午後の砂時計は理想を遊ぶ
風花の月・星々の日――(現暦:3月23日)
昼下がり、屋敷内のラムリーザの自室にて。
あの日以来、ソニアはほとんどラムリーザの部屋で過ごすようになっていた。
今日は自室から持ち込んだゲーム機で、最近プレイしている戦略シミュレーションゲームに取り組んでいる。
そして、ある場面でプレイを進める手が止まった。その場面は、主人公の上司である騎士団長が、主人公に理想と現実、どちらを選択するかという問いを課しているところだった。
ソニアはそこで選択に迷い、いったん手を置いたのだ。
「う~ん……ラムは理想と現実ならどっちを選ぶ?」
「ん~、理想かな?」
窓辺に置かれたリクライニングチェアで、外の景色を見ながらくつろいでいたラムリーザは軽く答えた。
現実を見るだけでは面白くない。やはり理想を持つというのは大切なことだ、とラムリーザは思っていた。だから、幼馴染と離れ離れになるという現実を受け入れずに、理想を押し通してソニアを無理やり連れていくことを選んだのだ。
しかし、ラムリーザのそういう考えを察することはなく、ソニアは不満そうに声を上げる。
「えー、でもそれだと虐殺しちゃうよ……」
「話がわからんな、ゲームの話だろ? 君の属する陣営の方針はどうなっているんだ?」
少し真面目に聞いてやるかと、ラムリーザは身を起こしてソニアのほうを振り返った。ソニアはゲームの映った画面を見ながら難しい顔をしている。
「なんかね、敵国を装って民を皆殺しにすることで、民の団結を固めたり、敵国の反体制派を煽って戦力分散させるとか考えているみたい」
ラムリーザの想像したよりも、深刻で難しい問題であった。
「なるほど、考えてるね。少数の犠牲で、多大な成果を得るってやつか」
「でも、罪もない人々を虐殺するなんて……」
「ソニアはここにいますか?」
そのとき、部屋の入り口の外から、フォレスター家のメイドであるナンシーの声が聞こえた。ソニアはほとんど自室に戻っていないので、ここにいると察したのだろう。
「いないよ」
そう答えたのはソニアだ。自分でいないよと言っても、まったく意味がないということに、この子は気付かないのだろうか。
「そこにいるのですね。少し用があるのですが、入ってもよろしいでしょうか?」
夜中ならともかく、今は別にやましいことはしていないので、ラムリーザは「ああ、どうぞ」と答え、入室を促した。
「失礼します」
「あ、お母さん」
部屋に入ってきたメイドのナンシーは、紐状の巻尺を持っていた。
「ソニア、ちょっといいかしら? 身体のサイズを測らせてもらいますよ」
「ふえぇ? いきなり何?」
「社交の場に出るためのパーティードレスを仕立てるためです」
これまでソニアは社交の場に出ることはなかった。だが、ラムリーザの恋人という立場になったので、それを示すために同伴する必要が出てきたというわけだ。
「あたし、ゲームやってる途中なんだけど……」
「すぐ終わるから、少しの間着ているものを脱ぎなさい」
「えっと、僕は外に出ていたほうがいいかな?」
「別にラムになら見られても平気」
確かに、あの日から毎日のように同じベッドで寝る仲になっているのだ。下着姿など今さらってことだ。ソニアはそう言って、着ていた白いニットを脱いで、キャミソールだけになる。そしてラムリーザの部屋で身体測定を始めた。
ラムリーザは、終わるまでリクライニングチェアでくつろいだまま、遠い空を見つめていることにした。
「それでは胸回りから……トップは98cmですね、アンダーは……66cm」
メイドのナンシーは淡々と測っていく。
98cm……それがどのくらいのサイズになるのかラムリーザにはいまいちわからなかった。これまで女性の体つきに対してそれほど考えたことがなかったというのもあった。これまでもソニアとずっと一緒にいたが、まじまじと体つきを観察したことはない。それに、体つきがどうかというよりも、むき出しの足が印象的でもあるのだから。
後で自分も測って比べてみたら分かるかな……とか考えていた。
「胴回り……56cm」
胸囲に対して胴回りが細いなとラムリーザは考える。最近の服装では、胸から腰にかけては寸胴に近く見えている。そう言えば初めて抱いたとき、胸回りに対して腰回りが細かったな、と思い出していた。
そして頭の中で勝手にイメージを組み立てていた。
「腰回り……90cmですね」
「まるで巨大な砂時計だな……」

「えっ? ラム、何か言ったの?」
「なんでもない」
どうやら思わず声に出してしまっていたようだ。
ラムリーザは、頭から砂時計のイメージが消えずにいたので、そのイメージを払拭させるために、ちらっとソニアのほうを見てみた。
ソニアはこちらに背を向けていたが、確かに脇から胴にかけて細くなっていて、そしてお尻のところで太くなっている。そして、肉付きの良い太ももがいいな、などとやはり思うのであった。
だが、胴の細さが意外だった。抱いたときも服の上からだったので、こうして実際に生の体を見てみると、知らなかったことがいろいろと分かる。
これまでソニアは、大きなサイズのニットを着ていて、腹の周りをだぶつかせていたので、見た目は胸から腰にかけて太い感じだった。服を着ているときと、脱いだときの印象がまるで違うな、と思った。確かにどう見ても砂時計だ。
「最後に身長……163cm。はい、これで終わりです」
計測から解放されたソニアは、もそもそと着替え直していた。そして服を着れば、やっぱり上半身はふっくらしているように見える。
だが今ならわかる。胸の下は、服をだぶつかせているだけだと。
ソニアの計測が終わったのを見計らって、ラムリーザも上着を脱ぎながらリクライニングチェアから身を起こした。
「ついでに僕も計ってくれないかな?」
「わかりました、それでは胸囲から……96cmですね」
えっ、96cm? とラムリーザは思った。
確かソニアは98cmと言ってなかったか?
自分のガタイは大きいほうだと思っていたが、ソニアはわずかではあるがそれ以上なのか?
つまりそれって……
「ソニア、僕より胸(胸囲)が大きい?!」
「あっ、あたりまえじゃないっ! 見ればわかるでしょ!」
ソニアは、顔を真っ赤にして恥ずかしがる。そして「ラムのバカ!」と言いながら、ラムリーザの部屋から逃げ出すように飛び出していってしまった。
「あれ、なんか困ることを言ったかな?」
「それは……あの子はバストが普通の子より、いえ、かなり大きいからです」
「確かに大きいよな……いやまぁ、太っているとは思ってたけど、僕より太いとはなぁ」
「太ってはいませんよ。まぁ、お腹のあたりでだぶつかせて、わざわざ太って見えるように変な着こなしをしてますが……」
ラムリーザは、ソニアがいなくなったので自分の測定は必要なくなったと考えた。
そして計測はもういいと告げ、メイドを下がらせた。
「ラムリーザ様」
メイドはドアから出る前に振り返って言った。
「ん?」
「これからもソニアをよろしくお願いします」
「……ああ」
そう言い残してメイドのナンシーは退室していった。
ふとテレビ画面を見ると、先ほどの選択肢部分で止まっている。
『……従ってくれるか? こうしなければ俺たちに明日はないッ!』
ソニアの言っていた騎士団長は、力説しているようだ。ラムリーザはその顔に、なんとなく好意を感じていた。
そしてコントローラーを拾い上げ――
『……わかっています。理想のためにこの手を汚しましょう』
――そのままボタンを押した。
うむ、大事なのは理想を貫くこと。ラムリーザは、ソニアにも理想を追い求めることを強要した。
こうして、英雄ソニアは自らの手を血で汚すことになったのであるが、それはラムリーザの知らぬところであった。
一方ソニアは、屋敷の廊下を走り抜けて、自分の部屋に飛び込んだ。
背中が熱くて、胸の奥がむずがゆかった。
どうしてあんなことで怒ったんだろう、ラムは悪気なんてなかったのに。でも、ラムは「理想を選ぶ」って言った。理想のために、あたしの身体だって「理想」でなきゃいけないのかな。
そんなことを思いながら、鏡の前に立ち自分の姿を見つめる。
大きすぎる胸、細い腰、思い切り主張する脚。
まだまだ「女の武器」なんて言葉を軽々しく使う年じゃない。
だけど、ラムが見てくれるなら、それも悪くない――そう思ってしまう。
窓の外には、春の薄曇り。
その下でラムリーザの部屋の灯りが、まだ静かに光っていた。
ソニアは、窓に手を当てながら小さく笑った。
「まあいいっか、また遊びに行こうっと」
そして、やはりラムリーザのところへ向かうことにするのだった。
その頃、ラムリーザは、ナンシーが退室して静けさが戻った部屋で、ソニアの代わりにゲームを進めていた。
ふと机の上を見ると、そこに残された測定のメモには「98cm」と書かれていた。
そんな数字だけで、あれほど顔を赤くして走っていくとは思わなかった。
――理想を選ぶ。
さっき、ソニアの問いにそう答えた自分の声が、ふと胸の奥で反響した。
理想を選んだ結果、ソニアをここへ連れてきた。けれど、あの子の身体のことも、不安も、照れも、全部まとめて受け止める覚悟を、自分はまだちゃんと持てているんだろうか。
窓の外では、春の雲が薄く流れていた。
すると、廊下の向こうから、そっと扉が開く音がした。
「……ラム、入っていい?」
さっきの涙目も、怒った顔も消えたソニアが、気まずさをごまかすみたいに、少し照れたように立っていた。
「続き、やろっか。あたし、一人だとまた選択に迷いそうだし」
「そうだな、一緒にやろう」
そう返しながら、ラムリーザは胸のどこかがふっと軽くなるのを感じた。
数字でも形でもなく、ただ、この子が隣にいるという事実だけ。それが今の自分にとって、何より確かなものだった。
理想を追いかける旅は、まだ始とまったばかりだ。
けれど、その最初の一歩をともに歩いてくれる相手がいるなら――それだけで十分だと思えた。
こうして二人はまた、午後の陽だまりの中でゲームを再開した。
しかしソニアは、ラムリーザがゲームの中で理想のために手を汚す選択をしていたことに気づいていないようだった。だから罪もない人々を虐殺する展開に進んでしまっても、誰も責めることはできない。