お嬢様と幼馴染、どっちを選ぶ?
盛歌の月・守護者の日――(現暦換算:七月二十七日)
自動車教習合宿が始まって、一週間ほどが過ぎていた。みんな順調に、それなりに上達していっていた。
最近では、教習所内に留まらず、実際に公道に出て運転する練習も始まっていた。
ラムリーザは、執事の運転する車で出かけたことは何度もあるが、自分で運転したのは当然初めてのことだ。
当然、他の一般車両も走っている。初めて公道に出たときなど、すれ違うたびに思わず避けそうになるのをこらえるので精一杯だった。
夕食後、ラムリーザはリゲルと二人で、夜風に当たるために教習所の敷地内を散歩していた。教習所のコースを囲むように、草原が広がっているのだ。二人はコースに沿って、その草原をぐるりと回っていた。
「なあ、ラムリーザは車を手に入れたら何がやりたい?」
「そうだなぁ……うーむ、まだその先は考えてないや」
「それならば、まずはユライカナンに向かって伸びている鉄道路線に沿って、行けるところまで行ってみるってのはどうだ?」
「いいね、もう半分ぐらいまでは伸びたかな」
そこでリゲルは、まるで脅すように声のトーンを落として言った。
「ソニアは連れてくるなよ」
「な、なんで?」
思わず聞き返してみたが、ラムリーザはリゲルがソニアを拒絶しているのは、なんとなく気がついていた。やはり落ち着いた感じのリゲルには、ソニアの明るい能天気さは鬱陶しいというわけか。
「そんなこと言ったって、ソニアが行きたいと言えば連れてくるよ」
「ふう……、女は一人までだぞ。車に六人も乗せるとなると、ミニバン以上が必要になる」
「ああ、そういうことね」
ソニアを連れて行くとなると、リリスやユコもついてくるかもしれない。そうなると、サイズの大きい車が必要になるわけだ。リゲルも運転は初めて、いきなり大きい車は避けたいところだった。
気がつけば草原を一周して、建物まで戻ってきていた。
建物に入る前に、ラムリーザはリゲルのほうを振り返って、「それはそうとして、ソニアもうるさいけどいい子だぞ。そんなに嫌悪しなくてもいいと思うけどな」と言った。
それに対してリゲルは、ラムリーザから視線を逸らして答えた。
「ソニアを見ていると、腹が立ってくる――」
「わかったよ」
ラムリーザは、リゲルの言葉を遮り、最後まで聞かずに建物の中に入っていった。嫌なものは嫌だ、無理に合わせる必要もない。ラムリーザ自身にも、そう考えているところがあるのだから。
一人残されたリゲルは、自嘲気味に笑って、「――とは少し違うな」と呟く。
「一途なソニアと、それをしっかり受け止めているラムリーザを見てると、俺自身に腹が立ってくる……」
その言葉をかき消すかのように、一筋の風がひゅうと流れていった。
ラムリーザは教習所の建物に入り、玄関近くにある談話室を通り過ぎようとしたところで、中が騒がしいのに気がついた。
なにやら幼馴染がどうだの、キャラクター性能がどうだのと言い合っている。そしてその声の主はソニアとリリスで、特にソニアの声などは、部屋の外まで響いているのだ。
ラムリーザが、「さて、ここはどうするか。仲裁するか、スルーするか」と考えていると、遅れて建物に入ってきたリゲルに肩を叩かれて言われた。
「ハーレムの住人が荒れていたら、主人が治めるべし」
「な、なんだそりゃ……」
「俺は部屋に戻る。あまり騒がせていたら周りに迷惑だぞ。それじゃあな」
リゲルはそう言い残して、一人でさっさと個室に戻って行ってしまった。
一人残されたラムリーザは、仕方なくハーレム――じゃなくて、騒ぎの中に飛び込んでいった。
「これはちょうどいいところに来てくれましたわ、ラムリーザ様!」
ユコは、ラムリーザの姿を見つけるなり、早く何とかしてと言わんばかりに手を引っ張って騒動の中へと連れ込んだ。
「君たちはさっきからいったい何をギャアギャア騒いでいるのかね?」
ラムリーザは、やれやれと言った感じで二人に問う。
ユコとロザリーンは困ったような顔で聞いているだけで、ソニアとリリスの二人だけが顔を真っ赤にして口論していると言ったところか。それは、ラムリーザが入ってきたのにも気づかないぐらい、白熱したやり取りだ。リリスもだいぶソニアに感化されてきたな……。
「幼馴染!」「お嬢様!」
よく分からないが、ソニアは幼馴染推し、リリスはお嬢様推しといったところか。しかし、これでは何が何やらさっぱり分からない。
「えっと、二人は何の言い争いをしているんだ?」
ラムリーザは、ユコとロザリーンに聞いてみた。
「えっと、ゲームの話なのですが……」
それは、とあるロールプレイングゲームの話だった。魔物使いの主人公が、勇者である息子と一緒に魔王を倒すというゲーム。二人は、そのヒロインについて口論をしているのだ。
「ああ、そのゲームならソニアがやっているのを見たことがあるな」
「そのゲームには、妻を選択する場面があるでしょう?」
「あったかな……、あったような気がするけど……」
ラムリーザは、実際にプレイしたわけではなく、ソニアがプレイしていたのを見ていただけなので、細かいところまではあやふやだ。
ソニアが息子に「ラム」、娘に「リーザ」と名前をつけていたのはなんとなく覚えている。
子供ができるのなら主人公は夫婦になっているはず、ロザリーンが言うように、妻を選択する場面があるのかもしれない。
「それで、幼馴染とお嬢様、どちらを選ぶのが正しいかで揉めているんですの」
「やれやれだ……」
ラムリーザは困ったような視線を、口論中のソニアとリリスに向けた。
その時、ようやくソニアはラムリーザが近くまで来ていることに気がついて、大声でまくし立てた。
「ラム! ラムはもちろん幼馴染を選ぶよね?!」
リリスもラムリーザに気がついて、ソニアに負けじと言ってくる。
「ラムリーザは、やっぱりお嬢様がお似合いよね?」
「いや、話が見えんて。えーと、どちらを選択するのが正しいか判断しろってことかな?」

「「もちのろんのろんのろん!」」
ソニアとリリスは、声を揃えてラムリーザの問いに答えた。よくそんな変な言い回しを、ぴったりと合わせられたものだ。
「と言ってもな、僕はその幼馴染とお嬢様が、どういったキャラクターなのか分からん。二人ともそれぞれの利点を述べてくれ。それを聞いて判断する」
そういうわけで、ソニアとリリスの二人は、それぞれの推すヒロインについて交互に語り始めた。
「幼馴染は、子供の頃一緒に冒険した思い出があって、固い絆で結ばれてるの!」
「お嬢様は幼馴染と違って、回復魔法を使うことができるわ」
「幼馴染は気が強くて、主人公のことをぐいぐい引っ張っていってくれるの!」
「お嬢様は、幼馴染の使えない最強の攻撃魔法が使えるわ」
「幼馴染は、結婚前夜にいろいろと気になって眠れないの!」
「お嬢様を選ぶと、富豪の父からいろいろなアイテムやお金がもらえるのよ」
エトセトラ、エトセトラ……。
ラムリーザは、二人の言葉をうんうんと頷きながら聞いていた。
だが、正直、めんどくさいとしか思えなかった。なぜこんなことで二人は争わなければならないのだろう……。推しごとも、これではまるでお仕事だ。
そういうわけで、二人の推しが止まったところで、ラムリーザはどうでもいいことを聞いてみることにした。
「えーと、おっぱいの大きさは?」
「そりゃあもちろん幼馴染のほうが大き――」
「このゲームにおっぱいの設定はないわよ」
「髪の色は?」
「どっちも緑じゃないわ」
髪の色に対するリリスの答え方は、いろいろとラムリーザに対してうまい。
「というのは冗談として、これってゲームだよな?」
ラムリーザは、念を押すように聞いてみる。
「「ゲームよ」」
それに対して、二人は同時に答えたのであった。
そこで、ラムリーザは結論を出した。
「僕はお嬢様を選ぶよ」
ラムリーザの答えを聞いて、二人は得意げな表情を浮かべたり、絶望的な表情を浮かべたり。
「さすがね。ラムリーザは分かってる」
「なんで?! ラム、幼馴染だよ?! あたしだよ?!」
選ばれた勝ちヒロインは余裕を見せ、選ばれなかった負けヒロインは言動がおかしくなる。
「いや、さっきゲームって言ったじゃないか。なんで君が出てくるんだよ。ゲームなら、性能のいいキャラとか、ボーナスアイテムのほうが重要なんじゃないかな?」
ラムリーザは、普通にゲームとして有利なほうを選んだつもりだった。
というよりリリスの説明は、いかに自分の推すキャラが有利かということに重点を置いて語ったのに対して、ソニアの説明は感情論でしかない。
物語としてなら感情移入は大事とも言えるが、ラムリーザはその物語を詳しく知っているわけではない。
だから、キャラクターとして有能だと思うほうを選んだのだ。
「ラムはお嬢様を選んで、幼馴染のあたしは捨てちゃうんだ……ぐすっ」
納得の行かないソニアは、涙声で訴える。
「だからゲームの話だろ? それとも何か? これは心理テストでもやっているつもりか?」
「いいえ、ゲームよ。ラムリーザはいい選択をしたわ」
「ふ、ふえぇ……」
「ったく、めんどくさい! だったら君は気が強くて僕をぐいぐい引っ張っていってくれるのか?」
「あたし引っ張る! 気の弱いラムを助ける!」
「ラムリーザの足を引っ張るのね、くすっ」
「うるさい、効率厨!」
どうやらこのままでは論争は終わりそうにない。しかもラムリーザは、自分では自覚がないのに、気が弱いことにされてしまった。
そこで、さっさとこの話に決着をつけて終わらせることにした。基本的に騒いで迷惑になるのは、声が高くて響くソニアのほうだ。だから、この場合ソニアを黙らせれば問題ない。
「わかった。よくわからないけどわかった。やっぱり幼馴染のほうがよさそうだ。そっちを選ぶよ」
「ほんと? やった!」
ソニアはとたんに元気になって、ソファーに腰掛けたまま不思議な踊り(上半身バージョン)を踊りだす。いつものことながら、感情が表に出やすい娘だ。
その一方でリリスは、ラムリーザに意見をコロッと変えられて、眉をひそめて軽く睨みつけてきた。
「ラムリーザ、結局あなたはどっちなのよ」
ラムリーザは、一言「知らん」とだけ答えると、さっさとその場を立ち去って自分の部屋に戻っていった。
その後の談話室の様子はというと……。
「で、結局どっちを選ぶのが正義ですの?」
「性能のいいお嬢様キャラに決まっているでしょう?」
「ラムが幼馴染選んでくれたから、それで十分満足」
というように、ソニアが大声を張り上げなくなったので、ラムリーザのやり方は間違っていなかったということである。
――そのころ、談話室から少し離れた個室で、リゲルは一人ベッドに横になりながら、さっき言いかけた言葉の続きを、誰にも聞こえない声で反芻していた。
「一途なソニアと、それを受け止めてやれるラムリーザがうらやましいだけだ……」