しっちゃかめっちゃかなリリスの誕生日イベント
炎心の月・詩歌の日――(現暦換算:八月十三日)
この日は週末で、夜はシャングリラ・ナイト・フィーバーでライブ活動をする日だった。
特に変わったこともなく、エロゲソングもマイナーなゲームだったせいか客に気づかれず、きちんと歌い終えてライブは終了した。
そのエロゲソングは、ソニアとリリスが二人で一緒に歌うということで話をまとめていた。それにより、レパートリーとして残すことでユコは嫌な顔をせずにすんだ。ソニアとリリスも、二人で歌うことで、それぞれその歌に対して抱いている複雑な気持ちを、いくらか和らげていたのだ。
とりあえず問題が起きなければそれでよい。言い争いをするよりは断然いい。
だが今日の問題は、ライブの後の食事で発生することとなった。
夏休みに入る前に食事をした時と同じように、U字型のテーブル席に陣取るところまでは同じだったが、その席順で一悶着が起きたのだ。
前回は、ラムリーザが左端の席に座り、その隣にソニア、リリスと並んでいたのだが、リリスは左手で食事をするので、これではソニアの右手とリリスの左手が食事中ぶつかってしまっていたのだ。そういうわけで、今回はリリスに左端に座ってもらうことにした。前回の反省を生かした、ささやかなラムリーザの策だ。
しかしそこでソニアがごねだした。
ラムリーザとリリスを並べたくないソニアは、二人の間に入り込んできて、左からリリス、ソニア、ラムリーザの順になった。
ちなみに右側の席からは、リゲル、ロザリーン、ユコと続いている。
そこでソニアは、ラムリーザとユコが並んでいることに気がついた。ソニアにとっては、ユコもリリスと同じ泥棒猫候補なのだ。ラムリーザ様と言って慕う女と並べておきたくない。
ユコに関しては、ソニアとリリスの共倒れを期待しているとか言っているので、ある意味リリスより性質が悪い。
「ラム、ダメ! あたしと場所代わって!」
「席なんてどこでもいいじゃないか」
ラムリーザはぼやきながらも、ソニアの言うとおり場所を代わってあげた。その結果、左からリリス、ラムリーザ、ソニア、ユコと並ぶことになるのだが……。
「あ、これじゃダメ! やっぱりラム、戻って!」
「何だよ君は、一人騒いで……」
要するに、この「問題」だの「一悶着」だのというのは、ただソニアが一人騒いでいるだけなのだ。
結局ソニアは、再びラムリーザと入れ替わった。しかしそれでは、ラムリーザとユコが並ぶ結果になるだけだ。
「ダメ、ダメ、ダメ!」
ソニアは一人騒ぎして、リリスの冷めた視線とリゲルの冷ややかな視線を浴び、ラムリーザも困り果てている。
「別に席順なんて、どうでもいいじゃないか。少なくとも僕とソニアは並んでいることになるんだから、それで問題ないだろ?」
「そうですわ、早くしてよ。私お腹ペコペコですの!」
ユコもうんざりして、非難の声を上げてくる。
「ラム! リリスと代わって!」
「それだとまた君とリリスの肘がぶつかって、揉めることになるからダメだ」
肘がぶつかっただのなんだので、前回の食事の時は揉めたものだ。今回はそうするわけにはいかない。
「むー……、リリス! 右手で食事しろ!」
「あなたが左手で食事すれば済むことじゃないかしら?」
ソニアはリリスに突っかかっていったが、リリスはいつも通り落ち着いて受け流す。さらにリリスは、ソニアの胸を指ではじいて挑発した。ブラウスに収まりきらない大きな胸を突いてくるのだ。
ソニアはリリスの手をはじくと、すぐにリリスの太ももに手を伸ばした。そしてサイハイソックスに手をかける。ソニア得意の、謎の靴下ずらし攻撃だ。
ソニアは、この攻撃がいつも余裕綽々なリリスを動揺させるということを知っていた。いや、普通の人ならそんなことをされて慌てないほうが不思議だが。
むろんリリスはそうはさせじと、上からソニアの手を押さえて防ぐ。
「やめろってば……」
ラムリーザはため息をついて、ソニアの肩に手をやって引き寄せながら言う。
「……いいかげんにしないと、僕とリゲルが場所を代わるぞ」
「えっ、そんな……」
ソニアは、慌ててリリスから手を引いてラムリーザのほうに向き直る。そしてリゲルのほうを見て、彼の冷ややかな視線に気がついて「あうぅ……」と言ったきりおとなしくなった。
食事に入る前からなぜ揉めるのだ。まったくめんどくさい。ただし、ソニアだけだが……。
食事が始まってからは、なにも問題は起きずに静かに進んでいった。基本的に、ソニアが口を開かなければ、七割方は騒ぎにならない。
食事が終わってしばらくしたところで、ステージ上のジャンがラムリーザのほうを見て目配せしてきた。ラムリーザがリリスのほうをチラッと見ると、ジャンが頷いたので、ラムリーザも頷き返した。
「なんだろう、ステージに人が集まってきたよ」
「なにかしらね、人集めて特別なイベントでもやるのかしら」
「みんなの世界とかを歌うのか?」
ソニアとリリスは、なにやら二人で話しながら詮索している。
そこに、ジャンからの呼びかけがあった。ジャンは、ステージ上から客席のほうに挨拶した。
「今日は実にめでたい日です。ソニ――じゃねえわ、リリス・フロンティア、どうぞステージへ~」
リリスは、言われた瞬間は何のことやらよくわからないといった風な顔をしていたが、すぐに言われた通りにステージへ向かっていった。
それを見てソニアも立ち上がり、リリスについて行こうとした。だがラムリーザはその腕を掴んで座らせる。
「なんで? あたしたちのグループって二枚看板だよね? なんでリリスだけ呼ばれるの?!」
「いいから騒ぐな」
ラムリーザは、ソニアの肩に手を回して抱き寄せて黙らせる。
一方ステージに呼ばれたリリスは戸惑っているようだ。それに、他のグループも集まっていて、そのメンバーの視線が集中しているので、表情を強張らせていた。
「それでは、リリスに送るこの歌をどうぞ!」
ジャンの掛け声で、ステージ上で音楽が始まった。「さぁ、みんなでパーティーだ!」と、軽快なロックンロールのバースデーソングや、彼女はいい人、みんな知ってる、の繰り返しを歌っている。
そして歌が終わるとともに、ジャンは「ハッピー・バースデー」と言って花束をリリスに渡し、他の人たちも口々に「おめでとう」などと声をかけ始めた。
「とまぁ、そういうことだ」
きょとんとした顔をしているソニアに、ラムリーザは説明してあげた。
「今日はリリスの誕生日だからね。ジャンに何かイベントやってくれって頼んでいたんだ」
「ふんっ」
ソニアはふくれっ面でステージから顔を背けた。みんなにちやほやされているリリスに嫉妬でもしたか?
「リリスもみんなに囲まれて祝福されて――って、まずい!」
ラムリーザは思わず声を張り上げてしまった。それもそのはず、リリスは取り囲まれた大勢の視線に、完全に取り乱してしまっていた。目を見開いて、表情が強張っているのがラムリーザの席からもわかった。
「それではリリス、一言どうぞ!」
リリスの様子に気がついていないジャンは、リリスにコメントを促した。
しかしリリスは、「お、あ、お、お、あ、お……」と呟くだけで、完全に挙動不審で、怪しい状態だ。
「ん? どもった?」
ジャンは首をかしげ、周囲の人たちも不思議そうに見つめている。
それは仕方ないだろう。まさか、『ラムリーズ』の主役の一人が、人の視線を気にするシャイガール(ちょっと違うか?)だとは想像もつかないだろう。
徐々にステージ上の空気が、気まずいものになっていく。
「まずいな……」
ラムリーザは呟いた。この状況を打破するためにできることは……。
チラッとソニアを見る。ソニアは不満そうに頬を膨らませて、ステージ上で挙動不審なリリスを横目で睨んでいる。これを使うか、とラムリーザは考えた。
「ソニア、リリスに不満があるのなら、そこで拗ねてないで好きなだけぶつけてきたらいい」
ラムリーザはそう言ってソニアを立たせると、ステージのほうにポンと押し出した。
取り繕っていても仕方がない。ステージに蔓延しつつある妙な空気を吹き飛ばすために、あえて爆弾を放り込むことにしたのだ。
何が起きるか、そこから先のことは何も考えていない。
だが、何もしなければ先に進まないのも事実だ。
ソニアは、ラムリーザの意図を把握していたわけではないが、つかつかとステージのほうへ向かっていった。すぐにステージの前にたどり着き、リリスの正面に仁王立ちになる。
ステージはそれほど高くなく、階段二段分の高さぐらいだ。そのため、ソニアの目線はリリスの腰辺りだ。
リリスは、ステージ上で口をパクパクさせながら、ソニアを見て――いや、見ていない。目のやり場を探すように、視線だけをキョロキョロとさまよわせている。
「ふんっ、リリスは祝ってもらえたのにお礼の返事もできないんだ」
ソニアは、不満丸出しでリリスを責め立てる。しかし、リリスはいつもと違ってソニアに反論できない。
「あ、いやっ、その……」
リリスはそう言うのが精一杯のようだ。
そんなリリスを見てソニアは、ますます不満顔を強くしていく。
「好意的な視線なのに何をびびって――」
ソニアは何か言いかけて、その言葉を飲み込んで別の言葉を続けた。その際に、ステージギリギリまで進み出て、リリスに手が届く位置まで移動した。
「――まあいいや。何を、リリスのくせに内気ぶっているのよ!」
ソニアはそう叫ぶと、突然リリスの太ももに手を伸ばし、履いているサイハイソックスに手をかけると、一気にふくらはぎのあたりまでずり下げた。ここでもその謎攻撃を狙いますか。
「ちょ、ちょっと! 何すんのよ!」
さっきまで青白かったリリスの顔が、みるみるうちに赤くなっていく。リリスに対してソニアの責めは終わらない。
「今更内気な少女なんですーっ、てのが通用すると思ってんの?! 中途半端能力嫌味魔女の癖に!」
「中途半端ってなによ、それあのゲームの使えない魔女のことじゃない! そんなことよりも、あなたに私の気持ちがわかってんの?!」
「わかるわけないじゃない、いつもいじわるばっかりして! 器用さも中途半端、法力も中途半端の癖に!」
「くっ……」
リリスはソニアにいつもとは逆にやり込められて、先ほどまでの取り乱した様子はどこかに行っていた。周囲の視線に対する動揺よりも、ソニアに対する怒りのほうが勝ったのだ。
とりあえずソニアにずらされた靴下を直したいが、手は花束でふさがっていてできない。
「まだやられ足りない? うひょっひょっひょっ」
ソニアは妙な笑い声を上げながら、リリスの反対側の太ももにも手を伸ばし、もう片方のサイハイソックスも思いっきりずり下げた。その瞬間、リリスの頭の中でパチンと何かが弾けた。

次の瞬間、リリスは近寄ってきたソニアの頭を、持っていた花束でフルスイングしていた。
辺りに花びらを撒き散らしながら、ソニアはびっくりして後ろに尻餅をついてしまった。
「ふっ、ふえぇっ、なっ、何すんの――っ!」
「それはこっちの台詞よ! この変態乳牛!」
リリスは、手に残った花束の茎の部分をソニアに投げつけて、自由になった手でずらされた靴下を直しにかかった。
顔を花びらまみれにしたソニアは、立ち上がろうとして後ろによろける。だがその瞬間、後ろから誰かに支えられて倒れずに済んだ。
「フン、それが水だったら、水も滴るいい女とでも言っていいけど、あなたの場合花だから――鼻水でいいわ。鼻水滴る変態乳牛さん、くすっ」
リリスはいつの間にか普段の様子を取り戻して、ソニアに対して強気に嫌味を放つようになっていた。
「何が鼻水よ! 何が変態――っ? リリスが鼻水を全部飲み干せばいいんだ!」
ソニアはそのまま支えてくれた人を振り払って、リリスに突進する。そのまま真正面から顔と顔を突き合わせた。
「何かしら? 何か言いたいことでもあるの?」
二人は顔と顔が密着しそうなぐらい近づいている。それほど近寄るということは、二人の胸と胸は完全に密着して押し合っているのだ。
「ほぇ~すげえな」
何やら観客席から、口笛と共に冷やかすような声援が飛んでいる。
そんなことはお構いなしに、二人はにらみ合ったまま動かない。
「よし、こんなところかな」
ラムリーザは、リリスがいろいろと吹っ切れたように見えたので、爆弾の回収に向かった。
「なぁに?」
ソニアは、ラムリーザに後ろから抱きかかえられて、首をかしげた。
「もう十分やったからね。あとはリリスに任せよう」
「やだ! この魔女が主役なんて――ふぇっ?」
ラムリーザがソニアを抱えたときに、誤って胸についているスイカを握ってしまったので、ソニアは変な声を上げてしまう。
「ふえぇ……」
ソニアは不意をつかれてしまい、完全に抵抗できない状況に陥っていた。
リリスはその様子を見てフンと鼻を鳴らすと、ぽかーんとしているジャンの方を振り返ってマイクを受け取ると、いつもの自信満々な顔に戻って語りだした。
「皆さん、今夜は私の誕生日を祝ってくれてありがとう。残念ながら頂いた花束は、そこで妙な声を上げている変態乳牛に破壊されてしまったけど、皆さんのあたたたたたかい心遣いは忘れないわ。本当にありがとう!」
一部怪しい部分があったが、しっかりと言い切り、ステージでガッツポーズをして見せるのだった。
リリスはジャンにマイクを返して、ふぅとため息を吐く。そして、誰に語りかけるでもなく、独り言のように呟いた。
「この変態乳牛見ていたら、私がいつまでも過去のこと気にしているのが馬鹿らしくなったわ」
そして、ラムリーザに引っ張られて変な悲鳴をあげているソニアを、悪戯っぽい目で見下ろしているのだった。この時リリスは、過去のトラウマから、ほとんど自由になりかけていた。
「あ、ジャン。やっぱりもう一度マイクを貸して頂戴」
リリスは何かを思いついたのか、再びジャンからマイクを受け取った。そしてステージを降りていくと、ソニアの方に近づいていった。
ステージの上で花びらを散らしながら笑っているリリスは、校内ライブをして失敗したあの日に涙をこぼしていた少女とは、もう別人のように見えた。
――ああ、ようやく本来のリリスが戻ってきたんだな、とラムリーザは胸の内でそっと安堵した。
そのリリスが何をするのかと思いきや、持ってきたマイクをラムリーザに抱えられてもがいているソニアの口元に近づけ……。
この先は、あまりにもカオスで、表現しがたい雰囲気がクラブ内を支配することになってしまうので、今回はここでおしまいにしておこう。
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