新開地に行ってみよう その三 ~川辺のピクニックと「あーん」~
豊灯の月・竜神の日――(現暦:5月14日)
「ラムリーザはここをどのように開発していくかという構想はあるのか?」
「いやぁ、まだ全然そんなの考えてないなぁ。それに僕が正式に領主になるのは、二十歳になってからだし。それまでは暫定的に母がやるみたい」
「ふむ、なるほど。それもそうだな」
隣国ユライカナンとの国交のために、新たに作られている貿易拠点となる新開地を見に来た一行は、まだ建設中の倉庫以外、何もない平野を見ながら、それぞれ自由に行動していた。
何もないと言っても、平野の中に一本だけ道が引かれていて、ポッターズ・ブラフがある東の方角にある山脈に向かって伸びている。資材を運ぶための道路が、先に作られているのだろう。
東から続いているその道は、倉庫にぶつかったところで曲がっていて、その先はさらに北に向かって伸びている。
「この道はどこに向かっているのか……」
リゲルが独り言のようにつぶやいた。
「たぶん屋敷だと思う。この街に屋敷ができたら、そこに引っ越すことになっているから。この道が将来メインストリートになると思うよ」
「ふむ、後で行ってみるかな」
「まあ他に行くところもないし、そうするかな」
「さてと……」
リゲルは振り返るが、さっきまで一緒にいたはずのソニア、リリス、ユコ、ロザリーンの四人は、どこかへ姿を消していた。
「――チッ」
これでは勝手に動けないので、リゲルは舌打ちして草むらに腰を下ろす。下手に動くとそれぞれが合流できなくなるかもしれない。
それを見たラムリーザも、草むらに寝転がった。こういう自然の中でのんびりするのは好きだった。しかし、倉庫を建設しているトンカンという音が気に入らないな……と、思っていた。
「ったく、軽く視察したらすぐに帰るつもりだったのに、あいつらピクニックのようにはしゃぎよって……」
四人の姿が見えないのをいいことに、リゲルは不機嫌な感じで本音をぼやく。
「まあいいじゃないか。そういえばリゲルは、家では主に何をやっているんだ?」
不機嫌なリゲルをなだめるように、ラムリーザは話題を振ってみた。学校ではあまり二人きりになることはなかったので、今日はリゲルのことをよく知る良い機会なのかもしれない。
「ん、本を読んでいるか、ギターを弾いているか、あとはゲームかな」
「ゲームだと……リゲル、君もか」
自分の周囲にはゲーム好きが多いな……と思ったラムリーザであった。
実際のところ、ポッターズ・ブラフは地方なので、それほど外で遊ぶところがなかったのだ。だから自然と、ゲーム好き、本好きが増えることになっていた。
あとは、リゲルは天文学に興味があって、時々夜になると望遠鏡で空を眺めていると聞いた。帝立ソリチュード学院を選んだのも、そこは部活に天文部があると聞いていたからだ、と。
「夜は等星表に鉛筆で印をつける。昨日よりわずかに西へ傾いた一等星、その『わずか』が気持ちいい」
リゲルは淡々と言った。
一通り話を聞いたところで、ラムリーザはゆっくりと目を閉じて自然を楽しもうとしたのである。
そのとき風下から甘い匂いが流れてきた。紙包みが擦れる音、甲高い笑い声。振り返ると、四人が砂埃を上げて戻ってくる。
「ねえ、やっぱり何もないよ!」
ソニアの甲高い声で、うとうとしかけていたラムリーザは現実に引き戻された。ソニアの声は、目覚ましになるものだ。
四人は、何かないかなと思って、建設中の倉庫の周りをぐるっと一周してきたようだった。だが、どれだけ見回そうが、今ここにあるのは倉庫だけなのは変わらない。
ソニアは寝転がっているラムリーザに馬乗りになって言葉を続ける。
「倉庫以外、他には何もないの?」
「ねーよ」
答えたのはリゲルだ。
「じゃあ、ここは何のためにあるのかしら?」
「一年ぐらい後に来ていたら、隣国ユライカナンの文化を取り入れた、新しい街ができていたかもな」
リリスの問いに、ラムリーザは答えた。どう取り繕っても、今ここには何もない。それは元々知っていたことだし、いろいろ見て回るところがあると考えたのはリリスたちの勝手だ。
「そういうことだ。今日はちょっと見たら帰るつもりだったんだ。ほら、帰るぞ」
そう言ってリゲルは立ち上がった。
「お弁当、持ってきたのになぁ……」
それを聞いて、ロザリーンが残念そうにつぶやいた。それを見て、リゲルはやれやれといった表情で言った。
「……仕方ない、ラムリーザ、どうする?」
「ん、少し散歩するか。あの向こうに見える川辺のあたりにでも行ってみよう」
とりあえずゆっくりするなら、倉庫の建設音から離れておこうと思ったのだ。六人は、倉庫を離れて草原を進み、川辺に向かっていった。
草原を歩いている途中、ソニアが何かにつまずいて転んだ。足元には大きめの石が地面から飛び出していた。
「足元に気をつけろよ」
ラムリーザはソニアの手を取って起き上がらせる。
「足元見えてる?」
リリスがくすっと笑って尋ねたが、ソニアは顔をそむけて何も答えなかった。
川辺は、せせらぎの音と緑に包まれた癒しの空間になっていた。
「これがいいんだよなぁ」
ラムリーザはそう言って、ここでもごろんと横になって目を閉じる。そして、ソニアはこれまでそうしてきたように、ラムリーザの傍らに腰を下ろして、軽く歌を口ずさみだした。
「キーラキーラきーらめーくひかりがー、ふたりのみらいを……」
ソニアは少し歌いかけて、はたと何かに気付いたかのように口を止める。
「あれ、歌わないんだ」
「いや、この地が二人の未来になるのかな、と思ってね」
「あー、そうだね。二人で街を作っていくことになるのかな」
ところがラムリーザには、ソニアが街づくりをしている姿が想像できなかった。
昼を過ぎて、みんなお腹もすいてきたので、ロザリーンが作ってきたお弁当、サンドイッチを食べることにした。
ロザリーンはバスケットから包みを取り出す。薄くバターを塗ったパンに、胡椒を利かせた卵、酸味低めのピクルス、ハムは脂の縁を落としている。断面がきれいだ。
「お弁当作れるのっていいなぁ」
ソニアはうらやましそうに言った。
「あれ、ソニアは料理できないの?」とリリスに言われて、「作ったことないし」と答える。
「ふっ、お前は使用人の娘だろ?」
「そんなの関係ないもん!」
リゲルに馬鹿にされたように言われたソニアは、少し怒ったように言い返した。
「まあ、料理は料理人が作るからね。ソニアは料理人じゃないし」
そう言って場をなだめるラムリーザであった。
「でもさぁ、恋人にお弁当作ってもらったりして、あーん、とかやったりしない?」
「ソニアが弁当? あーん?」
リリスに不思議なことを言われて、ラムリーザは少し困惑する。
「ないみたいね。そういうところはラムリーザ、残念ね、ふふっ」
「ちょっと待ってよ、残念って何?!」
「ん~、料理なら料理人がやることになってるから気にしたことないね。それに、『あーん』って何?」
リリスは野暮ね……と言った顔つきになったが、それでもラムリーザに説明してやるのだった。
ソニアはラムリーザとずっと一緒に育ってきた。
つまり、ソニアにとっても料理と言えば料理人が作るというのが当たり前な環境であり、ソニア自身が料理をするという機会はこれまでなかったのだ。やろうと思うこともなかったのだが。
今住んでいるポッターズ・ブラフに越してきてからも、朝晩食事付きの屋敷に下宿しているためにその機会は生まれずにいる。
ラムリーザは五つほど食べたら満足して、そのままソニアの膝枕でのんびり食後の昼寝をやり始めた。
サンドイッチは、まだ数個残っている。
「余っちゃったね」
「ソニア、ラムリーザに食べさせてあげたら? あーんって。やったことないんでしょ?」
リリスがいたずらっぽく提案した。
ソニアはせっかくだから、言われたとおりに残っているサンドイッチを手に取り、ラムリーザに食べさせようとした。
「あう……」
ソニアはサンドイッチをつかんだまま、膝の上で寝ているラムリーザのほうを見て固まった。
なぜなら、ソニアにはラムリーザの顔は見えなかったのだ。視界に入っているのは、自分の大きな胸だけであった。かろうじて、膝頭が胸の先から覗いているぐらいだ。
「くっ……」
サンドイッチを持っていないほうの手で、自分の胸を抱え込む。腰を引いて前かがみになり、ようやくラムリーザの顔が見えた。
「やっぱりさっき、足元見えてなかったんじゃないのかしら?」
リリスはくすくす笑いながらからかう。巨乳は足元が見えないって、本当なのだろうか?
「うるさいわね! ほらラム、あーん!」
「?」

眠っていたラムリーザは、突然ソニアに大声で呼ばれて目を開けた。
「口開けてよ!」
「何を怒ってるんだ?」
「あ……ごめん。口、開けて、ね」
「はいよん――むぐっ」
ラムリーザが口を開いたところに、ソニアはサンドイッチを突っ込んだ。
突然口に突っ込まれて何事か? と思うラムリーザだったが、ソニアが胸を押さえていた手を離したために、視界がソニアの胸で隠されてしまい、ますます訳が分からなくなり、戸惑う。
「どう? これでいいでしょ?」
「いろいろツッコミたいところはあるけど、形だけはそれでいいわ」
どや顔で三人を見回すソニアに、生暖かい目で答えるリリスであった。
このあと、しばらく川辺で遊んだ後、あまり遅くならないうちに、汽車に乗って帰っていったのである。
帰りの車窓に、名もない終点が遠ざかる。
倉庫の骨組み、一本の道、風にほどける草の匂い。何もない、のではなく「まだ置かれていない」だけだ、とラムリーザは胸の内で言い直す。
ここに何を置くのか。誰と、どんな音を重ねるのか。ソニアの鼻歌、ロザリーンの弁当の香り、リゲルの無愛想な助言――今日持ち帰るのは図面ではなく、その小さな手掛かりだ。
責任は重い。けれど、その重さごと抱えてみたいと思えた。
その夜――。
「あれ、この部屋キッチンがない」
ソニアは、なんとなく料理してみようかな、と思ったのだが、自分たちが間借りしている部屋にはキッチンというものが存在していなかった。
「ん? ああ、一軒の屋敷の一室を間借りしているからね。民間のアパートと違って、キッチンは一階の食堂だけにあるからなぁ」
「えー、それじゃあ料理できないじゃない……」
「なんだ? 料理人目指すことにしたのか?」
「そ、そうじゃなくて!」
料理する機会どころか練習すらできない状況に、ソニアは少し不満を覚えた。
ラムリーザのほうは、別にソニアが料理できなくても全く気に留めていない。だが、料理がしたいのなら、使用人にそう取り計らってもいいと考えていた。
「ん? 明日から料理の手伝いする? するなら使用人に話しつけてくるけど」
「いや、いい……」
ソニアはラムリーザの申し入れを断ると、テレビの前にペタリと座ってゲームをやり始めた。ゲーム画面では、コックの姿をしたキャラクターがちょこまかと動き、ウインナーなどの敵キャラを避けながら、ハンバーガーを画面下に作っている。
ゲームを続けながら、ソニアはラムリーザに尋ねてみた。
「ラムは料理できる女の子のほうが好き? その、ロザリーンとか……」
「え? ロザリーンが好きかどうかだって? またそんなことを聞くのか?」
ラムリーザは、ソニアがまた自分が他の女の子に目移りするんじゃないかと不安になったようなことを聞くので、少しむっとした感じで答えた。
「あ、いや、なんでもない」
ソニアは慌てて何も尋ねなかったことにして、ゲーム内でハンバーガーを四つ完成させて、クリアしたのだった。