赤点コンビ不在の放課後
盛歌の月・竜神の日――(現暦換算:七月十一日)
「おはようござ」
「おはようござ、ラムリーザ様」
「挨拶途中で止めてるし……」
ラムリーザとユコのふざけた挨拶とソニアのツッコミから、試験明けの週が始まった。
試験終了後の休み期間に採点が終わり、今日から各授業ごとに結果が返ってくるというわけである。
一限目の授業は数学だ。早速担当の教師から、順に試験結果が返されていった。試験結果に一喜一憂するなどして、教室内はざわついた。
ラムリーザは、自分の結果が平均点ちょいだったので、まぁそんなものか、と思うと同時に安心していた。
「ラムリーザ様、どうでしたか?」
前の席にいるユコが、振り返って聞いてくる。
ラムリーザが「平均点ぐらい」と答えると、ユコも「同じくらいですわ」と言って自分の答案を見せた。
「ぬ、一点負けたか……」
「わぁ、ラムリーザ様に勝ちましたわ。それじゃあ一つ目の命令は――」
「ちょっと待て。君はなんでいちいち勝負にして命令につなげるのだ」
ラムリーザは、ユコの一言でネトゲ廃人化事件のことを思い出して、少しうんざりした。
「だってそのほうが面白いんですもの」
「面白くない、そもそもそんな勝負をする約束はしていないよ。リリスとやったらいいじゃないか」
「リリス相手だと、結果が見えていて勝負になりませんわ」
それは勝てないということか? それともリリスは相当勉強できないのか?
どちらにしろ、ラムリーザはユコと勝負するつもりはなかったので、後ろを振り返ってリゲルに話しかけた。
「リゲルって、どのくらい勉強できるのかな?」
ラムリーザの問いに、リゲルはにやっと笑って「あまり興味はないが、98点だ」と答えた。
雰囲気からなんとなくそんな気はしていたが、リゲルは勉強できるほうだったということが分かった。
「えーと、クラス委員のロザリーンは?」
「私は95点でした。もう一息ですね」
「こ、これはちょっと待ってくれ……」
ラムリーザは、月初のパーティメンバーが優秀すぎることに焦りを感じていた。自分は平均点で満足していていいものやら……。
普段から家で勉強することはなく、ただ授業だけはちゃんと聞いて、試験前に復習した程度である。これからは、日々勉強すべきか? などと考えながら、同じぐらいの結果を出したユコに、親近感を感じているのだった。
だが、試験結果についての騒動はここから始まる。
教師から、「35点未満は赤点だから、放課後に補習に出るように」との通達があったのだ。
再びざわつく教室内。
「えー……」
ざわついた教室内で、ソニアが不満の声を上げるのをラムリーザは聞き逃さなかった。
同じように、リリスも「ちっ……」と舌を鳴らす。
「ソニア、どんな感じ?」
ラムリーザは、嫌な予感がしてソニアに尋ねてみる。
だがソニアは、「あははは……」と乾いた笑い声を上げ、引きつった顔で答案用紙を隠す。
「出しなさい」ときつめに言うと、ソニアは「むー……」と口を尖らせながらしぶしぶと答案用紙を差し出す。受け取った答案用紙にはやたらとバッテンが多い。
「確か試験終わった時に、ばっちりと言ったよな? それに、勉強しなくても大丈夫と言って、ゲームばかりやっていたよね?」
ラムリーザはため息をつきながら言った。
「えへへ、そう言った、かなぁ?」
ソニアは視線を合わせずに、しどろもどろな感じになって答えた。
「17点を『ばっちり』と言うのか?」
「0点じゃないからいいもん……」
「やれやれ、困ったものだ。まぁ、補習がんばれよ」
ラムリーザはソニアに答案用紙を返しながら、初めて知ったソニアの勉強事情にどうしたものか……と考える。
「あ、ソニアには勝てたか、よかった」
さっきまで沈んでいたような感じのリリスは、少しだけうれしそうな感じで言った。
ラムリーザが「何点?」と問うと、リリスは「23点」と答えた。
それを聞いて、ラムリーザはさらにため息をつき、「うちのグループの看板娘たちは何をやっているのだ……」と心の中で呟いた。
今日一日で六科目の試験が返ってきたが、どの科目でもリゲルとロザリーンの二人は優秀な結果を残し、ラムリーザとユコは平均的な結果に落ち着き、ソニアとリリスは見事に撃沈したのであった。
結局ソニアとリリスの二人は、いろいろな教科で補習を受けることになってしまった。
放課後、ソニアは「ラム、置いていかないで……」と涙目で懇願したが、ラムリーザは「それが嫌なら、次から基準点を取れるようにするんだな」とだけ言って相手にせず、残る四人と共に部室へ向かって行った。
さて、そういうわけで「ラムリーズ」の二枚看板を欠いている今日の部活は静かなものだ。
「しっかし――」とリゲルは呟いた。
「世間では巨乳は馬鹿に見えると言われているが、あいつらは本気で馬鹿だから困るな。ふっふっ」
「見事にバストの大きさと、試験結果が反比例してしまいましたわね」
「栄養が脳に行かずに、胸に行った結果があいつらだ」
「そういう言い方はよくありません、偏見がひどすぎますよ」
二人を罵倒するリゲルとからかうユコ、それに対してさすがロザリーンは良識派だ。
「いやーほんと参ったね、ずっと一緒に過ごしてきたけど、ソニアがあんなに勉強できないとは知らなかった。まぁ、勉強の話はしなかったし、気にもしてなかったけどね」
「私はリリスが勉強できないのは知ってましたわ。でも、人に教えるほど私は勉強に興味がないのでして」
ユコのリリス改造計画は、勉強面についてはノータッチだったようである。まさにリリスは外面こそ優秀だが、内面は見劣りしてしまうのだ。
「やっぱりね。後ろから見ていたけど、リリスさんは授業中ほとんど机に突っ伏していたし、ソニアさんは手遊びばかりして全然ノート取ってなかったみたいだし」
「でもリゲルさんとロザリーンはすごいですわね」
「うん、やっぱりいいとこのお嬢様とかは、こういったところが違うんだよね」
「家柄的にはお前が一番なのだが、どうなのだ?」
「さあ、雑談部になってるぞ。今日も張り切って練習しようね!」
ラムリーザは、話の形勢が悪くなったので、会話をぶった切って部活動を開始することにした。
「でも、あの二人がいなくちゃ……」
「大丈夫、気分転換になるさ。以前、リリスとユコ抜きでやったこともあるし」
ラムリーザは、あまり乗り気じゃないユコを諭しつつ、リゲルにソニアのベースギターを渡す。
「しょうがないからリゲル、ベースやってくれ。そしてロザリーンのピアノに合わせて、ボーカルはユコ。シンプルに行こうね」
「えっ? えっ? 私がボーカルですの?」
「あの二人がいないから仕方ないっしょ。というわけで、第一回『ラムリーズ』……んー、インテリジェンスバージョンのセッションを始めるよ」
「えっ? えっ?」
「お前とユコは、インテリジェンスか?」
戸惑うユコは放っておいて、ツッコミを入れるリゲルには何も言わずに、ラムリーザはロザリーンとリゲルの三人で適当な曲を選んで演奏を始めた。
「待って、待ってください。私がメインボーカルだなんて……」
「いや、これからの目標の一つに、みんな最低一曲は担当して歌うってことに決めたからね。シュガープラムフェアリー、シュガープラムフェアリー――ほら、続けて」
「そっ、そんな……勝手に決めないでほしいですわ!」
ユコはちっとも歌おうとせず、わたわたしながらラムリーザの叩いているドラムの前に立って非難してくる。
「リーダーは僕だ」
ラムリーザにきっぱりと言われて、ユコは「うーん……」と唸る。
そんなユコを見て、ラムリーザはあることを思いつき、演奏の手を止めた。そして、ユコにドラムスティックを差し出して言った。
「だったらユコがドラムを叩いてみない? それなら代わりに僕が歌うから」
「えっ? そんな、なんで私がですの?」
ラムリーザは立ち上がり、ユコの手にスティックを握らせ、肩を押して連れてきて、椅子に座らせる。
「いやぁ、なんとなくユコならマルチプレイヤーになれそうな気がするから。リゲルやリリスはギタリストってイメージだし、ロザリーンは生粋のピアニストだからね」
「ソニアはどうなんですの?」
「あいつがドラムをやるなら最初からやっている。僕はソニアに押し付けられて……いや、この話はしなくていいな。とにかくグループに一人マルチプレイヤーがいたら、いろいろと融通が利いて便利だと思うし」
ユコは、押し付けられたスティックでシンバルを軽くつつきながら、納得がいかないという感じの目でラムリーザの顔を見つめている。
リゲルとロザリーンも、ラムリーザが演奏を止めてユコと話を始めたので、同じように演奏を止めている。
ラムリーザは、ユコがスティックを持ったまま、椅子の上でもじもじしているのを見ていたら、ふと、自分が初めてこの席に座った日のことを思い出した。
「ラムリーザ様って、どうしてドラム始めたんですの?」
ソニアとリリスの騒がしさが消えた部室は、どこかいつもより広く感じられた。
しかしラムリーザは、ユコのその問いには、少し答えづらい気がしていた。その理由があまり前向きな内容ではないからだ。
「たぶん、あまり期待している内容じゃないと思うよ」
「それでもいいですわ」
ラムリーザは、ユコがそう言うので、昔のことを思い出しながらゆっくりと語った。
「最初はね、突然ソニアがギターやろうって言ってきたんだ。だから、二人でギター始めたんだよね。たぶん、ゲームかアニメの影響だと思うよ、唐突だったからね。彼女はそんなところがよくあって、いつも僕を巻き込んでくるんだ」
それは三年前の出来事だ。ラムリーザはその日のことを思い返していた。
「そうしていると、兄と妹が加わってきたんだ。あー、そういえば始めたばかりの頃は、兄はまだ城勤めしてなくて学生で、屋敷にいたんだったなぁ」
「へー、ラムリーザ様ってお兄様と妹さんがいるんだ」
「次男坊か、庶民なんかと付き合って文句を言われないわけだ……」
ラムリーザの兄妹発言について、リゲルとユコは、それぞれ違った感想を述べた。
「四人で好き勝手にギターをやってたら、そのうち役割分担をしようという話になってね、その時ソニアがどこから情報を持ってきたのか知らんけど、ドラムは父、ベースは母とか言い出して、なし崩し的に僕がドラムを叩くことになっちゃった。これは、ソニアに押し付けられたようなものだね。まぁ、兄も『お前とソニアは一緒にいることが多いから、息も合っているだろう』とか言ってたし、これはこれでいいんじゃないかな」
「確かにラムリーザ様とソニアのコンビは息がぴったり合ってますわね……」
「二年半は一緒に練習してきたからね、さすがに合わせるのには慣れたよ」
「でも、ラムリーザ様は、ドラムにそんなに思い入れはないんですの?」
「んー、どうだろ。言われてみたらそうだね、確かに僕は別にギターでもドラムでもいいんだよね。ただ、ソニアが楽しそうにしているのなら、それでいいんだ。僕が叩くとソニアは喜ぶ、ソニアが喜ぶから僕は叩く」
「文面だけ見ると、SMプレイみたいですわね……」
「楽しそうにしているソニアって、可愛いだろ?」
ラムリーザは、嬉しそうな顔で三人に同意を求めたが、素直に同意して頷いてくれたのはロザリーンだけだった。ユコは「ソニアソニアってもう……」と呟いて何だか面白くなさそうな表情をしているし、リゲルに至っては、ふんと鼻を鳴らして顔を背けてしまうのだ。
「ほらユコ、任せたよ。いち、にの、さんっ、はいっ、天使よ、ああ地上の天使よ、ぼくのものになっておくれよ――」
「そんな! いきなり無理ですわ!」

慌てふためくユコを尻目に、ラムリーザはリゲルとロザリーンの伴奏に合わせてバラードをしっとりと歌い始めた。
結局補習は下校時間まで続き、ソニアとリリスは部活に顔を出さないまま終わったのである。
たまには穏やかに過ごす部活もいいもんだ、と思った夕暮れのラムリーザであった。
唐突に始めたメインボーカルの持ち回りは、今日はイマイチ乗らなかったが、いずれはみんなで回せる日が来ることを願おう。
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