雑談まみれの教室と、ひとつだけ大事なお知らせ

 
 盛歌の月・森人の日――(現暦換算:七月十五日)

 

「おはようござでも敷いてお弁当食べようかな」

「おはようござでも敷いてお弁当食べようかな、ラムリーザ様」

「もう早弁?! ってかなにそれ挨拶?」

 今日も朝から、ラムリーザとユコのよく分からない挨拶は絶好調である。

 そして、今日でしばらく学校とは離れることになる。明日から夏休みなのだ。そんなこともあり、クラス内でも明日からの休みに向けて、ムードが高まっている感じだ。

「今年の夏休みは、去年までよりももっともっと楽しめそうな気がしますわ。ねぇリリス」

「んー、そうね」

 ユコは楽しそうに笑顔をふりまき、リリスもそれに同調する。

「ソニアもなんだかうれしそうにしてますわね」

 だがソニアのうれしがっている理由は、ユコの想像しているものとは異なっていた。
 

 
「うん、うれしい! これでしばらくの間、ボタンの留まらないブラウスや、鬱陶しい長い靴下と離れることができるのって最高! ひゃっほー」

 そしてソニアは、席に座ったまま上半身だけでくねくねと謎の動きを見せる。それは、ライブの時に見せる不思議な踊りと同じであった。

 ラムリーザはそんなソニアを見て、そこまで喜ぶようなことか? などと考えていた。とにかく、横に引っ付かれて動き回るものだから、どかどかと身体をぶつけられて邪魔で仕方がない。

 脱力系舞踊を見ていても仕方ないので、ソニアに背を向け、机に肘を突き頬杖をつきながら外の景色を眺めることにした。

 長期休暇か……、帝都で過ごすかな。ソフィリータも屋敷でずっと一人にしてしまったことだし。

 そんなことを考えながらぼんやりしていると、突然耳元でリリスの声がした。

 リリスは、「ラムリーザ、夏休みはやっぱり帝都の実家に帰っちゃうのかしら?」と言って、ラムリーザの耳元にふーっと息を吹きかける。

 ラムリーザは、ゾクゾクとした感触が背中を這い上がってきて、「くっ……」と呻く。

「や、やめたまえ。実家には帰るけど、すぐには帰らない。これでいいかな?」

「そうねぇ……」

 リリスは至近距離で、ラムリーザの顔を見つめながら言葉を続けた。

「……ラムリーザの本当に好きなタイプって、どんな女なのかしらね」

「君はそれを知ってどうするんだい?」

「ん~、それに近づけるよう努力してみる?」

「ラムの好きなタイプはとにかく胸が大きい女。ちっぱいには興味なしなの!」

 ソニアは、ラムリーザに顔を近づけているリリスを引き離そうと、彼女のブラウスの首筋を引っ張りながら話に割り込んできた。

「なるほどね、ラムリーザの好きなタイプは、『結婚してくれなきゃ死ぬ』って喚くヤンデレ娘なわけね……、いや、それってただのメンヘラかしら」

 リリスは、首筋を掴むソニアの手を引き剥がしながら反撃する。

「だっ、誰がヤンデレよ! ラムは胸が大きいのが好きって言ってくれたんだから!」

「その発言は、ソニアに気を使った選択だから、ラムリーザの本意じゃないはずだわ」

「うるさい! クーデレのちっぱい! ラムは緑色の髪が好きなの!」

「ダメダメ、それもJカップ様に気を使った発言だから」

「な、何がJカップ様よ! いちいち――わぷっ」

 ラムリーザは、なおも騒ぎ立てるソニアの頭を抱え込んで、自分の胸に押し付けて黙らせる。

「あんまり騒ぐな、ソニア。そしてリリス、気になっていたんだけど、Jカップ様って何だい?」

 ソニアを黙らせるついでに、ラムリーザはリリスに最近気になっていたことを聞いてみた。

 リリスはソニアとの言い合いになると、必ず「Jカップ様」という単語を発するのだ。

「それはねぇ……」リリスは、机に乗っかっているソニアの大きな胸を掴んで、「これがJカップの大きさなのよ。トップ98、アンダー65、その差33cm。どう、おわかり?」と説明した。

「いまいちわからん」とラムリーザ。

「胸触るな!」と再び騒ぐソニア。

「ちなみに私はトップ88、アンダー65のFカップよ」

「やっぱりちっぱいじゃないの、あたしよりも10cmもちっぱい」

 妙に勝ち誇るソニアを軽くスルーして、リリスは再びラムリーザに問いかける。

「……で、ラムリーザの本当に好きなタイプは?」

 ラムリーザは、いい加減めんどくさくなってきた。ソニアに気を使って――実際は本心でもあるが――言ってもリリスは認めないし、かといってリリスが納得の行く答えを示せばソニアが騒ぐのは目に見えている。

 つまり、どう答えても事態は好転しないのだ。

 ならば……二人に気を使うのはやめよう。

「実はね、僕は女より男が好きなの。なぁリゲルちゃん」

 ラムリーザはソニアとリリスの二人から身を遠ざけると、リゲルに顔を寄せていった。

「やめろ、気色悪い」

 リゲルは、ラムリーザを押し返して拒絶する。

「あたし、たとえラムが男好きでも、ラムのこと信じてる」

 ソニアはソニアで言っていることがいまいち要領を得ない。何を信じているというのだ?

「ふーん」とリリスはそんなわけないじゃないとでも言いたそうな目でラムリーザを見つめている。

 そりゃそうだろう。ラムリーザがソニアとごにょごにょしていることは、リリスにばれているのだ。

「だからリリスもユコも、ラムと付き合おうと思うのは諦めたほうがいいよ。ラムは男しか愛さない」

 なんだかソニアの雰囲気が、シリアスっぽくなってくる。若干涙目か?

「なにを言ってるのかしら、あなたも女でしょう?」

「あたしは身体は女、心は男だからいいの。ねー、ラム」

 ねー、ラムじゃない。

 ラムリーザはますますめんどくさくなってきた。話がおかしな方向にズレてきているのが心配だ。

 自分の本当に好きなタイプという話だったのに、なぜソニアの心が男になってしまうのかわけが分からない。

 だがラムリーザの心配を他所に、話はますますおかしくなっていく。

「ソニアが男の娘だという設定にしても、その大きすぎる胸で台無しよね」

「そうですわ。『そんな乳のでた男がおるか!』で済まされてしまいますわね」

「うるっさいわねー。と、に、か、く! ラムはソニアルートに入っているから、あとはエピローグの結婚式イベントを待つだけなの!」

 男の娘の設定とか、ルートとかエピローグって何だろう……。

「『羊の愛する女たち』というゲームはそれで終わりじゃないわ。ソニアルートをクリアすることで、リリスルートというトゥルーシナリオが解禁されて、メインヒロインのリリスと共に、全ての伏線を回収しながらトゥルーエンドに向かっていくのよ」

 そんなゲームは聞いたことがない。それにトゥルーシナリオって何だろう……。

 彼女たちは、自分たちがギャルゲやエロゲのヒロインになったつもりでいるのだろうか……。

 もはやどこから突っ込んだらいいのか分からない。

 だからラムリーザは、もう心配するのをやめた。

「リリスはパッケージ詐欺ヒロインで、裏ヒロインはこのユコね」

「残念、あなたモブだから」

「何ですの?! べ、別にいいですわ。主人公の親友枠モブのラムリーザ様と一緒にモブカップルとして、あなたたちメインヒロインと主人公の活躍を応援する立ち位置ということで」

「ラムがモブって何でよ!」

「実は主人公はリゲルさんですの」

 ユコは、この意味の分からない論争にリゲルを巻き込んできた。

「ほう、俺が主人公か。ならばとりあえずソニアは攻略しないな」

「なんでそうなんのよ! あたしも攻略してよ!」

「おっ、ラムリーザ。ソニアが俺に攻略されたがっているぞ。ならばここは攻略してあげるべきだな?」

「どうしてこうなった……」

 ラムリーザは頭を抱えて唸る。そして、「好きにしてくれ」と弱々しく呟くのであった。

「ん? どうした?」

 リゲルはラムリーザに気をかけるようなことを言ってくるが、ラムリーザ自身はそれが振りだけだとわかっていた。以前リゲルもゲーム好きだと本人から聞いていたし、女の子を攻略するようなゲームに理解があるのは、先日のエロゲソング事件でわかっている。

「ふんっ、リゲルのソニアルートは、最後にラムに寝取られるバッドエンドしか存在しないんだから」

「安心しろ、最初からお前のルートに進むことはないからな」

「じゃあ誰のルートに入るのよ!」

「ミ……お前の知ったことではない」

 ソニアは食いついてくるが、リゲルはいい加減めんどくさくなったのか、身を引いて妙な話を終わりにしてしまった。

「すまん、外で昼寝してくる。何だかわけが分からなくなった」とラムリーザは言った。

 これ以上この場にいられないと思ったラムリーザは、席を立って裏山にでも向かおうかと思った。

 立ち上がったところで大事なことを思い出して、謎めいた妙な会話を繰り広げているメンバーを振り返って言う。

「来週の十九日から自動車教習合宿に行くので、朝十時に駅前のバス停に集合。忘れないように」

 そう言い残して席を離れていこうとしたところで、今まで黙って話を聞いていたロザリーンに呼び止められる。

「ラムリーザさん、どこに行くのですか? もうすぐ授業が始まりますよ」

 ラムリーザはため息をついて、しぶしぶ席に戻る。

 そして、隣にひっついて来ているソニアを押し返して、そのまま机に突っ伏してしまったのであった。

 騒がしい連中と、どうでもいいようで妙に本気な雑談。

 きっとこういう時間ごと引き連れて、来週からの合宿に出発するのだろう。

 ハンドルを握って、アクセルを踏んで、ゲームみたいにやり直しの利かない選択肢を、ひとつずつ選んでいく夏休みだ。

 くだらない雑談も、意味の分からないルート論争も、全部まとめて背中を押してくれている――そんな気がしないでもなかった。

 ラムリーザは机に額を押しつけたまま、小さくため息をつき、それでも少しだけ口元を緩めた。
 
 
 
 
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Posted by 桐代音若