 争いの原因は、いつものようにユコがまた一つ楽譜を完成させたので、そのリードボーカルの座を賭けてということだ。

 プールに来ているということで、今回は泳ぐことで決着を付けることになった。

 リリスなどは、ソニアが不利になるような要素を探し出してやろうとしたが、さすがに水泳ではリリスが特別有利になる点は見当たらなかった。

 プールを一往復泳いでみたが、二人の泳力にほとんど差はない。ほぼ同時にゴールするというデッドヒートだった。だから速度で勝負するのはやめて、どちらが長いこと泳ぎ続けることができるか、という勝負方法に変更する。リリスの提案で、一定の速度を保つことを条件とするために、一往復差をつけることができたらその時点で勝ちというルールも追加された。

 これは、ソニアの大きすぎる胸が浮き輪代わりになるかもしれず、純粋に長時間泳ぎ続けるだけだと自分が不利になるかもしれないとリリスは考えたからだ。

 そういうわけで、ユコの合図で二人は泳ぎ始めたが、スタート直後からどちらも譲らず、全力疾走――いや、全力疾泳か?

 しかし、スタミナ面も二人は互角だったようで、十分、二十分と経過していくがどちらも諦めず、差も開かない。

 二人ともすごい。ラムリーザはしばらく泳ぎを見続けていたが、そのうち飽きて滑り台で遊び始めてしまった。

 ユコも、滑り台で遊んでいるラムリーザが楽しそうで、ロザリーンに審判役を交代してもらって滑り台に向かうのであった。

 

 一時間後――。

 

 ソニアとリリスはまだ泳ぎ続けていた。しかし、二人とも限界が見え始めていた。

「あれ、そろそろやばくないですの?」

 ユコの不安そうな声で、ラムリーザとリゲルは緊急時に備えて泳いでいる二人を監視し始めた。

「アホだな、あいつら」

「まぁ、何かに対して一生懸命になれるのはいいことだと思うよ」

 そして、ソニアとリリスはほぼ同時に限界を迎えてしまった。完全に疲れ果てて、ブクブクと沈んでいってしまったのだ。

「あ、沈みましたわ」

「やれやれだ」

 ラムリーザとリゲルは一緒にプールに飛び込んで、救出に向かうのだった。

 水の中でぐったりとしている二人を担いでプールから上がり、今日はこれで帰ることにした。とりあえず、これ以上遊ぶのは無理だろう。

 

 女子たちの着替えにはなぜか三十分以上かかり、建物の入り口前に出てきたときにはすでに夕焼け空だった。

「着替えさせるのは大変だったのですよ!」

「まったく、ソニア胸大きすぎですの。嫌味ですか?」

 ほとんど動けなくなっていたソニアとリリスは、着替えるのを手伝ってもらわなければならないほどであり、それゆえに時間がかかったようだ。

 ソニアの着替え担当を受け持ったユコの大きすぎ発言にも、ソニアは反論する元気もない。

 更衣室から出てくるまでは、ユコがソニアを、ロザリーンがリリスを支えていた。それが今は、ラムリーザが二人まとめて抱えている。

 リゲルが駐車場からビートルを持ってくるまで、二人ともずっとぐったりしていた。

「まったく、やりすぎだ、馬鹿」

 帰りの車内では、ラムリーザがソニアとリリスの二人を抱えたまま後部座席に乗り込んでいた。するとユコは、まるで一人だけ仲間外れにされたみたいで、不満そうにしている。

 結局どちらが勝ったかは不明。後日別の方法で決着を付けることになるのだろう。

 二人の決着は笑って済ませたいのに、ラムリーザは、さっきリゲルが言った「知名度の歪み」が、胸の奥に引っかかっていた。

 今日はただの休日のはずなのに、妙に小さな火種が多い。

 自分の肩書きが届かない場所では、理屈より先に拳が出る。

 そうなると、余計な摩擦が生まれる。摩擦が仲間に向くなら、僕が前に出るしかない。

 ラムリーザは、窮屈な後部座席でそう考えながら、ぐったりしているソニアとリリスの顔を見つめていた。
 
 
 
 
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Posted by 桐代音若