体育館裏の罠、ラブレター騒動
黄昏の月・王の日――(現暦換算:九月二十八日)
放課後、学校の体育館裏に、張り詰めた空気が漂っていた。
そこには、ソニアともう一人の女子生徒が対面している。
ソニアの表情は険しく、刺すような視線を相手に向けている。一方の女子生徒は、若干戸惑ったように目を泳がせた。
ソニアは、両手を腰に当てて威嚇するようなポーズを取り、厳しい口調で語りかけた。
「あたしが見逃すと思ってんの? 馬鹿ね!」
「そんな、酷い……。なぜ……?」
「あんたがフリール? あたしは知っているんだからね!」
一触即発の雰囲気。ソニアは相当怒っている。いったい何が……?
話は数時間前に遡る……。
移動教室での授業後、教室の自席に戻ったラムリーザは、机の引き出しに見慣れないものが入っていることに気がついた。
一見、何の変哲もない封筒。どう見ても、ただの手紙だ。それ以外の何物にも見えない。
ただ、移動教室に行く前は、そのようなものは入っていなかったはずだ。
封筒の裏は、ハート形のシールで封されていた。これは……、ラブレター?
ラムリーザは、そっと封を切って中身を取り出す。
入っていたのは一枚の紙きれだった。ラムリーザは、そこに書かれている文章を読み始めた。
『はじめまして。突然の手紙、失礼します。ラムリーザさんのこと、以前から見ています。校庭でやっていたバンド活動で、あなたを知りました。みんなをまとめる様子が、良いと思いました。よければ付き合ってください。いきなりこんなこと言われて、あっと驚くため五郎だと思いますが、放課後、体育館裏でお返事を頂戴したいです。それでは、バイなら。フリール・レガイトレより』
放課後、体育館裏か……。
『ずっと見ていた』という割には、ラムリーザとソニアが付き合っていることを知らずに、このようなラブレターを送ってくるのも妙な話だな、とラムリーザは考えた。
ところで、ため五郎って何だろう?
考えてもよくわからないが、とにかく会って、きちんと断っておかなければ……。
「ねーえ、それ何ー?」
ラムリーザはぼんやりとラブレターを読んでいたので、ソニアの接近に気がつかなかった。
ソニアはただ、いつもの休み時間のように座席を移動して、引っ付いてきただけだ。
「あ、なんでもな――」
「ラブレターだ!」
ラムリーザは慌てて隠そうとしたが、見つかってしまった後では遅かった。
ソニアは険しい顔になり、ラブレターをラムリーザの手からサッと奪い取ってしまった。まずい、荒れる……。
ソニアは、神妙な顔つきでラブレターを読んでいる。
最後まで読むと、「フリールか……」と呟いて、ラブレターをくしゃくしゃと丸めてしまった。
「あ、いや、ちゃんと断りに行くからソニアが荒れる必要はないよ」
「え、ラムリーザにラブレター?」
リリスまで首を突っ込んできてしまった。
リリスは、丸められたラブレターをソニアから奪うと、広げ直して中を読む。そこにユコも覗きこんできた。
「何ですの? 長く付き合っている私たちを差し置いて、ラムリーザ様を奪おうとするなんて、なんて泥棒猫なんでしょう!」
「泥棒猫は、あんたたちもだ!」
ソニアのツッコミも的確だ。ラムリーザは、妙に納得する気分でいる。
「恋は戦って勝ち取るものでしょ?」
リリスも要らないことを言う。今現在、ソニアは荒れやすい状況なのだから、そっとしておいてほしいものだ。
「とにかく! 体育館裏にはあたしが行く! どこの馬の骨だかわからんくせに寝取るような奴には、あたしが目にものを見せてやるんだ!」
ソニアは完全に頭に血がのぼってしまい、ラムリーザが行くと言っても聞かなくなった。
まあいいか、とラムリーザは考えた。ソニアの口から自分がいるから諦めろ、と言い聞かせるのでも同じことだ。
そういうわけで、放課後に体育館裏へ行くのはソニア一人ということになった。
「というわけで、ラムにはあたしがいるんだから、手を出すな!」
「いやです、関係ありません!」
「このわからず屋め!!」
とうとうソニアは、目の前の女子生徒めがけて拳を振り上げた。
リリスやユコと違い、友人でもないのにラムリーザにしつこく付きまとおうとする相手が許せなかったのだ。
だが、その女子生徒は、一歩下がって笑みを浮かべて呟いた。
「なんちゃって」
そこには、さっきまでの戸惑っていた表情はなかった。それはまるで、獲物を捕らえた獣のような瞳でソニアを見つめているのだった。
「な、何? 急に何よ……」
ソニアは振り上げた拳を下す場所を失って、そのまま固まっていた。

その時、女子生徒の後ろ、体育館の陰から三人の男子生徒が現れた。男子生徒たちは、ソニアと対面している女子生徒に近づいてくる。
その女子生徒は、ソニアのことなどどうでもいいというふうにきびすを返すと、三人の中央にいたリーダー格と思われる男子生徒とハイタッチして去って行ってしまった。
その頃、ラムリーザは胸騒ぎがして落ち着かなかった。
もしもソニアが揉め事を起こしたら――そう考えた瞬間、体が勝手に体育館裏へ向かっていた。
途中でリゲルと鉢合わせた。事情を話すと「……やっぱりな」と短く言ってついてきた。
何事もなければよいのだが――そう祈りながら、二人で足を早めた。
「な、何?」
ソニアはわけがわからなかった。
ラブレターで呼び出されたのに、今目の前にいるのは三人の男子生徒だ。
肩にかかるくらいの黒髪をしたリーダー格の男子生徒は、ニヤニヤしながらソニアを見つめていた。
「なるほど、ブラウスに胸が収まらないのが特徴か。……噂どおりだな」
軽く微笑を浮かべながら、ソニアの胸をじろじろと見つめる。
「あんた誰よ?!」
ソニアは、嫌らしい視線を感じて、腕で胸を隠しながら言った。多少声色に不安が現れていた。
「へっへっ、悪いな。『癒し猫』に頼まれてな」
「なんで? だってあのラブレター……」
「依頼どおり、窓際の後ろから二番目の席の引き出しに、俺が仕掛けた」
「なっ?!」
ソニアは、まさか? という気分だった。ラムリーザにラブレターを出した相手が男とは想像していなかった。
「驚いたか? アッと驚くため五郎、はっはっはっ、にゃに?」
「なにそれ、意味わかんない! 寝取る相手が男だったってこと?!」
「違うわ!」
リーダー格の男子生徒は、ソニアをどついた。その勢いで、ソニアはよろよろと数歩下がる。
「何すんのよ!」
ソニアは相手を睨み付けて言い放った。
リーダー格は、ソニアの怒声に怯むこともなく、笑みを浮かべたまま話を続けた。
「お前、付き合ってる男がいるってな? あの席の奴? とりあえずそいつと別れないと、痛い目に遭うぜ」
そう言って、ソニアに当たらないように上段蹴りを放った。ソニアの目の前を、鋭い速度で足が横切っていく。
その蹴りの鋭さにソニアは怯え、離れようと後ずさった。
しかし、その背中に何かがドンと当たる。いつの間にか残り二人の生徒が、ソニアの後ろに回り込んでいたようだ。
普段強気のソニアも、男三人に囲まれれば、少々顔色が悪い。
リーダー格の男子生徒は、ソニアに近づいて手を伸ばした。
「とりあえずそのボイン揉ませてみろよ。不自然だな、それ一体どうなっているんだ?」
「ふ、不自然って言うな……」
ソニアは伸ばしてきた手から逃れようとしたが、後ろの二人にがっちりと腕を握られてしまって、その場から動けなくなってしまった。
「残念、逃げられないぜ。そうだ、お前は俺と付き合おう。それで万事うまくいく」
「やっ、やだっ……」
胸に手が伸びてきたので、ソニアは顔を背けて目をつぶった。
「こら待て!」
そこに現れたのが、ラムリーザとリゲルだ。
リーダー格はびっくりして、伸ばしかけていた手を引っ込める。
ソニアの腕を掴んでいた二人も、突然の来訪者に驚いて手を放した。
ソニアはラムリーザの姿を見ると、素早くその場を振り切って、ラムリーザの後ろに隠れた。
ソニアが無事なことを確かめているラムリーザの横で、リゲルは少々威圧感を放ちながら語った。
「レフトール、お前今度は美人局やってんのか? で、男のほうが来なかったから襲おうとしたわけだ」
「ちっ、リゲルか。なんでここに来る……待てよ? ひょっとしてこいつお前の女だったとか?」
レフトールと呼ばれたリーダー格の目が一瞬だけ泳いだ。相手の顔を見て、値札を付け替えるみたいに態度が変わる。
「そんな下品な女は知らん」
ソニアは怖かったためか反論する気力がないようだ。
リーダー格の男子生徒レフトールは、しばらくリゲルを見たまま何かを言いたそうにしていたが、ソニアを襲うことは諦めて、二人の仲間と共に立ち去っていった。
「ふえぇ、怖かったよぉ……」
ラムリーザに抱き着いてソニアは泣きそうな声を出す。
「レフトールが美人局を狙ってきてるな、気をつけろよ」
「そうだよ! あの手紙あいつが仕掛けたんだって!」
リゲルの発言に、ソニアは思い出したかのように言った。
どうなってるんだまったく……。学校が始まってから、ラムリーザとソニアの関係を邪魔する奴が増えてきているような気がする。
「でも、来てくれてありがとう……。あのまま一人だったら、あたし何されていたかわかんない……」
「いやまぁ、それはなんというか……、ソニアのことだから相手の女の子と喧嘩になったらまずいなと思ってさ。ほら、偽造写真の時もソニアすごく荒れていたじゃないか」
「俺もついてきて正解だったな。あの偽ラブレターで引っかかる点があってな」
「変なところあったっけ?」
「ため五郎だったっけか? あいつはそういう妙な台詞を使うことが多いんだ」
「あっ、襲ってきた時も言ってたよ!」
「それに名前もな、『フリール・レガイトレ』。レガイトレなんて姓は聞いたことない。……と思ってたから、この名前をなんとなく並び替えたらな……」
フリール・レガイトレ。
レフトール・ガリレイ。
「……偶然かもしれないけどな」
何はともあれ、美人局? もソニアが襲われることも未遂に終わった。
この学校には、ラムリーザとソニアの交際を快く思っていない者がいるのかもしれない。
そう思いながら、ラムリーザは体育館裏を立ち去った。
リゲルから「この学校でやばい奴を知っておけ」と言われたとき、ラムリーザはどこかで笑っていた。
争いなんて、遠巻きに見ていればいい。面倒に巻き込まれなければいい――そんなふうに。
でも、今は違う。
目の前でソニアの顔色が変わった。怖さで声が震えて、それでも強がろうとしていた。あれを見てしまった以上、「闇」なんて言葉を軽く扱えない。
だから、次は笑って流さない。
ソニアもリリスもユコもロザリーンも、巻き込まれる前に気づく。そう決めた。
風が冷たい。体育館の影が、やけに長く見えた。