視線だらけのステージと、騒がしい邪魔者
黄金の月・学匠の日――(現暦:6月11日)
帝都にて――
夜になって、シャングリラ・ナイト・フィーバーに少しずつ客が入ってくる時間になった。
ラムリーザはジャンに頼み込んで、今日の本演奏が始まる前に少し時間を取らせてもらうことにした。そこでリリスを慣らすことと、彼女の様子を観察しようと考えたのだ。普段の演奏の配置では、ラムリーザはリリスの後ろ姿ぐらいしか確認できないので、今日はもっと近い位置で見るということにしたのだ。
「お集まりの皆さん、今日は懐かしい人がやってきましたよ。どうぞ!」
ジャンの紹介で、ラムリーザはリリスを連れてステージを進んでいった。今日はソニアは必要ないので、舞台袖で待機してもらっている。そして、この時もリリスの様子をそれとなく観察していた。
ラムリーザについてステージを進むリリスは、いつものモデルのような優雅な歩き方で、落ち着いている。彼女は、観察しているラムリーザの視線に気がついて、にっこりと微笑み返す。
……普通じゃないか、とラムリーザは思った。
すぐにステージの真ん中に到達し、ラムリーザは客のほうを見た。ステージはそれほど高くないし、客席も離れていないので、客の視線も近い。よく見ると、懐かしい顔もちらほらいる。
「ラムリーザです。帰ってきました、お久しぶりです」
最初は無難に、丁寧に挨拶しておく。挨拶しながらも、チラッとリリスの様子を確認してみるが、彼女はじっとラムリーザの顔を見ているだけだ。そして、その表情に戸惑いはない。
「ラムリーザ、生きていたんだねぇ」
客席からひやかしの声が上がったので、ラムリーザは「死んだら騒ぎになってるって」と突っ込んでおいた。
「で、この娘は誰? 無茶苦茶美人なんだけど」
「リリスっていうんだ、僕の新しい仲間だよ」
客の関心がリリスに移ったので、ラムリーザは彼女を紹介した。
リリスはラムリーザから目をそらし、観客のほうを向く。客の目は、リリスに集中している。
その瞬間、リリスの表情が一転する。目を見開き、固まってしまった。
そんな様子を、ラムリーザはじっと観察していて、リリスの取り乱す原因がなんとなくわかった。
これはただの緊張や経験不足じゃないし、人見知りでもない。大勢の客の目だ。リリスは、自分を見るたくさんの視線に耐えられないのだ。
そこでラムリーザは、そんなリリスの肩に手を回し、耳元で「がんばれ」と囁いた。
リリスは、ハッとした感じでラムリーザの顔を見て、少し情けないような顔をしたが、すぐに真顔に戻って客のほうに向き直って言った。
「リリス・フロンティアです、よろしく」
だが目が泳いでいる。まるで客の視線から逃げ回るかのように。
「すっげー美人。あ、ラムリーザ、ひょっとしてその娘は彼女か何か?」
「いや、それは……」
ラムリーザは、慌ててリリスの肩に回していた手を引っ込める。
「そういえばいつも一緒にいたソニアはどうした? ソニアも最近帝都で見かけないけど……あ、やっぱソニアと別れて、その娘にしたんじゃない?」
「ええーっ、なんでなんでー。ソニアがいたから遠慮していたのに、別れたのなら教えてくれたらよかったのにー」
これは女性客の発言であり、ラムリーザの去年までのクラスメイトの一人だった。
「ダメダメ、その女は危険な香りがするわ、まるで男をたぶらかして操りそう。ラムリーザ、フリーになったのならー」
「あ、抜け駆けする気? 折角あのうるさいソニアがいなくなったんだから、ラムリーザはあたしとー」
「いや、だから君たち、ね」
ソニアがいなくなってしまったと勘違いしたのか、今度は女性客が騒ぎ出した。声を上げている娘たちは、みんな去年までの知り合いだ。
「とにかく、ソニアと別れたのだったら――」
客のその一言が終わるか終わらないかのうちに、舞台袖で控えていたソニアが慌てたようにステージに駆け込んでくる。そして、スピーカーに繋がっている太いケーブルに足を引っ掛けて、ステージ中央に向かって派手に転んだ。

予想外の乱入者に、客席の女の子たちは、ポカーンとなって場が静かになる。
「いや、足元気をつけ――ううむ……」
注意しかけていたが、ラムリーザは唸って口をつぐむ。胸が大きすぎて足元が見えていないという、ソニアならではの事情を知ってしまって以来、このような状況の時にかける言葉が見つからないのだ。
ソニアは、うつ伏せに倒れた状態から身体を起こして、涙目で叫ぶ。いいから、まずはめくれあがったスカートを直しましょうね、見えてるよ。
「別れてないわよ!」
そんなソニアの滑稽な様子に、客席から笑い声が上がり、シーンとなっていた会場は再び時が動き出したようにザワザワし始める。
「あー、ソニアも久しぶりー」
「久しぶりー、じゃない! ヒュンナあんた、あたしがうるさいって?!」
「そんなこと言ったかな。ていうかー、ソニアあんたどこ行ってたの?」
「帝都を離れるラムについて行っただけよ」
「なんだもー、別れたのじゃなかったのか残念」
ソニアは、ラムリーザの服を掴んで立ち上がり、そのままステージを下りて客の女子たちに近づいて行きながら、彼女たちに言い聞かせるように力強く語る。
「と、に、か、く! あたしはラムと別れてない、リリスはラムの彼女じゃない! あれはただの魔女!」
ソニアは腰に手を当てて、胸を張ってきっぱりと言い切った。胸を張ると、その大きな胸が強調されるのだが。
「はいはい」
ソニアにヒュンナと呼ばれた娘は、諦めたように両手を広げてソニアから目を逸らした。
ヒュンナは静かになったが、次にその隣にいた娘がソニアに話しかけた。
「ソニアさぁ、去年は胸隠すような地味な格好していたけど、見せつけるようになったのね」
「え?」
「こんなにはだけさせて」
その娘は、ブラウスに収まりきらないソニアの胸の上部を、ニヤニヤしながら触ろうとする。
「ちょっとさわらないでよメルティア! 制服なんだから仕方ないじゃない!」
「あー制服かぁ。リリスって言ったあの娘と同じ格好だね、胸以外」
ソニアにメルティアと呼ばれた娘は、リリスを見て、それからソニアに視線を戻して上から下まで見てから言った。最後の言葉を強調して。そして、触ろうとするのをやめて、おもむろにソニアの胸に手を伸ばしにかかる。
「さわんな、ちっぱい!」
ソニアはメルティアの手首を掴んで、胸から引き放して睨み付ける。メルティアは、今反対側の手をソニアの胸に伸ばそうとするが、すぐにそちらの手首もソニアに掴まれる。
すると今度は、隣にいたヒュンナが、メルティアに加勢するようにソニアの胸に手を伸ばしてくるのだった。
「ちょっと、なんなのよもう!」
ソニアは掴んでいた手を放して、二人から距離を取るために一歩下がる。だが、二人はニヤニヤしながら、さらにソニアに手を伸ばそうとした。
「ソニアちゃーん、揉ませなさーい」
「やっ、やだっ、やめてっ。助けてラム!」
ソニアは助けを求めるようにステージを振り返ったが、頼みの綱は既にいなくなっていた。
ラムリーザは、ソニアが乱入してきたということで、当初の予定が狂ってしまったので、早々と舞台から引っ込んでいたのだ。
リリスが取り乱す原因がわかったので、今日のところはこれで収穫があったとし、騒ぎ出したソニアを放置して、リリスと共にジャンのところに戻る。
前座は終わり、本演奏が始まった。照明の色が変わり、ステージから音楽が鳴り始める。
数人の観客は謎の追いかけっこをしているが、それ以外はいつも通りの風景が戻ってきている。
ラムリーザは、ジャンに礼を言って帰ろうとしたが、ソニアが見つからないのに気がついた。
「あれ、観客席にいた友達と遊んでいたはずなのに、どこ行った?」
テーブルが並ぶ広間を見渡すが、人が多くてよく見通せない。
ラムリーザが二階席に上がって見下ろしてみようと考えた時、広間の影のほうから悲鳴が聞こえた。
「やだーっ、助けてーっ」
「あの声は、ソニア!」
ラムリーザは急いで悲鳴が聞こえたほうに駆けていった。そこで見たものは……。
壁際の薄暗い照明の下で、酔った笑い声とベースの低音にまぎれ、女の子二人に捕まって遊ばれているソニア――。
その光景に一瞬血の気が引いたが、状況を見て脱力した。
「……君たちは一体何をやっているんだい?」
すぐに呆れて、先ほどまで心配していた気持ちはどこかに飛んで行ってしまっていた。
「あっ、ラム! ふええぇぇん……」
ラムリーザの姿が目に入ったソニアは、メルティアとヒュンナを振りほどいて、涙声をあげながらラムリーザの後ろに隠れる。ソニアの姿は、制服を乱されてちょっと困った様子になっている。
「あら、ラムリーザ。ソニアが胸いじって欲しそうに突き出してくるのよねー」
「そーそー、それでさらに『ちっぱい』とか言って挑発してくるのよん」
「挑発してない、あたしは挑発なんかしてないよ!」
「わかったわかった、今日はもう帰るぞ」
「もう帰っちゃうのね、ばいばーい」
メルティアとヒュンナの二人は、軽く挨拶してステージのほうに駆けて行った。そしてその後ろ姿に、ソニアはあっかんべーをするのであった。
「ねぇ、さっきの二人、何?」
静かになったところで、リリスがおそるおそる尋ねてくる。
「ん、去年までいたこっちの学校でのソニアの友達。えっと、ヒュンナとメルティアだっけ?」
ソニアは興奮していて答えないので、代わりにラムリーザが答えてあげた。ソニアが遊ばれているだけのように見えるが、仲が良い証拠だろう。ソニアは、いじられて輝く……のかな。
「ふーん」
リリスは、二人が立ち去っていったあたりを見つめながら頷いた。何を思っているのやらわからないが、ソニアのほうを見ている。
「さてと、明日も練習したいので、今日は帝都に泊まるぞ。リリス、家のほうに連絡入れといたほうが良いかな?」
そこでリリスは「問題ないわ」と言い、携帯端末で家に連絡を入れた。
ラムリーザも下宿先に連絡を入れ、今日は実家に泊まることを伝えた。
この夜、ラムリーザの部屋でひと悶着あった。
寝る時になって、いろいろと弊害が出てきてしまったのだ。
着替えに関してリリスには、ソニアのパジャマを一着貸してやることにした。身体の一部分以外は、体形が類似しているので気にならない。これが逆だと、胸の関係で着られないものが出てくるかもしれないが、リリスが着る分には全く問題なかった。
そして、ラムリーザは、ベッドはソニアとリリスが使うといいと言って、自分はリクライニングチェアで寝ることにしようとしたのだ。
そうすると、ソニアは無理やりチェアに乗りかかってきて一緒に寝ようとする。
ラムリーザが「二人でベッド使いなよ」と言うと、ソニアは「あたしとラムがベッド使う、リリスは床で寝て」とか言い出すのだ。
チェアは二人で寝るには狭すぎる、というより、ソニアはラムリーザの上に乗っているだけ。寝返りを打ったら、落下してしまうだろう。
これでは危なっかしくて仕方ないし、ソニアは離れようとしないので、ラムリーザはめんどくさくなって掛け布団を手に取り、床の絨毯の上で横になった。絨毯は硬くなくふわふわしているので、寝るのに不都合があるわけではない。
そうなると、ソニアも掛け布団を取って、ラムリーザの横に引っ付いてくる。
この流れを見て、リリスは自分一人ベッドを使うのは申し訳なく感じたのか、先ほどまでラムリーザのいたリクライニングチェアに横になったのだ。
目を閉じれば、視線はそこにはない。
明日の練習で、その感覚をどうやってリリスに渡そうか――そんなことを考えながら、ラムリーザは眠りについた。
明かりを消して暗くなった部屋の中で、柱時計が鐘の音で時報を告げたとき、すやすやと寝息が聞こえていたが、大きなベッドは無人のまま放置されているのであった。
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