教習合宿の思い出は、やっぱり雑談部

 
 帝国歴77年 炎心の月・女神の日――(現暦換算:八月二日)
 

 自動車教習合宿も、いよいよ最終日を迎えていた。

 最後に残っているのは筆記試験。それにパスすれば、晴れて運転免許取得、合宿卒業である。

 実際のところ、実技試験をクリアできたのなら、この筆記試験はおまけのようなものであった。

 ほとんど常識問題で、普通にやっていれば落ちるはずがない――と思う。

 ただ、ラムリーザたちは、この筆記試験に対する不安材料を抱えていた。

 それは、ソニアとリリスの二人。この二人は学校の定期試験で見事に撃沈してしまった赤点コンビである。夏休み前に発生した、補習づけの日々が記憶に新しい。

 巨乳は馬鹿に見えるという都市伝説を、実話にしてしまうのだから仕方がない。

 そして、その不安が今回も付きまとっているのだった。

 

 本試験の前に、試験内容に関する直前講習があったのは、この場合助かるものである。

 この時も、ラムリーザとユコは、お互いにソニアとリリスを監視しながら、講習を受けていた。

 この二人は、本当に勉強というものが苦手なようだ。リリスは気がつくとペンをくるくる回してぼんやりしているし、ソニアに至っては練り消しで遊んでやがる……。

 どうやらこの二人、巨乳は馬鹿という都市伝説を実話にしてしまった汚名を返上する気は全くないようである。むしろ、わざわざ名誉のほうを進んで返上しているようなものだから、度し難いな!

 

 二時間ほどで、その直前講習は終了した。

「やったー、終わった!」

「ふぅ……」

 ざわざわとしている講義室の中で、ばんざいをしたまま大きく伸びをするソニアと、やれやれといった感じで髪をかきあげる仕草を見せるリリス。

 全てが終わったような喜び具合だが、まだ直前講習が終わっただけである。

 本当に大丈夫か?

 

 そんなこんなもあって、その後本試験が普通に実施され、普通に終了していった。

 リゲル、ロザリーンを筆頭に「ラムリーズ・インテリジェンス」の面々は余裕な感じだが、ソニアとリリスの二人は机に突っ伏している。

 しっかりしてくれ、我が二枚看板……。

 これだと「ラムリーズ」は、馬鹿の看板を二つ掲げてどや顔で演奏している、という不名誉なものになってしまう。

 この二人は、ギターを弾きこなす器用さを持っているのだから、根っからの馬鹿だとは思えないのだが、試験に対する免疫がなさすぎる。

「もう補習は嫌だよう……」

「言わないで、思い出すじゃないの……」

 どうやら補習はこりごり、というわけのようだ。

 とまぁ、散々不安を煽ったが……。

 

 

 全員無事に合格できました!

 素敵だね、ご都合主義!

 

 

 というわけで六人は、自動車の免許を取得して、二週間ほどお世話になった合宿に別れを告げて帰途についたのであった。

 ラムリーザは、帰りのバスを待つあいだに、合宿での出来事を思い返していた。

 しかし、どれだけいろいろなことを思い返そうとしても、いつもの雑談部のイメージしか浮かび上がってこない。メンバーが全く同じだからというのも、そこにはあるのかもしれないが。

 自動車教習合宿の思い出を雑談で塗りつぶしてしまうとは、さすが雑談部だな、と妙に感心してしまったりもするのだった。

 まぁ、目的は思い出作りではなく、自動車の免許を取得すること。これ以上を求めるのは、欲が深いと言えるかもしれない。

 その一方で、これはラムリーザにしか分からないことだが、「ソニアがパーフェクト達成した」という出来事もひとつあった。

 ソニアは結局、毎晩欠かさず部屋にやって来た。

 ただし途中からは荷物を持ち込んで住み着いていただけで、それ以上のことはきちんと自重していた――と、補足しておく。

 結局のところ、合宿にいた二週間のあいだも、ソニアは寝るときはラムリーザと一緒だったというわけである。一日も休まずに……。

 そんなに一緒に寝たかったのか? とラムリーザは一人思い返していた。もちろんラムリーザ自身も、一人よりも、二人がいいと思っていたことは間違いない。

 そのとき、不意にリリスが話しかけた。

「ラムリーザ、ようやく免許取れたね。私はまだ車を持ってないけど、運転手は確保したわ。運転してくれたら好きになるかもよ?」

 これは何だ? とラムリーザは考えた。

 暗に、さっさと車を買って乗せてくれとでも言いたいのだろうか? それとも、ラムリーザを足にする気満々なのだろうか?

 だからラムリーザは、リリスの要望をさらりと受け流して見せた。

「それは良かったな。ソニア、運転手は任せたぞ」

「任せられた! リリスにウルトラCな運転を披露する時が来たわ!」

「あなたじゃないわ、しっしっ」

 リリスは、まるで犬でも追い払うようにソニアに手を振った。しかし、ウルトラCの運転が何か? というところにはツッコミは入らなかった。

「何よー、人を野良犬のように扱ってー」

「あ、ごめん。あなたは野良犬じゃなくて野良牛だったね」

「野良牛って何よ!」

 こんな具合に再び騒々しい雑談が始まったところで、これにて自動車教習合宿の話はおしまい。

 

 バスは、夕方前のポッターズ・ブラフ駅前に滑り込んだ。

「ふぅ、やっと帰ってきたって感じだね」

 ラムリーザは伸びをしながら外の空気を吸い込む。山の空気も悪くはなかったが、見慣れた街並みには、それはそれで安心感があった。
「ねぇねぇ、このまま帰る? お腹空いたんだけど」

 ソニアが、腹をさすりながら言う。たしかに合宿所の昼食からしばらく時間が経っている。

「せっかくだから、どこかで食べていかないかしら?」

 リリスも乗ってきた。こういう時だけ息ぴったりである。

「駅前のレストランに、六人掛けのテーブルがありましたわよね」

 ユコの一言で、その日の締めはレストランでの食事会に決定した。

 

 駅前のレストランは、いつものようにそこそこ混んでいたが、ちょうど奥のほうに六人掛けのテーブルが空いていた。ラムリーザたちはそこに陣取ると、それぞれ好きなものを注文して、料理が来るまでの間、自然と合宿の思い出話が始まった。

「結局、一番印象に残ってるのって、教習じゃなくて歌詞作りね」

 リリスが、メニューをぱたんと閉じて笑う。

「リリスの『かゆい うま』は、変だったね」

 ソニアが笑うと、リリスはむっとして、

「あんただって、電波ソングを作っていたくせに」

「ソニアの歌のことは思い出したくない……」

 ラムリーザは、思わず額を押さえた。横では当の本人が、「いい歌だったのに」と不満そうに頬をふくらませている。

「でも、イメージソング作ろうって話自体は、おもしろかったですわよね」

 ユコは、鞄から一冊のノートを取り出した。そこには、合宿中にメモしたフレーズや、皆のイメージの断片が書き殴られている。

「そういえば二つ名も決めましたわよね。能天気爆乳娘と、グリーン・フェアリーと……」

「やだ! その並べ方やめて」

 ソニアが、何とも言えない表情で抗議する。

「私が魅惑的な黒髪の美女で、ユコが神秘的な女神でしょ?」

「ロザリーンが知的なインテリジェンスガールですわ」

 ロザリーンは少しだけ照れたように微笑む。

「……で、今さらですけど、男性陣の二つ名、決めてませんでしたわよね?」

 ユコの言葉に、テーブルの視線が一斉にラムリーザとリゲルへと向いた。

「え、今さら僕たちにも付けるの?」

「当然ですわ。ここまで来たら、グループ全員に付けませんと」

「ふむ……」

 リゲルは、コップの水を一口飲んで、面倒そうにため息をついた。

「じゃあまず、リゲルから!」

 ソニアが勢いよく手を挙げる。嫌な予感しかしない。

「リゲルはね、『氷柱』!」

「……氷柱?」

 ラムリーザが聞き返すより早く、リゲルの眉間にしわが寄った。

「理由を言え」

「だって、氷の柱みたいに冷たいから!」

 ソニアは胸を張って言い切る。
「断る。そんな寒々しい二つ名、受け入れられるか」

「ほら見て! そうやってすぐ突き放すところが冷たいから氷柱なんだってば!」

「つきあってられん……」

 リゲルはそっぽを向いて、窓の外に視線を投げた。氷柱というより、今は少し耳が赤い。

「いいじゃない、かっこいいと思うけど?」

 リリスがくすくす笑いながら口を挟む。

「冬場は溶けてなくならないことを祈るばかりですわね」

「やめろ」

 そんな他人事なコメントが飛び交う中、当人だけが不服そうであった。

「じゃあ、次はラムの番!」

 ソニアは、待ってましたと言わんばかりに身を乗り出す。

「ラムはもちろん、『最愛の人』!」

「それは二つ名じゃなくて宣言よね」

 リリスが即座にツッコミを入れる。

「でも事実だもん!」

「では私もラムリーザ様が最愛の人でもいいんですのね、ラムリーザ様」

 ユコが、困ったように微笑みながら言葉を添えた。

「あ、やっぱりダメ! 『あたしの』最愛の人!」

「それだと私たちは関係ないから、そうね……」

 リリスは、わざとらしく考えるふりをしてから、にやりと笑った。

「『馬鹿女の被害者』ってところかしら」

「ちょっと、それどういう意味よ!」

「そのまんまの意味よ。ラムリーザは、幼馴染の暴走と爆乳に振り回される可哀想な被害者」

「誰が暴走爆乳よ!」

 案の定、ソニアはテーブルに身を乗り出してリリスに食ってかかる。

「落ち着きなさい。テーブルがひっくり返りますよ」

 ロザリーンは慌ててソニアの肩を押さえた。

「じゃあユコはどう思うのよ?!」

 矛先を向けられたユコは、一瞬だけ目を瞬かせてから、穏やかに答えた。

「ラムリーザ様は、ラムリーザ様ですわ。それ以上でも、それ以下でもありませんの」

「それ二つ名になってない!」

「でも、一番しっくり来る気もする……」

 ロザリーンが小さく呟く。

 ラムリーザ本人は、「被害者」だの「最愛」だの言われても、もはや突っ込む気力が薄れてきていた。ただ、ユコの言葉には妙に納得させられるところがある。

 

「ところで」

 沈黙を破ったのはリゲルだった。さっきの氷柱騒ぎからは、だいぶ持ち直したようだ。

「せっかく全員免許を取ったわけだが、今後帝国で車がどれだけ普及するか、少しは気にならないか?」

「突然それ?」

 リリスが眉をひそめる。リゲルは構わず話を続けた。

「帝国全土で見れば、まだまだ馬車が主流の地方も多い。特に古い考えを引きずっている田舎ではな」

「やっぱり、あのガタガタ揺れるのが『風情』とか言うのかしら?」

「それもあるが、一番は利権だ」

 リゲルの声色が、少しだけ講義モードになる。

「馬車を扱う商会や、街道沿いの宿場の連中の中には、自動車を目の敵にしている連中がいる。自分たちの稼ぎを奪う『鉄の箱』だとな」

「ふーん、だから規制しようとしてるってわけ?」
 

 
「その通りだ。ある地方では、自動車が町の中を走るとき、必ず前を赤い旗を持った歩行者が歩かなければならない、などという馬鹿げた条例案まで出ていたらしい」

「え、それって、旗振ってる人のほうが危なくない?」

「速度も、馬の歩く速さを超えてはならない、だったか。これでは馬車より遅い」

「それもう、『車いらないよね』って話ですわね……」

 ユコが呆れたように肩をすくめる。

「ポッターズ・ブラフのあたりは、まだマシなほうだ。流通はシュバルツシルト鉄道が握っているからな。陸路の幹が鉄道で、車は枝葉という位置づけだ。だから、ある程度は自由にさせても構わんという空気がある」

「つまり、リゲルの実家が握ってるから、と」

「そういう言い方もできるな」

 あっさり認めるあたり、彼らしい。

「もっとも、どちらにせよ庶民にとっては、まだ車など高級品だ。なかなか手が届かない代物だがな」

 そう言って、リゲルはちらりとソニアのほうを見る。

「な、何よ、その言い方」

「別に」

 ソニアがむっと睨み返すが、リゲルは「ふっ」と鼻で笑って取り合わない。

「だったらあたし、いつかすごい車買うもんね! ソニア号!」

「私のほうがもっとすごいのを買ってあげるわ。ラムリーザを助手席に乗せてね」

 ここで、当然のように火花が散る。

「よりによって助手席?! 運転席はあたしの隣なんだから!」

「どうせなら、空飛ぶ車にするわ。地上を走るなんて、もう古いし」

「じゃああたしは、宇宙まで飛び出す車にする!」

「それでしたら、いっそ時間を超える車にするわ」

 リリスの発言に、ラムリーザは心の中で「どこの映画だよ」と突っ込む。

「時間を越えたら、ラムとの出会いをやり直し放題ね」

「やり直さなくていいから!」

「そうねぇ、ソニアより先にラムリーザに出会って、私が幼馴染ポジションに収まるのもいいわね」

 リリスは怪しげな微笑みを浮かべた。

「残念! あたし生まれた時からラムの隣だから!」

「じゃあ私は生まれる前からラムリーザと一緒だったことにするわ」

「前世もあたし!」

 ソニアとリリスの口論は、もはや実現性などどこかへすっ飛んで、空を飛ぶだの宇宙だの時間だのと、意味不明な方向へとエスカレートしていった。

 その横で、ロザリーンはもう諦めたかのように静かにスープを口に運び、ユコは「歌詞のネタになりませんこと?」と真顔でメモを取っている。

 こうして、六人の遅めの昼食兼打ち上げは、終始賑やかなまま時間が過ぎていったのであった。

 

 レストランを後にして、それぞれの帰り道へと分かれていく。

 ラムリーザは、夕焼けに染まり始めた空を見上げながら、ふうっと息を吐いた。
 
 何だかんだで、全員無事に免許を取れた。ソニアとリリスに関しては、直前まで本気で不安だったが、結果オーライというやつだ。これで、少なくとも「ラムリーズ・馬鹿の看板二枚組」の汚名は、少しだけ薄まった……かもしれない。

 合宿中を振り返ってみると、授業や実技の記憶よりも、やはり雑談部の延長のような光景ばかりが思い出される。歌詞作りも、二つ名遊びも、くだらないと言えばくだらないが、それでもあの二週間を彩っていたのは、結局そういう時間だった。

 そして、もう一つ。

(ソニアは、結局一日も欠かさず、部屋に来てたな……)

 最初は夜這いまがいの訪問だったはずが、途中からは荷物を抱えて当然の顔で転がり込んできて、そのまま住み着いた。

 一人で眠ることになった夜は、一度もない。毎晩当たり前のように隣にいて、当たり前のように布団を半分占領してくる。

 正直、面倒だと思うこともある。だが――。

(一人よりも、二人のほうが落ち着くのも、事実なんだよな)

 ラムリーザは、肩にかかっている鞄の重みを少し持ち替えて、歩き出した。

 免許証を手にしたからといって、すぐに何かが劇的に変わるわけではない。明日もまた、似たような日常が続いていくのだろう。

 それでも、ハンドルを握れるようになったことと、隣で眠る誰かの温もりだけは、きっと新しい日常の一部として、これからも続いていく――。
 
 
 
 
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Posted by 桐代音若