マイン・ビルダーズ後編 ~イッツ・パーティ・タイム!(全滅)~
真藍の月・精霊の日――(現暦:6月25日)
新しい朝がやってきた。空がだんだんと明るくなってくる。
日の出とともに、夜の間うろついていたゾンビは燃え始めて、そのうち消え去った。
ラムリーザは、建物のドアを開いて外の景色を眺める。青い空、白い雲、木々のざわめき、そしてどこまでも広がる草原。再びそこには、ラムリーザの理想とする光景が広がっていた。
近くの湖では、リゲルが昨夜のうちに作り上げていた釣竿を使って、釣りを楽しんでいる。
釣れた魚は、ロザリーンが建物の調理場の倉庫まで運んでいる。
ユコのほうはというと、建物の周囲に作り上げた小麦畑から、小麦を刈り取り、同じように調理場の倉庫に運び込んでいる。
そして二人は、それぞれ持ち寄った材料を使って、料理を始めるのだった。
まるで昨夜の出来事など、悪い夢でも見ていたのだろうか――そう思わせるほどの平和な日常が戻ってきた。
ラムリーザ自身は、近くの木を切り取り、それを加工して武器を作っていた。武器として剣を作ることができるようで、それをソニアとリリスに持たせる。
昨夜のこともあり、二人は建物の中から出て行こうとしなかったが、ラムリーザから武器を受け取ると、とたんに元気を取り戻した。
「これで勝つる!」「お遊びはこれからだ!」
二人は叫びながら、再び大草原へと飛び出していった。
「作戦は命大事にだからな、あと日が暮れる前に帰ってくること!」
だがラムリーザの言葉は、二人の耳に届いていたかどうかはわからない。
このように、ラムリーズの面々は、自由な世界を満喫していた。狩りに出る者、生産する者、料理する者、みんながやりたいことをやっていた。
フリーダムな世界、ユートピアとでも言うのだろうか。いやいや、これは「マイン・ビルダーズ」というゲームのお話だ。これまでの話はゲーム内での出来事で、会話はヘッドセット越しの通信だ。
「わー、よく切れるねー!」
そう言って、リリスは羊を、ソニアは牛を狩り続けている。豚だけはなぜか狙われずに放置されているのだが、なぜだかわからない。
「二人とも戦士ですわねぇ」
いつの間にかラムリーザの傍に来ていたユコが呟いた。
「ほら、こういった原始生活では、男は家庭を守って、女は外に戦いに出るというじゃないか」
「ラムリーザ様、それは逆じゃないですか?」
「うむ……、まぁそれはいいや。どうせならあの二人には、次はビキニ・アーマーでも着てもらおうかな」
「ラムリーザ様のエッチ!」
「聞こえてるぞ。こんなちっぱいボディでビキニなんか着たくない!」
「私たちがビキニ着るなら、ラムリーザもビキニパンツ履くのね?」
「はい、みんな作業に戻ってがんばろうー」
ラムリーザは、話がおかしな方向に行きかけたのを制して、それぞれの作業に戻るよう促した。元はと言えば、ビキニ・アーマー発言が悪いのだが、それは置いておこう。
ユコは、ラムリーザから離れると、昨日(ゲーム内で)作成していた牧場のほうへと向かっていった。そして、さらに家畜を集める作業を始めたのである。
そして一人になったラムリーザは、建物の上に造っていた塔の屋上に向かい、そこから周りの景色、動いている仲間たちを眺めているのであった。作業するよりも、みんなを見守っているほうが性に合っていた。
ときどき、ここに立っていると、どこかで同じ景色を眺めていたような妙な既視感が胸をかすめる。けれど、ゲームだと自分に言い聞かせて、ラムリーザはその感覚を特に掘り下げることはなかった。
空は徐々に赤みを帯びていき、やがて夕方になった。
ラムリーザは塔の屋上からその景色を見ながら、なんとなくこれまでのことを思い返していた。
新開地開発のために帝都を離れると決まったこと。ソニアと正式に交際すると宣言したこと。やってきた新天地で新たにできた友人たち。不安から来るソニアの暴走という名のゲームイベントの模倣。雑談部と化して音楽活動をしない日々。ネットゲームにのめり込み、廃人化しかけた美少女たち。やっとこさバンドとして活動しはじめた時に発生したリリス問題。
どれもこれも、今になって思えばいい思い出だ。「ラムリーズ」を作ってよかった、この五人とめぐり合えたことに感謝。ラムリーザは一人、物思いにふけっていた。
こんなふうにみんなで笑っていられるなら、ここが本当の世界で、あっちが夢だったと言われても信じてしまいそうだ――ラムリーザは、そんなとりとめのないことまでぼんやりと考えていた。
そうこうしている間に、日が落ちて辺りに闇が訪れた。
辺りは暗くなり、かがり火に囲まれた建物周辺だけが輝いている。
リゲルは釣りを切り上げ、建物の中に退避してきて、ロザリーンもそれに続く。
そこでラムリーザは、今回もソニアとリリスが戻ってきていないことに気がついた。
「ソニア、リリス、直ちに帰還せよ」
ヘッドセットのマイク越しに、二人に呼びかける。
「大丈夫、今回はラムの作ってくれた剣があるから」
「そうね、私たちに直ちに影響はないわ」
「ふむ……」

そう言っている間に、この夜も土の中からゾンビの群れが現れて徘徊しはじめた。そして二人の姿を見つけるや否や襲い掛かってくる。だが、今回は前回とは違う。
「ラムの作ったこの『ラムソード』を食らえ!」
「ラムソード、なんだか弱そう、くすっ」
「リリス、君にはもう作ってあげないからな」
「あ、冗談冗談、えいっ!」
ソニアとリリスは、剣を振りかざして襲い掛かってくるゾンビを蹴散らしていた。
その様子を屋上から見ていたラムリーザは、ふと建物近辺を見てみたところ、ユコが建物外の牧場にたたずんでいるのに気がついた。
「ユコ、夜になったから建物の中に戻ってきたほうがいいよ」
だがしかし、返事はなかった。いったいユコに何が起きた?
そのうち、ソニアのほうに異変が起きた。
ソニアは何度も剣を叩きつけて、ゾンビを撃退していたが、それが終わりの時を迎えたのだ。
「あれっ? 『ラムソード』がなくなった?!」
どうやら剣には耐久度が設定されているようで、酷使に耐えかねて壊れてしまったのだ。
突然の出来事に、呆然としてしまったソニア。そして戸惑っているうちに、ゾンビに囲まれてしまったのだ。
「ラム! 助けて!」
「無理!」
前回と同じやり取りが行われ、「いぃぃやぁぁぁ!」と甲高い悲鳴を上げるソニアであった。
――ソニア DEAD
「……またこの展開か」
そのうち、建物のほうにもゾンビが出現し始めていた。そして、立ち尽くしているユコのほうへ、ゾンビたちがじわじわと近づいていく。
「ユコ……?」
「ごめんなさいね、ちょっとお花摘みに行ってきてましたの――って、何ですのこれは?!」
「あ、戻ってきた。夜になったからゾンビに襲われるから、じゃなくて、襲われているぞ」
ユコはともかく、リリスは時間の問題だろう。
武器の剣に耐久度があるということは、リリスの使っている剣も、そのうち壊れることになるだろう。
リリスは、ゾンビと戦うのをやめて、建物に向かって撤退を開始していた。
しかし、まったく戦わずに進めるわけではなく、とうとうリリスの剣も壊れてしまった。
その頃、ユコは建物に戻ってきて、屋上まで上がってきていた。
「全くもう、安心して離席もできないゲームですわね」
「席外す前に建物に入っていればよかったのに」
「そうですわ、なぜ先にそう言ってくれないんですの!」
「そこで怒られても知らんがな……」
「えっ、そんな、なぜ? やっ、やめて!」
「ん?」
屋上でラムリーザとユコが話をしていたら、突然ロザリーンの悲鳴が上がった。
なぜ? ロザリーンは建物の中にいれば安全なはず――昨夜は、少なくともそうだった。
――ロザリーン DEAD
「ふっ、くだらんな。馬鹿な話だ」
続いて、リゲルの機嫌の悪そうな声が聞こえる。
――リゲル DEAD
次々に犠牲者が出ている。
「一体何が起きているんだ?」
ラムリーザは、この状態を理解することができなかった。昨夜(ゲーム内)は、建物の中にさえいれば安全だったはずなのに。
「ふう、やっと建物に戻ってこれた……って、な、何これ?!」
リリスは、ゾンビの追撃を振り切って建物に戻ってくることができたようだが、そこで何故か悲鳴を上げる。
――リリス DEAD
「あっ!」
突然ユコは大声を上げる。
「どうした?」
「ご、ごめんなさい、私、入り口のドアを閉め忘れたかも……」
「…………」
そして、屋上に繋がっている階段から、ゾンビの群れが姿を現す。つまり、そういうことだった。
「……だよね、建物に入ったらゾンビが待ち構えていたし」
リリスの声だけが、ヘッドセットを通じて聞こえる。
やれやれ、とラムリーザはため息を吐き、ユコのほうを振り返って明るく言った。
「ユコ、楽しかったよ、今度会った時は……」
まるで今生の別れの様にそう言い残して、ラムリーザは自らゾンビの群れの中に飛び込んで行った。
――ラムリーザ DEAD
ユコはすべてを諦めて、その場に膝をついてうなだれる。そしてゾンビはそこに群がっていき……。
――ユコ DEAD
GAME OVER
「はい、今日はここまで。明日は帝都に行くし、みんなもう寝ようね」
「ちょっと待ってラム、ユッコと今度会った時は何?」
「ちゃんとドアは閉めようね、だ。はい、おしまい」
ユコが何か言いかけたが、ラムリーザはすぐにゲーム機の電源を落としてしまった。
時間を見ると、いつの間にか夜の十一時を過ぎている。みんなラムリーザの言葉に従って、ゲームを切り上げるのだった。
ゲーム機の画面が暗転して、部屋に静けさが戻ってくる。さっきまでゾンビだのラムソードだのと言って騒いでいた声が消えると、ようやく明日のことが、現実の輪郭を取り戻し始めた。
――いよいよ、帝都での初ライブだ。
新開地に行くと決まってからの数か月余りを、ラムリーザはぼんやりと頭の中で思い浮かべた。いろいろ問題があったが、それでも「ラムリーズ」としてようやく一つの形になりかけている。
明日、帝都のステージに立つのは、そうしてぐるぐる回り道をしてきた結果の「今」だ。
勝てるかどうかという勝負ではない。ただ、これまでの全部を抱えたまま、ちゃんと前を向いて音を鳴らせるかどうかの勝負だ。
「ま、やるしかないよな……」
誰に聞かせるでもなくつぶやいて、ラムリーザは立ち上がる。ソニアも、リリスも、ユコも、ロザリーンも、リゲルも、それぞれの場所で今ごろ同じ明日を思っているのだろう。そう思うと、不思議と胸のざわつきが少しだけ静まった。
とにかく勝負の明日だ。ゾンビに追い回されたくらいで弱気になっている場合じゃない――そう自分に言い聞かせながら、ラムリーザはソニアと共にようやくベッドにもぐり込んだ。