彼女は試験勉強をしない
帝国歴77年 真藍の月・鍛冶師の日――(現暦換算:七月二日)
月初めの週末、本来ならばオーバールックホテルでパーティを行うことになっていたのだが、翌週から定期試験が始まるということで、今回は中止となっていた。
定期試験は学期ごとに二回行われ、今回は中間試験にあたる。
シャングリラ・ナイト・フィーバーでの「ラムリーズ」のデビューライブから一週間が過ぎていた。「ラムリーズ」は好評で、ジャンから「定期的に参加してほしい」と言ってくれるほどだった。ただし、学校との兼ね合いもあるので、参加するのは主に週末ということにしてもらった。
むろん、ジャンからの要望もいくつかあった。その中の一つが、ラムリーザにとって少しばかり悩ましいものだったりもした。
「あのなぁ、ラムリィ。お前は忘れているかもしれないけど、クラブの常連にはお前のファンもいるんだ。だから何曲か歌ってくれよ。ほら、去年も何曲か歌っただろ」
ラムリーザは、グループの主軸をソニアとリリスの二枚看板に据える構想を持っていた。しかしジャン曰く、そこにラムリーザ自身も歌ってほしいという要望が入ったのだ。
そこで今後は、自分も歌に参加できるようなレパートリーも増やしていこうと考えるのであった。目標は、一人最低一曲はリードボーカルを担当する、という方針に変更していくことだ。
そんなこんなで一週間が過ぎたある日のことだった。
ライブの余韻も、ジャンの要望も、とりあえずは頭の片隅に置いたまま――。
普通に学校に通って、普通に授業を受けて、普通に部活で練習して、普通に帰る。とくに大きな出来事もなく、淡々と日々が過ぎていった。そして、季節は本格的に夏に入り、日に日に暑くなってきていた。
制服の衣替えもあり、男子はベストを脱いでカッターシャツだけになり、ネクタイも不要になった。
女子もベストを脱ぎ、ブラウスも半袖に変わった。

「うーむ、夏になるとそのはだけた胸が涼しそうでいいじゃないか」
「ブラウスなんて着たくないのに……」
ソニアは、胸が極端に大きい――リリス曰くJカップ様――なので、身体の大きさに合わせたブラウスを着ると、胸が収まりきらないのだ。上から二つほどボタンが留まらなくて、油断していたら気がつかないうちに三つ目のボタンが外れていたり、ボタンがはじけ飛びそうになったりする。
「乳袋付きのブラウスを、特注で作ってもらったらいいんじゃないかな?」
「何よチチブクロって、気味が悪い……あ、ブラウスもだけど、夏になったんだから、裸足も許可されればいいのに」
ソニアは、制服に対していろいろと不満タラタラである。ブラウスに引き続き、制服指定のサイハイソックスを履くのも嫌がっている。制服をここまで嫌がる娘も、珍しいと言えば珍しいのであろうか。
それに対してラムリーザは、いつも「風紀監査委員に怒られないようにしろよ」とだけ言うのだった。
パーティが中止になった週末、休み明けから定期試験が始まるので、ラムリーザはテーブルに教科書を広げて復習していた。
一方ソニアは、テレビゲームの真っ最中である。この春に買ったギャルゲー「ドキドキパラダイス」が、まだ全員攻略できていないので、この休みに一人攻略しておこうというわけだ。
リリスやユコがラムリーザを取ってしまうのではないか、という不安がなくなってからはプレイをやめていたのだが、今になって、なぜか残りの登場ヒロインも攻略しようと考えていた。
このゲームは、ソニアが最初に幼馴染キャラ、先輩キャラ、悪友キャラを攻略してからしばらく放置されていたのだが、ここ最近になってラムリーザが、おとなしい後輩の女の子を攻略していた。まあその影響で、リリスに「教官と呼べ」などと謎発言をしていたのだが。
というわけで、ソニアは残った二人のうち、クラス委員の優等生を攻略することにした。
先ほど述べたように、休み明けから定期試験なのだが、ラムリーザがページをめくる音の向こうで、ソニアは一度も教科書に手を伸ばそうとはしなかった。
ラムリーザは、中学までのときと違い、高校では試験の結果が悪いとどうなるのかを知らなかったので、今まで通り、ソニアの好きなようにやらせていた。そもそも去年までは同じ屋根の下に住んではいたが、一緒の部屋で過ごすことはそれほど多くなかった。だからソニアの勉強などは、全然気に留めていなかったのだ。
「ラム、次はクラス委員の優等生を攻略するよ。なんかロザリーンみたいだね」
確かにロザリーンは優等生のお嬢様で、クラス委員を引き受けていて、ソニアが今回選んだ攻略ヒロインと立場は似ている。
「ソニアも優等生になってくれたら、僕も助かるんだけどな」
ソニアはラムリーザの呟きには特に何も答えずに、ゲームを進めている。
しばらく部屋の中では、カリカリというペンの音、カチャカチャというコントローラーの音、そしてのんびりとしたゲーム音楽がしているだけだった。
「ねぇ、ラム。髪の毛をサラサラしたい?」
「は?」
突然ソニアは、ラムリーザのほうを振り返って問いかけた。
「そうだな――」と言いかけて、待てよ、とラムリーザはあることに気がついた。というより、画面を見たことで、ある出来事を思い出したのだ。
ゲームの画面には、攻略対象であろう女の子の髪の毛を主人公がさわっている絵が映し出されていた。つまりソニアは、以前ラムリーザに電話ボックスで雨宿りを強いたことみたいに、またゲームのイベントを実際にやろうとしているわけだ。
そこでラムリーザは、ソニアの問いかけに乗った形で、否定するようなことを言ってみた。
「そうだな、綺麗な黒い髪を触ってみたいかな」
ゲーム画面の女の子は黒髪である。それでいて、ソニアの髪の毛は青緑色である。
ラムリーザは緑色が好きなので、言ったことは嘘なのだが、ソニアの脳裏には、いつも自信満々な黒髪の美女の誘うような顔が浮かんだ。
「むー……髪の毛黒く染める!」
「やめろ……」
そして、再びラムリーザは勉強を、ソニアはゲームを黙々と進めていった。
「あ、メロンパンが食べたいな。ラム、買ってきて」
「自分で行ってこい」
ラムリーザは、顔を上げず、画面を見ることもなく短く答えた。
そしてまたしばらく沈黙後、ソニアが不満げな声を上げ始める。
「ちょっと何この優等生、何か態度が怖くなったんだけど!」
「何か嫌われるようなことでもやったんだろ?」
「知らないよ、手帳を拾ってあげただけだよ?」
「勝手に読んだんだろ?」
「ちょっとだけ……」
「見られたくないことが書いてあったら、そりゃ怒るわ」
「でもこの人、怒っているというより性格変わったんだけど」
「知らんがな……」
そして再び沈黙。同じように、ペンの音、コントローラーの音、ゲームの音楽と、女の子の声だけが聞こえていた。
その後も、何度かソニアの問いかけがあったが、そのたびにラムリーザは「知らんがな」と、適当に相槌を打つだけだった。先ほどからもそうだが、ソニアも特に返事が聞きたいわけじゃなく、ただ話しかけたいだけのようで、特にラムリーザのきちんとした回答を求めている感じではなかった。
「ラムって、猫かぶりする女ってどう思う?」
「信用できな――じゃなくて、知らんがな……というかソニアも勉強しようよ」
ソニアの度重なる質問攻めに、ラムリーザはいい加減うっとうしくなってきて、一緒に勉強するように促した。
しかしソニアは、「あたしは勉強しなくても点が取れるから」と言い張り、言うことを聞かずにゲームを続けているのであった。
中学までは、確かにそれで何とかなっていた。だからこそラムリーザも、強く言い返すことができないでいた。
それから、何度もソニアの問いとラムリーザの「知らんがな」の応酬が繰り広げられ、それは週明けからの三日間、試験が終わるまで続いた。
なお、試験が始まってからも、家に帰れば部屋の中は同じ音がしていた。
そして、試験が終わるとともに、ゲームのほうも終わったようで、ソニア――ゲームのプレイヤーキャラの名前はラムリーザ――は、黒髪の優等生と無事にゴールインできたようだった。
「ラム、カメさんのことを思ってくれる人ができたよ」
「そうか、それはよかったな」
ソニアの机の上に残ったのは、開かれないままのノートと、コンプリートされたセーブデータだけだった。
ゲームの攻略対象である女の子とカメさんがどう結びつくのかラムリーザにはわからなかったが、こうして初の定期試験は終わった。
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