最終日、しりとりで決める風呂掃除

 
 紅炉の月・太陽の日――(現暦換算:八月二十四日)
 

 今日はキャンプ最終日。

 そういうわけで、朝から片づけだ。一通り片づけが終わり次第、街に帰ることになっていた。

 今回のキャンプでも、ソニアはラムリーザのベッド皆勤賞を獲得したが、今さらどうでもいい。

 キャンプ最後の朝食を終えたあと、みんなで手分けして片づけを開始した。

 リゲルは管理人と二人で外回りに行ったので、コテージの中は残った五人で分担して掃除することにしたのだ。

 内回りで一番面倒なのは風呂掃除だ。そこだけは、誰もやりたがらない。

「私はキッチンを……」

 ロザリーンは得意分野に逃げようとしたが、ソニアたちが許すわけもなかった。

「ん~、リゲルを手伝って外回りに行けばよかったかしら」

 リリスも逃げようと考えているようだ。外回りは外回りで、暑いけどね。

「ふんっ、それだったらリゲル派になれ! ラムに色目使うな!」

「落ち着けソニア。えーと、風呂、キッチン、リビング、寝室ってところだな。これをどうやって割り振るか……、明らかに風呂の負担が大きいな……」

 みんなが嫌がっているのが風呂掃除だということは、ラムリーザ自身もキャンプ場全体の掃除箇所を考えてみることでよく分かった。

 そもそもラムリーザは、これまで使用人任せということもあって、掃除の経験があまりない。掃除をするとしたら、学校でするくらいだった。ソニアのことは、去年まではそこまでベタベタしていなかったから断言できないが、たぶん似たような感じだろう。

 そういうわけでラムリーザが割り振りを思案していたとき、リリスがいいことを思いついた、という感じで口を開いた。

「ゲームで勝負しましょうよ」

「ゲーム?」

 しかし、ゲーム機は持ってきていない。まさかキュリオか? ネトゲか? あの地獄の再来か?

「キュリオのネトゲ?」

 ソニアは尋ねたが、リリスは「違う」と言った。

 そりゃそうだろう。今からネトゲで勝負すると言っても時間がかかりすぎる。しかしあのときにプレイしたネトゲで勝負となると、ラムリーザの勝ちは確定だしロザリーンはプレイしていない。

「しりとりよ」

「え? しりとり?」

 なんだかよくわからないが、リリスはしりとりの勝負を提案した。

「『ん』で終わったり、続けられなくなった人が負け。その人が風呂掃除ね」

「いいわ、やろうよ」

 ソニアはすぐに乗ってきた。まぁ感情表現の豊かさや、大きすぎる胸も、しりとりのハンデになることはないだろう。

 そういうわけで、ラムリーザたち五人は、しりとりで掃除当番の割り振りをすることになったのである。

 

 

「範囲を広げたらなかなか終わらないので、家にあるものや、生活用品、日用品縛りで行こう」

「それじゃあ最初は『しりとり』からね。はい、ラム、『り』」

「いや、しりとりは日用品じゃないだろ……って、まあいいか」

 

「リードギター」「タルタルソース」「スカーフ」「布団――」

 

「やった、リリスの負け!」

 ソニアはうれしそうに叫ぶ。だがリリスは落ち着き払っていた。

「――カバー。布団カバーね」

「ちっ……」

「ところでリードギターって日用品なの?」

「さ、最初は大目に見てということで、出だしも日用品とは言えない『しりとり』だし、最初がギターということで、ね」

「……まあいいわ」

 そして、盛り上がっているのかわからないまま、二順目が始まった。

 

「バケツ」「机」「鉛筆」「爪切り」「リボン――カバー」

「やっ――って何よそれ!」

「リボンのカバーよ、知らないの? やっぱりソニアはファッションに疎いわね、くすっ」

「くっ……」

 

 三順目――

「バスケットケース」「スーツケース」「スリッパ」「パック」「靴カバー」

 

 四順目――

「バット」「時計」「インク」「車」「枕カバー」

 

「な、何よリリス、さっきからカバーカバーって、そんなのばっかりじゃない!」

 ソニアは怒ったようにリリスの服に掴みかかって叫ぶ。

「カバーも日用品だから文句ないでしょ?」

 リリスはソニアの手を払ってどこ吹く風とばかりにいた。

「ば……」

「十、九、八、七――」

 ユコがうれしそうにカウントダウンを開始する。

「くっ……ば、……バ、バスローブ!」

「ちっ……」

 得意げに答えるソニアと、残念そうにするリリスが対照的だ。

「ほらラム、『ブ』だよ『ブ』!」

「ブ? ……ブローチ」

「チーズケーキ」

「キャビネット」

「トースター、カバー」

 リリスは、思い出したかのようにわざわざカバーを追加する。

「タオル――って、またカバー?!」

「『ば』よ、トースターカバー」

「何よ! トースターでいいじゃないのよ!」

「あら、トースターに埃が入らないように、使わない時はカバーをつけることは大切なことよ」

「くっ……ば……」

 ソニアは、イライラしたように首を振りながら呟く。

「ば……? 爆弾――じゃなくて、ば……」

「十、九、八、七――」

「ま、待ってよ!」

 ソニアはすがるようにラムリーザの目を見つめたが、ラムリーザは肩をすくめてみせるしかなかった。

「爆弾……」

「はい、ソニアの負け」

 リリスはくすっと笑って、ソニアの胸をつついてみせた。

「じゃなくて、ば……、馬鹿! リリスの馬鹿! ふえええぇぇぇぇん!」

 とうとうソニアは、泣きながらコテージを飛び出していってしまった。

「あ、逃げた……」

 ラムリーザが止める間もなかった。

「逃げんな! ソニア、あなたが風呂掃除しなさいよ!」

 どういう意図があってか、リリスもソニアを追ってコテージを飛び出していった。風呂掃除だけでなく、他の場所の掃除からも逃げるつもりか?

 残された三人は、二人が飛び出していった入り口をポカーンと見つめるしかなかった。

「えーと……」

 仕方なくラムリーザは言った。このまま放置していてもどうしようもない。

「しょうがない。僕が風呂掃除するから、他の場所は二人で手分けしてやってくれ」

「待ってください!」

 声をあげたのはユコだ。

「ラムリーザ様一人に風呂掃除させるわけにはいきませんわ。私もやります」

「ん、それは助かるよ」

 ラムリーザとユコが、連れ立って風呂に向かおうとしたら、そこにロザリーンもついてきた。

「あれ、ロザリーンどうした?」

「いえ、三人でやれば早く終わると思いまして。こうなったら三人で協力して全部終わらせましょう」

「ん、そうしよう」

 この時ラムリーザは、傍でユコが軽く舌打ちしたのに気がつかなかった。こうして三人は、一緒に風呂掃除を始めるのだった。

 

 

 リゲルがコテージに戻ってきたとき、リビングには誰もいなかった。ソファーのクッションは乱れ、台所は食器がそのまま置かれている。

 部屋の外からかすかな笑い声が聞こえた。それは露天風呂から聞こえてくるようだ。
 

 
 リゲルが露天風呂に向かうと、ラムリーザがホースで水を流し、ロザリーンがデッキブラシで床を磨き、ユコがスポンジで壁面を拭いている最中だった。

「三人か? あいつらは?」

「逃げた」

 ラムリーザの簡潔な答えにリゲルはやれやれとばかりに首を振った。そのままリゲルはリビングに戻っていき、そこの片づけにとりかかるのだった。

 

 ソニアとリリスの二人が逃亡したために時間がかかったが、十時ごろには片づけがすべて終わった。

 それから管理人のおじさんにお礼をして、そのまま街まで帰ることにした。

 ここでしゃしゃり出てきたのは、掃除から真っ先に逃げ出したソニアだ。

「帰りはあたしが運転するよ、するよ!」

「ダメだ!」

「なんでよー」

「お前が運転したら、車を壊しそうだ」

「なによそれ!」

『事故を起こしそう』ではなく『壊しそう』というところに、リゲルのソニアをどう見ているかがうかがえる。

 最後はリゲルが運転する。行きと同じ交代制で、途中まではラムリーザがハンドルを握ることにした。

 ラムリーザは、無用の争いを避けるために、自分が運転手を引き受けて、運転席に乗り込んだ。すると、ソニアはものすごい勢いで助手席に乗り込んだ。

「リゲルの補佐をする助手席はラムでいいけど、ラムのときは助手席はあたし!」

 言いたいことは分かるが、邪魔はしないでほしいものだ。

 リリスは、「足を引っ張るだけ」と言って、後ろに乗り込んでいった。そしてソニアの後ろから、座席に手を回して胸に手をかけようとして――。

「やめようね」

 ラムリーザにたしなめられて、リリスはしぶしぶ手を引っ込めた。

 

 

 運転中、ラムリーザは呟いた。

「ふう、これで夏休みも終わったようなものかぁ」

 実際にはまだ少し残っているのだが、大きなイベントという意味では、もう終わったようなものだ。

 ラムリーザの何気ない一言で、車内はしんみりとしてしまった。

「もーっ! 湿った空気嫌!」

 ソニアは大声を張り上げて、雰囲気を一転させようとする。

「そうですわ! 夏休みが終わったらすべてが終わりって訳じゃありませんの!」

「それじゃあユコ、その意気で怪談の続きをしましょう」

「ここで?」

「確か二順目はもっと気味が悪いのをやるって言ってなかったかしら?」

 リリスに促されて、ユコは胸を張って語りだした。

「昔々、あるところにおばあさんとおばあさんが住んでいました」

「またその系統かよ!」

 結局、最後の最後まで賑やかなキャンプになったようだ。

 ほぼ中間地点となる田舎町キャンダーで、行きに寄った場所と同じ食堂で昼食を取り、最後はリゲルの運転で街まで帰ってきたのであった。

 ラムリーザは、後部座席でゆっくりと休みながら、この四日間を振り返った。

 慣れない掃除はグダグダだったし、しりとりは収拾がつかなくなった。

 それでも、振り返ってみると、この四日間はやけに濃かったと思う。

 毎晩のようにソニアが寝室に現れて、怪談で変な汗をかいて、棒くぐりで泣いて、リゲルの過去に触れて、ミーシャという名前だけが妙に胸に残った。

 そして最後の夜には、大学を作ろうなんて話までしてしまった。夢みたいな話なのに、不思議と笑い話で終わらない気がする。

 帰りの車内まで騒々しいあたり、結局いつも通りだ。

 でも、いつも通りが少しだけ大切に思える。そんなキャンプだったと言えるだろう。
 
 以上、三泊四日のキャンプ生活はこれにて終了。
 
 
 
 
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Posted by 桐代音若