一途でわがままな恋人
黄金の月・賢者の日――(現暦:6月15日)
ラムリーザは、浮気をしているつもりは全くない。これは自信を持って言えることだ。
リリスに「頼ったらいい」と言ったのは、あくまでリリスの抱えている障害を取り除くため、そしてグループのリーダーとして言ったことであって、男として女と付き合うからという意味で言ったつもりはなかった。
ラムリーズにはリリスが必要であり、そのために協力できることをするのは、リーダーとして当然なことだと考えていた。
この日の休み時間、ラムリーザは数人の男子クラスメイトに呼ばれて、席を離れていった。そこに、何故かソニアもついてくる。
そしてそのことに対して、「ソニアはちょっと……」と難色を示す者が一人いたので、ラムリーザはソニアを席に戻るよう促した。彼女に聞かれたくない話でもするのだろうか。
ソニアはそのことに不満を感じたようだが、そのグループに女子が存在しないのを確認すると、素直に引き下がっていった。
そして、男子生徒だけでの会話が始まった。
「ラムリーザさあ、やっぱり君はソニアと付き合ってんだよな?」
ラムリーザに尋ねたのは、クルスカイという名前のクラスメイトだ。
「うん、まあ正式に付き合い始めたのは三月の終わりごろだから、まだ三ヶ月も経ってないけどね」
「その間に、別れるとかそんな修羅場に出くわしたことってある?」
「ないよ、彼女は一見わがままに見えるけど、大事なところでは素直だからね」
「浮気とかない?」
「こほん……」
ラムリーザはリリスの顔がちらついて、思わず咳き込んでしまう。
リリスと出会ったばかりの頃は、ソニア一筋でリリスの誘惑に乗ることはなかった。だが最近になって、ラムリーズとの兼ね合いで微妙な雰囲気になってきている。それは、ラムリーザ自身がリリスに興味を持ったということが、大きな点であろう。
そういうこともあり、心の中で『それは微妙かもな』と呟いた。だから、ラムリーザはすぐに持論を展開した。
「でもそうだなぁ、ソニアに僕よりも好きな人ができて、その人と付き合うのが幸せだと感じるのなら、そうさせてやりたいね。だから、こそこそ浮気するんじゃなくて、『もっと好きな人ができた』って、堂々と言ってほしいね」
「それでいいのか?」
「もちろんよくない。でもソニアを幸せにするってのが僕のポリシーだから、ソニアが僕を好きでいてくれる限り、僕は彼女を放さないよ」
その話を聞いて、グループ内の一人の男子生徒が、「やっぱ、無理っぽいな……」と肩を落とす。
「無理? 何が?」
「あー、ラムリーザ。こいつはな、ソニアのことが好きなんだよ」
「え、本当に?」
ラムリーザは一瞬驚いたが、そういえば彼は、学校が始まった頃にソニアの髪や胸とかが好きだとか言ってたっけ、と思い出す。
「えーと、リリスじゃダメなの? いや、僕が言うのもなんだけど、ぱっと見はリリスのほうがよくない?」
思わず、ソニアの話題を逸らすためにリリスを利用してしまった。可愛いけど癖があるソニアより、直球的に美人のリリスのほうが、周囲受けは良いと思えるのだ。むろんラムリーザ自身は、その周囲に含まれていない。
「いや、リリスはなぁ……」
ソニアが好きと言ったクルスカイとは別のクラスメイトが、苦笑いを浮かべる。
その表情を察したラムリーザは、これまたリリスのことを知る機会だと思い、さらに言葉を続けてみた。
「リリスはすでに玉砕済みとか?」
「いや、リリスはそのなんというか……後ろめたい……」
「え? 後ろめたい? なんで?」
ラムリーザの問いに、彼はもう一人の男子と顔を見合わせて、再び苦笑する。
「いやなぁ、昔いじめてたあの『ちびりちゃん』が、あんなに変わるなんて……いや、未来を知ってたら……というか今さら後ろめたすぎて手が出せないわ」
「それに、『根暗吸血鬼』だったしなぁ……」
「ああ、わかった、それはもういい」
これでラムリーザは、粗方リリスについて形が出来上がった。帝都でリリスが話したこと、昨日ユコから聞いたこととつながり、リリスはこちらであまり他の男子と関わりを持たないことや、リリスを男子のほうから誘うことがないことが、なんとなくわかった。
帝都では、ジャンがすぐに口説こうとしたり、すぐに他のグループから引き抜きを持ちかけられるほどだというのに、である。
「リリスの話は置いといて――」クルスカイは話を元に戻して「――見てるだけってのもつらくなったので、いっそ最後に玉砕しようと思う。これからソニアを誘ってみるよ。ラムリーザ、悪く思わんでくれ、ソニアを借りる」
「お、おう……」
クルスカイの必死な剣幕に押されて、ラムリーザはやめろとも言えずに、彼の好きにやらせることにした。おそらくいきなり言い寄っても、ソニアと付き合うのは無理だろうが、ちょっと遊ぶぐらいなら別にいいかと思っていた。
ソニアに片思いのクルスカイは、グループを離れ、一人ソニアのところに向かっていった。そして、ソニアに声をかけてみる。
「ソニア、ちょっといい?」
「んー?」
ソニアは、興味なさそうに顔を上げて、クルスカイのほうを見た。
この時のソニアのポーズは、大きな胸を机の上に乗せて、頬杖をついてぼんやりしている状態である。それを見て、クルスカイは思わずゴクリとつばを飲み込む。
リリスも気になっているようで、チラチラと振り返ってはクルスカイを見ている。
「近くの料理屋で、若鶏のルカリス式緑風フリットが評判になっているけど、一緒に食べに行かない?」
それを聞いたソニアは、きょとんとした表情でクルスカイの顔を見ている。
そこにリリスが振り向いて、「ソニア誘われてる、もてもてね、くすっ」とからかった。
するとソニアは、クルスカイの行動を理解したのか、眉をひそめ、警戒するような目つきで一言彼に聞く。
「ラムは行くの?」
その言葉を聞いて、リリスは思わず吹き出す。
「えっ? ラムワイクノ?」
クルスカイも、予想外の返事に戸惑いを見せる。「はい」「いいえ」ではなく、「ラムワイクノ」という返事は聞いたことがない。
「ラムはラムリーザのことよ! ラムも行くなら行く。ラムが行かないなら行かない」
「…………」
この返事を聞いて、クルスカイはやはりダメだと悟った。ソニアはとことんラムリーザ一筋だということが、痛いほど理解できてしまった。彼女の言うとおり、ラムリーザも誘えばソニアを連れ出すことに成功するだろう。だが、それでは意味がない。
「若鶏のルカリス式緑風フリットね、私もちょっと興味を引かれていたのよ」
リリスは、クルスカイの顔を見て言った。そして、少しの間何かを考えているような仕草をした後に、言葉を続けた。
「ソニアの代わりに私が行こうかしら?」
「えっ、リリスが?」
リリスは黙ってうなずいた。
クルスカイは少し考えた後、リリスを誘って行くことにした。過去はどうであれ、今はクラス一の美少女といっても過言ではない。それはそれですごいことなのだ。
「リリスの尻軽女! 誘われたらほいほいついていくなんて、何それ最低!」
クルスカイが去った後、ソニアはリリスに対して悪態をつく。
「なぜそうなるのかしら? 私はまだ誰とも付き合ってないし、私のほうから行くって言ったんだけど。いつまでも過去にこだわってたらダメだもんね」
「だったらラムとデートするな!」
「してないし、それにラムリーザの彼女になったら彼には付き合わないわ。あなたも一途なのはいいけど、窮屈そうね。食事ぐらい、いいじゃないの」
「むー……ちっぱい!」
「はいはい、Jカップ様」
その後、ソニアは放課後まで不機嫌そうな顔をしていた。
放課後、部活での活動を済ませた後、リリスはクルスカイと出かけることになった。そのために、今日はわざわざクルスカイが軽音楽部部室で演奏をずっと聞いていたのだが、それが不満なのか、ソニアはずっと不機嫌だった。
そして、リリスが出かける寸前になって、ソニアが騒ぎ出してしまった。
「リリスだけずるい! あたしも若鶏のルカリス式なんとかを食べてみたい!」
その騒ぎ声を聞いて、リゲルは舌打ちしてさっさと部室を出て行ってしまった。
「あなた、自分で誘いを断っていて、今さら何?」
リリスは呆れたような表情でソニアを見て言い放った。結局のところ、ソニアはクルスカイと出かけるのは嫌だが、料理は食べたかったのだ。
「ラムー、食べに行こうよー、ね、リリス、あたしたちも一緒に行っていいでしょ?」
「……勝手にすれば?」
リリスは少し悩んだそぶりを見せたが、結局ソニアがついてくることは許可したのだった。
「いやいやいや、それはマズいだろう」
ラムリーザは、あの後クルスカイから顛末を聞いていた。だから、今日はソニアを同じ店に連れて行くのはさすがにマズいだろうと考えたのだ。
「行きたい、行きたい、行き、たぁーい!」
「……あーもう、しょうがないな。すまんクルスカイ、僕とソニアもついていくよ」
それでも、せめてもの配慮で、店には別々に入り、お互いに見えないように離れた席に座る、という形で食事をすることにしたのだ。
今日も一途だが、わがままなソニアに振り回されるラムリーザなのであった。
こんな騒ぎをひと通り終えて、ラムリーザは改めて思った。
やっぱりソニアは、自分以外の誰にも本気で目を向ける気はないんだな、と。うれしいような、ちょっとだけ窮屈なような、そのどちらも否定できない妙な気分になった。

ちなみに若鶏のルカリス式緑風フリットは、薄く衣をまとわせた一口大の若鶏に、刻んだアーケルフォッグリーフというハーブと柑橘の絞り汁を混ぜた緑色のソースがたっぷりかかった料理だった。
外はさくっとしているのに中はやわらかくて、脂っこさよりもハーブの朝もやの森っぽい香りと酸味が先に立つ、見た目よりずっと軽い味だ。
ソニアは一口かじった途端、目を丸くしてからにこっと笑って、「こういうの、ラムと一緒だから余計おいしいんだよね」と当たり前みたいな顔で言ってくる。たぶん料理そのものより、その一言のほうが記憶に残るのだろう。
若鶏の香りを思い出そうとしても、目の前でほっぺたをふくらませていたソニアの横顔ばかりが、妙にはっきりと浮かんでくるのだった。
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