ネットゲームをやろう その三 ~現実がログアウト中~
豊灯の月・太陽の日――(現暦:5月19日)
この日の朝も、ラムリーザが目覚めたとき、ベッドにソニアはいなかった。
ということは、またテーブルに突っ伏しているわけ――ではなかった。今まさに携帯型情報端末「キュリオ」でゲームの真っ最中だった。
目は昨日よりも充血していて、目の下にはクマまでできている。昨夜はひょっとして完全に徹夜だったのだろうか?
この状況を見て、ラムリーザはさすがに危ないだろう……と感じ、何か対策を打たなければならないと思った。
「…………」
教室にリリスとユコがやってきたとき、二人の姿を見てラムリーザはため息をついた。
二人とも同じように目の下にクマをつくり、目は真っ赤だ。もともと赤い瞳のリリスは、それはもう、まるで吸血鬼のような雰囲気だ。
髪は昨日よりもさらに乱れ、ますます残念な状況になっている。ソニアと同じく、徹夜したのだろうと思えた。
「お前の女含めてあいつら、えらくやつれてないか?」
リゲルも三人の少女たちの異変に気がついたようだ。
「ちょっとゲームにハマりすぎているようで……」
「ネトゲか?」
「うん」
そこで、リゲルは馬鹿にしたように鼻で笑って言葉を続けた。
「あんなの金出しておけばそれだけで強くなれるんだがな。それか、狂ったように時間をかけてプレイするかだな」
おそらく三人は――ソニアについては知っているが――それほどお金は持っていない。
ということはリゲルの言った後者で、一日中寝る間も惜しんでプレイしているということだろう。やはり徹夜したと見て間違いない。
これは止めさせなければならないな……とラムリーザは思う。だが、ここまで熱中しているのを無理やり止めさせるのは難しいだろう。
無理に端末を取り上げれば反発は必至だ。説得は届かない、睡眠不足の耳は現実の声より通知音に調律されている。なら、内側から奪い返すしかない。
しばらく考えて、そういえば一週間後に一番勝った人が好きなことを命令できると言っていたことを思い出した。
その馬鹿げた取り決めを逆手に取ればよい。ラムリーザ自身が勝って、例えば「今日はログアウトして寝る」「風呂に入る」「部活に来る」と、たったそれだけを命じればいい。健康も、音楽も、ふつうの会話も、まず一晩の睡眠から取り戻せるだろう。
仕方ない、このゲームに参入して、勝って命令権を取ろう――とラムリーザは考え、口にした。
「なあ、一週間後に一番勝った人が何でも命令できるってのに、僕も参戦してもいいかな?」
「もちろん」
「ラムもやるべき」
「歓迎しますわ」
ゲーム画面を見たまま短く答える三人。これでラムリーザの参戦は許された。
さてと……というわけで、ラムリーザもゲームの準備をして立ち上げてみた。一昨日に聞いた話では、「四神演劇レグルス」というタイトルのゲームだったはずだ。
このゲームは、古代大陸の物語をモチーフにしたMMORPGで、四国志の名将や、砲神演劇の登場人物も登場し、共に戦うことができるゲームのようだ。そして、これらのキャラクターから五人選んで陣形を組み、その強さを競い合うという流れである。
四国志か……。ラムリーザは、そのタイトルのファンタジー小説を知っていた。
ラムリーザは、とりあえずキャラクター「ラムリーザ」を作成してゲームを開始した。
主人公は星官という天の使いになり、四つの道派――職業――から選択して世界を救うという設定のようだ。
ラムリーザはしばらくチュートリアルを進めてみた。それに伴い、星官――キャラクターのレベルも上がっていくようだ。
さらっとやってみた感じ、至って普通のゲームだ。人の話を聞いて、敵を退治して報告して終わり。これが一つの流れとなっていて、その流れが何度も発生している感じだ。
これのどこに寝る間も惜しむような要素があるのだろう、と思いながらプレイしていくと、なんとなく原因になっていそうなシステムに気がついた。
クエストをこなしたり、迷宮に入ったりすると、経験値が入ってレベルが上がるのだが、同時に行動力が減っていくのだ。
クエストのほうは一日にできる回数が十回と決まっているようだが、迷宮は何度でも入れるようだ。
だが、行動力がなくなると何もできなくなってしまう。
そしてその行動力は、数分おきに一ずつ回復しているようだ。
ただ、モンスター狩りは延々とできるようだが、クエストや迷宮よりも獲得経験値は低めだ。
つまり、行動力回復を待ちながら、ひたすらモンスター狩りをしてレベルを上げているのだろう。
そして勝負事を決めてしまったために、三人ともムキになってレベル上げをしていると、ラムリーザは考えた。
「ラムリーザ、キャラ名は何?」
そんなとき、唐突にリリスがボソッと尋ねる。
「ん、同じ名前でラムリーザでやっているけど」
「そう、分かったわ」
何のことだ? とラムリーザが思っていると、ゲーム画面にメッセージボックスが立ち上がった。
[リリスが同盟「魅惑の壺」に招待しています]
魅惑の壺?
ラムリーザはその意味がよくわからなかったが、とりあえず「参加する」をタップしてみる。
すると、左下のメッセージボックスに『システム:ラムリーザが同盟「魅惑の壺」に参加しました』と表示されているのに気づいた。
そして、続けて流れるようにメッセージが表示されていく。
リリスの発言:ようこそ
ソニアの発言:ラムに命令できるの楽しみw
ユコの発言:覚悟するよろし^^
リリスの発言:あ、きれいに職業わかれたね
ユコの発言:おもしろくなってきたなり^^
ソニアの発言:もう少し名声がたまれば次の名将取れるのになぁ
三人は昨日からほとんど会話がなかったが、どうやらゲーム内のチャットシステムで会話していたようだ。表面上は無言だが、ゲーム内ではにぎやかな会話が繰り広げられている。
それに、現実は沈黙したままだが、教室には指先が卓上を叩く微かな「コツコツ」と、通知音の「ピン」、スクロールの擦過音だけが残る。
三人は口を開かず、視線は一度も外さないのに、画面の中では絵文字と短文が滝のように走り、返答は一秒も待たない速さで往復する。

頷きも笑い声も省略され、代わりに「w」「^^」「既読」が点灯する。饒舌なのは液晶だけで、四人の周囲はまるで水音の止んだ水槽のように、静かに泡だけが上がっていた。
同時に三人からフレンド申請が飛んできたので、ラムリーザは承認ボタンを押してみた。
次に、メニューに同盟タブが出現したので、タップしてみると、以下のようなリストが表示された。
同盟名 魅惑の壺
リリス レベル52 名声61335 同盟長
ソニア レベル52 名声59845 メンバー
ユコ レベル52 名声58875 メンバー
ラミア レベル28 名声7345 メンバー
ラムリーザ レベル16 名声2630 メンバー
同じ同盟内のメンバーが表示されるようで、これで三人のキャラクターがわかった。
ソニアの選んだ道派は剣技を得意とする玄宗道。物理防御や体力の高い戦士タイプだ。
リリスが選んだ道派は弓術を得意とする凌弓道。物理攻撃やスキル攻撃が豊富なトリッキータイプだ。
ユコが選んだ道派は回復を得意とする東皇道。能力は平均的だが、回復スキルの使える唯一のヒーラータイプだ。
そしてラムリーザが選んだ道派は妖術を得意とする天機道。属性攻撃と属性防御が高い魔術師タイプである。
そのときラムリーザは、見慣れない名前がメンバーにあるのに気がついた。
「ラミアって誰だ?」
実際に口に出して聞いてみる。
リリスの発言:それ私のサブw
ソニアの発言:あたしもサブ作ろうかなー
しかしリリスは、ゲーム内の会話メッセージで返事するのだった……。
頼むから、こっちの世界に戻ってきてくれ……と思い悩むラムリーザだった。
結局この日も、学校での様子や、帰宅中、帰宅してからの様子は昨日と同じだった。
夜、部屋に戻ってからのソニアは、寝る直前まで一昨日や昨日と同じだ。じっとキュリオの画面を凝視して、タップを繰り返している。
ラムリーザはこの悪い流れを断ち切るためにいろいろと考えていた。
普通にやっていたのでは、寝る間も惜しんでプレイしている三人には勝てないだろう。既にレベル差も大きく開いてしまっているし、同じことをやっていたのではその差が縮むことはない。
さて、どうすべきか……。かといって、自分も同じように徹夜でプレイする気にはなれなかった。
「おーい、そろそろ寝るぞ」
とりあえず呼びかけてみたが、今夜は返事すらない。
いよいよ現実世界を捨ててしまったのかもしれない……。
気づけばラムリーザは、脳内で「天機道」の詠唱を始めていた。ソニアは剣を構え、リリスが矢を番え、ユコの回復が白く弾ける。レイドの太鼓、チャットの光の帯、勝利のファンファーレ……胸が少しだけ高鳴る。
楽しそうじゃないか、と一瞬思う。だが、ダメだ。そこで首を振る。
ここは画面の外、現実の世界だ。深呼吸してから電源を落とすように、まぶたを閉じて現実へ戻る。
明日の作戦は、明日考えよう。
「おーい……」
ラムリーザはとりあえずもう一度ソニアに呼びかけてみたが、返事の代わりに、淡い青の通知音だけが「既読」を告げた。
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