湖に映った星空は、僕を天国に誘うよ

 
 紅炉の月・女神の日――(現暦換算:八月二十一日)
 

 クリスタルレイクの夜は、避暑地だけあって都市部と比べて涼しい。寝室の窓を開けると、湖のほうから涼しい風が流れ込んでくる。いっそキャンプの間だけでなく、夏の間中ずっと過ごしてもいいかもしれない、と思ってしまう。

 湖の脇にあるコテージは、快適な時間を過ごせるように建てられていた。

 コテージには、寝室が三部屋あり、一つは四人用の大部屋で、残りは二人用の小部屋になっている。

 ラムリーザとリゲルが二人用の部屋を使い、ソニア、リリス、ユコ、ロザリーンの四人が大部屋を使っていた。

 

 ソニアたち四人は、怪談話でのパニックからようやく立ち直って、普通に談笑できるようになっていた。いわゆるパジャマパーティというものだろうか?

 ユコはごく普通の、上下シャツとズボンのパジャマ。リリスは色っぽいネグリジェ。ロザリーンはナイトガウン。そしてソニアは、ゆったりとしたシャツに、いつものプリーツミニスカートだった。

「ソニアは寝衣に着替えないの?」

「着替えてるよ」

 ソニアの格好に、リリスがツッコミを入れた。これは、以前ラムリーザも疑問をぶつけたことがある。

「プリーツで寝るの? 型が崩れない?」

「いいの!」

「……まあいいわ」

 ソニア曰く、寝衣用スカートなのだから、ほっといて頂戴ということらしい。ちなみに今夜も、昼間履いていたのとは違うスカートを履いている。

 そのまま会話は、自然と先ほどまでしていた怪談についての話題となっていった。

「さっき外から聞こえた音は、何なのでしょうね?」

「うーん、霊が現れると、破裂するような音がするって聞いたことがありますわ」

「それはラップ現象ですね」

 だがしかし、ソニアだけは話題に入れず蚊帳の外状態だった。

「そんな音した? あたし全然知らないよ?」

「あなたはラムリーザとの悲劇の別れ話をして、自爆して自分だけ勝手に別のパニックに陥ってただけじゃないの」

「うぐ……」

 ソニアは、リリスの指摘で先ほど話したことを思い出して言葉を失う。

「ラムリーザ様にとって、ロザリーンルートが世間から見て一番順当なのよね……」

「それはさすがにソニアさんに悪すぎますね」

「もうその話はやめてよぉ……」

 ソニアは懇願したが、リリスはさらに追い打ちをかけた。

「――で、ソニアはいつになったらラムリーザと別れて、彼をフリーにしてくれるのかしら?」

 それを聞いて、ソニアはキッとリリスを睨みつけて、突然飛びかかっていき、ベッドの上で馬乗りになった。そして手元にあった枕を振り上げると、リリス目掛けて叩き付けた。

「あたしがラムと別れるのは687年後! せいぜい長生きすることね!」

 リリスは素早く身をよじって枕をかわすと、ソニアの胸元に手を伸ばした。そして胸を指で突いてやった。

「ふっ、ふえぇ……」

 ソニアが一瞬ひるんだ隙に、リリスは身体を反らして馬乗りになっているソニアを振り落とした。それからリリスも枕を掴むと、ソニアに叩きつけるのだった。

 ソニアも負けていない。すぐに気を取り戻して、枕を使って下からアッパーカットのようにリリスの顎に強烈な一撃を放った。その勢いでリリスは後ろに倒れて、尻もちをついてしまった。

 壮絶な枕戦争が幕を開けた。戦争の九割は、歴史家が振り返ってみると愚かな理由で始まっていて、残りは戦争の当事者でさえ愚かな――云々。

「何をやってんだか……」

 ロザリーンは、呆れたような目つきで二人を見て呟いた。

「リリスも性格変わりましたわね。……いや、仲間に恵まれたら本来はああいう性格だったのかもしれない」

 元からアホっぽいソニアはともかく、リリスはもはや根暗吸血鬼の面影は残っていなかった。下手すると、リリスもアホっぽい……

 

 

 一方その頃、ラムリーザは二人部屋の寝室の窓から、外を眺めていた。
 

 
 窓からは湖を一望でき、星明かりが湖面にまるで鏡のように映っていて、幻想的な空間を演出しているのだった。

「すごい景色だねぇ、リゲルは良いところに別荘を持ってるね」

 部屋の明かりを落としているので、外の景色が綺麗に浮かび上がっている。リゲルは、その暗がりの中でギターを抱え、ベッドの上で奏でながら答えた。

「俺は何度も見てきた景色だが、お前は感動できるだろう。どうだ? 詩でも作ってみろよ、歌詞になるかもしれんぞ。天国抜きでな……」

 ラムリーザは、星の映った湖面を見ながら、何となく思うがままに呟いてみた。

 

――星に包まれた 静かな夜

湖に映った星空は 僕を天国に誘うよ――

 

「こらっ!」

「何だよ、ユコじゃないけど、話の腰を折らないでくれませんですの? リゲル様」

「何がリゲル様だ。速攻で天国に昇るな」

「あれっ?」

 ラムリーザは、そんなつもりはなかったのだが、無意識のうちに天国というフレーズを使ってしまったようだ。気を取り直して、もう一度挑戦する。

 

――天国はきっと上も下もない星の海なんだろうな――

 

「しょっぱなから使っているじゃないか!」

「あれぇ?」

「もう一度やりなおしだ」

「ん……」

 

――天……、てん、てんまりてんてまりぃ――

 

「だめだ、やめるわ……」

「いっそ地獄の歌作ってみろ、そのほうがインパクトあると思うぞ」

 だが、ラムリーザはもう歌作りは諦めることにして、ベッドの上にごろんと転がった。そして、しばらくの間、リゲルの奏でるギターに聞き惚れていた。

 

 夜の十一時を過ぎた頃、リゲルは弾いていたギターを床に置いて、ベッド脇のスタンドを消しながら「そろそろ寝るか」と言った。

「寝る時間か……」

「何だ? 何か気になるのか?」

 ラムリーザが、寝る時間を気にしている風に言ったので、リゲルは何かあるのか尋ねた。

「あいや、ん~……」

 ラムリーザは、ある予感がしていて、それが気になっていたのだ。突然その状況になっても慌てないように、あらかじめ話しておこうと考えて、部屋の入り口のドアを見つめながら、少し決まりが悪そうに、リゲルに話し始めた。

「あのな、ソニアのことだけど……」

「ん? あいつがどうした?」

「何と言うか、ね、ひょっとしたら、たぶんないとは言い切れないというか、恐らく来るけど」

「何だ? 話が見えんぞ?」

「ソニアが僕と一緒に寝るために、ここに来るかもしれないけど、その時はスルーしてやってくれ」

 ラムリーザは、意を決して一気に言い放った。

「……お前ら、まさか毎日?」

 リゲルは、以前ラムリーザから聞いていたので、二人が同棲していることは知っていた。

「ああ、自動車教習合宿でも毎晩来た。というか、途中から住み着いた」

「……で、やるのか?」

「いや、それはない。やりたいとか言い出したら叩き出す。ただ、寝るだけなら大目に見てやってくれ、ということだ」

「ふっ、好きにしろ」

 とりあえず、突然その状況になってもリゲルを慌てさせないために、説明しておくことはできた。今夜はソニアも四人で一緒にいるから、ひょっとしたら来ないかもしれないけど、念のためだ。

「そういえば――」

 ラムリーザは、まだすぐに寝付けるといった状態じゃなかったので、少し気になっていたことを聞いてみることにした。

「ソニアの怪談になっていない怪談を聞いたとき、すごく機嫌が悪そうだったけど、別れ話とか苦手だったりする?」

 ラムリーザは、あの時のリゲルの歯軋りや、いつもに増して激しい舌打ちを聞き逃さなかったのだ。

「ああ、あの話か……、あの話な」

「バッドエンドは不快だよね、やっぱり」

「殺傷沙汰は勘弁な」

「いや大丈夫だって。たとえソニアが話したような流れになったとしても、僕はソニアを手放さないから。ソニアの親を飛ばしても無駄だよ、ソニアは僕が責任を持って面倒見るから」

 少し強く出すぎたかな、とラムリーザは思ったが、親を説得できなければ、駆け落ちする。ソニアを手放さないためなら、そのくらいの覚悟はあった。

 リゲルは、ラムリーザが語ったことに対しては何も述べずに、二人のあいだにしばらく沈黙の時間が流れた。

 部屋が静かになると、ラムリーザは先ほどよりもさらに、入り口のドアが気になりだした。突然開くのか、それとも一応ノックぐらいはしてくるのか。

 そんなことを考えていたが、待てよ、これじゃまるで僕が「ソニア来ないかな」と気にしているみたいじゃないか、とも思う。だから、そうじゃない、そうじゃない、と自分に言い聞かせるように、一人で首を横に振っていた。

「俺もそうすべきだったのかもしれんな」

 そんな時、リゲルが唐突に口を開いた。

「えっ? 何?」

 ラムリーザは思わず聞き返す。ソニアのことばかり考えていて、リゲルのことが頭から消えていたときに呟かれたものだから、一瞬何が起きたのか分からなかった。

「ミーナという名前を聞いたときは、焦ったな」

「え? ミーナって娘が昔いたの?」

「いや、ミーナではない」

 リゲルは、一旦言葉を切り、小さくため息を吐いて話を続けた。

「俺もあいつの話みたいに、親にやられたんだよな」

「なっ、えっ? それって……」

「実は去年まで付き合っていた相手がいたんだけど、そいつは俺の親に無理やり――」

 

ガチャリ――

 

 リゲルが語りかけたところで、突然入り口のドアが開いた。誰かが入ってくるのを感じて、リゲルは話すのをやめる。その瞬間、再び部屋に沈黙が訪れた。

 入ってきたのが誰かは、部屋が暗くてわからない。だが、窓から差し込む月明かりで、シルエットだけは確認できた。

 なんですか? その胸からぶら下げた、やけに主張の強いシルエットは。ちょっと不自然ですよ?!

 だが入ってきた人物は、入り口のそばから動かない。おそらく、いやほぼ間違いなく、部屋にベッドが二つあるから困っているのだろう。

 どっちに誰がいるのか分からない。当たり外れで言えば、外れはその人影にとって、ものすごく苦手な人物であった。

 ラムリーザは、このままでは埒が明かないので、指示してやることにした。

「えーと、そっちから見て左側に僕はいるよ」

 ラムリーザがそう言うと、ようやく入り口脇の人影が動き出した。ラムリーザのベッド脇にやってきて、すぐにもぞもぞと布団の中に入った。それからごそごそと身体の位置を整えると、やがてスウスウと寝息を立て始めた。

 ラムリーザは、しょうがない奴だなと思う反面、なぜか安堵している自分がいることに気がついていた。

 右脇のこの感触。それはまるで麻薬のように依存性があるのかもしれない。

 やはり一人よりも、二人がいい。リゲルには申し訳ないが、これが自分には必要なのだと改めて思い知る。

 そういうわけで、ラムリーザも何となく気が落ち着き、眠りの世界へ旅立とうとしているのだった。

 ――湖に着いて、遊んで、露天風呂に入って、怪談で大騒ぎして、気がつけば、いつも通りソニアが隣で眠っている。

 帝都でも、山の中でも、こうして同じ一日が続いていくのなら、それだけで十分なのかもしれない――。

 意識が途切れる瞬間、リゲルの舌打ちの音が聞こえたような気がした。
 
 
 
 
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Posted by 桐代音若