雑談部の日常、ファンタジックな家庭環境
翠雫の月・女神の日――(現暦:4月27日)
今日も部活は、先輩不在ということもあり雑談部の様相を呈していた。
これは前回、久しぶりに顔を出した先輩たちの前で、みんなが一丁前に『部活動らしい真面目モード』を演じてしまった反動なのかもしれない。
結局、文化祭の話も曲作りも中途半端に終わり、今日はその反動でゆるくなっている。
「まぁ、先輩いないし」「今週は祝日多いし」――リリスやユコはそんな言い訳を口にしながら、誰も楽器ケースを開けようとしない。
ソファーでみんな輪になって雑談している。つまりリリスやユコなどは、毎日楽器を運んでいるだけだ。
部室内には、テーブルがあり、四つの椅子が用意されている。ここはだいたい、かばんなどの荷物置きに使われることが多い。
中央には背の低いテーブルが置かれていて、それを囲むように二人掛けのソファーが向き合っている。
壁際には、ピアノがあり、その隣にドラムセットがある。そして、そのドラムセットと向き合う形で椅子がいくつか置いてあり、そこで練習することになっている、はずである。しかし残念ながら最近は……。
また、入り口から見て奥側の壁際は、一段高くなっていて簡易ステージとして使われている。
これが部室のおおまかな配置だ。
これだけ設備が整っていながら、今日は、ラムリーザ、ソニア、リリス、ユコの四人は、部屋中央のソファーで雑談しているだけなのである。
二人掛けのソファーに、それぞれラムリーザとソニア、リリスとユコが座って向き合っている。
少し罪悪感を覚えながらも、ソファーに気持ちよく沈んでお菓子を開けて、雑談の輪が自然と広がっていく。
部室に漂うのは、弦の響きではなく、甘い菓子の匂いと笑い声だった。
「ねぇ、ソニアの家族ってどんな感じなのかしら?」
この日リリスが振った話題は、家族関係についてであった。
リリスとユコ、ラムリーザとソニアはお互いによく知った関係であるが、それ以外の関係となると、この学校で初めて会った仲なので知らないのだ。
ソニアは、話してもいいのかなぁって感じの表情で、ラムリーザのほうをちらちらと見て顔色を伺いながら語り始めた。
「えーと、父はフォレスター家の執事、母はフォレスター家のメイド、兄弟姉妹はいない、一人っ子よ。これでいい?」
「執事とメイドの娘って、何だかゲームの設定みたいですわね」
「事実なんだからしょうがないじゃないの!」
茶化すユコに、むきになって反論するソニア。
「ふーん、そしてそのフォレスター家ってのが、ラムリーザの家ってわけね」
「よくわかったね」
「あなた、ラムリーザ・フォレスターでしょ? やっぱりお金持ち?」
ラムリーザは、大っぴらに公表してよいものかと考えたが、特に隠す必要もないので、ソニアに続けて語った。
「父はラムニアス、この名前は聞いたことあると思うけど、帝国宰相ね。兄のラムリアースは帝国書記官。この二人は城に住んでいて、ほとんど帰ってこないんだよね。母は現皇帝陛下の姉のソフィア、今は帝都の屋敷で特に何もしてないけど、来年から新開地の領主になる、と言っても僕が成人するまでの代理って名目だけどね。最後に妹のソフィリータ、帝都の中学に通っているけど、来年からどうするかは知らない。そんなところかな」
「…………」「…………」
リリスとユコの二人は、引きつった顔で黙り込んでしまった。
ラムリーザが、「ん? どうしたの?」と聞くと、二人は困ったような笑顔を浮かべて言った。
「えっと、ん、ちょっと、その……ね、なんというか次元が……」
「……違いすぎますわね、なんと言うか、何と言ったらいいか……あはん……」
ユコが悶える仕草を見せる。なぜそんな仕草をしたのかは謎だ。
「そんな人が、なぜこんな地方に?」
「んー、さっき少し触れたけど、そんなに複雑なことじゃないんだよね」
ラムリーザは二人に、領主として新開地の開発をするためにやってきたことと、早ければ来年からその新開地に住むことになっていると説明した。そこで、最初からこちらの学校に通うことにしたとも付け加えた。
「で、リリスとユコは?」
「ああ、私たちの親は普通の会社員ですわ。私の父は、駅で働いていますの」
「あなたたちみたいなファンタジックな家庭環境じゃないから、深く聞いても面白くないと思うわ」
「あれ、そういえば……ちょっと待ってください」
ユコは、突然何かに気がついたのか、ラムリーザとソニアの顔を交互に見ながら言った。
「ソニアはラムリーザさんの家の執事とメイドの娘ってことは、幼馴染?」
「そうなるね」
「ふーん、それでいつも一緒にいるんですのね」
ユコは、何か思うところでもあるのか、じっとソニアを見ている。一方リリスのほうは、ふぅとため息をついて、遠くに視線をやった。
しばらく経ってから、今日は珍しく部長のセディーナが部室にやってきた。
「あ、セディーナ部長、お疲れ様です」
ラムリーザは、部活として全然活動していないのを内心は少し気まずい思いを隠しながら、定番の挨拶をしておく。
「こんにちは。あなたたちはよく集まっているけど、活動に熱心なのね」
ソニアとリリスとユコは、「こんにちはー」と言いながら、何やら得意げな顔をしている。
活動に熱心なのね、と言われてうれしいのか? と思いながら三人を見るラムリーザは苦笑する。こいつら雑談しかしてないよ、と言いたくなるのを抑えて、それこそが先ほど感じた気まずさの正体だということを認識していた。
実際はラムリーザ自身も何もしていないのだが、ソニアが活動しない以上、自分は特に何もしなくてもいいかな、とか最近思っていた。ドラムの練習なら、屋敷に帰ってからでもできるから。
「まぁ、こいつら暇ですから」
だから、ラムリーザは適当に答える。
「忙しくなるのは、文化祭とかのイベントのときになるから、そのときはがんばってもらいますよ」
セディーナの言葉にラムリーザは、そのときまでにこいつら残っているのかな、と考える。
というよりも、部長が来たというのに三人は雑談を止めようとしない。
先週先輩たちが来たときは、形だけでも活動していたというのに、もうどうでもよくなったためか……。それともセディーナが女性だから舐めているのか?
「部長は今日は珍しいですね」
「たまには弾きたくなるのよね」
そう言うと、セディーナはギターを用意して、空いている一人掛けのソファーに座った。そして一人で弾き始める。
その演奏を背景に雑談――とまではいかなくなったのか、ソニアたちはソファーに深く座ってくつろぎだした。
今日も、まったりとした、そして生産性のない時間がただ過ぎていくだけであった。
「ああそうそう、ソニアにこれ渡しておくね」
「んー? 何?」
ユコが鞄から取り出したのは、数枚の用紙、楽譜だ。
「紹介してくれたゲーム、ドキドキパラダイスのエンディングテーマの楽譜ですわ。結構いい歌ですのね、どんなゲーム内容なのかしら、ラムリーザさん」
「なんで僕に振るんだ君は……」
「だってプレイしたのはあなたでしょ?」
そういえばそうだった。リリスやユコの間では、ソニアが勝手に話を作り上げたためにラムリーザがプレイしたことになっているのだ。
「ラム、あたしも聞きたい」
ソニアも白々しく聞いてくる。
そこでラムリーザは、知っていることだけ適当に答えることにした。
「えっとね、膝の裏を舐めたり、階段で壁に背中を擦り付けながら降りたり、電話ボックスで雨宿りするためにわざわざ出かけたり……、あとこれは未遂だけどヘソ舐めたり?」
「なんだかわけがわからない、というか気味が悪いですわね……。ほんとうにギャルゲー?」
「ラム! そんなのじゃないよ!」
「じゃあ知ってるならソニアが説明しろよ」
「むー……」
「ああでも――」ユコは何かを思い出したかのように言った。「――移動教室のときに、ソニアがよく壁に背を擦り付けながら階段を降りるのは見ましたわ」
「ユコも見たか、あれ何?」
ラムリーザとユコは、ソニアの顔を覗き込んで尋ねる。
「変なところを観察しないでよ! 階段の降り方ぐらい、好き好きでしょ?!」
ソニアは顔を赤くして、怒ったように大声で答えた。
「それはあれでしょう?」
そこで、これまで黙っていたリリスが口を挟んできた。そして、部室に転がっていた用途不明の細い棒を、ソニアの大きな胸に押し当ててきて、「これのせいでしょ」と言った。
「なっ、ばっ……!」
「ん?」
「んん?」
「よっ、余計な詮索しないでっ!」
ソニアはさらに顔を赤くして立ち上がり、その場から逃げ出すように部室の入り口に向かって駆け出していった。

そして、部室の入り口にある小さな段差に足を引っかけて、頭から滑り込むように部室の外に飛び出していったのであった。
今日も、まぎれもなく雑談部で終わった。
結局、誰も楽器を手に取らず、譜面の山もそのまま机の上に置かれたままだった。
セディーナ部長が去ったあとも、部室には笑い声の残響だけが漂っている。
けれどそのぬるま湯みたいな空気は、誰にとっても心地よかった。
「先輩がいないと、音も鳴らないね」とラムリーザが小さくつぶやくと、ユコが「でも、話は尽きませんわ」と笑って返す。
そのやり取りが、今日の活動報告のすべてだった。