君のルートしか選ばない
朧影の月・森人の日――(現暦:4月10日)
休日であるこの日の朝、ラムリーザが目覚めたときには既に午前九時を回っていた。
窓辺を斜めに渡る光が、ブラインドの隙間で細長い線になって床に落ちている。テレビからは甲高い「おはよ~!」が弾んで、続けざまにピコピコという効果音が鳴った。ソニアはコントローラーを胸の下で抱え、親指だけ猫みたいに忙しく動いていた。
昨夜はソニアが遅くまでゲームをやっていて、それが気になってなかなか寝付けなかった気がする。なにしろテレビから、女の子の元気な声や可愛らしい声が終始聞こえてくるのだ。想像や妄想ばかりが捗ってしまったとしても、誰も責められない。
ソニアは既に起きていて、昨日買ったゲームに興じているようだ。昨夜に引き続き、テレビから女の子の声が聞こえている。
「うーん、おはよ」
「おそよう、ラム」
おそようとは面白い造語だ。遅いとおはようを繋げたところだろう。
「もうごはん食べた?」
「うん」
だよな、と思いながらラムリーザは一人で食堂に向かうことにする。よく考えたら、ソニアのほうが早起きすることが珍しい。ゲームの力はときには大きく作用する。
「ところで、今日はちょっと日用雑貨の買い出しに行こうと思うけど、どうする?」
「うーん、ゲームしたいな」
「そうか」
ソニアは買ったばかりのゲームに熱中したいようなので、ラムリーザは今日は一人で出かけることにした。
帝都の屋敷に住んでいた頃は、そういった仕事は使用人がやっていて、ラムリーザ自身が買いに行くということはなかった。
今住んでいる屋敷にも住み込みの使用人がいるので任せてもよいのだが、ゲームの中の女の子の声を聞いていると気になって仕方がないので、その場を離れることにしたのだ。
画面を見させてもらえば一緒に楽しむこともできるのだろうが、なぜかソニアは見られることを拒む。
そういうわけで、ソニア一人を部屋に置いて、ラムリーザは新しく住むことになった町へと繰り出した。
今日はポッターズ・ブラフの商店街での日用品買い出しだ。
ところが街に繰り出してみたものの、買おうと思っている日用雑貨がどんなところに売っているのかよくわからなかった。
ゲームやおもちゃ、アクセサリーなど趣味の買い物はやったことが何度もあるが、日用雑貨を買うのは初めてだ。
これまで当たり前に使っていたもの、使用人はそれらを一体どこから買ってきていたのか?
「さてと、どこに向かえばよいものやら」
とりあえず時間もあることだし、しばらく散策してみることにする。それほど大きくない街だし、迷うこともないだろう。
それに、これも独立独歩の第一歩だ。この程度のことも自分でできなくてどうする? このままでは笑われるぞ? 誰に笑われるのかは知らないが。
桜の並木道は、完全に緑色になっている。この国では、桜の花を見たければ、二月頃に見に行かなければならない。ここは温暖な南国なのだ。やはり昨日ソニアと訪れたときに見たトックリヤシが特徴的だ。
そして町並みは、古風だった帝都とは違い、いかにも地方都市といった雰囲気だ。人もそれほど多くなく、自然も多く残っている。
昨日と同じように、乾いた木箱とインクの匂いが混ざる通りを抜けると、後ろからふいに声をかけられた。
「あれ、ラムリーザじゃない?」

振り返ると、そこにはリリスとユコの二人組がいた。
床板を踏むたび吊り札がかすかに揺れ、そんな小さな音に紛れて、ユコの笑い声がやわらかく弾む。
話を聞くと、休日は二人でショッピングに出かけることがよくあって、今日も一緒にやってきたということらしい。行きたい店がどこにあるのか分からなかったラムリーザは、これ幸いと二人に同行を依頼してみた。
「ちょうどいい、ちょっと時間あるかな? 日用雑貨をいろいろと置いている店を知っていたら教えてほしいな。消耗品とか、いろいろ必要でさ」
「ええ、大丈夫ですの。あ、でもその前に私たちの買い物に付き合ってくださいね」
「ん、わかった」
二人のうちのプラチナブロンドのほう、ユコが快く引き受けてくれたので、ラムリーザは彼女たちに付き合ってやることにした。
二人を眺めると、やっぱりこの二人は美少女だな、と思う。変な着こなしをするソニアと違って、きちんとした身なりをしている。もっともラムリーザが求めている場所はそこではないのだが、客観的に見ると二人はソニアに勝っているような気がした。
リリスとユコの買い物はゲームショップだった。ちょうど今までやっていたゲームが一段落したので、新しいゲームを選びに来た、ということらしい。
「あれ? デジャビュ?」
ラムリーザは昨日と同じような展開に、少し可笑しかった。お店も昨日行ったところと同じ「ぶくぶく書店」だったのである。そういえば、この二人もゲーム好きなのかな、とか思っていた。
ショーウィンドーのガラスに三人の影が並ぶと、ユコの白い指が新作の札を軽く叩いた。リリスはショーウィンドーに映る自分の姿勢を確かめ、ふっと唇だけで笑う。
帝都とは違う、背伸びしない陳列がこの町の呼吸をゆっくりにしていた。
「やっぱりギャルゲーとかやるのかな?」
「それは男子向け恋愛ゲームね、私は興味ないかな」
「ですよねー」
リリスの返答に、やっぱりソニアは変わっているのかな、と思ってしまう。
「ラムリーザさんはどのようなゲームをやるのですの?」
「んー、僕はやるより見てるほうが多いからなぁ。やったことがあるのは、主人公がひたすら木を切っていくゲームかな。猪とか蛇にぶつかったら失敗だったから、そいつらもやっつけるんだ」
「それは木こりのアンドレですのね。見るのがお好きなのでしたら、今度私のプレイをお見せして差し上げますわね」
などとユコは言ってくれるが、ラムリーザにはこの神秘的な雰囲気のある少女がゲームをやっている姿が想像し難かった。ただし、ラムリーザの説明だけでプレイしたゲームが分かってしまう辺りが、彼女たちもゲーム好きなのだと確信させるに十分であった。
そういうわけで二人は各々ゲームを買い、次は雑貨屋に向かうことになった。
買い物が終わるころには、もう夕方になっていた。
雑貨屋だけでなく昼食も一緒にとったし、二人のウィンドウショッピングにも付き合っていたというのもあったからである。
「今日は付き合ってくれてありがとう」
「いやぁ、こっちも助かったよ」
二人は長年住んでいるだけあって、必要なものがどこに売っているかはよく把握していてくれて、ラムリーザは助かったと思う。香木のヤウバウまで置いてあったのは珍しかったので、思わず買ってしまって荷物になっている。
「でね、この後アフター行かないかしら、アフターに」
リリスは微笑を浮かべて、妖艶な目つきでラムリーザを誘惑するように見つめる。
「む、誘ってる? ユコはどうするんだ?」
「ユコはもう帰るみたいよ」
斜めの陽がアーケードのガラスを薄金色に染め、リリスの睫毛に細い影を落とす。
ラムリーザは、リリスの「このあと、アフター行かない?」その一言だけで、誘ってるな、と感じた。恋愛ゲームのことについて考えていたばかりなので、脳裏に選択肢の枠のようなものが勝手に浮かび上がる。
・リリスの誘いに乗る
・リリスの誘いを断る
この誘いに乗ればリリスルートに突入することになるかもしれない。それともこの時点では好感度が上がるだけなのか?
リリスは非常に魅力的な女の子だから、そんな娘を彼女にできれば周りに自慢できること間違いないだろう。
だがソニアはどうする? ソニアに隠して付き合うという選択肢もあるが、いつまでも隠し通せるわけはなく、いずれはばれてしまうだろう。そうなれば、三角関係で泥沼化間違いなし。
そしてその先、最終的に待ち受けているのは二人が刃物を持ち出して……。
などと細かく考えたわけではないが、ラムリーザはリリスの誘いには乗らないことにした。そもそも自慢するために女の子と付き合うつもりはない。ソニアと付き合っている自分を自慢したいわけでもなく――と思うけど、果たしてソニアと付き合っていることは、自慢に値するのだろうか?
ラムリーザは、ギャルゲーに熱中しているソニアの姿を思い出して、ちょっとだけ疑問を感じてしまった。
それでもリリスの誘いには乗らないことにした。やはりソニア一筋でいたい。
「でもさ、二人とも買ったばかりのゲームを早くやりたいんじゃないかな?」
「あら、ゲームは明日からでもできるわ」
しかし案の定、リリスはすぐには解放してくれない。自分のことを好意的に見てくれるのは嬉しいが、ソニアに黙って二人きりで遊びに行くのは嫌だ。もっとも話したところでソニアは許さないだろうが……
「いや、僕は今夜用事があるから早く帰らないといけないし、それに荷物もあるし」
「そう、ならば仕方ないね」
自分の用事を伝えると、さすがに身を引いてくれた。確かに今は両手に大きな袋を持っている。大きさの割にはそれほど重たくないと感じるが、遊びに行くには邪魔である。
「うん、じゃあまた明日学校で」
ごめんリリス、恋愛ゲームの類での考え方をすると、僕のエンディングはもう決まってるんだ……と、心の中でよくわからない謝罪をしながらラムリーザはその場を立ち去ったのであった。
住居である親戚の屋敷に帰ると、先ほどの選択肢でラムリーザが選んだソニアはまだゲームに夢中だった。
テレビからは可愛らしい声で「ごろにゃーん」とか言っているのが聞こえてきて、もう見てらんない。いや、見ようとしてもソニアに怒られるだけだから見ないけど。
やれやれ、ソニアの攻略している幼なじみキャラとはいったいどういうものなのか、と思いながらラムリーザは買ってきたものを片付けていくのであった。
ソニアの心境の変化もよくわからない。リリスも興味ないと言っていたように、男子向けの恋愛ゲームなのだ。
テーブルにヤウバウをひとかけら置いて火を移す。甘い樹脂の香りがふわりと広がり、ソニアの肩越しに『セーブしますか?』の文字が光る。
「うん、セーブでいい」
彼女の独り言に合わせるように、ラムリーザも小さく頷いた。
僕はもう、選び終えている。ソニアがゲームの中の女の子に恋をしようが……