エルドラード帝国建国祭 ~旧友の誘い~
豊灯の月・月影の日――(現暦:5月25日)
帝都シャングリラにて、建国祭は賑わい、人出も多かった。
この日のために、地方からやって来た人も多い。
ラムリーザも、去年まで帝都に住んでいた頃は毎年のように来ており、今年も帝都を離れた後だが、こうしてまたやって来た。
凱歌の行進が石畳を震わせ、屋台の香りが風に絡む。これが帝都の「建国祭の日常」だ。
「人が多くて迷子になるかもしれないから、あまり離れるなよ」
去年まで、ソニアと妹のソフィリータを連れてきたときは、両手でそれぞれ手をつないで見回ったものだった。
だが、今日は少しばかり事情が違う。ソニアは同じだが、残る二人の連れは妹ではないのだ。
「じゃああたしは去年までのように手をつなぐ」
そう言って、ソニアはラムリーザの右腕に組みついた。つなぐと言っておきながら、ほとんど抱きついている。
「これは手をつなぐと言わない、腕を組むと言うのだ」
「いいじゃないのよー」
真顔でのラムリーザのツッコミに、ソニアは甘えるような声で反論する。
「それでは私は左手をいただきますわ」
そう言って、ユコはラムリーザの左手を握る。ソニアと違って、組みついてこないところは遠慮か?
「ちょっとー、気安くラムと手をつながないでよー」
ソニアがむくれて文句を言うので、ユコも言い返す。
「ソニアは私が迷子になってもいいっていうのね、冷たい人ですわ。くすん、くすん」
わざとらしく嘘泣きを見せつける始末だ。
「もー、今日だけだからね」
ソニアは納得がいかないようだが、今日だけは仕方ないので受け入れることにした。もっとも、ユコがラムリーザと腕を組んできたら蹴っ飛ばすつもりでいたが……。
「それじゃあ私は……」
ラムリーザの左右が埋まってしまったので、リリスは少し考えてから「前に立たせてもらうわ」と言って、ラムリーザの前に立った。
そして、後ろで手を組んで、ラムリーザの服をつかんだ。
「……動きにくい」

ラムリーザはつぶやきながら考える。これって、何の陣形? なんてハーレム状態? と。
スタイル抜群で、妖艶な雰囲気のリリス。まるで人形のようで神秘的な雰囲気のユコ。可愛くておっぱいの大きなソニア。
三人の美少女をはべらせたラムリーザは、かなり目立つ存在になっていた。
「何、あのレベルの高い娘たちをはべらせている男」
「あれって、同伴ってやつだろ?」
などと噂するヒソヒソ声が聞こえる。
ラムリーザは周りの目だけでなく、動きにくさにも難儀していた。
あまり足を出すと、前に引っ付いているリリスの足を蹴ってしまうし、両手は塞がっている。
「あれ? あの人、フォレスター家のラムリーザじゃね?」
「ああ、愛人か。身分の高い人はいいなー」
「兄のラムリアースはもっとすごかったもんな」
噂している人の中には、ラムリーザを知っている者もいるようだ。ここはラムリーザが長く住んでいた帝都だし、十分ありうる話だ。
まあこの世界、偉い人の中には、何人もの女を引き連れるエロい人がいるのも珍しいことではない。
ラムリーザも例に漏れずか、とか思われているのかもしれないのであった。
昼も過ぎたので、四人はお腹がすいてきた。
「どっかレストランでも行くか? それとも屋台で何か買う?」
その一言を聞いて、リリスとユコの脳裏にピコーンと何かが走った。
「チャンス、高級レストラン……」
「ん? 何?」
「ホテル最上階のレストラン、わお……」
「何言ってんだ、二人とも?」
リリスとユコは、妙に気分が高揚している。そんなにお腹が減っていたのだろうか。
「ねえねえ、あたし『いかめし』食べたい。屋台に行こうよ!」
「ちょっと何を言ってんのよ、折角の機会なのにそれはもったいないですわ!」
「お祭りと言ったらいかめしでしょ? もったいないって何よ!」
「折角ラムリーザさんが誘ってくれているのに!」
「だからいかめしって言ってるじゃない!」
「いかめしなんて、いつでも食べられるでしょ?!」
「左右で僕を挟んで喧嘩するな、いかめしいかめしやかましいなぁ……お前らいかめしにしちゃうぞ!」
ラムリーザは脅しになるのかならないのかよくわからない脅しをかけてみるが、周囲はちっとも静かにならない。
そもそもこのシチュエーションで、どこに口喧嘩が発生する要素があるのだ……と、ラムリーザは悩む。昼ご飯の提案をしただけなのに、なぜ荒れるのだ……。
そのとき、後ろから声を掛けられる。
「あれ? ひょっとしてラムリィ?」
ラムリーザが「ん?」と振り返ると、そこには懐かしい顔があった。

「おや、ジャンじゃないか。久しぶりだなぁ」
「ラムリィもしばらく見ないうちに三人も美女はべらせて……って、一人はソニアか。ソニアも久しぶりだな」
「ジャン、久しぶり」
ソニアはすぐに挨拶したが、初顔のリリスとユコがぽかーんとしているので、ラムリーザは二人に彼を紹介した。
「えーと、彼はジャン。小学生時代以来の付き合いで、中学生時代にバンドを組んでいた仲間なんだ。そしてジャン、こっちの黒髪のほうがリリスで、金髪のほうがユコだ」
「よろしく、ジャン」
と二人は挨拶する。
「リリスにユコか、こっちこそよろしく。しかしやるねぇラムリーザも、こんな上玉揃えてさ」
ラムリーザは咳払いをしてから、
「友達だよ。もっと言えば、クラスメイトに部活メイト」と続けた。
「あたしは恋人!」
ソニアは、二人との差を強調する。
「怪奇・鯉人間の恐怖」
リリスがボソッと呟くのを聞きつけたソニアは、「何か言った?!」と凄んだ。
「なんでもないわ、ジャンね」
ソニアの威嚇を受け流したリリスは、ジャンを観察するように見つめた。
「なによリリス、ジャンが気になるの? ラムと一緒に公園で犬や猫のう〇こを集めるような人だよ」
「ちょっ、ばっ、こらっ、そんなガキのころの愚行を晒すな! お前も一緒になって集めただろうが!」
ジャンは慌てた様子でソニアに怒り、ラムリーザも「変なことだけ覚えている奴だな」と困り顔だ。
「お前だってプールの消毒薬をラムネと間違えて食って救急車に乗ったくせに!」とジャンは反撃し、
「あれは間違えないほうがおかしい!」とソニアは開き直る。
会話の内容はちょっと変だが、ラムリーザはこの雰囲気をすごく懐かしく感じていた。離れていたのは一か月半程度だが、なんだかずっと会っていなかったような錯覚がする。
「まあいい、せっかく会ったんだ。あ、そうだ丁度いい。ちょっと込み入った話がしたいので、えーと、昼飯がまだならそこのレストランにでもいいかな?」
「ああ、別にいいよ」
ジャンが話があると言うので、ラムリーザは三人を連れてごく普通のレストランに入っていった。
三人の娘たちは少しだけ不満そうな顔をする。いかめしを食べ損なったのと、期待していた高級レストランの夢が潰えてしまって……。
四人掛けの席には三人の女の子たちを座らせ、ラムリーザとジャンは二人掛けの席に座る。
そして、適当に駄弁りながら適当に注文して昼食を済ませ、食事が済んだ後はどうするのかという話になった。
「ん~、三人でお祭りを回ってきたらいいかな、僕はジャンと少し話があるから」
「えー……」
ユコが不満そうな声を出す一方で、リリスとソニアは黙っている。
「折角ラムリーザさんが気に入ってるような服着てきたのに……」
「ん? 何?」
「あ、わりぃな、デートの邪魔だった?」
「三人も女の子連れ回すデートがあるか」
ジャンがすまなそうに言ったが、ラムリーザは別にいいよって感じで答える。
昼食前みたいに三人をはべらせて歩くのは、流石に周囲の視線が痛かったのだ。
それに、ネットゲームから解放して外に連れ出すという目的は既に果たされたので、別に自分が一緒にいる必要はないと考えたのだ。
それと、デートにならないのなら、久しぶりに会った友人と話をするのも悪くないと思う。
「いいよ、それならあたしが案内してあげるね」
ソニアはあっさりとラムリーザの意見に従ってくれた。
「わりぃな、ソニア。ラムリィ借りてしまって」
「いいのいいの、リリスとユコがいたらデートにならないし――っとなんでもないなんでもない」
デートにならないとソニアは漏らしたが、リリスとユコもそれには同意と言った感じで席を立つ。
ラムリーザはソニアに、「これで全員分払ってきて、残りは三人で仲良く祭りで使ったらいい」と言って金貨を一枚渡した。
そして、最後にレストランから出ようとしていたリリスを、ラムリーザは引き止めて思い出したかのように言った。
「あー、リリス。何か面倒なことに巻き込まれそうになったら、『私たちはラムリーザ・フォレスターの縁のある者です』と言ってみるといいよ」
「面倒なこと?」
「ナンパされたりするのが面倒くさくなるのならってことだ」
「ああ、そうね」
リリスはいろいろと察したようで、軽く微笑んで頷いてレストランを出て行った。
「さて、話ってなんだ?」
女の子三人がレストランから出て行ったところで、改めてジャンに伺ってみる。
「うん、あの三人の中で本命は誰だ? ソニア以外の二人も、すごい美人じゃないか」
「なんだよ、話って恋の話?」
「とまあ、それはどうでもいいか。君はまだバンドやっているのかい?」
ジャンの問いに、いろいろと最近微妙だが、とりあえず「うん」と答えておく。その彼の言う美人たちが、まさか昨日までネットゲームに「どハマり」で廃人まっしぐらだったとは、想像していないだろうと思いながら。
やってないと言えばやってない、明日からやると言うことにすれば、やっているのだ。
「よかった。実はうちのクラブで演奏していたグループが一つプロデビューしちまって、どうしても時間的に一グループバンドが足りなくなったんだ。自分は今年から経営に回っていろいろ学ぶ予定だったけど、最悪自分もやる。というわけで、またドラム叩いて欲しいんだ。可能ならソニアもベースやっていいから。あとお前の妹な」
ジャン・エプスタインは、去年までラムリーザと親友関係にあり、帝都シャングリラで有名なクラブ『シャングリラ・ナイト・フィーバー』の経営者の息子である。
どうやら今年からは、いずれ後を継ぐということで経営のほうも経験しておこうという話だが、バンドの数が足りなくなってしまったということのようだ。
そこで、ラムリーザに出演を依頼したのだ。
「出演料も出るし、悪い話じゃないぞ……って、ラムリィは金に困ってないか。でも音楽できるぞ」
ラムリーザは少し考え、これはいい機会だと思った。この話は、ひょっとしたらリリスたちのやる気を刺激するかもしれない。
「バンドグループがあれば、ジャンは経営のほうを経験することができるんだな?」
「うん、そうだけど」
「よし、一日待ってくれ。明日返事するよ」
これで、今現在の悪い流れである雑談部をなくすことができるかもしれないと考え、返事を待ってもらうことにしたのだ。
リゲルやロザリーンもいるところで話をして、みんながやる気を持ってくれるか確認してから決めたかったのだ。
「わかった、それじゃあ連絡先を聞いておきたい。もう帝都には住んでいないのだろ?」
そう言われたのでラムリーザは、下宿先である屋敷に備え付けてある固定電話の番号を、ジャンに伝えておいた。
一方ソニアたち三人は、祭りを十分に堪能していた。
「いかめし、いかめし」
「さっきレストランで食べたばっかりなのに、よく食べるねぇ」
幸せそうにいかめしをほおばるソニアを見て、リリスがくすっと笑ってからかう。
「そんなに食べるから、胸が不自然に大きくなるのですわ」
「ええっ、そうだったの?!」
普段から大きな胸に困っていたソニアは、ユコの冗談を真に受けて固まる。
「この調子じゃ、来年にはバスト一メートル超え確定ね」
「……!」
さらにリリスの冗談を受けて、いかめしを二人に渡そうとするが、二人は「おなかいっぱい」と言って受け取ってくれないのであった。
時々、軽い感じの男性にナンパされかけてしまうのだが、
「私たちはラムリーザ・フォレスターの縁のある者だけど」
リリスが落ち着いた声で、ラムリーザに言われたことを復唱してみると、あっさりと諦めて引き下がっていくのだった。
三人はいろいろ見て回り、そろそろ夕暮れになったので引き上げようかなと思い、ラムリーザを探して回ることにした。
「んー、ソニア、ラムリーザの携帯に連絡入れられないの?」
「携帯?」
「キュリオよ、先週買ったでしょ?」
「あー、電話機能使ってない。というか、今日持ってきていない」
「ゲームにしか使ってなかったのね。迂闊だったわ、連絡先聞いておくべきだったかな」
そういうリリスだが、彼女自身もこの一週間はゲームにしか使っていなかったのだが……。
結局、三人がラムリーザを見つけたのは、昼食に入ったレストランだった。
ラムリーザは、三人がレストランに戻ってきたのを見て、そのとき初めてそろそろ夕暮れになっていることに気がついた。
「ずいぶん長く話し込んでしまったな」
「ラムリーザさん、お祭り見て回らなくてよかったのですか?」
「んー、今まで毎年来ていたからなぁ。お祭りよりもジャンと久しぶりに会ったほうが大きかったかな」
今回の目的自体が、三人の状態をリセットすることだったので、祭り自体はどうでもよかったというのもあるのだが。それはもう果たせたということで、今日の収穫は十分だったのだ。
遠くで祝砲だけが、遅れて鳴った。「明日、答えを」――そう約束するのに十分な音量で。
そして、ラムリーザはジャンと別れ、三人を連れて帰路に就くのであった。
日が暮れるにはちょっと早いが、これからまた汽車に乗って今住んでいるポッターズ・ブラフまで戻る必要がある。