教習合宿はじまりの夜、ひとりはさみしくて
盛歌の月・学匠の日――(現暦換算:七月十九日)
本日から、自動車教習合宿に行くことになっている。
ラムリーザとソニアの二人は、前日に準備していた着替えや日用品の入った鞄を持って、部屋の入り口で靴を履こうとしていた。
「ちょっと待て」
ラムリーザは、ソニアがいつものようにサンダルを履こうとしているのを見て、ストップをかける。
これから車の運転をするのだ。さすがにサンダルはまずいだろう。
暖かい南国というのもあって、年中素足で過ごしていられる環境でもあり、ソニアは、普段から基本的に素足である。そして出かけるときも、主にサンダルやミュールなど、足が露出したものを好んで履くのだ。
そして、これらの背景には、ソニアの靴下嫌いが根本にあったのだ。
普段ならそれで全く問題はないのだが、これからはそういうわけには行かないだろう。だからラムリーザは、諭すように言った。
「車の運転を習いに行くんだから、靴で行こうね」
そうは言っても、ソニアの持っているサンダル以外の靴は三種類だけだ。学校に履いていくローファー、屋外での体育の授業で使う運動靴、そしてパーティの時に履いていくパンプスタイプの靴だ。
ラムリーザは、ソニアにローファーを差し出して、「これで行くように」と言った。
ソニアは「むー……」と口を尖らせるが、ラムリーザの「これで行くか、キャンセルして留守番するかのどっちかを選べ」という選択肢を聞いて、しぶしぶ靴を受け取った。
「裸足で靴を履いていたら靴擦れするかもしれないだろ、靴下も用意しなさい」
ラムリーザは、だんだんと自分は子供をしつけているのか? という気持ちになってしまった。
「靴下持ってない」
「嘘をつくな」
「だってほんとだもん。こっちに来るときに、いままで持ってたの一つも持ってこなかったもん」
そう言われてみて、そういえばソニアの普段着は裸足以外見たことがないと思い返す。
「んー……そうだ。学校に履いて行ってるのがあるじゃないか、それで行こう」
「嫌だよ、あんな長いの」
「学校じゃないから持ち上げなくていいから。ほら、いくつか替えも鞄に入れる。早く履いて準備する。出かけるのにどれだけ時間かかっているんだよ、まったく……」
ラムリーザは、ぐずぐずするソニアに、だんだんイライラしてきた。
「むー……」
ソニアは、ぶつぶつ文句を言いながら、それでもラムリーザがイライラしているのを察して、言うとおりに行動して準備を完了させた。
ラムリーザとソニアが待ち合わせ場所に指定していた駅前のバス停に着いたとき、二人以外のみんなは既に集まっていた。
ラムリーザが姿を現すと、リゲルがつかつかと近寄ってきて言った。
「おい、お前は早く来い。俺がハーレムみたいになって迷惑だ」
「いや、そんなこと言われても……」
今日遅くなったのはソニアがぐずぐずするのが悪いのだし、リゲルもハーレムという立場をもっと喜べ、などとラムリーザは思ったが、ひとまずは「善処する」とだけ答えておいた。
以前エロゲに詳しいと言っていたリゲルだから、エロゲの主人公周りの環境はよく知っているのだろう。
その後、教習所行きのバスに乗り込んで、教習所に向かっていった。場所は町の西側にあるアンテロック山脈の中腹。そこに、自動車教習所があるのだ。
その途中、ラムリーザは前の席にいるリリスに話しかけた。
「リリス、今度暇なときに頼みたいことがあるんだけど。ソニアのことで」
リリスは、話しかけられたときに最初はわくわくした感じで聞いていたが、ソニアの件だと聞いて、わかりやすい落胆の表情を見せる。
「いいわ、買い物かしら?」
「うん、サンダル以外の普段履きの靴を選んでやってくれ。あと靴下。ソニアの持っている衣類は、極端な偏りがあるみたいで困る……」
リリスは、一言「いいわ」と答えて、前を向き直った。
そして、いよいよ自動車教習合宿での生活が始まった。
受付を済ませると、番号札のついた鍵を渡された。どうやらこれが個室の鍵なのだろう。
ラムリーザが荷物を置きに部屋へ向かおうとしたら、ソニアに呼び止められた。
「ラム、部屋番号何番?」
「ん、402号室だけど」
「402……ん、ありがとう」
なんだろう。こんなところでも部屋に遊びに来るとでも言うのだろうか。
与えられた個室はそれほど広くなく、小さな机とベッド、そして小さなクローゼットがあるぐらいだった。
「狭いな……」
ラムリーザは呟いたが、世間一般から見れば普通の個室といえるだろう。ラムリーザが今まで暮らしてきた部屋が、普通以上に広すぎるだけなのだ。
次に集まる時間までゆっくり休もうとベッドに転がってみたが、普段使っているのがダブルベッドなので、これまた狭く感じてしまうのだった。
この日の午前中は、映像授業が一つ、実技が一つだけあった。
授業中、リリスのほうはユコが、ソニアのほうはラムリーザがそれぞれ監視して、きちんと聞いているかどうか様子を確認していた。
この二人は、授業というものを真面目に聞いていないという前科があったので、また今回も同じように試験の成績が悪いという結果になりかねないのだ。
実技では、実際に車に乗って運転するのだ。最初はハンドルを切る感覚がつかめずに、縁石にぶつかってしまった。

しかしこれは慣れていくしかない。教習所だから許されることだが、これを公道でやってしまえば大騒ぎになってしまう。
そんな感じで、特に大きな問題もなく、みんな教習を無難にこなしていった。
昼休み、ラムリーザたちは食堂で昼食を取っていた。
そこで、ラムリーザが個室について感じたことを述べるよりも先に、ソニアの不満が口に出た。
「あー、個室狭っ」
「黙れ、棚ぼた贅沢庶民」
だが、すぐにリゲルの攻撃的な一言で一蹴される結果となってしまった。
「いやぁ、僕もそう思ったんだけどね」
「ラムリーザが思うのは仕方ない。だがソニアがそう思うのは贅沢だ」
「なんでよー」
「ところでさ、ラムリーザとかって、免許取る必要あるのかしら?」
リリスは、ソニアの文句を遮ってラムリーザに聞いた。
「ん? なんで?」
「ラムリーザ様って自治領主様だから、運転手付きのリムジン乗ってるイメージですわ」
「ああ、将来はそれでいいけど、今は遊びたいだろ? 車があると行動範囲広がるよ」
ラムリーザは、もう「自治領主」発言に突っ込むのは止めた。ユコは、勝手にどこか知らないけど自治領主夫人にでもなるがいい。
「俺はいずれ必要になるだろうからな」
輸送関係の仕事があるリゲルは、将来車を使うことは多いだろう。
「私はとりあえず取っておくという形になるかなぁ」
そう言ったロザリーンが、一番縁がないかもしれない。
リリスとユコは一般人だから、持っておいて損はないだろう。ソニアは……うん、車を運転するとなると不安が募るのは、彼女に対する偏見になるのだろうか。まぁ持っておいて損はないだろう。
「とにかく、車があるとみんなで遊べる手段の幅が広がるよ」
「なるほどね」
みんなラムリーザの意見に同意してくれたようだ。
そして食事が終わり、次の教習の時間までみんなのんびりと過ごし始めた。
「ユッコはなんでお薬飲んでるの? どこか体の具合悪いの?」
ユコが何か錠剤を取り出して飲み始めたので、ソニアが不思議そうに尋ねた。
「豊乳丸ですわ」
「ほうにゅうがん?」
「市販のバストアップサプリよ、ソニアも使ってみます?」
「い、いいよ。そんなおぞましい薬なんかいらない!」
ソニアにとっては、冗談じゃないと言った類の薬、いや、サプリメントだ。
現在すでに98cm(J65)ある状態なのだ。
胸の成長に関しても、去年の四月時点で90cm(G65)、二年前で82cm(D65)と、この二年間で驚異的に成長している真っ最中だ。一年で三段階ずつカップが上昇している計算になる。
すでにこれまで着ていた服はすべて着られなくなり、ふわふわニットをだぶつかせて体型を隠していたこともあった。
そんなソニアにとって、バストアップサプリというものは、恐ろしい薬そのものであった。
初日の教習がすべて終わり、さらに夕食も終わり、ラムリーザは割り当てられた自室でのんびりとしていた。
先述の通り部屋はそれほど広くないので、ベッドに横たわりそのまま電気を消して眠りに落ちるのを待っていた。ただし、なぜだか知らないが、どこか物足りなさというものを感じていた。
その時、部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「こんな時間に誰だ? 開いてるから、どうぞー」
カチャリと扉が開いて、誰かが入ってくる。だが、部屋の電気を消していたので、暗くて誰が入ってきたのかわからない。
そこでラムリーザは、ベッド脇に置いてある電気スタンドの明かりをつけた。
ソニアだった。
彼女は少し悲しそうな表情でラムリーザを見ている。
「ん、もう寝る時間だぞ。こんな遅くに何の用?」
「ラム……」
少しの間、二人は目を合わせたまま沈黙が続いていたが、ソニアはスッと目を伏せる。そしてそのまま黙ってベッドに潜り込んできた。
そして、ラムリーザにくっつくように身を寄せてきて、そのまま静かに寝息を立て始めた。
そして同時に、ラムリーザの感じていた物足りなさが解消されたのであった。
ラムリーザは、やれやれそういうことか……と二重の意味でそう思いながら、電気スタンドの明かりを消して、眠りにつくことにしたのである。
ソニアはただ、いつもどおりに腕の中で眠っているだけだ。
彼女のほうがよほど「ラムリーザ依存症」なんだろう――と思いながらも、そのぬくもりを悪くないと感じている自分もいる。