雑談と編曲と、ちょっと嫉妬
帝国歴77年 豊灯の月・不死鳥の日――(現暦:6月1日)
学校にて、とある休み時間。
「暇だからどちらが先にキレるか勝負しよっか」
唐突にソニアの前の席にいるリリスが振り向き、何かを企むような目でソニアを見ながら提案した。
あの日以来、放課後はきちんとバンドの練習をすることになったので、雑談は休み時間のほうがメインになっているのだ。
「キレる?」
「先に怒ったほうが負けってルールで会話しましょ」
暇つぶしに、よく分からない勝負をソニアに挑んでくるリリスだった。
これまたいつものように外の景色を眺めていたラムリーザは、背後から聞こえる会話に耳を傾けていた。常に冷静なリリスに、感情が表に出やすいソニアが勝てるわけがないだろうに、と思う。まああれだろう、いつも通りからかっているんだろう。ソニアはからかい甲斐があるというかなんというか……。
少し前にも、おぼこなんたらとか怪しげな液体――リリスの作り話で正体はただの水道水だった――を持ってきて、ソニアをからかったこともあった。
「いいわ、やるね」
あっさりと勝負を受けるソニア。
「ブス」
その勝負は、ソニアの単純な煽りから始まった。
きょとんとするリリスと、ぷっと吹き出すユコ。ラムリーザは、振り返って二人の様子を見始めたが、ソニアの単純さにやれやれと思う。
リリスに対してブスと言うのはとにかく単純すぎる。リリスがブスなら、世界中の女性の大半は化け物になってしまうだろう。
「サキュバス」
さらにソニアの追撃……だが、言いたいことがなんとなく分かる程度であまりリリスには効いていない。
そもそも、外見を例えているだけであって、悪口になっているのかどうかも怪しい。
「黒豹」
「夜の魔女」
「高慢ちき」
矢継ぎ早に悪口を言っているつもりなのだろうが、リリスは腕を組み、目をつぶり、うんうんと頷きながら聞いているだけで、ちっとも効果は現れない。
「吸血鬼」
このとき、初めてリリスの眉がピクッと動いた。閉じていた目を開いて、ソニアの様子を見ている。なぜか動揺しているようだ。
しかしソニアは気づかず、
「黒猫」
「黒髪ロング」
「ぎっちょ」
「デブ」
「ハゲ」
勝負の内容、というよりもソニアの攻撃は、だんだんわけがわからなくなってきた。ソニアは、明らかに適当なことを言っている。
ラムリーザは、黒髪ロングのハゲという矛盾した存在がどんなものなのだろうと想像しようとしたが、うまくいかなかった。しかし差別的な用語にも平気なところが、さきほどの動揺に違和感を感じた。
そんなソニアの態度に、リリスは再び落ち着きを取り戻して、目を閉じて聞き流した。
「ちっぱい」
それは比較対象としてソニア自身と比べた場合であって、リリスもそれなりに大きいのだが、ソニアが規格外なだけだ。それに、ソニアは「ちっぱい」という言葉が口癖のようになっているが、ソニアと比較したら、世界中の大半の女性が貧乳になってしまうだろう。
リリスは「ふっ」と軽く笑い、再び目を開きソニアを見ながらさも自信ありげにはっきりとした口調で言い放った。
「今日、学校が終わったらラムリーザとデートするから」
えっ? とラムリーザが驚くよりも早く――。
「な、何言ってんのよ、ふざけないでよ!」
見事にソニアがキレた……。
「はい、ソニアの負け」
くすくすと笑いながらユコが判定を下すが、ソニアは納得いかないようだ。
「ずるいわよ、ラムを利用するなんて!」
「あら、私何か言ったかしら? 何怒ってるの?」
「もうリリスなんて嫌い!」
ソニアはぷいとリリスから顔を背けるが、その拍子にラムリーザと目が合ってしまい、恥ずかしそうにうつむく。
「何をやってんだか……」
「あ、そうそう、ラムリーザ、キュリオはどうしたの?」
「あれはもう封印したから持ってない」
リリスの問いに、ラムリーザは素っ気なく答える。携帯型の情報端末キュリオは、あまりソニアによろしくないので、極力使わないようにしているのだった。今さっきやりあったばかりのソニアは、ラムリーザがリリスと話をしているのが気に入らないのか、ラムリーザに小さく体当たりを繰り返している。
「せっかく買ったのだから使わなくちゃ」
そう言うリリスに、ラムリーザは眉をしかめながら返した。
「またあのゲーム始めるのか?」
「あー、あのゲームはもうアンインストールしたわ。約束した通り、もうやらない。でもね、メールとか通話に使うぐらいはいいでしょう?」
「ああ、そっちの機能か……」
キュリオを買った時は、その日のうちからゲーム三昧が始まってしまったので、ラムリーザはそっちの機能があることをすっかり忘れていた。
「アドレス交換とかやりたいから、明日は持ってきてね」
「ん、わかった――って痛っ、痛いって!」
「どうしたのかしら?」
リリスは不思議そうに、突然叫び出したラムリーザの顔を覗き込む。
「ソニアが――って、こら離れなさい!」

ソニアは座ったまま自分の左足をラムリーザの右足に絡めてきて引っ張った。そしてさらにソニアは右足も使って両足をクロスさせて、ラムリーザの右足をがっちりと掴んで離さない。変な角度でソニアの足が入り込んできているので、ラムリーザは股関節は広げられるわ、膝関節は極められるわで散々だ。
「何をしているの?」
リリスは、身を乗り出してラムリーザとソニアの足を覗き込んできた。ラムリーザの右足は、ソニアの左足と絡み合っている。
「ラムが魔女に引き込まれないように繋いでいるの」
「繋ぐとかじゃなくて、痛いって!」
ラムリーザは、絡みついてきているソニアの左足の太ももを掴んだ。そしてぎゅっと力を込める。
「痛い!」
ラムリーザに掴まれて痛がったソニアは、足をこわばらせて絡みつかせている左足に力を込めることになってしまった。
「いや、だから痛いって!」
こうなったらラムリーザも、ソニアの左足を引きはがそうと、掴んでいた手に力を込めて引っ張る。
「痛いよラム!」
「いや、痛いのはこっちだって! 離れろよ!」
「やだ! リリスなんかとお話しするのが悪――痛い!」
「痛いから離れろって!」
リリスは、ぽかーんと二人を見ている。傍から見たら、二人の男女がお互いに痛い痛いと言い合っているだけなのだ。
なんのことやら……。
部活中、ユコは演奏はあまりせずに、もっぱら楽譜の手入れをメインにしている。キーボードを叩きながら、ひたすら何か書き込んでいるのだ。
「ユコ、もうできてるのだから楽譜はいいんじゃないか?」
「だめですの。これは聞いた曲をそのまま書き出しただけですから、私たちのグループとは編成が違うものが多いんですの」
この六人のグループである『ラムリーズ』のメンバーは、ラムリーザがドラムス、ソニアがベースギター、ロザリーンがピアノとオカリナ、ユコがキーボード、そしてリリスとリゲルがギターである。
「例えばピアノが入っていない曲、これをそのままやるとロザリーンがやることがなくなっちゃいますわ。だから、ピアノのパートを新しく追加するのです」
「ユコはそんなことまでできるの?」
「なければ創ればいいんですの。それから、この『ルシア』って曲。メインフレーズを奏でているのはサックスですが、サックスを吹く人がメンバーにいないので、リリスのギターにアレンジさせる、とかやらなくちゃね。ロザリーンはピアノで対旋律にして――」
「す、すごいね」
ユコは、曲を聞き取って楽譜に起こすだけではなく、アレンジすることもできるという才能を持っているようだ。
「はい、これどうぞ。『奇跡の大海原』ですが、パーカッションの部分もドラムスに組み込んでアレンジしておきましたわ。やってみてもらえます?」
ラムリーザはユコから楽譜を受け取ると、早速演奏を始めた。この曲では、フロアタムとリムショットの組み合わせがメインフレーズになっているようだ。タンタカタンタンタッカッ、タンタンカタンタンタッカッ――。
「パーカッションの音が、フロアタムとリムショットに近いと思われますの。うんうん、間違いではなかったみたいですわね」
「ちょっと待て……これ無理だって。タムとリムを叩きながら、どうやってハイハットを連打するんだよ。腕が四本ないと無理だぞこれ……」
「あ、やっぱりそこがダメですかね……。ん~、その曲ボツに……いや、やっぱりもったいない。大幅にドラム部分をアレンジしますわ。あ、待って、スティック四本持つとかどう?」
「無理言うなって、木琴じゃあるまいし」
ラムリーザにスティックで小突かれて、くすっとユコは笑った。
「あ、そうそう。ウィンドチャイムも用意してくれたら助かりますわ。ドラムのスティックで音が出せると思うので、ラムリーザ様の担当ということね」
「打楽器は全部僕に押し付けるんだね」
「そういうこと、銅鑼とかもお願いしますわ」
「演奏中に伏兵を呼ぶんだね」
「えっと――ハイハットをフット・スプラッシュに置き換え、タンバリンをクランプで増設したらそれっぽくなるかも……」
ユコはラムリーザのツッコミには反応せず、ドラム部分のアレンジを考え始めた。
このようにラムリーザとユコは、いい感じになって談笑している。そうなると、気に入らないのが約一名いる。
「ラムとユッコがまたいい感じになっている、なんでだろー、なんでだろー」
ソニアの口から、先日と同じフレーズがまた飛び出すのであった。
それを聞いたユコは、「げえっ、ソニア!」と驚いてみせる。
「銅鑼ネタ引っ張らなくていいから」と突っ込むラムリーザであった。
うん、残念ながら雑談部は完全には一掃されていないようですな。
でも、それはそれでいい。日々徒然と、ダラダラと、楽しく面白く過ごしていきましょう。
「奇跡の大海原」はフロアタムとリムショットのパターンを書き直し、次回へそっと回すことにした。
代わりに「ルシア」はAメロ四小節だけ、合図もなく息が重なるところまで合わせて今日はおしまい。
黒板の譜面に小さな丸がひとつ増え、ケースにスティックが戻る音が余韻になった。