主要人物勢ぞろいするも、再生はまだ押されず
朧影の月・賢者の日――(現暦:4月18日)
「でね、でね、本当にいい歌だったよ」
「へぇ、聞いてみたいですわね」
「うん、今度録音してきてユコにも聞かせてあげるよ、ドキドキパラダイスのエンディングテーマ。キーラキーラ煌めく光がー、とかで始まるの」
「いい歌だったら、スコアに書き出してみますわ」
「ボーカルは私に任せてもらおうかしら」
「ダメよ、この歌はあたしが見つけてきたんだからあたしが歌うの!」
放課後の部室にて。
楽器は届いて準備は完了したものの、メンバー揃って雑談しているのはここのところいつものことで、この場はすっかり雑談部と化してしまっている。向かい合った二人掛けのソファーに陣取り、ラムリーザとソニア、リリスとユコの四人が集まっていた。
変わったのは四人の距離感だけ。以前のぬるく止まっていた空気はなくなり、四人の距離はぐっと縮まっていた。
昨夜のこともあって自信を持ったソニアは、リリスとユコ相手にも臆することなく、仲良さそうに雑談に花を咲かせていた。
これでは軽音楽部ではなく雑談部だ。でも最初は、こうして親睦を深めるのもよいのかもしれない。
「ところでさ、それって確か男性向け恋愛ゲームじゃなかったかしら? ソニアはそういうジャンルもプレイするの?」
リリスのもっともな質問に、ソニアは慌てて答える。
「え、あ、いや、ラムがプレイしていたのを見てたんだ。ラムはね、幼なじみのリルカが好みなんだって!」
ちゃっかりラムリーザのせいにしてしまった。このままだと、膝裏のキスも、電話ボックスの雨宿りも、ラムリーザが望んだことにされかねなかった。
「おいこら、リルカって誰だよ」
「ラムリーザが?」
「あらあら、ラムリーザさんも好きですのね」
「ちが……いやまあ別にいいけどね、やれやれだ」
ラムリーザはその場に居づらくなり、ソファーから立ち去り一人で届いたばかりの新しいドラムを叩き始めた。
スネアのリムを軽く二度、間を置いてタムに落とす。机の端には昨夜の手書きの五線譜、題名だけが「電話ボックスの雨宿り」と書かれて白いままだ。
キラキラ煌めく光が、二人の未来を照らすように――
「いや、それだとドキドキパラダイスのエンディングテーマじゃないか」
ラムリーザは、一人で頭を抱えてつぶやいていた。画面は見させてもらえなかったが、音楽や歌だけは聞こえていた。ソニアはいい歌だったというが、ラムリーザにも妙に印象に残る歌だった。
「雨粒」「山風」などと昨夜のメモに残っている。足りないのは、最初の一音にふさわしい言葉だけだ。言葉が一行目に降りてこない。鉛筆は角を削るばかりだ。
夕陽も木漏れ日も思い出もすべて、君と出会えた奇跡にありがとう――
「だからそれは――」
どうやらギャルゲーの影響が抜けきっていない今のラムリーザには、作詞は難しいようだ。
タタトンっとドラムの音だけがリズムよく鳴っていた。
歌詞が浮かばないことや、雑談ばかりしているメンバーのことに少し憤りを感じながらも、ソニアが二人と仲良くしてくれているので、それはそれで歓迎だと思うところもあった。
実際ソニアにとっては初めての土地でもあり、友達はおろか顔見知りすらいなかった。そのために余計にラムリーザに依存するしかなくて、必要以上の不安感をもたらしていたのだった。
ようやくそれが解消されたということだ。本来の姿である勝気で元気なソニア――そういうのがラムリーザは好きだった――が戻ってきたと言えるかもしれない。
そして今度は、ラムリーザの奏でるリズムを背景音に、相変わらず雑談が続いている。三人が微妙に縦ノリしているのは気のせいか?
「ところでソニア、あなた、ブレスレットと指輪をつけているのね」
リリスは、ソニアの両腕を見て言った。確かにソニアは、右手にエメラルドが数珠つなぎになったブレスレットをはめていて、左手の薬指にこれまたエメラルドの指輪をはめている。
これまでは、リリスとユコに対して自信がなさそうに両手を下ろして俯き気味だったのだが、先述の通り自信を取り戻したソニアは、両手をテーブルの上に乗せて、前に乗り出すようにして向かい合った二人と話をしているのだ。
そのため、両手にはめたアクセサリーが、リリスの目に留まったというわけだ。
「いいでしょー、どっちもエメラルドよ。エメラルドは永遠の輝き!」
ソニアはうれしそうに手をかざして見せびらかす。
「いや、それはダイヤモンドですの」とユコは突っ込む。
その時リリスは何を思ったのか、鞄から携帯型情報端末を取り出して何かを調べ始めた。
「……ネットで調べた同じようなものは、ブレスレットが金貨八枚で、指輪が……ええっ? 金貨六十枚? 嘘でしょ?」
驚きながら、ソニアの指と携帯端末の画面の間で視線が行ったり来たりしている。
「左手の薬指にはめていますわね、その歳で、もう結婚しているのかしら」
「ちょっとよく見せて」
リリスは、ソニアの左手を掴んで引き寄せて、指輪をじっくりと確認する。そして、携帯型情報端末の画面と並べて見て、まったく同じものだということが確認できた。
「……模造品よね? 本物だったら金貨六十枚近くするものかもしれないのよ」
ちなみに、ここエルドラード帝国では貨幣が主流で、一番価値が低いもので銅貨。次に銀貨。一番高価なものが金貨となっている。それぞれの関係は、銅貨百枚で銀貨一枚、銀貨百枚で金貨一枚である。
価値を例えるなら、ゲームのガチャ一回が、銀貨三枚といったところか……。
わかりにくい? 缶ジュース一本、銀貨一枚でどうでしょう?
「あたしは緑でいっぱいになるの」
リリスはいぶかしむ目つきでソニアを見ているが、ソニアは一向に気にしていない様子である。むしろラムリーザに貰ったものなので、自慢の品でもあったのだ。
「あなた、いったい何なの……?」
その時、部室のドアをノックする音が聞こえた。
「先輩かな? どうぞー」
ラムリーザは一人演奏していたのを中断して声をかけた。
「よう、来てやったぞ」
そこに姿を現したのはリゲルだった。
「珍しいな、一緒に音楽やる気になった?」
ラムリーザは、ドラムの演奏を一旦中断して、リゲルのそばへと向かっていった。
「それもある。というのも、こいつと話していたらな」
と言って、リゲルが外に向かって手招きする。それに応じて、一人の女の子が入ってきた。

その女の子は、明るい茶色の髪をくくってポニーテールにしていた。髪型は活動的に見えるが、その顔はメガネをかけていて知的なイメージだった。
「ロザリーン・ハーシェルです」
ロザリーンと名乗った女の子は、リゲルと同じ天文部に所属していた。そして、リゲルがギターに興味を持っていたのと同じように、ロザリーンのほうも音楽に興味があったのだ。部活で暇なときに、よくリゲルは一人で演奏していたが、それを聞いていたロザリーンも彼に興味を示すようになったのだ。
「あ、君は確かパーティーの日に?」
「ラムリーザさんですね、覚えていますよ」
やはりそうだった。
この月初めにオーバールック・ホテルで開催されたパーティーに、彼女も参加していて挨拶したことをラムリーザも覚えていた。確かこの地方の首長の娘だったはずだ。
ラムリーザは二人をソファーの近くまで案内して、ロザリーンを自分が座っていた場所に座らせた。ラムリーザとリゲルは、それぞれ一人掛けのソファーに座り、これで六人で輪を作ることとなった。
「ロザリーンは何を演奏できるのかしら?」とのリリスの問いに、
「主にピアノよ。他には趣味でオカリナを少々」と答える。
ピアノならば、学校内にあるとしたら合唱部の部室と軽音楽部が使っているこの部屋ぐらいである。そこで、リゲルの提案でどうせならラムリーザのいる軽音楽部に顔を出してみようという話になったのであった。
「へー、ピアノって聞くとなんだかお嬢様ってイメージね」
リリスは冗談めかして言ったが、リゲルはニヤリと笑い、
「当然だ。ロザリーンはポッターズ・ブラフ地方の首長の娘だからな」と答える。
「本当にお嬢様だった!」
「首長の娘……」
手を叩いておどけてみせるリリスと、対照的に表情を落としてつぶやくソニア。
ソニアの頭の中によからぬ心配事が広がっていく。フォレスター家にとって、この地方の首長の娘と政略結婚みたいなことになったほうがよいのかな、ラムリーザを取られちゃうんじゃないか……と。
「ソニア」
その微妙な表情の変化を察したラムリーザは、声のトーンを落として呼びかけた。はっとラムリーザのほうを見るソニアに、そのままの口調で続けた。
「いい加減にしろよ、約束しただろ」
突然普段と異なる厳しい口調に、リリスとユコは何事か? という表情をする。
ソニアは一瞬しまった、という表情をしたが、すぐに満面の笑みを浮かべ力強く言った。
「ロザリーンよろしくね! リーンって呼んだらいいのかな? リーンリーンリーン!」
「は、はい!」
高く澄んだ声で、突然わけのわからないことを大声で話しかけられてびっくりするロザリーンと、それを見てやれやれ……とため息をつくラムリーザ。
「でもいいですわね、ピアノにオカリナとなると、スコア作成の幅が広がりますわ」
「そういえばさっきも言ってたけど、ユコってスコア作成の才能があるんだ」
「そうよ、私も結構書いてもらって弾いたから」
と、代わりにリリスが答える。
「いいねいいね、ラムがプレイしていたギャルゲーのエンディングテーマ、マジでいいからよろしくね! フーワフーワ降り積む夢のかけらー」
「あのなぁ」
元気になったソニアは、終始こんな調子であった。
というわけで、メンバーが二人増えたのである。しかし――
「……部長、やっぱり来ないのね」
リリスが周囲を見回してつぶやき、ユコが苦笑する。
「指揮者不在ですわ。じゃあ今日は『言葉探し』だけでも」
ラムリーザは、何も書かれていない手書きの五線譜を見て、
「探してる、まだ見つからない」
だから、メンバーが増えたからと言ってこの日に演奏をすることはなかった。
結局のところ、軽音楽部ではなく雑談部なのであった。